第75話 取引先



 商談に乱入してきた女性の名前はコルテ・ルノアー。

 リーゼントヤクザ。違った。リーゼント商人アドロックさんの妹さんで、なんとクーダオレ家の料理人を務めているらしい。自慢の妹らしい。


 何でも俺たちがマヨちゃんの卸先を探していると聞いて、訪問次第アドロックさんに確保する様に伝えに来たようだ。ある意味はとても良いタイミングである。


「お話の途中でごめんなさい。現品をあるだけください。あと次の入荷は何時になりますか?」


「待ちなさいコルテ。現品は買ってもいい。しかし契約になるとだな」


 グイグイとくる妹を抑える様に兄が被せる。さすがに契約までは一時の感情では動かないらしい。けれどもここはアピールチャンスではないだろうか。先ほどは止められたマヨネーズの包みを改めて解き、アドロックさんの前に出す。


「マヨネーズ来たー! いいんですね? これ貰っちゃいますね!?」


 なんと妹さんの話では子爵家に渡した試供品が切れたらしい。

 ん?と俺は訝しむ。確かに渡したのは小壺なのだけれど、300g、だいたい市販のマヨネーズ一本分くらいの量はあったと思う。まだ一日しか経っていないのだが。


 少し消費が早くないかと聞いてみれば、最初は試しにと色々な物に掛けて楽しんでいた子爵達だが、次第に掛ける量が増えて行き、しまいには匙から直接食べる有様だった様だ。マヨラー爆誕といえばそれまでだが、何か怪しい成分でも入っていないか不安になった。


「屈辱です。昨日はルムト様にマヨが欲しいと言われました。それに結構味が濃いので、お体のためにも研究して工夫をしなければというのが料理人達の総意でして」


「いや待て。コルテ、このソースはまさか子爵家が欲しがっているのか?」


「そうだよ兄貴。量が確保出来たら食事会にも出したいって言ってる。だからお願い、買って?」


 でへりとだらしのない顔だったリーゼントは向き直り、引き締め直した表情で吸血鬼を睨む。シャルラさんは、いや俺たちは、へへへと薄ら笑いで視線を受けた。


「話の続きをしましょう、アドロック殿。良い魔族の証明、これでは不足でしょうか」


 シャルラさんが机の上に差し出すのはクーダオレ家の家紋であるフォークが刻まれた銀板。

 冒険者ギルドでも登録すると鳥の紋章が入った真鍮の板が貰えるのだが、これらの物は言わば名刺の様な物だ。

 

 ギルドでは実績と言われているが、信用のある取引先に渡したり、渡されたりするもので、持つ人物の経歴や人柄を保証するものである。発端は勲章授与に倣った風習と聞いたが、まぁそれはいい。


 つまりシャルラさんは子爵のご公認。わざわざ領主の使う業者を選んだのは、客の欲しがる物を用意するのが商人の仕事であり、ましてそれが上客とあっては断れないからである。

 

「ハハハ! 十分も十分、お釣りが来ます! これは一本取られましたわ。前言通り、ウチで宜しければ全部買い取らせて貰います!」


「キャー兄貴大好きー!!」


「も、もう一回言うて!」



「さて、契約ですがね。どちらが商人の方でしょう」


 アドロックさんがニコニコの商売スマイルで話しかけてきた。強面だったり弛んだりと表情の忙しい人である。


 そして、誰が商人かと問う質問に俺たちは誰一人として名乗り出る事は出来なかった。当然である。ラルキルド領に商人などいない。居れば問題など無かったのだ。


「け、契約は……商人でないと駄目ですか? 私、領主ですけど!」


「……へ?」


 部屋に居る全員が顔を伏せ床と目を合わせた。

 俺たちは完全に忘れていたのである。商売をするにはギルドに入っていなければならない事を。町に入る時にドヤ顔で影市を語った自分を殴りたい

 

 一応は法的には問題無いらしいが、それこそギルドでの取り決めである。これを譲ってしまったら商人として失格だとアドロックさんは苦々しく言った。


 そんなーと妹さんが絶望の顔でガクガクと兄を揺するが、こればかりはうんと言ってくれなかった。頑張れ妹さん。お兄ちゃんって呼ぶと効果的だよ。


 だからと言って他人ばかりをあてにするわけにもいかない。何か代替案はないかと頭をフル稼働させ、二週に一度ある旗の日に取引するのはどうかと言った。旗の日はフリーマーケットの日。この時は商人でなくても売り買いが出来るはずである。


 それでも良い返事は貰えなくて、いよいよ諦めかけたのだけれど、ジグがふよふよと俺の前に出て来る。

 

(なんとかなるかも知れんぞ? いや、儂ではないが、ほれ)


 指し示すほうを見ると、ここに来てからずっと黙り混んでいた魔女と目が合う。

 交代かい?と赤い瞳が愉快に歪む。さては一人気付いていて、俺たちが何処まで交渉できるかを眺めていたのだろう。


 であるならばまだ逆転の目があるのだろうが、素直にギブアップだ。イグニスはふふんと上機嫌で俺と席を代わった。


「イグニス殿。もしや何か良い案が!?」


「ええ、まぁ。というよりは私の目的はこちらですがね」


 そう言ってイグニスが放った言葉に、アドロックさんとルーランさんは険しい顔をする。 まさかまさかに、商人をよこせと啖呵を切ったのだ。


 餌は子爵が欲しがるマヨネーズ。ついでにラルキルド領でギルドを作れる権利。なんと今なら住民権と店舗まで無料。居ないのか?これだけの好条件はもう無いぞと。

 

