第71話 荒治療
クーダオレ家の長男ブルタさんの容姿の変貌。それは家庭内でも極秘の扱いだったみたいだ。
ぴしゃりと言い当てた魔女に、桃色の巻き毛をした女性は目を見開いて、そして思わず声を漏らす。
「い、一体なぜそれを?」
もはや正解であると事実を認めた台詞。だがイグニスはそれ見た事かと嘲るでなく、皆に言い聞かせる様に、ゆっくりと言葉を紡いでいく。
「当てずっぽうですとも奥様。ただそう考えれば納得がいくのです」
そもそもにして、ラルキルド伯爵の見合いともなれば自然と関心が集まる。何せ魔族でありながら爵位を持ち、もう何百年と表舞台に姿を現さない人物だ。
シャルラさんは容姿すら様々な憶測が飛び交い、魔女をして可憐な少女と対面した時には驚きが隠せなかったと言う。可憐と言われた伯爵は一人テヘヘと照れてるが、可愛いのでまぁ置いておこう。
「破談とは言え話題にもならないのは、余程秘密裏に事を運んだのでしょう」
であれば、一体何を隠したかったのか。
木を隠すならば森の中。異形故に、魔族の住まうラルキルド領を選んだのではないかと。
「見合いというのは、子爵の親心ですかね」
そう言われて、ああと思う。
移住だけでは身の安全が不安だったからシャルラさんの身内となり加護を得たかったのだろう。
色々と裏で思惑があったようだが、今回ラルキルド領との交流を渋ったのはここがポイントだと思う。長男の事実を隠したかったのと、突かれると痛い裏事情があったのだ。
「しかし、それだけで容姿の変貌と何故繋がるのでしょう」
「それこそ簡単ですね。怪我や病気ならば神聖術で治るではないですか」
つまり怪我でも病気でもない第三要因。
加えるならばシャルラさんが言い放った、破談の原因になった一言。オークの様な外見。
そして、それを成す悪魔憑きという現象の存在。
「……!!」
「さすがですイグニス様! それで兄は、兄は治るのでしょうか!?」
むっほーと身を乗り出し吠えるイグニス狂いが興奮の余り立ち上がろうとして、座った。
今度は見えた。奥さんが足を踏み、お父さんが肘打ちを入れていた。
「息子が失礼しましたイグニス様。まさしくおっしゃられた通りでございます」
原因が悪魔憑きとは知らなかった様だが、話の通りブルタさんの姿は突然に変化したらしい。神聖術でも回復に秀でたマーレ教に治療を頼むも効果は無かったようだ。
全身が腫れて膨れ上がった容姿に、家族などよりも本人が心を病んで。この醜い姿を見ないでくれ。そう言い部屋に引き篭もってしまった。
ほとほと困り果てていた所に助言をくれたのがテネドール伯爵。
まるで魔族だな。いっそ魔族のもとで暮らしてはどうか。幸いにラルキルド卿は女性らしい。婿にでもくれてやれ。と。
「これが顛末でございます。ラルキルド卿、突然の願いを快く受けてくれた恩人に対し不義理を働き申し訳ない」
「ああ、いえ。ふぅん。人間というのはそこまで容姿を気にしますか」
顔や体形はおろか、腕の数や足の数まで違う住民達に囲まれる吸血鬼。さすがに感性が違う。
俺も見かけで判断はしまいと頑張ったが、人蜘蛛さんの複眼や人蛇さんのヌラヌラした鱗にはどうしても心が騒めいた。きっとブルタさんの姿なんてシャルラさんには肥満の人間程度にしか見えなかったのだろう。見習いたいものである。
「イグニス殿。ブータ殿は治るのでしょうか?」
シャルラさんは隣に座るイグニスを見る。紫の瞳は不安の色を携えていて。
悪魔憑きと聞いて領での出来事が頭を過ぎったのではないか。ラルキルド領でも山羊の獣人が悪魔を宿し変貌したのは記憶に新しい事件である。
「確実とは言えませんが、初期段階ならば方法が無いわけではありませんよ」
その言葉にクーダオレ家の四人が全員ガタリと腰を浮かして、いや、見れば執事や女中さんまでもが、ざわりと空気を揺るがせる。そんな疑惑を肯定するように、こくりと頷く魔女。
「ご安心を。症例は古くからあります。マーレ教の勉強不足ですね」
皆を安心させるためか、イグニスにしては優しい微笑みを浮かべていて。しかし若干に頬が引き攣っていて。俺はそうかあれが表用の笑顔なのかと、綺麗な横顔になんとも言えない違和感を覚えたのだった。
(普段ウヘヘとか言っている奴とは思えんな)
まったくである。
◆
「グるな! オエをミルなアぁ!」
早速にブルタさんの部屋を訪れれば、第一声は拒絶だった。
3人は並んで寝れる大きなベッドをしかし狭く扱う存在は、人というよりも、もはや肉塊。肥満で動けない人をテレビで見た事があるが、もうそのレベルでは無いのだ。
例えるならば、ミシュラ●マンというか、今にも弾け飛びそうな風船というか。そんな感じで。蠢く肉と蛇の様に脈動する血管が訴える生々しい命の活動はそう、剥き出しの臓器でも眺めている気分だ。
