第125話 貴族の集い
王都のお城といえば、俺のイメージでは清廉な白だった。
見栄を張るならば高価な物などいくらでもあるだろうに、余計に飾り立てるのでなく潔いまでの純白で。建築が、空間が、在り方が美しいと感じ取れた。初めて登城した時には、それはもう感心したものだ。
けれども一転、今回勇者一行として案内された空間は豪華絢爛の一言に尽きる。
よくよく考えれば分かる事だった。あの時はたしかアトミスさんに付いて騎士団の見学に行ったのだ。言ってしまえば俺が足を踏み入れたのは事務施設として解放されている一般棟なのであった。
対して今度は迎賓館である。そうだよ。お城ならそりゃあるよね、客を迎え入れる場所くらいは。
そこはまさに貴族が貴族として振る舞う場所で。金を掛けて飾り立て、ほんの少しばかりの見栄を張る場所。国として王としての面子に掛けて客を持て成す、それはもう華やかな空間なのだった。
部屋にはパーティーと言うだけあり多くの人間が集まっている。正装した老若男女が沢山だ。なのにちっとも狭いと感じないくらいに広い場所だった。
足元の赤い敷物は、複雑な刺繍の施された、なんだか土足で踏むのが申し訳なくなる代物で。それが広い部屋の床を埋め尽くしている。床材の石だって高級品だろうに、惜しむことなく隅から隅まで絨毯は伸びていた。
照明はシャンデリアだ。明かりの魔道具ではなく、わざわざ天井には多くの蝋台が吊るされていてキラキラと輝いている。この部屋だけで一体何百の蝋燭が灯されている事か。けれど、光度に不足無く、火独特の揺らぎを持った明るさは、電気の照明には無い優雅さを備えているように思えた。
流石に一面を、とはいかないけれど、硝子の入った大きな窓は何個も在って。窓からは王様自慢の造園が覗けるようで。飾る絵画は、ゴッホもピカソもあるまいが、きっとこの世界の高名な誰かの作だろう。その他に壺や皿に花なども飾られてはいたが、俺は何一つ指先だって触れる事はしまいと心に誓う。
「一体どれほどのお金を掛けて作られらたんでしょうね」
俺と同じように部屋を見渡していた壁の花が話しかけてきた。
青いその花は、呆れたような、そして少し怯えたような雰囲気だ。きっと俺と同じように場違い感を覚えているのだろう。親近感を感じる。
「そういうのはきっと知らないほうが良いですよ」
「それもそうね。杯一つ触れなくなりそうだものね」
「まぁ弁償出来ないって意味ではエルツィオーネ家の物も同じなんでしょうけどね」
カノンさんはうんざりとした顔で銀のコップを口に運んだ。中身はさすがに酒ではない。
そして「味もわかりゃしないわ」と愚痴っている。
まぁ落とさないか汚さないかと心配しながらでは何を口にしても美味しくはないのだろう。どう考えても庶民には過ぎた贅だ。値段を気にするならば俺は木の杯で安酒でも煽った方が楽しめるだろう。
「別にわたしなんて置いて楽しんできていいのよ?」
「と言われても。俺も貴族の知り合い多くないので、カノンさんの傍が心強いのですが」
「あら。こういう宴は出会いの場でもあるらしいわ」
「ひゅーひゅー姉ちゃん可愛いねーなんて他人に声掛けられたら人生楽しいんだろうな。俺にゃ無理です」
「私なら突然そんな言葉掛けられたら殴るわね」
会場に着いて早々は勇者一行として扱われ挨拶もされたが、俺なんて所詮は爵位もない客分だ。多くの人は本命である勇者の元へと集まり、祝いの言葉を述べて、冒険譚を求めた。そして貴族の生まれであるイグニスとヴァンの元へも同様に人集りが出来ていている。
イグニスは、まぁ人気があるだろうと思う。家柄も良いが、存在になんとも華があるのだ。隣にいて美人だとは思うが、同じように着飾った女性達に紛れていても、格段に目を惹き印象に残るのである。フィーネちゃん同様に人垣に囲まれていて、時折チラチラと視線はくれるが、あれでは暫く動けないだろう。
驚くのはむしろヴァンのほうだろうか。鋭い目つきを一層に尖らせて周囲を警戒する不審者なのに声を掛ける者は後を絶たない。騎士団の繋がりなのか体格の良い男性が友好的な態度で話しかけている場面が多いか。だが、中には可愛らしい令嬢が熱い視線を送っている時もある。
「ヴァンの奴って意外とモテるんですね」
「意外かしら? 家柄良し、容姿良し、性格はまぁ問題無し、そこに勇者一行という実績もあるのだから、そりゃあ人気あるんじゃないの?」
「本当だ!」
おのれヴァンめ。この主人公野郎が。俺に出来る事は少ないが、せめてリア充爆発しろと念を送っておこう。もげろ。もげちまえ。
(嫉妬か?)