 目から鱗のウルトラCだ。

 商人が居ないなら連れてくれば良い。取引が出来て、ギルドや商売のノウハウまでも丸っと手に入れようというのだ。


 言われてみれば自分が商売をする訳ではないのだから、これが正解である。なんとも単純で、貴族らしい発想だった。


「……ルーラン! 商訓言ってみい!」


「へい! 一つは生産者の顔立てて。二つはお客様の足元覗き。大量入荷も即日完売、売り切れ御免! コルテ最高! 儲かりまっか!」


(お前さん、今何か……)


 俺は突っ込まない。突っ込まないよ!


「皆様方。このルーラン、店で働き20と4年。既に親方資格を持ってます。技術も経験も私が保証します。どうぞ良しなに」


 流れて的にはルーランさんがラルキルド領に来てくれるという話だが、俺は待ったを掛ける。本当に良いのだろうか。このちょび髭親父には、王都で店を持つという夢があったはずだ。


「そうですよ。王都での出店、商人なら誰もが一度は夢を見ます。けれどね、ツカサくん。それは、お金で買える夢なんだ」


 ラルキルド領での第一号店。売り物は子爵の求める調味料。今ならギルドまで設立出来る。このタイミングを逃し、次にこんな美味しい話があるものかと。


「元から貯金が貯まれば独立する予定だったんです。僕でお力になれるならば、望む所ですよ」


 さすがに今日の今日で契約とは行かなかったが、ルーランさんなら店での実績があるのでラルキルド領にギルドが無くても卸売りは可能だそうだ。


 マヨネーズの値段の兼ね合いもあるので、実際に町で材料などを確認して詳細を決めてから改めて契約に来るという。


 そこでルーランさんから懸念が上がったのが護衛の話である。

 何度も往復する都合上ナンデヤの町で雇うと拘束日数が長くなるので、出来るならば俺に専属の護衛を務めてくれないかという話だ。


 うっかりいいよと即答しそうになったが、イグニスにつま先を踏まれた。

 それにこっちにはこっちで適任が居た。ティグである。


「お、俺か? けど、アンタは俺でも良いのか?」


「ツカサくんの紹介ならば、喜んで」


 差し伸ばされたルーランさんの右腕、しかし虎男は躊躇った。

 一体どうしたというのか、悩み、悩み、やがて左手を開いて見せてきた。大きな手のひらにある肉球には痛々しい焼き印が刻まれていた。


「お前、それは」


 犯罪歴の印である。そうか獣人は毛があるから手のひらに押されるのか。

 何時押されたのかなんて決まっている。出店に騙されて、喧嘩をしたと言った時だろう。

 考えて見れば魔力使いの獣人を抑えれるなんて、騎士でも出てこないと難しい。


「俺はこの町で暴力を振るった。でも、でもツカサの友達なら俺はきっとアンタを守り通す。信じて欲しい」


 こんな俺でもいいですかと。まるでプロポーズの様な台詞。

 ちょび髭の商人は虎の腕を取る事は無かった。しかし右手を握りしめ、拳でティグの胸をトンと叩く。よろしくな、相棒。と。


 縁とは不思議なもので、俺を通して出会った二人が友達になる様子はなんとも奇妙な感じだった。俺もあの二人を友達と呼んでも怒らないだろうか。


「おお。よろしくお願いします、商人殿。ラルキルド領は歓迎します!」


 シャルラさんもツインテールをぴょこぴょこと揺らし喜んでいて。

 一時は買い取りさえもしてもらえないかと思ったが、蓋を開ければ、販路の確保だけでなく、腕利きの商人まで手に入れる大勝利である。


「ああ、せやルーラン。店の名前はもう決めたのか」


「名前ですか? 普通に苗字を、いや、せっかくだしツカサくんが付けてくださいよ」


「え、俺ですか?」


 なんでもルーランさんにとって俺は幸運の象徴らしい。王都レースの優勝から伯爵の紹介と良い出来事が続いたから、験を担ぎたいそうだ。んー急に言われてもな。ジグは何かアイデアないだろうか。


(ちょび髭商会!)


 いや、それはない。こいつセンスないわーと思っていたのに、妙に耳に残り、俺もその名を告げていてた。


「ハハハ! もうふざけないで下さいよ、ツカサくん」


「ちょび髭商会! 素敵な名前ですね!」


「おう、こりゃ良い名前貰ったなルーラン。ぷぷっ」


 冗談で終わらせようとしたルーランさんだが、シャルラさんが気に入ったのが運の尽き。

 アドロックさんまでもが乗っかり、まさかまさかの正式決定と成ってしまったのだった。これが歴史に名を残すちょび髭商会誕生の瞬間である。知らんけど。


「結局マヨネーズは次いつ手に入るんですか!?」


 その答えはまだ誰も知らない。けれど断言しよう。近いうち、必ずだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る