第11話 勇者一行
それから勇者が訪れるまでの間、なぜかカノンさんは毎日俺を連れ出しにやって来た。
体を鍛えているなら丁度いいと走り込みに付き合わされ、教会で炊き出しがあるからと付き合わされ、子供たちに言葉を習えと子守りをさせられ。ジグまでそれは良いと言いはじめたものだから、朝は剣を夜は言葉を叩き込まれる。
一人だからと気を遣ってくれたのだろうけど、大変だった。イグニスさんの兄フランさんが、俺が引きずられていく姿を同情の眼差しで見ていたのは忘れない。
カノンさんはフェヌア教という宗教に入っており、助祭という役職まで持っていた。こっちの世界ではフェヌア教を含めた三柱教という三つ宗教しか正式には認められていないそうだ。なぜなら三柱教には神の加護があるから。
教えを守り、祈りを欠かさないことで、加護という神聖術が使える。そう言って怪我した子供に癒しを与えるカノンさんは本当に聖女のようで。
祈りの時間に正拳突きを始める教会の人達を見て聖職者とはなんだろうと俺は訝しんだ。
そして今日はいよいよ勇者がやってくる日。
昼食をとった後、イグニスさんに執務室へと連れていかれる。中にはフランさんと、フランさんによく似た年配の方が居た。初めて会う人だけど、この人が二人の親であり、領主で間違いないだろう。
「ツカサこっちへおいで」
領主も席を取る長机に案内される。対面に座れば優しそうな顔をしているのに妙な圧があり、ああイグニスさんのお父さんだなと思う。
勇者とやらがくるまでまだ少し時間があるみたいで、今回の事件の顛末を話してくれるそうだ。
ニコラ・クレアス。盗賊団のボスはこの町の貴族で、現在動機は調査中。盗賊団は隣町の人間で、ほとんどが負傷者ということもあり捕縛は簡単に終えたらしい。
捕縛者からの話で俺が盗賊と無関係な事は証明され、禁足地に踏み入れたことも解決の功労として免除してくれた。
現在商業ギルドが被害者の名簿と被害金額の計算をしていて、ハンターギルドに請求するようだ。また領主としてハンターギルドにはペナルティを与えるとか。
俺が城からこの町まで三日半掛かったことを考えると仕事が異様に早い。魔王城絡みだからだろうか。とりあえず仕事の出来る人、素敵。
でも、無罪ならなんで俺は勇者と会う必要があるんだろう。その事実に思い当たると、イグニスさんが心を読んだように口を開いた。
「そこで君に相談なんだ」
話の内容は、ジグの城への調査に同行して欲しいとの事だった。
エルツィオーネ家が把握している限り、城周辺の汚染は本当に酷いものでとても近づけるものでは無かったそうな。
汚染とは魔王の爪痕と呼ばれる現象で、魔王の力が世界を歪めてしまうそうだ。ジグの城の場合、年々周囲の魔力の密度が高まり完全に異界となっていたのだとか。
汚染が無くなったのならば良い事と思うのだが、突然消えた理由の解明と、なぜ其処に盗賊が逃げ込んだかを調べたいそうだ。
偶然魔王の爪痕が消えていることに気付いて禁足地を逆手に逃げ込んだのか。あるいは他の思惑があるのか。まぁ何でもいいと思う。俺には関係無いし。
「ごめんなさい。俺、先を急ぐんで」
「そうか。残念だよ」
イグニスさんはとくに残念がる様子もなく、机の上に袋を置いて言った。ところで報酬の話がまだだったね。と金貨を机に撒いて、見せつけながらほくそ笑む。性格悪!
な、何枚あるんだろう。黄金色に怪しく光る山を前に目がつい数を数えてしまう。1枚、2枚……だいたい20枚くらいだろうか。
どのくらいの価値だ?カノンさんと食べ歩きしていた時は支払を銅貨でしていた。すると銅貨一枚100円くらいだろうか。銀貨で千だとして金だと万か?
ばっとジグを見る。
(大きさ的に小金貨か。無垢なら日本円で1枚2~3万くらいではないか。まぁ金の価値ゆえ貨幣としての価値はわからん)
中途半端な値段だけれど全部合わせるとだいたい50万くらいか。大金だ。そもそも今、現金というのは凄くほしい。
最悪魔獣を食べれば餓えることはないけれど、町で料理の味を覚えてしまったら、やはりちゃんとした食事が食べたいものだ。出来るなら装備も整えたい。やはり人間社会で生きていくためにはお金は無いと駄目だろう。
「よろしくお願いします!」
「ああ、宜しく」
イグニスさんはニッコリと笑うと金貨の山の半分くらいを俺の前に置いた。
ああ、報酬の話をしてたんでしたね。全部くれるとは言って無かったですね。はい。
金に目がくらんだ俺が悪いのだけれど、お父さん、ちょっと娘さんの性格悪すぎませんかねぇ!
◆
暫くしてノックの軽妙な音が執務室に響いた。
全員が入り口に注目する中、領主プロクスさんの入ってくれという言葉で扉が開かれる。
ガシャガシャと金属を纏い入ってきたのは、双剣を腰に下げた男だ。
「あれが勇者か」
年は思っていたより若い。同い年か少し下くらいかもしれない。若竹色のツンツンした髪をした目つきの悪い三白眼の男である。
入って早々に俺と目が合って、素なのか睨まれているのか判断に迷うところだ。なんだコイツと訴える視線は、自分の場違い感もあり非常に居心地が悪い。
「さっさと入れ」
そんな事をしていると誰かに背中を突き飛ばされてよろける勇者。
後ろから入ってきたのは長い瑠璃色の髪がセクシーなお姉さんカノンさんだった。俺に気づいて呑気に手を振っている。なんでカノンさんまで?
