第124話 凱旋パレード
空を見上げ思わずうわぁと声が漏れた。しばしの間、俺は間抜けにも口を開けたままに頭上を眺める事になる。
ゴウンゴウンと音が鳴る。空気を引き裂くプロペラの音。違う。空を掴み走る車輪の音だ。その乗り物はさながらに空駆ける馬車だった。
牽引する二頭の馬は宙を草原の如く駆けている。耳をすませば今にも蹄の音が聞こえてきそうな優雅な走り姿。しかし耳に届く嘶きは、馬というには音高く、晴れた日山沿いで響くとんびの様な鳴き声で。
鷲馬である。その馬には大きな翼が生えていて、歌う様な鳴き声は鳥類独特の尖ったクチバシから発せられているのだった。
そして勇壮なる二頭が引くのは、なんだろう。一応飛行船という分類になるのだろうか。
帆船の様な船体で、帆の代わりに気球の様な幌が付いていて、そして両脇には大小四つの外車輪。一見して馬車のような乗り物である。
設計者に聞かれたら怒られそうだが、空に浮かんでいるのが途轍もなく違和感を覚える外見だ。だからこそ俺は。いや、俺も、なのだろう。きっと王都中の人が空に視線を釘付けにされたのではないか。
「へぇ運が良い。あれはシュフェレアン王国にもただ一つの魔導船。その名もトロコスパリオートさ」
隣では魔女も同じく顔を上に向けていた。視線だけがチロリとこちらに降りて来て、赤い瞳がなんとも自慢げにどうだ凄いだろうと訴えかけてくる。
(お前さん、言ったれよ。地球では空飛ぶ乗り物などいくらでもあったと)
言いません。こちらの世界で空飛ぶ乗り物があった事には本当に驚いているのだ。しかも形状にはなんとも浪漫があるではないか。だから俺は素直に賞賛を口にする。
「凄いね! イグニスは乗った事あるの?」
「うん。二回ほど乗ったよ。空の旅はそりゃあいいもんさ」
ドヤ顔をされた。殴りたい、その笑顔。
ちなみに俺は飛行機には乗ったことがなかったりする。いつかあの空飛ぶ馬車にも乗ってみたいものだけど、正直空はまだいいかな。最近紐無しバンジー決めたばかりなので。
「これは負けてられないね。喜劇の幕よ、今上がれー! それー!」
観衆の視線が上に集まる中、頭上に七色の光が飛び交いなんとも派手な空模様となった。
フィーネちゃんが勇者の力を振るったのだ。これには歓声が湧きあがり、注目は再びに俺たちに集まる。
「どもどもー! ほらほらみんなも手を振って!」
今は勇者一行の凱旋パレードの最中だ。俺まで神輿の様な車に乗せられて、正門から城までの目抜き通りを進んでいた。
先頭に立つのは勿論我らが勇者フィーネちゃん。白いドレスの上から祭典用の鎧を纏い、まるで可憐で見目美しい姫騎士の様な佇まいである。
その手が掲げるのは、此度の冒険の成果。人類未踏の地踏破の挙句に手に入れた、太陽の如き輝きを放つ宝剣だ。勇者は王の要望通りに、勇者此処にありと存在を誇示していた。
「おっとそうだね。ほら、君も手を振っておきなさい」
勇者の後ろは一応お家順という事でイグニスだった。というかイグニスしか適任が居なかった。
イグニスといえば赤だ。この魔女には燃える様な赤が似合うと思う。
けれども今日という晴れの日に彼女が選んだのは黒のドレスだ。赤は強い色なので主役より目立つのを避けたのではないか。けれども普段より少しばかり肌の露出が増えた事で、悔しながら色気を感じてしまう。
そんな魔女の横に俺は立っている。まぁ俺なんてどうでもいい。服はどうせ金貨2枚で買った安物の一張羅だしね。いや、買った時はいつ着るのとか思ったけど買って良かった。今思えばイグニスと行動するならば貴族との交流は避けられないのだった。
「おいカノン。いつまでそうしてる気だよ。ほら笑顔笑顔」
「あんたね。いつか覚えておきなさいよ」
魔女の挑発に対し、僧侶はわなわなと震えるだけだった。
観衆の目もあり拳固を振るえないのも理由の一つだが、一番の理由は俺とヴァンを盾にして、なるべく目立たない様にしているからだ。
「いやー似合ってますよ?」
「だろ。私だってそう言ってるんだ」
「そのニヤケ顔止めてから言えや此畜生共!」
カノンさんはイグニスの奸計に嵌り、飾り立てられていた。
本来ならば聖職者であるカノンさんはフェヌア教の象徴である緑を基調とした祭服で参加するはずだったのだ。
しかし、いま僧侶が来ている服は背中のばっくり開いた青いドレスである。
