第12話 廃城へ再び



 翌日当然の様にカノンさんが俺の部屋を訪ねてきて、机にうつ伏せるイグニスさんを見つけて。違うと言っているのに、そのニヤけ顔が消えることは無かった。


 カノンさんの用事といえば、もはや日課である走りこみの誘いだ。フェヌア教では子供から老人まで、皆街中を走っている。


 今日は昨日の二人も一緒のようだ。名前はなんだったか。ええと、勇者がフィーネで戦士がヴァンか。


 絡むのは初めてだけど、カノンさんが間に入ってくれる。コミュ力高いお姉さんはお節介と強引さが合わさり最強にみえる。


 フィーネちゃんとヴァンは二人共鎧と剣を身に着けていて、それで走るのかと聞けば鍛錬なら当然だと言っていた。ちなみに俺だけ身体強化を使っているのにビリだった。解せない。


 走り終えたらそのまま鍛錬に混ぜて貰ったが、ヴァンの二刀流の前になすすべなく敗れる。


 地球では真剣を片手で振るうというのは現実的ではないらしいが、魔法のあるこの世界では片手で剣を振るう腕力が得られる。異世界の二刀流は攻撃力2倍、防御力2倍の、合わせて4倍強いチート剣術だ。


 あんなの反則だろと思っていたら、俺が何十回挑んでも一太刀も入れられなかったヴァンと普通に渡り合うフィーネちゃん。この二人に勧誘されるということは、カノンさんもイグニスさんも相当な実力者なのだろうと差を実感させられた。


「やあ皆おはよう」


 一汗流し四人で食堂に行けば、先に食べ終えたのかお茶を飲むイグニスさんの姿があった。


「そうだ、聞いてフィーネ。イグニスったら昨日ツカサと二人で飲んでたみたいよ」


「え、何それ。もっと詳しく」


 ノーコメントを貫くイグニスさんに、女子二人が勝手に盛り上がる。勇者という肩書があって、いくら強くても、そういうところは女の子だなぁ。


「そういえば、勇者って具体的に何をするんですか?やっぱり魔王を倒すとか」


「具体的には、人助け……かな?」


「魔王だけじゃねぇ。魔族も魔獣も全部ぶっ倒す!」


「布教」


 勇者の歯切れの悪い返答にヴァンが口を挟む。目つきが悪けりゃ口も悪い男だ。


「暴論だぞヴァン。とは言え、勇者の役割は人類の剣ということで間違いはない」


 説明しようと言わんばかりにイグニスさんが混じってきた。


 一勇、三柱、六王、十二神。それが世界を傾ける強大な戦力であり。勇者はその戦力の1つとして特別な力を持って生まれてきた者。求められる役割は人理の刃として人類の最大戦力であり、国境を越えて悲劇の幕を閉じる事だと魔女が言う。


 昨日とは違い、まるで原稿を読み上げるような平坦な声だった。


「それは、それはさ。なんか」


 勇者だなんだと持ち上げても、そんなの兵器と変わらないのではないだろうか。俺は、俺なら、お前は勇者なんだから戦えと言われたら嫌だし、まして女の子に背負わせることじゃないだろうと思う。

 

「ダーメ!」


 カノンさんに止められ、吐き出そうとしてしまった言葉を飲み込む。

 そうだ。同情しても、俺にも誰にも代わってあげることなんてできなくて。だからこの人達はフィーネちゃんを支えようとしているんだ。


 視線から感情を読み取ったのか、フィーネちゃんははにかんで、その反応が逆に辛い。俺も彼女には優しくしようと心に決めた。



 朝食を終えると、イグニスさんに準備は出来ているのかと聞かれ、何の?と返すと溜め息をつかれる。城に調査に行く話をすっかり忘れていた。


「イグニス、私も行こうか?」


「いや、ストラウスで行ってすぐに帰ってくるよ」


 イグニスさんとフィーネちゃんの話を聞きながらジグにストラウスの意味を教えて貰う。シュトラオスの進化した馬鳥をストラウスというらしい。そういえば町に来るときに見た記憶がある。


