第14話 陰謀
階段を駆け下りる途中で大きな振動が城を揺らした。
突然の出来事に驚くが足を止める余裕はない。頭上からパラパラと落ちる埃が落石に変わるまえに一気に城の外まで駆けだした。
「なんだったんだ? 地震?」
二人で慌てて天井の無い中庭まで飛びだすが、揺れはその一度きりで、周囲に見て取れる変化はない。しかしイグニスさんは青ざめた顔で正門に向かった走り出した。
「まじないは心理を利用したものだった。扉のように壊せなく、魔法のように手繰れない、意識の隅に隠すもの。なら! 君は何処に隠す! 私なら城には隠さない!」
(あの爺ならやりそうよな)
どうやら、まじないの術者も随分性格が悪いらしい。
意識的に探さないと見つけられなくなる隠匿の術を城に掛け、肝心の探し物は城に置かないとは。でも何故か彼女の祖先と考えるとしっくりくる考えだ。
「封印の場所は城下町のあった草原!」
イグニスさんはコクリと頷き、答えを確かめるべく正門前から町を一望しようとする。
だが、答えは確認するまでもなく現れた。現れてしまった。俺達がまだ正門に向かって駆けている途中に、草原から狼煙のように黒い闇が噴出したのだ。
「ああ、くそったれ。最悪だな。私達は一手も二手も遅かったらしい」
黒い煙は地面から立ち上っているようで、地響きと共に巨大な骨が土から生えてきていた。遠目からでもハッキリと分かる大きさだ。相当なサイズに違いない。
「私はアレを食い止める。君はここで待ってなさい」
「え? 行きますよ。人手、必要でしょう?」
赤い瞳が見開いて、信じられないものを見た顔をするのだけれど、俺はそんなに薄情者だと思われていたのだろうか。
「敬語、直しさない」
「了解」
二人を乗せた馬鳥は全速力で駆け出した。
◆
顔が痛いほどの速度で馬鳥の魔獣は風を切る。
足場の悪い草むらだろうと容赦なく突き進む馬力が逞しい。草原に降りるまでに少なからず時間は掛かったが、幸いに目標物を見失うことはなかった。サイズも存在感も大きすぎて見失いようが無いからだ。
敵の姿は昔博物館で見たティラノサウルスの標本を思い出す。角と翼をつけて、二倍くらい大きくしたらまさしく目の前の化け物だ。
骨だけでも格好いいと思ってしまうのは男の子の性かもしれないが、それが動く姿を目の当たりにすると流石に不気味である。
「何か案はあるの!」
「どうかな。死体が動く原理が分からないことには何とも」
とりあえず一撃だな、と。イグニスは骨竜に向かって杖を掲げ。
「【展開】【弓より早く】【槍より重く】【貫き燃やせ】」
杖の先から展開された魔法陣。多大な熱を集めてそこから射出される炎の渦。巨大な炎の槍は一直線に空を駆け、いとも容易く竜を穿った。
それは如何な熱量か、頭部を完全に消滅させて、熱の余波が胴体を溶かす。
「えっ終わったんじゃないこれ」
(カカカ、それはフラグというやつだな)
一度は崩れかけた巨体だが失った部分に黒い煙が集まり、見る見る姿が復元されていく。身をよじらせて叫んでいるのか、声にならない衝撃波が鼓膜を揺らした。
「まさに復元だな。魂が縛られてるのか?外的要因で強制的に蘇らされている様に見えた」
「ええ正に。ご明察でございます」
(右!)
