第72話 面会終えて


 ブルタさんへの荒治療を終え、子爵に是非にと昼食に誘われ。

 館を後にする時には、イグニス信者のぽっちゃり男性ルムトさんが別れを惜しみ駄々を捏ねて。


 体裁を捨てた大人のなんて怖い事。料理でお菓子で、物で話題で、終いには宝石までも持ち出して、何とか魔女を足止めしようと全力だった。


 なんでこの人はここまで見境ないのかと思ったが、よくよく考えればイグニスは社交界を自粛させられていたのだ。心境的には引退したアイドルとでも運良く出会った気分なのだろうか。わからん。


 ついでに言えばルムトさんの奥さん、パッと見悪役令嬢っぽい外見のメルクさんまでもが帰る時には瞳に怪しい色を灯し、イグニス様を推さねばと鼻息を荒げていた。

 家庭の事情もあるのでやんわりと止めてくれと念を押すイグニスだが、信者の耳には何のその。これから子爵は頭を抱えそうである。


 まぁ実際イグニスは格好良かった。

 隠していたはずの悪魔憑きをいとも容易く暴き、回復魔法で治らなかった症状の解決策まで提示したのだ。惚れる。そしてお礼をしたいと言う子爵に魔女はこう返す。


「私は貴族の務めを果たしたまでです。これを恩と感じるならば、そのお気持ちはどうか恵まれない者たちへ」


 抱かれたい。いや、釘を刺しつつシャルラさんを助けてやれという嫌味なのだが、損得で言えばイグニスは今回得をしていない。


 そもそもにシャルラさんの手助けをする事でさえ根本には領の住民が不憫だという思いがあるのだから、この少女の生き方は苛烈であるが暖かいものなのだ。

 貴族が皆イグニスの様ならなと思ったが、その想像が余りに地獄絵図だったので完成する前に破り捨てた。


 一方俺はと言えば、あくまでシャルラさんの使用人枠だったので貴族の待遇は無い。

 治療の際に汚れてしまったので一端身綺麗にはしたが、顔と頭を洗ったくらいで上着を脱いで給仕した。


 パーティーならば立食らしいが、食事会ではテーブルに大皿が並ぶ。それを給仕が取り分けるのがこの国のスタイルらしい。毒対策だろうか。あるいは苦手な物を食べないで済む様にだろうか。


 盛り付けのセンスが問われるので他の人の給仕をカンニングしながら頑張った。食べる側の嗜好が浮彫になるので意外に面白い。


 シャルラさんは料理の味の想像が付かないのか、味の予想がつきやすい肉料理を中心に少しずつ万遍なく選択していた。途中で「あれ、もしかして人間って虫食べない?」と事実に気づいて何とも申し訳ない顔を向けてきたがご愛敬だ。


 イグニスは食事もそこそこに、サラダやチーズを摘まんではひたすらに酒である。最近飲む量が増えた気がするのは解放感なのかストレスなのか。おい、空だよと赤い瞳を向けてはグラスを振ってくるので、俺は太れと念じてお酌した。


 とりあえず恙なく面会は終えて。帰り際にはクーダオレ子爵の家紋が入ったタグと、屋敷に出入りしていると言う業者の一覧を預かる。

 この中からラルキルド領と取引してくれる業者が見つかれば良いのだが。



「「「疲れたー!!」」」


 送りの馬車を降りて三人無言で部屋まで向かい。バタリと扉が閉まった瞬間に被っていた猫を丸めて包めて窓の外へと投げ捨てた。女子部屋なので女の子二人は自分のベッドにぼふりと身を沈め、俺は床にどすりと座る。

 

 イグニスがタマサイで暗躍していたときは何にそこまで疲労しているのかと思ったが、行儀や作法を気にして一日張りつめているのは中々に辛い。

 こんなに堅苦しい思いをすると、プライベートでは多少崩したくなる気持ちは理解ができた。貴族って大変ね。


「つ、次には一人で参加しないといけないのですね。うう、今から不安です」


「ははは、違いますよ。次には使用人を教育し、その所作も見張らないといけないのです」


 ひーと悲鳴を上げながらベッドでゴロゴロと身悶える伯爵。さもありなん。今日はいわばチュートリアルだ。次回からはお助けキャラ無しと考えれば不安もあるだろう。


 早速に今日の反省をシャルラさんが質問をしだし、それにイグニスがツラツラと答えている。

 あまり長居しても着替えられないだろうから一度部屋に戻ろうと立ち上がった時、シャルラさんの声が掛かった。


「ああ、ツカサ殿お待ちください。もはや言葉などでは言い表せない程の恩ですが、本日はどうもありがとうございました」


 寝転がっていたのにわざわざ床に立ち、恭しく頭を下げるシャルラさん。特訓の甲斐あり何とも様になるお辞儀姿に、俺の頬もつい緩む。やはりこの人ならば心配はいらないのではないか。


「いえいえ。困っているお嬢さんを助けるのは当然です。俺紳士ですので」


 俺も真似して覚えたばかりの挨拶をぺこりとすると、ブフッとジグとイグニスが噴出す。酷くない?