「そんなに気軽に行って帰って来れる距離じゃないですよね」


 片道3日の距離だ。それはゆっくり走っていたけれど、一日を時速10キロで6時間くらい走ったとして、それを三日なら180キロ近い距離になるはずだ。

 不思議に思って聞いてみたら、二人して首を傾げる。俺も傾げる。


 そして地図を見せて貰って謎は解けた。この町ルギニアから城までは直線距離ならば大したことはない。ジグに聞けばおおよそ40キロ程度なのだが、俺達はすごく遠回りをしてやってきたみたいだ。


 理由はたぶん、リリアが道を知らなかったからだろう。

 知らない山から町まで帰る道なんて、そもそも10歳の子供に分かるわけがないのだ。だからリリアは普段親と通っていた、自分でも分かる道まで出るという確実な方法をとって、それで大分遠回りになったみたいだ。


 イグニスさんが離れていたら見張りにならないだろと言う。その通りである。何気に大冒険だったことを知り、無事に着けて良かったと心から思う。


(よもやこんなに早く帰ることになるとはの。分からんものよ)


「そうだね。あれからまだ7日。しかもなんの進展も無いという」


 家に帰る方法を探して旅立ったのに、ドタバタに巻き込まれてそれどころでは無かったからな。お金が手に入ったのが唯一の救いだろうか。


 部屋に戻って準備……といっても持ち物がそもそも少ない。革の袋に愛用の水差しとランタンを入れてマントを羽織れば準備完了だ。帰ってきたら少し装備を買おうかな。


 外ではもうイグニスさんがストラウスに鞍と鞄をつけて荷物を詰めていた。積む荷物を聞かれたので、袋をひょいと見せると、軽さに呆れた様子で鞄にしまってくれる。


「イグニスさんが行くんですか?」


「ああ、私だ。父も兄も忙しいのさ」


 勇者一行が町に来ていることは貴族に通知してあるらしく、領主として面会などの対応をしているらしい。場所によってはパーティーやパレードまでやる町もあるみたいだが、本人達の意向であまり目立たたない様に匿っているのだとか。


「面倒くさいんですね」


「言っただろう、貴族というのは面倒くさいんだ」


 そう自嘲気味に笑いながら馬鳥に騎乗していた。

 ストラウスには鞍が二つ乗せてあり、前にはイグニスさんが座り手綱を握ってくれる。それに倣い俺も後ろによじ登る。


 視線は結構高く、馬に乗っているくらいあるだろうか。とても鳥に乗っている感じではないのに、羽の感触があるのが面白い。


 想像より全然安定していて、鞍には背もたれまで付いているので快適な移動になりそうである。少なくとも、しっかりしがみつけ、なんてイベントは期待出来ないだろう。

 