ジグルベインの声で咄嗟にヴァニタスを引き抜きイグニスを庇う。
黒剣から伝わる衝撃はとても受けられるものではなく、馬鳥の上から弾き飛ばされる。
剣の硬度と下が草むらだったことが幸いした。背中を強打したけれどなんとか立てる。
「ツカサ!?」
「大丈夫、アッチをお願い」
奇襲を仕掛けてきた老人は駆けていくイグニスに目もくれず俺を見ていた。銀色に鈍く光る眼が暗い暗い闇を思わせる。
小柄で小奇麗な恰好をした好々爺に見えるが、目の色は完全に狂気のそれだ。
「人間。貴様どこでその剣を手に入れた! ありえない! ありえないのだ! それはあのお方の!」
「なに知り合い?」
(さて、覚えはないが)
ジグルベインの知り合いで戦わずに済むのなら越したことはない。俺は虚空の剣を見せつける様に構えて言った。
「知りたいなら教えてやるけど、先に教えてくれよ。アンタが黒幕ってことでいいのかな?」
老紳士は愉快げに笑うと、ツラツラと答えてくれる。
「私如きが黒幕などとはおこがましい。此度は一計を任されただけにございます」
始まりは、酒場でニコラから勇者の訪れが漏れたこと。勇者の不平不満を口にする男に取引を持ち掛けたら簡単に頭を縦に振ったらしい。取引の内容はこうだ。勇者に勝てる力をやる、人手を集めろ。
その時、ニコラはもう町を捨てたのだろう。とった手段は商団を餌に人手を募ったのだ。
唾を吐きたくなる話だが、この男の話は続く。
「邪竜を探させ餌にしてやるつもりだったのですがねぇ! 全くの無能揃い。遅いと見に来ればまさか全滅しているとは面白すぎるでしょう!」
ボコボコと老人の皮を破り、黒い毛むくじゃらの肉体が膨らんでいく。先ほど吹き飛ばされた時に見た熊の様な手は、見間違いでは無かったようだ。
ペラペラと喋ってくれたのは冥土の土産というやつだろう。どうやら俺を逃がすつもりはないらしい。
「さあ貴様の番だ。ヴァニタスを何処で手に入れた!」
「借りてるんだよ、ジグルベインからね!」
地面が爆ぜる。後ろに飛ばなければ、その剛腕に潰されていた。今なお膨らむ異形は、熊の様なゴリラの様な巨大な獣で目は大きな瞳が一つ。おまけみたいな角と羽も付いていて、なんだこの生物は。
ああ、でも森を通った大型生物というのはコイツで間違いなさそうだ。
(変化となると中級悪魔か。代われ。お前さんの手にはちと余る)
「それはありがたいんだけど、余裕がない」
大きく、速く、強い。単純な性能だけでも脅威であるが、それ以上に殺意が高い。
間合いは一瞬で詰められて、巨大で長い腕が容赦なく振るわれる。鋭い爪と強靭な腕力は掠るだけで人体をバラバラにするだろう。
広い草原なのが救いだった。逃げ場がいくらでもある。退きながら、転がりながら、時に剣で防いで飛ばされながらだが、かろうじて命は繋いでいる。
こっちも鍛錬は欠かしていないのに、戦うのは格上ばかりで嫌になる。たまには格好よく勝ちたいものだ。
しかしヴァンの二刀流は経験しておいて良かったと思う。あの絶え間ない嵐の様な剣技に比べれば、まだ大分大味だ。
迫る爪を掻い潜り、走る腕を黒剣で一太刀。岩を叩いたかのような強烈な衝撃が手に伝わる。何て硬さと質量だろう。負けじと身体強化で押し返し、とうとう刃が地に届く。
「へへ、やった」
悪魔の攻撃に被せた切り落としの一撃はボトリと肘から先を切断した。
同時、股を濡らす温かい液体を感じて。嫌な予感に視線を落とせば、良かった漏らしていない。ただちょっと腹をぶち抜かれたらしい。
魔法だろうか。しくじった。綺麗に丸く貫通した穴は、痛みを感じる間すら無かった。
「吐け!次は足を落とす」
「焦るなよ今会わせてやるから」
仕留めたと油断したのだろう。威圧しながらゆっくり近づいてくる。
ああ、そうだ。俺はもう戦えない。でも、この時間が欲しかったんだ。
(全力で魔力を込めろぉ!!)