 

「ごめん。笑う気は無かったんだ。そのまま素直な君でいてくれ」


(うむ。萌えー)


 一体なんのこっちゃと思ったら、覚えたての事をドヤ顔で披露するのが可愛いそうな。 うわ、めっちゃ心当たりある。恥ずかしい。

 

「まぁ冗談抜きで今日は良く立ち振る舞えていたよ。お疲れ様」


 はいはいと労いを受け取ると、イグニスも疲れ果てた声で着替えたら夕飯に行こうと言う。

 イグニスが疲れたのは自分の信者を相手にしていたからなのだが、旅の疲れも引かない内になかば徹夜でのマナー講座だったので大変だっただろう。今日はやっとゆっくり眠れそうだ。


 じゃあ着替え終わったら適当に声を掛けてねと残し、俺も自分の部屋に戻る。


 ただいまーと扉を開ければ、室内はカーテンを閉めていて薄暗かった。膨らんだ布団がもぞもぞと動くので、寝てたかなと思いカーテンを縛り、日を取り込んだ。ちなみにカーテンはレールなどなく布が垂れ下がってるだけだ。


「おはようティグ。もう少しでご飯食べに行くってよ」


「……分かった」


 布団の中から籠った声が返ってきて。

 礼服から町着に着替えながら、今日は何をして過ごしたのかを聞いてみる。


 ティグは暫し無言で、ははんさては外出が怖くて寝て過ごしたのだなと勘ぐった。だから布団から覗かせた顔を見た時には驚いた。


「お前、何があったんだよ。その顔……」


 毛並みの上からでも分かる程に顔を腫らしていた。怒られると思ったのか、丸い二つの耳をぺたんと寝かして、しゅんとしている。


「け、喧嘩をしちまった」


 馬鹿野郎と言いたいところなのだが取り合えず話を聞こうと思い、ベットに腰掛けて対面する。子供相手でもない、怒らないからなんて前置きはせず、ただ話を促した。


「昼にくらいによ、腹減ったから飯食おうと思って出かけたんだよ」


 ふむふむと頷く。一応昼飯代には小銀貨1枚を渡していて、昨日の分を合わせれば小銀貨2枚。これで2000円であり、この町の料理は普通の店なら500円くらいで食べられる。十分な金額のはずだ。


 ティグは俺と買い食いした料理が気に入ったらしく、今度は自分で買ってみようと思ったらしい。虎男初めてのお使いである。


 露天街には迷わず着いて、そこで狸の獣人に声を掛けられたそうだ。ちょいとお兄さん、うちの肉包みは絶品だよ。一つ如何だい?


「要らないって言ったのによ。無料だから一つ食ってみろって。んで食ったら金払えと言われて……殴っちまった」


(ずいぶんとまぁ典型的なあれじゃのう) 


 うん。良くありそうな言い掛かりだ。

 手を出したのは失敗だが、これではティグだけを責める事は出来ないだろう。


「まさか獣人に騙されるなんてな。くそ、ああもう、くそ!」


 左拳を強く握りしめて悔いるティグ。

 喧嘩をした事よりも、同族に騙された事が辛いのだろう。外は人間の悪い世界だと決めつけていた彼にとって、あんまりな裏切りだったのである。


「はぁ、お前は悪くないって。美味しいもの食べて忘れちゃえよ」


「……ああ」


 丁度タイミング良く扉がノックされて、さあ飯だと、なるべく明るい声で言った。

 お待たせと扉を開けるとイグニスとシャルラさんは固まった。ティグの怪我が気になるのだろう。なんて言い訳しようと考えていると、魔女が吠える。


「なんでズボンを履いてないんだよ!?」

 

 おっと着替え途中なの忘れてたよ。てへ。



 ティグに関してはシャルラさんがこっぴどく叱ったので俺から言う事は無い。

 俺が強いて言うならば、誰かイグニスを叱れる人間がそろそろ欲しい。お父さんかアトミスさん来て!


「おい、酒だ! 足りないぞ、どんどん持ってこい!」


「イグニス。そろそろ止めなよ。もう5本目じゃん」


 夕食を食べに来たらこれである。いや、発端はあるのだ。吟遊詩人が原因だ。

 旅の芸者がギターの様な楽器で弾き語りをした。

 勇者フィーネ・エントエンデの歌である。南の地方で特異点を開放したという内容だった。


 世界に六人居る魔王だが、魔王は世界を侵食する。その能力による災害を魔王の爪痕と呼び、爪痕の影響下にある場所を特異点と呼ぶらしい。


 ある場所は重力が反転し、川が上に登り島が浮かぶ。

 ある場所は風が止まず、常に嵐が吹き乱れている。

 ある場所は暗く、永遠に明けない夜に包まれている。


 そんな出鱈目で迷惑な場所。言うまでもなく人間の住む環境としては劣悪で、また濃厚な魔力から生息する魔獣も強いそうな。


 しかしフィーネちゃん達勇者一行は困難を踏破しやり遂げたという。イグニスは勇者一行の活躍を聞き、友人の無事を知ってこの有様な訳だ。 


「ああ、今日は良い日だ! ほら、ツカサもかんぱーい! あはははは!」


「うんうん飲んでるよー。美味しいねー。もう駄目だなコイツ」


 その日は本当に珍しく、いくら飲んでもウワバミであるイグニスが完全に泥酔した。

 気が緩んだのかそれとも余程に嬉しかったのか。


 まぁそういう日もあるだろうと、しな垂れ掛かる赤毛の魔女を抱えて宿に戻る事となった。いつもお疲れ様です。ゆっくり休んでね。


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