「じゃあ出るよ。ああ、外では敬語はいらない。報告は的確に、そして素早くだ」


「うい」


 四つ足の鳥が駆け出す。

 正門を顔パスで抜けて、地面が石畳から土に変わりストラウスは一気に加速した。

 車と違い地を蹴るごとに躍動して、まさに生き物に乗っているという風だ。馬の背もこんな感じのだろうか。


 すぐに帰ってくるというだけのことはあり、かなりの速度が出ていて、体感だけれど100キロ以上は出ているだろう。

 ぐんぐんと小さくなっていく正門を見ながら、速度違反とかないのかな、なんて思った。



 途中2度の休憩を挟みながらも、まだ日が高いうちに懐かしの森が見えてきた。

 40キロの距離と言っても流石に直線ではない為に、時間はそれなり掛かったと思うけど、前回が3日の行程だったことを考えればあまりに早い到着だ。


「ニコラ達はここから森に入ったのか」


 イグニスさんを連れてきたのは自分たちが通ってきた森への入り口だ。普段の調査ではもっと町に近いところからシュトラオスで入るらしい。


 脇から地図を覗き込めば、この入り口の場所は町の反対側で隣町に近いほうだという事がわかる。


「そうだと思います。轍を辿って来たので」


「……君は、変だと思わなかったのかい?」


 難しい顔で森を睨むイグニスさん。前髪を指で弄りながら眉間に深い皺を作っている。

 地図を見せながら説明してくれたが、商隊が襲われたのはもっとルギニア寄りの場所らしい。離れた所からわざわざ此処まで来ているのだから計画的なものだろうと言う。

 そこまでは分かったのでコクリと頷く。


「だが、この道は出来てまだ新しいんだよ」


 道とは言えない獣道。俺は大型魔獣の通った後だと勝手に思っていたが、言われてみれば街道から城まで繋がっているのは不自然かもしれない。


 しかし荷馬車が通れるほどの道幅だ。草むらならともかく森の中で、その場で道を作りながらというわけには行かないと思うのだけど。


「えと。そうすると元からあった道を使ったんじゃないってこと」


「そうだね。道を作りながら進んだと考えるべきだ」


 そうか。この森はだいたい歩いたから、道なんてあったかなと疑問だったけど盗賊達が作ったのか。それは記憶にないわけだ。


 先に行こうと言うイグニスさんに従ってストラウスに乗る。今回は荷車は無いから獣道も余裕がある。

 

(なるほどな。高い位置の枝が折れとる。何かしらの大型生物が通った跡で間違いなさそうだぞ)


「やめてよ。嫌な予感しかしない」


 ならソイツは何処に居るのか?此処でしょ。

 見慣れた森の中でも正体不明が潜んでいるかもというだけで、途端に怖くなる。調査の付き添いという軽い気持ちから戦闘の可能性も考えて心を引き締めた。


 そんな不安をよそに森は静かで、足の進みは至って順調。日暮れ前には城下の草原に出ることが出来て、魔獣にも出会う事はなかった。


「こんなに近づくのは初めてだ。魔王の爪痕は確かに消えているようだね」


 ストラウスが草原をかき分けながら進んでいると、イグニスさんが野営できそうな所はないかと聞いてきて、城の広間がいいと答えれば曖昧な顔で肯定した。


 とりあえず聞いてみたという態なんだろう。調査地とはいえ魔王城で一晩明かすとなると気持ちは理解できた。


 城下町の跡地を抜けて、坂道を上がり正門にたどり着く。結局夕暮れ時の到着になってしまったが、ストラウスの機動性は大したものである。


 広間には人気は無い。盗賊は捕まったと聞くし、あの後森を出たのだろう。置いてきた荷車も中身は空になっていて、あの死闘の一夜が懐かしいほどに伽藍洞の城に戻っていた。


「さて目的地にも着いたし、少し早いけど野営の準備をしようか」


 野営。そうか、ジグのお陰で意識しなかったけど、今日はイグニスさんと、女の子と二人きりで夜を明かすのか。


(ああそういう。カカカ。したたかな女よの)


 ジグが告げる衝撃の真実。それはイグニスさんが昨日俺の部屋で寝泊まりしたのは今日の予行練習だった説。……あると思います。


 考えてみれば不自然だ。夜に男の部屋に来て、酒を飲んで寝る。これは明らかに誘っている。罠だったんだ。俺じゃなかったら引っかかっちゃうね。


 硬直する俺に荷下ろしするイグニスさんが手伝いなさいと怒る。しかし赤い双眼はからかいの色を帯びていた。この人やっぱり性格悪い。


 火を焚きながら、軽い夕食を食べて、余った時間はこの城での生活の話をした。


 ジグの事はもちろん伏せたけれど、草原で適当な物を食べてお腹を壊したこと。城と森の探索をしたこと。出会った魔獣のこと。リリアとのこと。盗賊団のこと。オールバックのこと。話出せば意外と色々あって、いい時間潰しにはなった。

 

 夜は更けていく。



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