◆
気が付けば目の前に悪魔の姿は無かった。くるり反転すれば悪魔の巨体が視界に収まる。その姿に何か違和感を覚えれば、地面に転がっている頭部を見て。ああ、首が無いのだと気づいた。
まさに一瞬の早業だったが、剣を握る力は強まる。
「なんてことだ。その髪、その目、そのお顔。まさに混沌のお姿」
「儂は貴様なぞ知らんわい。とっとと来い。殺してやる」
コロコロと転がる頭は驚きと嘲りの表情をしていて、生首だけで喋る姿に生理的悪寒を覚える。悪魔の体はスゥと霧のように溶けて、再び完全な姿で現れた。
「フハハハハ! おいたわしや、おいたわしや。そんな張りぼての体で虚勢を張られるとは」
ジグルベインは再び斬りかかるが、悪魔の動きが先ほどより速い。
大砲のような拳がジグを迎え撃とうと迫るが、俺とは違いそれを楽々と切り落とし、返しの刃で胴を薙ぐ。ことはなく、大きく下がった。
地面には無数の氷の刃が突き刺さっていた。俺はアレに刺されたのだろうか。
「どうしました、剣士の真似事ですか? 違いますね。魔力が無いのだ。魔法はおろか、活性まで使えぬほどに弱っている! 傑作ですよこれは! ご自慢の闘気法はどうしたのですかぁ!」
視界が闇で覆われた。いや、一瞬で視界が巨体で覆われるほどまで接近された。
勘か経験か、俺の思考が追いつくよりも早く体が動く。死が通り過ぎた。かなり無理な姿勢で体を捻り筋が悲鳴を上げるが、紙一重で躱したことを思えば安いものだ。
だが、安堵も束の間。未だ射程圏内に留まるジグに、悪魔は体格差を利用して暴風雨を降らせる。丸太のような腕での滅多打ちだ。
躱し、弾き、逸らし。剛力に対し業を持って抗うが、身体能力の差は歴然。
重なる暴威の前に遂にジグにもミスが出る。混じる氷剣に手が遅れた。咄嗟に左手が頭部を守る。ほぼ誤差なく襲い掛かる衝撃は闘気の上からでも骨を軋ませ体を浮かす。
人体がボールの様に跳ね飛ばされて、ダメージと浮遊感で頭の中は大混乱に。
それでもジグは態勢を立て直すが、着地した時にはもう追撃が迫っていた。大量の氷塊が次々と落ちてくる。ジグルベインは舌打ちと共に黒剣を一閃。頭上の礫を事もなく切り裂いた。
「すまんなお前さん。痛い思いをさせた。少しだけ無茶をするぞ」
(気にしないで思いっきりやっちゃって)
「力無き王など、どんな悪夢よりも質が悪い。皮肉にもここは貴女の墓場だ。再び眠り二度と覚めるな!」
氷の刃が飛来した。弾けばすでに熊猿の悪魔が這い寄り。ここが決着なのだろう。
憎悪を持って最速で繰り出される巨大な拳は、氷で覆われ更に肥大し。迫ること山の如く。
「もう一度言おう」
霊脈が荒れ狂い黒剣が魔力帯びて煌めく。大きさ、速さ、強さ。だからどうしたと、暴力が嘲笑う。
尾を引き走る剣閃が悉くを屈服させるべく放たれる。
「貴様なぞ知らんわ、ボケが!」
一文字。その文字通りに氷塊を、拳を、腕を、身体を、心臓を切り裂いて。
「これはこれは名乗り遅れました。いえ、私めには名乗る価値もありませんね。今は〈深淵〉の配下とだけ。ええ、では。呪いあれ」
悪魔は地へとひれ伏せた。
首を落としても平気だった存在が、霧散していく。終わったのだろうか。
(倒せたの?)
「カカカ。悪魔とて核を潰せば死ぬわな。しかし拙いぞ。今ので魔力は使い果たした。間もなく戻ってしまう」
ああ。それはやばい。俺の体はドーナツの様に穴空きだ。加えて、ジグルベインが大暴れした分の負荷も全部乗ってくるとなると、戻った瞬間に死んでもおかしくはない。
「よいか。いつ戻ってもいいように気を張れ。間違っても気絶はするな。臓物が零れぬよう腹を縛るのだ)
ジグルベインが喋り終わる頃には、身体が入れ替わる。同時に腹から血が吹き、全身の筋肉と霊脈が悲鳴を上げて激痛を呼ぶ。
気を張れという意味が分かった。脳が許容できる痛みを超えていて目玉がひっくり返りそうだ。膝をつきながらも歯を食いしばって耐える。
そうだ。まず、お腹を塞がないと。シャツを脱いで、雑に腹に巻き付けて。
だめだ瞼が……重い。
ジグが大声で叫んでいるけれど……なんだろ…………う。
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