第13話 城の調査



 夜は交代で眠りに付き、今は俺の番。

 イグニスさんはマントに包まってご就寝中である。お嬢様なのにレンガの上とはいえ横になるのだから大したものだ。


 夜更かしするのは久しぶりだった。部屋に籠っていたときはネットもゲームもあったからよく徹夜もしたけれど、こっちに来てからは体を動かすことが増えたので寝るのも早い。


 ゲームといえば連続ログインも切れてしまったか。ギルドの人に申し訳ない。考えないようにしていたけれど、アニメや漫画の続きも気になるんだよなぁ。ありったけの夢をかき集めた海賊漫画はどうなったのだろうか。


(儂は眠れんし、見張りは任せてくれていいぞ。そもそもずっとやっていたしな)


「ああ、そうなるのか。気づかなくてごめん。任されたからにはちゃんとやるよ」


 イグニスさんを起こしては悪いので声は潜めて会話する。言語は日本語なのでもし聞かれても問題はないだろう。


  焚火に薪を組めながら沸かしたお湯でお茶を飲む。お茶は抹茶の様に粉末にすり潰したもので持ち運びに便利だ。香りも味も存外悪くないので町に帰ったら買いたい。


「最近言葉の練習ばっかりで聞けなかったんだけどさ、ジグは魔王だったんだろ?やっぱり人間と戦ってたの?」


(いや別に。むしろ他の魔王や神との戦いのほうが激しかったぞ。特別人間に興味も無かったしな)


「6王と12神ってやつか。その割には人間にも敵視されてるよね」


(それは仕方ない。王同士の戦いとなれば世界が歪むでの。人間どころか全種族から畏れられておったわカカカ)


 懐かしそうな顔をしながら思い出話をしてくれる。ジグルベインは知識はくれても、あまり自分の話はしてくれないので新鮮である。


 不死者の王が築いた1000年王国に戦いを挑んで返り討ちにされた話。

 重力を操る空飛ぶ鯨の王が居て、島まで浮かせ始めたから撃墜した話。

 竜の王が居て、喧嘩売ったら竜族と戦争が起こった話。


 どれも規模が大きくて、しかも碌でもない話ばかりで。それはジグが悪いよと思う話もあったが、どうして屈託なく笑うので黙ってその綺麗な横顔を眺めていた。


 城で生活していた時には、魔王という立場を隠していたから話せなかったのだろう。


「ジグはその身体で不便はないの? 生き返れたらなにしたい?」


(不便かといえば不便しかないが、今はお前さんがおるしなぁ。儂は好きに生きたでな。未練は無いから、お前さんも好きに生きてくれよ)


「ふぅん? でもねジグルベイン。俺はお前に色んなものを貰いっぱなしだから、ジグにも何かしてあげたいんだ」


(カカカ。バカめ。……バカめ)


