第73話 頭痛が痛い



 翌日。昨晩の酒が後を引くかと思いきやイグニスは平然とした顔で食堂に降りてきた。

 先に食事をしていた俺とティグは机の上の食器を少しばかり寄せて空間を譲る。

 おはようと声を掛ければ何とも冴えない声でおはようと呟いて、俺の隣にどすりと腰を下ろした。


 シャルラさんは早速に朝食を注文するが、イグニスはお腹を擦りながら飲み物だけを頼んでいて、どうやら全快という具合では無さそうだった。


「体調良く無さそうだね、大丈夫?」


「んー大丈夫。昨日は迷惑をかけたね」


 イグニスの回復魔法は怪我しか治せないので、現在魔力を活性させて自然治癒力を上げているそうだ。思えばシャルラさんがけろりとしているのは活性の恩恵なのだろう。俺も酒など残っていない。


「無理は良くないですよ。予定を変えて一日休みますか?」


 給仕されてきたフワフワのパンを頬張りながら灰色の髪の少女が首を傾げた。

 朝食は宿のサービスで無料なので俺はおかわりをしながら、その話に耳を向ける。宿の質が良いのか町の特色なのか、料理、とりわけソーセージやベーコンなどの肉料理は本当に美味しい。


「俺はシャルラさんに賛成かな。休むならちゃんと休もう。俺たちは観光でもしてくるよ」


 今日の予定はマヨネーズを扱ってくれる商人を探す事だ。

 クーダオレ子爵の後ろ盾もあるので契約自体は簡単そうだけれど、商人のいないラルキルド領としては付き合う相手を慎重に見極めたいところである。甘えてばかりで悪いが交渉にイグニスは欲しいだろう。


「えー何それ、ずるいよ。観光なら私も行きたい」


 ずるいと来たか。でも確かに一人で寝ていても退屈かもしれない。

 じゃあ今日は皆で遊びに行こうと話が纏り、ならどこに行こうかと会話が広がり、4人で和気あいあいと宿を出たのだけれど。

 

「でゅふふ! イグニス様~! お迎えに参りました!」


 わずか一歩でお出かけは中止になる。

 入口の前に堂々と停車する馬車が掲げるのは、クーダオレ家の象徴である肉叉の紋章だった。馬車の前でぶんぶんと手を振り存在を猛烈に訴えかけてくるぽっちゃり男性。いっそ無視する胆力があればと、自分の非力を憎む。


「オーッホッホ! イグニス様、こちらですわ! こちらですわ~!」


 いや、あるいは片方なら見なかった事に出来たかも知れない。

 しかし桃色の巻き毛をしたエセ悪役令嬢の存在感もこれまた強烈で。

 何故か正式訪問した昨日よりも気合を入れてお洒落をしている。ピンクのドレスが目に痛い。


「イグニス、ご指名だよ」


「見捨てようとするなよう!?」


 決してそんな事はないのだけれど、おおん?と睨みを利かせてくる魔女の赤い瞳からふいと目を逸らす。


 覚えてろよ。それが彼女の最後の台詞だった。

 イグニスとシャルラさんが挨拶しにルムト夫妻に近づいたら、あれやこれやと勢いで馬車に押し込められて。


 いってらっしゃいませお嬢様。車窓から覗く、額を抑える赤髪の少女に向かい手を振った。頭が痛むのは二日酔いだろうか、はてさて。

 

◆ 


(んで、お前さんはどうするのだ?)