「嫉妬ではない!」
ちなみにカノンさんも綺麗だしムッチリボインなので、結構な視線を集めているのだけど、フェヌア教所属を示す首飾りか、はたまた本人の威嚇する視線のせいか、壁の大輪となっている。
まぁそんなこんなで大人気の貴族組が動けないので、余りものの俺たちは壁際で大人しくしているのであった。
「ご機嫌ようツカサ様。本日はお元気な顔を見れて心より安堵しております。冒険からの無事の帰還。そして人類未踏の踏破という偉業の報。誠めでたき日でございますね」
カノンさんと一緒に会場を他人事の様に眺めていたら、なんとわざわざ俺にまで挨拶に来てくれた人が居た。薄い緑の色のドレスを着た、小柄でお目目ぱっちりな可愛らしいお嬢さんだった。
「ああ、えっと。ありがとうございます。でも俺なんて勇者一行と一緒に居ただけなのでお気になさらず」
「はぁ……」
俺に挨拶する必要なんて無いのだと伝えても、女性はだからどうしたと言わんばかりに首を傾げた。しばし無言でお見合いを続けて、用が無いならもう帰ってくれよと思っていると、女性は「ああ」と何かに得心した様に手をポンと叩く。
「イエーイ。ピースピース」
それはパレードでの俺の真似だった。両手をチョキに蟹の様に動かしていた。見られていたかと思うと、それはそれで恥ずかしいのだが。
(んんん!?)
イエーイと言いながらもなんとも抑揚の無い声だった。勿論意味など分かっていないのだろうが、ぱっちりお目目は一気に輝きを失い生気というものを感じない。愛想を振りまいていた表情筋までもが凍り付いたかの様に無表情でピースをしていた。
もはや見間違う事もあるまい。最初はどこのご令嬢かと思ったが、この人はアトミス家に勤めるメイドさんなのである。俺が心の中でジト子さんという愛称で呼んでいる人だった。
「やはりお気づきになられてなかったのですね」
ジト子さんは金魚の様にパクパクと口を動かす俺に、溜息交じりにそう言った。
そうは言うけど、ジグだって気づかないくらいに完全に別人でしたからね?
「まぁいいです。女中一同、私が代表して申し上げます。よくぞご無事にお戻りくださいました。部屋付きとして仕えた身としては実に誇らしく思っております」
ペコリと頭を下げて、後ほどアトミスさんも顔を見に来るだろうと、ジト子さんは人込みに消えていった。そうか。迷惑かけてばかりだったけど、勇者一行ではなくてツカサ・サガミとして俺を見てくれる人もちゃんといたのである。
「でもあれは詐欺だよね」
(おお。詐欺じゃ詐欺じゃ)
「あのね、ツカサ。私、ああいうのあまり関心しないわ」
「ああいうの、とは?」
カノンさんは勇者一行と一緒にいた‘だけ’ってやつよと、めっ!と指を立てた。
一緒に冒険したではないかと。樹の海を乗り越えただろうと、悲しげな表情をして、優しい声で俺を諭す。
「他人の成果を奪ったり、成果を誇張して偉ぶるならば、それはきっと良くない事よ。けど、自分の成果くらいはキチンと自分で認めてあげなさい」
「いや、自分を卑下するつもりはないんですけどね。個人的には勇者一行の冒険に付いていったという立場は忘れちゃいかんかなと」
「そう。なら安心なさい。私たちは誰もアンタを特別扱いしなかった。ちゃんと対等な仲間だったわよ」
「そうですか。それは、嬉しいな」
僧侶に告げられたその言葉は何よりの福音だった。
◆
そして暫くして濃い緑髪をした男性が会場に入ってきた。上背があり体格が良いので遠巻きで目立つ人物である。ヴァンの父親にして騎士団長その人だった。正装に身を包むも、どこか鎧を纏っていると錯覚するほどに気を張っているのは気のせいだろうか。
ザワリザワリと波紋が広がるが、後に続く人物達の顔ぶれが声を潜めさせ、勇者一行に募っていた人垣はさぁと潮が引く様にはけていく。
騎士団長に続くのは、美しい紫の髪が目立つ妖女アトミスさん。鍛えられた肉体を赤紫のドレスに包み、赤い瞳が鋭く会場を見渡す。
どこかから「ひあ」と短い悲鳴が聞こえた。副団長に続いて金色の髪をした男装の麗人が姿を現したのだ。アルスさんは気を張るどころか掴みどころのない笑顔だが、黄金色の瞳に隙は無い。来るなら来いと挑発している様にすら思えた。
「あらあら。随分と豪華な顔ぶれだこと」
俺に分かるのは先頭の三人だけなのだけど、その後に続くのも一角の人物なのだろう。佇まいや雰囲気だけで三人に劣らぬ強者であることが理解出来た。
「あれは近衛騎士だね。騎士団から選抜された選りすぐりの騎士達だ」
人垣が消えたことでコッソリと戻ってきたのだろう。聞き覚えのあるハスキーな声が聞こえたかと思えば、やはり魔女が解説しに隣にまで来ていた。
「ふーん。近衛って事は……」
「ああ。魔導船に誰が乗っていたのかやっと分かったよ。留学中だったレオーネ王女のご帰還だ」
イグニスは決め顔でそう言って。黙った聞いていたカノンさんは思わずに突っ込みを入れる。
「え、アンタそれが言いたくてわざわざ戻ってきたの?」と。魔女はしょんぼりとした顔で、ツカサが粗相をしないように傍に来たと言い訳を捻りだした。うん、建前は大事だね。
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