髪も普段のポニーテールから変えて編み込みにしてあり、普段の快活な印象から一転、お淑やかなお嬢様に早変わりだった。
肌を晒すのは聖職者として嫌だし、筋肉付いていて恥ずかしいという理由から、肩からストールを掛けて縮こまっていて、なおさらにいじらしい姿だ。
ちなみにですけれど。男としてどうしても視線が行くのは胸元です。普段から大きいとは思っていたのですが、運動するので普段は帯で締め付けているのでしょう。
その封印が解かれた今存在感が半端じゃないんですね、はい。どれほどかといえば、遠慮を忘れてガン見してしまうほどですわ。記憶に焼き付けなければ。
こう、寄せて上げての涙ぐましい努力で谷間を作っている誰かさんとは比べたら、それはもう可哀そうなほどの戦力差であった。
「さすがに視線が露骨すぎる!」
カノンさんからデコピンが放たれた。額に直撃して、首の可動域限界まで頭部が跳ね上る。半歩下がり転倒は防ぐが、もの凄い威力だ。もしかしたらティグに殴られた時よりも痛いかもしれなかった。やっぱりそのくらいの反応が普通よねと何やら納得しているが、こんな時でなかったら蹲りたい。
「ご、ごめんなさい、つい。けど、後悔は……ない」
(このスケベめ)
隣では魔女も何か言いたそうに睨んでいたが、雑魚は無視である。
そしてヴァンなのだが……。
「今はそっとしといてあげましょう」
「そもそもヴァンが自分からフィーネと同じ訓練受けたいって頼んだらしいから、自業自得なんだけどな」
ちらりと剣士に視線を向けたら僧侶が触るなと首を横に振った。そしてイグニスが斬り捨てる。
緑髪の少年は上背があり、体格も姿勢も良い。そんな男が正装に身を包めば、そりゃ目の覚めるような伊達男である。性格が幼稚で馬鹿なので残念なイメージしかないのだけど、口を閉じて寡黙でいれば、騎士団長の父親を彷彿とさせる雰囲気を持つ。
(うむ。確かに顔つきは変わったな。戦場を知った戦士の顔しちょる)
「敵、敵は、どこだ」
なんでも俺が遊びまわっていた七日の間、ヴァンはアルスさんから手ほどきを受けていたらしい。それで少しばかり疲労が溜まっているようだ。
フィーネちゃんから聞いた話では、五日ほど山籠もりをしていたそうな。前に経験しているけど地獄だったよと勇者が語る訓練内容は、意外にも鬼ごっこだ。
24時間いつでもどこでも突然に剣の鬼アルス・オルトリアが襲ってくるとかなんとか。
へぇ厳しそうな訓練だねと相槌を打つと、ヴァンは思い出して泣いていたっけ。
食事や睡眠は勿論、排泄中でも容赦なく襲ってくるのだと。常に全集中、蔦を口に含み水分を取り、生で口に入れられるもので飢えをしのぎ、小便は垂れ流し、剣を構えて目を瞑ったと。地獄はそこにあったんだね。
そんなこんながあり、ヴァンは今情緒不安定なのだった。今朝会った時なんて「俺の後ろに立つなぁ!」とどこかの殺し屋のような事を口走るほどに気配に過敏なのであった。
「きっと今も狙われている。奴は人込みに紛れているに違いない」
「大丈夫よヴァン。訓練はもう終わったの。大丈夫大丈夫」
よしよしと赤子を宥めるそうに僧侶が剣士の相手をする。実はパレードが始まった時からこんな調子で疑心暗鬼なのである。
「応援ありがとうねー!!」
勇者のちょっとやけくそな声が聞こえた。
フィーネちゃんはメンバーがこんな調子なので、頑張って観衆の矢面に立ち注意を引き付けているのだ。
愛想よく笑顔を振りまいているが、内心早く城に付けと冷や汗をかいているのではないか。アルスさんの訓練にも耐える女傑が涙目だと想像するとなにやら少し可笑しかった。
(お前さんは、大丈夫なのか?)
「ん? そうだな、これが答えだ」
道に集う人垣は王都だけに1000も余裕で越えているのだろう。それだけの視線を浴びようと、俺の心はもう動じない。いや、少しばかり緊張はするけれど、固まり過呼吸になるほどではない。
「イエーイ! ピース! ピース!」
(カカカ! それは何より)
華ある勇者一行に混じる地味な男に、きっと誰しもが「お前誰だよ」などと思っているのではないか。でも、みんな素知らぬ顔で手を振り歓声を上げてくれていて。ふと目が合った男の子に手を振れば、少年は満面の笑みで手を振り返してくれた。
城へと到着するまでの短い時間、俺は確かに勇者一行だったのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます