第74話 売り込み



 少しばかり予定が狂ったが、今日はいよいよマヨちゃんの売り込みに行く。

 ラルキルド領の貴重な現金収入のあてになるので、シャルラさんの込める意気は子爵家への訪問と比べても遜色はない。


 多分、昨日の見学が良い刺激になったのではないだろうか。

 経済なんて聞いただけではなかなか理解出来ない。俺だってよく分からない。だから現場を見るのは良い経験だったはずだ。


 昨晩は宿に帰ってきてからというもの、ずっと領の未来を考えこんでいて。なんでもこの町の様な、食べ物に困らない町を目指したいと言っていた。とても微笑ましい願望であるが、良いと思う。


 人は食べなければ生きてはいけない。逆を言えば、食べられさえすれば何とか生きてはいけるのである。飢えに苦しむ住人を見てきた領主の言葉だけにとても重く、だから、みんなお腹いっぱいになってしまえと思った。


 ちなみに昨日はお腹を減らしてイグニス達を待っていたのに、肝心のイグニス達は子爵家で夕飯を食べて帰ってきたというオチがあった。スマホが恋しくなった瞬間である。連絡くれよ。


 仕方ないので俺とティグの二人で食事に出たが、美味い美味いと料理をかきこむ虎を見て、こいつはもう野生ラルキルドでは生きていけないのではないかと感じた。



 さてと。そう商談だ。

 クーダオレ家の御用達という業者の中に気になる名前を見つけたので、最初はそこに顔を出してみるつもりである。


 宿に馬車を頼み今日は四人で行動だ。

 車内、頭にツインテールが復活した吸血鬼はニッコニコの笑顔でご機嫌で。

 迷惑じゃないならと、ティグと二人胸を撫で下ろせば、隣に座る魔女が耳打ちをしてくる。


「昨晩からこの調子なんだよ。手鏡を覗き込んではニヨニヨしてるんだ」


「イグニス殿! 内緒、内緒ですよ!」


 しーと指を立てて秘密にしようとするがもう聞いてしまった。というかシャルラさんだんだん幼児退行していないだろうか。それともコチラが素なのだろうか。


「いえ。髪型が似合っていると言われたのも嬉しいですし、片方はツカサ殿から、片方はあのティグが自ら稼いで買ってくれたなんて。えへへ、涙が出るほど嬉しいです」


 ああそうか。シャルラさんはティグを赤ん坊の頃から知っているのだ。成長が嬉しいのであろう。良かったなと、正面の虎を弄れば、顔はそっぽを向くも獣人の性かな、覗く尻尾はピンと立ち喜びに震えていた。俺にんまり。


(茶番よな)


 もう少し人の心を学んでください魔王様。

 無情なジグを目を細めて眺めていると、ぼそりと隣で魔女が呟く。


「つまらん」


 コイツもか。何故か膨れっ面の赤い女は、頬杖を突きながら空いた手で太ももをぺしぺしと叩いてくる。


 なんやねんと思ったがズボンのポケットからは赤いスカーフがはみ出していて、割腹騒動の時に仕舞ってからすっかり忘れていたようだ。


「ああ。何か足りないと思ったんだ」


 ささりと首に巻いてこれでいいかとイグニスに確認すると、チロリと向けられる赤い瞳と共に、「ん」と短い返事。正解の様だ。ふとみれば、イグニスの胸元には服と吊り合わない安物のブローチが付いていた。

 


 馬車が止まり御者が扉を開ける。どうやら目的地に着いたようだ。

 なにぶん文字が読めないから本当に目的地かの確認が出来なくて、とりあえずほへーとそのお店を眺めてみた。


 目抜き通りでも割と町の中央よりにある店だった。つまり、そこそこの高級店だ。

 この町に多い板張りの建築で、二階建てと背は低い。その分か、横にも奥にも面積は広い。


 並んでいる商品は食品だ。中でも香辛料や香味料、甘味料に調味料と、味や風味を変えたり整えたりするものが多いだろうか。


 綺麗に整理された棚には豊富な品が並んでいる。乾燥された種やら根やら、生の葉やら果物やら、壺に入る塩や砂糖の粉類に、酢や酒、よく分からないソースまで。


 色とりどりの商品は目で楽しく、また複雑な匂いが漂っていて、一体どんな味なのか、これをどんな料理に生かそうかと考ると何とも楽しい。しばし目的を忘れて魅入ってしまった。