さらにその後ろから続く一人の女性。金髪碧眼の可愛らしい少女の姿をみて、理解した。
ああ、この人だったか。見た目は可憐で、表情も柔らかく、空気も明るい。だって言うのに、本能が直感した。この人が勇者だと。
初めて魔獣と対面した時となんて比べ物にならないほどに、身体が恐怖するんだ。まるで世界の終りが歩いているような、自分の死期と出会ったような、人の形をした絶望だ。
(今代の勇者か。なるほどそこそこの器ではありそうだな)
彼女の名前はフィーネ・エントエンデ。成人のおり晴れて勇者の称号を襲名して旅だった冒険家。この町に寄った理由は勧誘だそうだ。
勇者には信頼出来る仲間を自分で集める習わしがあるらしく、フィーネさんは幼馴染である三人に声をかけた。双剣の剣士ヴァン、ファヌア教のカノン、そして魔術師イグニス。
これが勇者の求めるパーティーらしい。
「イグニス、一緒に来てくれますか?」
「すまん。私は行けない」
「ちょ!あんた今更何を!」
笑顔でキッパリと断るイグニスさんの襟元を掴んでガクンガクンと頭を揺さぶるカノンさん。しかし断られたフィーネさんは顎に指を這わせ言葉を飲み込む。
「分かりました。しばらく滞在するので、発つ時にまた伺います」
「フィーネちゃん。いや、勇者殿待ってくれないか」
イグニスさんが返す前に、割って入るプロクスさん。
その旅には兄のフランさんを連れていけないかと言い出し、場の空気を固まらせる。勇者一行も複雑な表情をしているが、一番困惑しているのは名前を出されたフランさんの様だった。俺は本当にこの場に居ていいのだろうか。
「父上、それは……」
魔術師を希望しているならば喜んで同行するが、イグニスを希望するなら自分では力不足だ、と父を窘めるフランさん。肝心のイグニスさんの顔を盗み見れば、感情を殺した平坦な顔をしていた。笑っているのは怖いが、笑っていないのはもっと怖い。
その場はこれでお開きとなり、解散することになるが勇者一行は部屋を出る時までイグニスさんに未練の視線を送っていた。
結局全員がエルツィオーネ家に泊まっていくことになり、食事にも誘われたが、最後まで俺は場違いだった。
◆
「さて、調査の打ち合わせをしようか」
そんな建前を言いながら、紅い髪の女が部屋に侵入してきた。ノックもなしに、手には酒とグラスが握られている。俺はとっくに布団に包まっていた。
「それ、明日じゃダメなんです?」
「ダメだ。フィーネとカノンが押しかけてくるだろうから部屋に居たくない」
打ち合わせ関係ないね。そうしてる間にも机にはグラスが二つ並べられ、透き通った液体が注がれていく。種類はわからないが果物のいい匂いがした。
「三日で随分言葉が上手くなったじゃないか」
「まだ簡単なのしか分からないですけどね」
分からない言葉をジグに教えてもらいながら実際に子供達と話していたお陰だろう。大分耳も言葉に慣れてきていた。やはり実践あるのみだ。
「今日は恥ずかしいところを見せたね。貴族というのは面倒なのさ」
グラスに口をつけるイグニスさんに倣って、俺も酒をペロリと舐めてみる。ワインかと思ったが違うらしく、柑橘系の酸味があって意外と美味しい。どうやら複数の果物を漬けたものみたいだ。そうしてる間にもグラスを空けているウワバミをみて、今夜は長そうだなぁと思った。
暗い部屋で月明かりとランタンの明かりを頼りに無言で付き合ったが、ほんのり顔を赤くして、軽くなった口から出たのは謝罪だった。
家族は元より、フィーネさん達とも付き合いが長いらしく、愚痴を溢す相手を俺にしたらしい。唇を尖らせて拗ねる彼女は年相応の姿に見えたが、やってることは完全に飲んだくれのそれだろう。
父のプロクスさんは勇者に兄を同行させて箔をつけたいらしい。長男であり、家督を継ぐことになるからだそうだ。
フランさんは優秀ではあるみたいだが飛びぬけたものは無いらしく、イグニスさんに引け目があるのだとか。
親の兄に掛ける期待は分かり、自身も兄を応援してはいるが、仲間の要望にも応えてあげたい。そんな気持ちで今板挟みみたいだ。
俺は相槌は打つが、意見は言わない。賢い人だからきっと結論はもう出ていて、本当にただ愚痴りたいだけだから俺のところに来たのだろう。俺は言葉の分からない案山子だから。
ジグも空気を読んだのか翻訳はしなかった。酒を指を食えて眺めているだけだ。
家族の悪口を言うでなく、自由だったならと語るイグニスさんに好感度を少し上げる。
ポカポカしてきた蕩けてきた頭にハスキーな声は良く染み渡り、母さんの読み聞かせを思い出しながら彼女の言葉に耳を傾けた。
旅に出たらどこに行ってみたい。どこで採れる素材で何が作れる。歴史がどうこうで、真実を確かめたい。ああ。良いな良いな。出来たら良いなと外を語る女の子に、何故か部屋から出れなかった自分を重ねてしまい、飛びそうな意識を我慢して最後まで夢物語に付き合ってしまった。
机に伏せる彼女に上着をかけて、ランタンの火を落とす。今夜は良く寝れそうだ。
「おやすみ。良い夢を」
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