 ポツンと宿の前で置き去りをくらった俺と虎男。たまには男二人でぶらりと観光というのも面白そうではあった。


 乾いた土の上に並ぶ木造建築の建物は、そこはかとなく西部劇の様な雰囲気を作り出し、ただ散歩をするだけでも新鮮な気持ちだ。


 しかし、ティグと二人きりだと言うのなら、あれを実行するのに丁度いい機会だろう。

 観光はまた後日、ちゃんと4人で行こうと思う。


「冒険者ギルドに行ってみようか。お金欲しいでしょ?」


「おお、金か。それは欲しいな。何をするんだ?」


 それは着いてからのお楽しみだと、ギルドの目印である鳥のマークの看板を教えて、手分けで大捜索した。最初に見つけたのは俺でもティグでもなくジグルベインだった。発見したのは町の入り口付近である。


(カカカ。懐かしいのう。初日はお前さん筋肉男に攫われておったなぁ) 

 

 うむ。サマタイでは毎日通っていたので少しばかり懐かしい。今回はあんな濃い人達は居ないだろうとノブに手を伸ばす。


 カランと軽妙なベルの音が聞こえて、ウェルカムとばかりに筋肉男達が飛び出してきた。

 どうやら仕様の様だった。どの町でも肉体労働者は不足しているのだろう。ティグなどあまりの勢いに全身の毛を逆立て威嚇していた。


「受付でまずは登録からだね。確か銅貨5枚だったかな」


 お兄さん達の求人をまだ登録してないのでと断って受付に並ぶ。

 受付のお姉さんはこれまた既視感溢れる笑顔が素敵な人で、まさか姉妹じゃないですよねと聞くと、笑顔は共通ですと返ってきた。凄いなプロ。


 ティグは魔力が使える事を教えて、しかし属性が分からず、手当たり次第に魔石を光らせる。どうやら土属性のようだ。確か俺は光なのだが今のところ実感は無い。

 

「それで仕事なんですが、何か良いのありますか?」


「はい。処理しておきますね。二名様ごあんなーい」


 仕事の選択をするまでもなく処理されてしまった。このパターンは知っている。

 肉体労働者を探している人間が魔力使いが居ると知って逃がすはずがないのだ。俺もティグも、屈強なお兄さん達にガシリと肩を組まれた。


「よーし攫え! あ、間違えた……雇え!」


「今の間違えはちょっと聞き捨てならないなぁ!」


「ツカサ、ここ本当に大丈夫なんだろうな……」


(カカカ! もはやテンプレよな!)


 受付のお姉さんはニコニコの笑顔で見送ってくれた。



 連れ去られ、いや、連れられて来たのは牧場だった。

 町壁の内側に広がる草原は、本当に同じ町の中かと疑いたくなるほどに豊かな緑で、風に乗り漂う牧草の匂いと仄かな獣の香りが幼少期の家族旅行の記憶を蘇らせる。


「うわー牧場なんて何年ぶりだろう」


 叔父の家の近くにあって、よくアイスクリームを買って貰ったっけ。また食べたいなぁ。

 しかし、記憶ではもっとこう、ほのぼのとした景色だと思ったのだけれど、そこにある建物はまるで要塞の様な施設だった。


 外壁、扉、柵と全てが分厚い鉄製で、家畜も重そうな鎖で繋がれていて。牢獄かな?と疑問に思うが、魔獣を逃がさない施設と考えるとあながち外れでもない。


 もはやお馴染みの魔獣シュトラオス。白い駝鳥の様な外見の鳥は食用では無いらしい。調教して馬車を引ける様に躾けるそうだ。


 食用はコドルニスという鳥の魔獣で、薄緑色の真ん丸な奴。大きめのバランスボールくらいの体長で、つい乗りたくなる見た目だった。何でも逃げる時に卵を産んで身代わりにする習性があるらしい。進化すると卵を射出してくるそうだ。ちなみに身代わりの卵は美味しくないらしい。


 その他にも豚や牛等も居て、どれも性質的には大人しい家畜向きの魔獣らしいが、やはり何かの拍子に暴れると一般人では手が負えないようだ。


 ならばどうしているのだろうか。まさか騎士が牧場に常駐するわけないよなぁ、などと思っていたら、後ろからポンポンと肩を叩かれて。


「ツカサ殿、なぜこちらに?」


 シャルラさんだった。むしろコチラの台詞なのだが、どうやら公共事業の見学をさせて貰っているようだ。


 ははんと納得する。そういえば土地の所有権は領主の物だった。つまり牧場の経営者は子爵なのだ。すると管理は貴族がしていて、魔力使いは幾らでも都合がつくのである。


「おい、あそこの冒険者サボってるぞ。いいのか?」


 誰かが告げ口をしていた。うそんと思い振り返ると、赤髪の少女がなんとも嗜虐的な視線を向けている。筋肉隆々な親方がレーキを担ぎながら、ちょっとお話しようかと詰め寄ってきた。イグニスてめぇ覚えてろ!