「ツカサくん? おお、やっぱりツカサくんじゃないか!」


「あ、良かった! お久しぶりですルーランさん!」


 ルーランさん。王都レースの時に護衛をした商人である。

 30台前半くらいの外見で、細身なのにちょっぴりお腹に脂が乗ってる中年男性。

 トレードマークはチョビ髭なのだけれど、顔つきが幼いせいかお世辞でも似合っているとは言えない。


 そう、この店の名前はルノアー商会。かつてこの商人が名乗った店だ。

 名簿から名前を見つけた時はこんな偶然もあるものだと思ったが、イグニスはふむと考えると偶然を否定。いや、偶然ではあるのだが、あり得ない話では無いと。


 ルーランさんを紹介してくれたのが、ガリラさんという貴族の出身の人だったからだ。

 レースでは大商会に勝てないと嘆いていた彼であるが、なにがなにが。自分だって貴族と付き合いがあるほどの店に勤めていたのである。


「観光かい? とりあえず良く来てくれたね。オジサンまた会えて嬉しいよ」


 感謝しているのだと。王都レースでの優勝で得たのはどうやら賞金だけではないらしい。

 夜駆けという奇襲の戦法は失敗したものの、その発想と根性が評価され、取引が随分と増えたそうな。ああ、気合とか根性って好きな人は居るよね。


「まぁ立ち話もなんだし奥にでも」


「すみません。今日はお願いがあって来たんです」


 このままでは思い出話に花を咲かせそうなので、半身に躱し、吸血鬼を手招いた。

 トテトテと小走りで駆けつけるツインテ少女に商人は目を張る。目敏く、上衣の品質から貴位を察したようで。俺と会話をするよりも明らかに背筋が伸びている。


「こちらはラルキルド伯爵。本日はルノアー商会と商談をご希望なのです。店主とお取次ぎをお願い出来ませんか」


 ほんの一瞬ポカンとした後、マジで?と真ん丸な瞳がこちらを向いて。俺は苦笑いでマジマジと頷く。フリーズから再起動した商人は、キリリと表情を整えると、奥へどうぞと客間に案内してくれた。


 すぐさまにお茶と茶請けが運ばれて、しばしお待ちをと消えるチョビ髭オヤジ。

 さすがに貴族相手でも手慣れたものだと感心したが、閉まった扉の奥からはドスンという音とギャという悲鳴が聞こえた。もしかして転んだのだろうか。


「まぁ動揺するだろうさ」


「そうだよね」


 まさか護衛で雇った冒険者が貴族を連れて来るとは思うまい。

 それも伯爵を名乗るのは見かけ12歳程度の少女で、人によっては何の冗談だと笑っても可笑しくはないだろう。


「お待たせしました。私、アドロック・ルノアー申します。以後お見知りおきを」


 そうして現れた親方さんは……。

 こう、カッチリと崩す事なく礼服を着ているのだが、本当に商人かと疑わしいほどに肩幅と腕回りが逞しい。


 青い瞳が放つ眼光はとても鋭くて、何人殺したと聞きたくなるほどに堅気を匂わせない。

 髪型は前髪が重力に喧嘩を売るようにそそり立つ、黄土色のご立派なリーゼントで。

 どう見ても893です。駄目だ。怖い。帰りたい。


「遥々とようお越し下さいました。して、ウチと取引をしたいという話ですが」


 強面のお兄さんにビビってるわけにもいかず、そうなんですよと、マヨちゃんをアピールすべく持ち込んだ壺を机に置く。

 しかし包装を解く前に手で止められ、アドロックさんを見れば三角形の頭頂をこちらに向けていた。


「申し訳ありません。どうかこの話は無かった事に」


 焦った。まさか商品を見ても貰えないとは思わなかったのだ。

 懇願するようにルーランさんへ視線を向けても、合った目線は瞼で遮られてしまった。


「それは私共が魔族だからでしょうか」


 こういう事もある。想定内のつもりではいたが、それでもシャルラさんの声は固い。

 顔を上げたリーゼントは、表情を崩しもせずに、そうですと言い切った。ギュッと拳を握りこみ、思わず殴ってやりたい衝動に駆られる。


 わずかに理性が勝ったのは、会って筋を通した礼だ。この男は、俺達を門前払いすることも出来たのである。


「理不尽というのは重々承知。しかし、こちら信用一番の仕事柄ですので、どうかご理解戴きたい」


 男は言う。良い魔族と悪い魔族の見分け方は何かと。

 ラルキルド領との取引結構。それ自体は悪ではない。しかし不思議と人を介せば、ラルキルド領との取引が、魔族との取引に変わるでしょうと。


「そうなっては信用は地に落ちたも同じ。手前は看板掲げる身です。子分も取引先も食わせないけません」


 ああなんだ。差別では無かった。要するにこの男、真面目なのである。

 新しい調味料をぶら下げられても、築き上げた信用を優先する義があるのだ。疑われるなら要らないと、儲け話さえ突っぱねるのだ。


「なるほど。ならば良い魔族と証明出来ればどうですか?」


 シャルラさんが紫の瞳で挑発する。その言葉にリーゼントがピクリと眉をしかめる。

 魔族に嫌悪感がないならば、義理堅さというのは味方に付けば心強い。

 少なくともニコニコ笑顔で擦り寄ってくる連中よりは、余程信用ができるのである。


「兄貴! その商談待ったー!!」


 できますのん?とアドロックさんが凄んだところでバーンと扉が開けられた。

 息を切らして立っているのは二十歳くらいの女性だった。誰だと注目が集まる中でリーゼントが声を張る。


「お兄ちゃんって呼べって言ってるだろう! お客様の前だぞ!」


 お客様の前とお兄ちゃんは関係あるのかなお兄ちゃん。

 この男、さてはシスコンだろうか。妹さんが登場した事で、さきほどまでの強面は何処へ投げ捨てた様だ。目尻が下がり口元緩み、なんともだらしのない顔になっていた。


「お兄ちゃん、マヨネーズが欲しいの! 買って!」


「全部買ったるわボケが!!」


 おっと、信用が地に落ちたよお兄ちゃん。


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