 ジグの手が頭に乗るけれど、その手には重さも温かさもない。

 いつか。いつかでいいから、ちゃんと撫でて貰いたいと思うのは我儘なのだろうか。



 気付けば交代の事などすっかり忘れて話し込んでしまった。

 朝陽も昇り始めたし、そろそろ起こしたほうがいいのだろうか。揺すろうと思い近くまで寄ったが、肩でも女の子に触れる度胸が湧かなくて、結局耳元で声を掛けた。


「イグニスさーん。朝ですよー」


「んん……ぅん」


 声がやたらと扇情的だ。性格はともかくこの人の声は好きなんだよなぁ。

 可愛い寝顔を前に途方に暮れているとジグからお叱りを受けたので、覚悟を決めて肩を揺する。


 声を掛けながら何度か揺すると、ようやく長い睫毛が持ち上がり、虚ろな赤い瞳と目が合った。同時にひゃうと可愛らしい声も上がった。


「あんまりこっちを見るな」


 顔を真っ赤にして櫛で髪を梳かすイグニスさん。旅は慣れていそうだと思ったけどやはり女の子なのだろう。アホ毛と格闘している間に朝食を用意することにした。



「城の中は全部調査するんですか?」


「いずれはね。今回はとりあえず危険がない事が確認できればいいかな」


 身支度を整え終わったイグニスさんはいつものとんがり帽子と外套に加えて杖まで握っていて、どこから見ても魔女の装いになっている。


 俺は魔獣のマントは置いて、長袖シャツとズボンの動きやすい軽装だ。エルツィオーネ家で着替えとして借りた服をそのまま貰った。


 城内は知り尽くしているので案内しようとしたが、イグニスさんが先行することになった。先入観を持ちたくないらしい。


 早速進み始めたのだけれど、広間から中庭に出てすぐさま歩みは止まってしまう。

 きょろきょろと周囲を見渡しながら盗賊達に踏み荒らされた庭を彷徨っている。

 

「うん。ここが起点かな。【展開】【走れ】【燃やせ】」


 ちょいちょいと手で追い払われて、数歩後ろに下がればイグニスさんを中心に魔法陣が浮かび上がる。


 呪文らしい単語で陣が輝くと一瞬のうちに炎が沸き起こり、激しい火力で周囲を焼き払う。数秒の光景だったが、円環に焦げる地面と熱された空気が幻で無い事を示していた。

 すごい、魔法のようだ。魔法なんだけど。


「すんげえ」


(魔法陣を持ち歩いておるのか。便利な時代だな)


 突然の非現実な光景にぽかんとしていると、イグニスさんに初めて見たのかい?と笑われる。初めてです。でもそんな俺には興味も無いようで、特に説明もなかった。


 意識はすでに下に向いていて、顎をさすりながら思考に耽っているようだ。

 草が焼き払われた場所から姿を見せたのはストーンサークルのように規則的に埋め込まれた石達だった。これも魔法陣だろうか。


 石自体は見たことがある。文字が刻まれているけれど、魔石という奴だ。

 ジグから貰った水差しやランタンにもついている色の入ったガラスの様な鉱石である。


「ふぅん。エルフ文字か。今と変わらないな。水と土の2属性。浸透と吸収ね」


 一通り解析できたのか、なるほどねと顔を上げて。どうやらこの森の木々の成長を促す魔法だったらしい。そういえばジグもそんな事を言っていたか。


 それにしても中庭で新発見があるとは。知り尽くしていると言うのは撤回しないとならないらしい。


「なんで魔法陣の在りかが分かったんですか?」


「空気だよ。これはまだ起動しているからね。魔力の流れで分かるんだ」


(お前さんはまだ内気のレベルだからな。外気を操作するようになれば自然と判断つくわ)


 なるほどわからん。

 次にニコラの遺体を確認したいと言われて居館に案内する。


 建物の中は窓が少ないので日中でもかなり薄暗い。だからランタンを渡そうと思ったのだけれど、杖の先端を懐中電灯みたいに光らせて進んでいく背を見て俺は手を引っ込めた。

 魔法って便利だな。


 2階への階段を上っていると前から「ぬぅお」と何とも言えない声が聞こえて。どうやら撒菱を踏んづけたようだ。そういえば片付けて無かったか。

 イグニスさんは足を擦りながら涙目でこちらを睨んでいた。笑ってやった。


「もう罠はないんだろうね!」 


「はい。きっと大丈夫なはず」


 しかし四階へ向かう階段に落石トラップが残っていて、なんとか避けたけれど首を絞められた。悪気が有ったんじゃない。記憶が無かったんだ。今まで仕掛けた罠の数なんて覚えていない。