 日雇いの労働者に家畜の世話などさせるはずもなく、冒険者はひたすらに糞を運んだり牧草を刈って運んだりだった。


 牧場にはやはり成長促進の魔法陣があるようで、糞は指定の場所に運ぶとそのまま栄養を牧地に運ぶらしい。つまり草を家畜が食べて、その糞で草を育てるという循環だ。牧草だけでは栄養が足りないので無限機関にはならないが無駄のない事である。


 これが低い作業で中々に腰に来る。貴族が居るのに魔法で解決しないのは、もしかしたら冒険者用にわざわざ仕事を取ってあるのだろうか。


 初夏の日差しに汗を拭いながら虎を見る。短気な奴なので飽きてやしないかと思ったのだ。だが、ティグは正常に作動する魔法陣に感嘆を漏らしていた。膝ほどの高さに生える草が前回の収穫からわずか3日と知ったのだ。


 俺の町もこんな風になっているのかなと。鎌に期待を込めて収穫をしている。

 そういえばラルキルド領の町でも魔法陣を設置してきたのだった。町を出てからもう7日以上。流石に草と野菜を同じには出来ないが、畑はもう緑に色付いてきたのではないか。


 壊そうとした癖にと意地悪を言うと、尻尾を丸めて耳を畳み。

 

「ごめんよ。止めてくれてありがとう。ツカサは良い人間だ」


 獣人に騙されたのがそんなに効いたのか、らしくもなく感謝などを口にする。

 俺はいいよと肩を叩き、再び鎌を握りしゃがみこんだ。


 夕方まで冒険者全員で刈り進め、最後に収穫分を納屋に運んで本日のお仕事終了である。

 さして身体強化の恩恵が無い仕事だった為に、みんなと同じように腰を抑えてんーと伸びをし夕日を眺める。


 身体の柔らかいネコ科のティグには異様な光景だったらしいが、最高に気持ちがいい瞬間だった。


 さてさて、労働の後には対価があるもので。お疲れ様と配られる小銀貨3枚とこの牧場産だと言う一杯の牛乳。濃くて甘くて、ああアイスを作りたい。ぬるいけど最高だった。

  

「これだけ……なのか?」


 虎男は大きな手に乗るたった3枚の硬貨を眺めていた。

 これだけとは言うが小銀貨3枚あれば安い宿に泊まれて食事も摂れる。

 そう思うのはお小遣いをほいと渡したせいだろうか。だから俺はあえてこう言う。


「それだけだよ。だから大切に使おうね」


(初日の給料を全部贈り物に使った奴の台詞とは思えんな)


「大切に使ったよ。ちっとも後悔してない」


(カカカ。儂もあの酒の味はちゃんと覚えておる) 


 そして考えた。せっかくだからシャルラさんに贈り物をしてはどうかと提案したのだ。

 帰り道に少しばかり寄り道をして、男二人であれじゃないこれじゃないと頭を悩ませ、女性アドバイザーは酒としか言わないので無視をした。


 贈ったのは二つの黒いリボンである。俺とティグで一本ずつ買った。

 ツインテールを卒業した少女にとって不要な物かも知れないが、シャルラさんと言ったらコレだよなと意見が一致したのである。


 翌日にはツインテ吸血鬼が復活していてほっこりしたのだけれど、イグニスには女性への贈り物をそれとなく注意された。身に着ける物は誤解されるよと。そういえば魔女にもブローチを贈っていたか。誤解しないでよね!


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