「ブータ殿。お久しぶりです。シャルラです。分かりますか?」
思わず目を逸らしてしまった俺とは違い、灰色の少女は気兼ねなく近寄り声をかけた。
「あア。シャるラさマ? なんデ? やだ。ミナいで、くだサイ」
「こんなに大きくなってしまわれて。不安でしたね。怖かったですね。もう大丈夫です」
シャルラさんが、ブルタさんの指を握りしめて微笑みかける。
少女からすれば自身の腕ほどに肥大した指先。けれど、表情には微塵の怯えも嫌悪もない。
繰り返される見ないでと言う言葉。そして流れる一筋の涙。
暗い気分の時に明るい曲を聴きたくないみたいな、そんな物と一緒にしていいのか分からないが、自分を醜いと思っている彼に、少女は少しばかり眩しすぎたのではないだろうか。
ご家族でさえ偽りの笑みを張り付けている中で、久々に見た本物の笑みだったことだろう。不思議と人間そういう事だけは伝わってしまうものである。
「こんにちは、ブルタ殿。あー少々失礼」
シャルラさんを押し退け、ひょいと横たわる青年の傍に寄る魔女。
説明が面倒くさかったのか、自己紹介もせぬままに【展開】と告げて、広がる魔法陣。唱えられる詠唱。
もはや見慣れた光景ではあるのだが、気になったのは口ずさむ鍵言語だ。
間違いでなければ回復魔法である。……熱いほうの。
ギャーと悲鳴が上がり、ああやっぱりなどと思っていると、狼狽えるシャルラさんやクーダオレ家を他所にイグニスは至って真面目な様子。
(体内を見てるな。他人の魔力など毒同然なのだが器用なものだ)
ははあ。魔法関連でイグニスを疑う事は無いのだが、やはり考えがあるようである。
そんな検診の様子を部屋の入口付近で他人事の様に眺めていたら、指でちょいちょいとご指名が。
はいはい御用ですかと駆けよれば、このお嬢様はとんでもない事を耳打ちしてきやがった。
「体内に何かある。回復魔法を掛け続けるから取って欲しい」
一瞬何を言っているのか理解出来なかったが、黒剣で腹を掻っ捌けと言うのだろう。
チラリとベットに視線を落とす。残念ながら俺は人を斬った経験がある。魔獣ならばもはや普通に捌く。だからと言って、気軽に人を刃を入れられるだろうか。いや出来ない。だって、斬られるのは凄く痛いんだ。
「病院で麻酔を使ってじゃ駄目なの?」
「駄目なんだ。身体が持たない。内圧が高すぎて下手に刃物を入れたら破裂しかねないよ」
だから一瞬で切り裂き取り出せと。なんて無茶なオーダーだろうか。
分かったと頷き、イグニスに皆の目隠しを頼む。
意図を酌んだ魔女は回復魔法を維持したまま、器用にベットを炎のカーテンで包みこんだ。
(ごめんなジグ。こんな事ばかり)
「カッ。マヨちゃん混ぜるのに比べたら楽なもんよ」
「胃の付近だ! 魔力に反応しているの分かるか!」
承知と一言。虚無よりゾルゾルと引き抜かれた黒剣ヴァニタスにて一太刀。
最悪は腹に手を入れる覚悟もしたが、その神懸った剣捌きは、的確に異物を弾き飛ばしてしていた。さすがジグだねと、称賛を述べる前には慌てて魔力を消費していて。
(うおぉ! 危なかったわ。ギリギリセーフよカカカのカ)
何が、などとは言うまでも無かった。ドピュリと黄ばんだ液体が飛んでくる。
神聖術ほど強力ではない回復魔法は即座の修復とはいかず、傷口からニキビを思い切り潰した様に膿んだ体液が溢れ出てきたのだ。
「イグニス漏れてるよ!?」
「や、大丈夫。有り得ないほど断面が綺麗だ。すぐに塞がるよ。出せるものは出しちゃえ」
それは血やら膿を浴びてないから言えるのだろう。結局治るまでには大分萎んだブルタさん。
途中から声が聞こえないと思ったら失神していた様で、ある意味は切腹を知らないのだから良かったのかも知れない。
「イグニス様。息子は、ブルタはもう大丈夫なのですか?」
「元凶は取り除けたので大丈夫と言えば大丈夫です」
しかし、悪化はしないがそのままでは治りもしないらしい。少しばかり状態が悪かったようで一般的な治療法は手遅れだそうだ。そんなと悲観する子爵に向かい、魔女は意地悪い顔で告げる。
「一般的なですよハンメルさん。三柱教に入信させなさい。神聖術は三柱による御霊分け。真面目に信仰をするならば悪魔憑きの影響も徐々に浄化されるでしょう」
「それでは、治るのですね。おお、おお! 本当に、なんて感謝をしたら良いのか!」
ありがとうありがとうと泣き崩れる父親を目にして、不覚にも貰い泣きしそうになった。どうも俺は親の愛情とかには弱いようである。
とりあえずお見合い騒動含め一件落着したようなので、めでたしめでたしと行きたいが、場の雰囲気的にお風呂貸してと言いづらい。
「だ、大丈夫でしょうか?」
あ、執事さんタオルありがとう。ありがとう!
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