 最後は恒例の五階から六階までの木登りをすれば最上階だった。どうせなら魔法で華麗に昇って欲しかったところだけど、ぜいぜい息を切らせて昇っていた。


「……本人で間違いは無さそうだ。ギルド証だけでも回収しよう」


 六階には、むせかえるほどの死臭が立ち込めていた。上半身を縦に割かれた遺体はあの日から動くことなくそこにあり、土にすら帰れず血の海に横たわっている。


 換気が悪いせいで充満する腐敗臭に、胃の物を全部吐き出したくなるが、それは出来ない。自分が奪った命だ。


「イグニスさん、終わったら埋めてあげていいかな」


「その必要はないよ。あと敬語、やめなさい」


 ニコラの遺体はイグニスさんが魔法で燃やした。忘れるところだった。正義と言う理由で奪ったものを。悪という理由で裁いたものを。


 倒さなければ、俺もリリアも殺されていたのだろうけれど、それでもあの刃の感触だけは忘れてはいけないのだと、手を合わせながら心に刻んだ。



「この階でもないようだな」


 ジグの部屋……だった場所で一息ついているとイグニスさんが言った。

 部屋の中は家具や荷物を燃やしたので天井まで煤けているけれど、400年時間が止まっていた分他の部屋に比べてまだ綺麗である。


 煤のない場所に腰を下ろし、水差しの水を回し飲みしていた。


「何か気になることでも?」


「ところどころに、まじないが刻んであるんだ。それの核さ」


 ああ。隠匿のまじない。気にしなければ気にならない程度のおまじないだったか。

 城の内部に刻まれているようで、城自体の存在が薄いらしい。おかげで虫などの生物は侵入してこなくて微妙に役立っていたものだ。


「こっちはエルフ文字じゃなくてね。第6世代。そうちょうど400年くらい前の術式なんだけど……」


 イグニスさんの見立てもやはり意識からの除外という簡単な隠匿効果のものらしい。

 それはジグからも聞いた話で、俺も保存されたこの部屋を守っていたのだと思っていた。

 しかし、彼女はどうにも腑に落ちないようで、胡坐をかきながら腕を組む。貧乏揺すりはやめて欲しい。


「雑すぎる。見つけてくださいと言わんばかりだ。隠匿の意味がない」


(ああ、それは儂も思ったの。どうせならちゃんと隠せと)


 二人の意見としては隠し方が雑だということ。結論はカモフラージュ。

 俺はこの部屋が保管されていたことを知っているので、微笑ましくその推理を聞いていた。


「まず、誰が。魔王の関係者なのか。いや違うね。こんな術式を私の先祖が見逃すはずがない。なら、掛けたのはご先祖様、紅蓮の賢者に他ならないだろうさ。


 ではなにをだ?宝か。違うな。魔王城でなければいけなかったんだよ。

 そう、例えば力。魔王の爪痕として管理されるこの場所で、一緒に管理させたいような物だろう。


 そして、なぜ。決まってる。手に負えない危険物だから」


 ジグルベインが不気味な物を見た顔をしている。きっと俺もそんな顔だ。

 全部仮定の推測だけれど、あり得るのだ。


 城から無くなったものばかりを数えていた。一番確かな証言が住んでいたジグの話だからだ。しかし増えているという可能性を考えなかった。


 ジグにも空白の400年がある。途中から近づく事は出来なくなったようだが、少なくとも城の中身を全部盗られるくらいの期間、人の出入りがあった。

 なら、俺とジグの二人ともが意識しない何かがあってもおかしくない。

 

「ご、先祖様から何か伝わってないんですか?」


「……危険物はだいたい家にあるはずなんだ。行方不明で隠さないとならないもの……邪竜の死体を封印したという手記があったか」


 骨だけになってもなお呪いで動き、生物を食らって蘇る悪夢のドラゴンゾンビ。

 その代の勇者がジグルベインと相打ちになったため倒しきれなかった化け物だそうだ。

 年代的には一致しそうだ。


「嫌な予感がする。確認だけはしなければ。竜なら巨体だろう。そんな巨体が入り、なお且つ探してない場所」


「地下?確かに探してないですけど。でも地下の入り口は木の根で埋まってたり、崩れて通れなかったから」


(違うぞお前さん。隠されてるのは入り口だ。儂の知らない何処かに、入り口が造られとるんだ)

 

 ガバッと俺とイグニスさんは同時に立ち上がり、そして駆け出した。

 


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