第126話 王子と王女
パーティー会場にゾロゾロと入ってくる騎士達を見て、魔女は留学中の王女様が帰ってきているのだろうと予想をした。
俺はその言葉を聞き、あまり興味なく入場を眺めていたのだが、どうやらイグニスの予想は当たったようだった。護衛をされながら入って来た人の中には俺と同年代くらいの女の子も交じって居たのだ。
が。騎士の輪の中心に居たのは意外にも王様では無かった。
その青年の姿を見て小さく舌打ちをするイグニスに、誰?と小声で聞くと第一王子だよとぶっきらぼうに返ってくる。
第なにまで居るか知らないが、まぁ王家の長男であり王位継承権を持つということは間違いないだろう。俺はほうほうと頷きながら件の王子様を眺める。
王様がまだ若かっただけあり、見かけはまだ20歳までなっていない様に思えた。
背は高いのだけど、周囲にゴツイ騎士達が並ぶお陰で、少々痩せ気味の。良く言えばスマートな男性だ。
亜麻色のフワフワな髪と垂れ目の甘い顔は、女性受けがいいのか、周囲からきゃあと黄色い声が聞こえるほどで、王子は女性陣の反応にウインクで返す程度に性格は緩そうである。
幸いにも王子様は学校の先生の様な長い話は好まないらしい。勇者の行いに祝言を述べ、食事でも楽しみながら冒険譚に耳を傾けようと言っただけであった。
楽しんでくれという合図と共に、豪勢な料理がガラガラと手押し台で運び込まれてくる。鼻孔をくすぐる香ばしい匂いはなんとも胃袋を刺激して。腹の減り具合を考えれば、今はちょうど昼くらいなのだろうか。どれどれお城の料理のお味はどうかと、口に涎を貯めて一歩踏み出したら何故かガシリと左右から腕を掴まれた。
「フィーネが目を離したらすぐ消えるって言ってたけど本当のようね」
「祝われてる立場の私たちが主催者に挨拶しなくてどうする」
少しは常識的に考えろと赤と青がため息をこぼした。言われれば俺も祝われている立場だったのである。腹が食事モードに入っていたこともあり挨拶回りとか面倒だなという思考が頭を過ぎるのだが、流石に不作法なので、そのままごくりと唾を飲み込んだ。
◆
「ほう。日も届かぬ暗い森の底には一面に光る苔が! それはなんと幻想的な光景だ!」
「はい。とても心惹かれる景色でした。みなで疲れも忘れ見入ったものです」
俺を含め勇者一行は王子様と王女様に軽く挨拶をした。そして王子は主役である勇者にラウトゥーラの森の話をねだった。華を持たせようと言うのだろう。
フィーネちゃんは一体今日何度目の話になるのか。それでも嫌な顔一つ見せずに冒険の思い出を語り、凛々しい声があの樹の海の情景を蘇らせる。
王子様は、夜布団の中で物語を読んでもらう子供の様に目を輝かせて聞いていた。やはり冒険譚は騎士の心をくすぐるものがあるのか、後ろでは堅そうなイメージのある近衛騎士までもが耳を大きくし、ときおりほぅと感心のため息が聞こえるのがなんとも面白い。
王女様のほうはイグニスと友人だったのか、お互いに声軽やかに言葉を交わしてる。内容は王女様の異国での生活ぶりという感じで、聞き耳を立てていても悪いかなと視線を彷徨わせていた所で、背後から小声で声を掛けられた。
「やあ少年。顔も見せに来てくれないなんて寂しいじゃないか」
「あ、ごめんさい。そういえば今回はずっとイグニスの家に居たんでした」
アトミスさんだった。一応護衛の仕事中という意識はあるのか、少しばかり周囲を気にしながら、心配したぞと微笑みかけてくれたのだ。
俺はおかげさまで無事ですよと健在ぶりをアピールすると、それは何よりと、くしゃりと頭を撫でられる。
「アトミスさん達は、今日は王子様達の護衛がお仕事ですか?」
「うん? 一応私事という形だよ。誰も剣を持っていないだろう」
かと言ってお姫様達を護衛無しで歩かせるわけにもいくまいと、妖女は肩を竦めておどけて見せる。サービス出勤という奴だろうか。騎士団も中々にブラックな職場環境らしい。そもそも労働基準法とかあるのだろうか。
とりあえずにドレス姿も似合ってますねと褒めておく。アトミスさんのドレス姿を見たのは初めてであるが、実際に物凄く似合っていた。背が高く姿勢が良いのでまるでモデルさんのようなのである。
「ハッハー。可愛いやつだ。よし、今度好きなものを買ってやろう」
「こらこらツカサくん。あまりアトミスを持ち上げてはいけませんよ。本気にされても知りませんからね」
プライベートというのはどうも本当のようで、アトミスさんと挨拶をしていたらアルスさんまで会話に加わってきた。ペコリと頭を下げてから、ヴァンは大丈夫だろうかと視線を動かすと、左には見えず右にも居ない。どうやら鬼に捕まらないように逃げた後のようだった。
「そういえばヴァンから面白い話を聞いたのですが、なんでも私の微笑みは魔獣よりも怖いらしいのです。どう思います?」
「そ、そんな事を言ったんですか。ヴァンめ、悪い奴だな」
「ええ、本当に。悪い子がいるものですね」
金色の瞳のねめつける視線からフイと目をずらし、知りませんねと白を切る。ジトーと圧し掛かるその重圧に耐え兼ねて、「そういえば」と新たに話題を持ち上げて。
引き攣る笑みで話題をすり替えるべく脳をフル回転させる事3秒。ピコーーンと閃いたと同時、アルスさんはボソリと覚えて起きなさいと呟いた。死刑宣告を受けた気分だった。俺も逃げたい。
「あーえっと。あれだ。イグニスは王子様と仲が悪いんですかね?」
せっかくなので興味本位に聞いてみる。魔女にしては珍しく、嫌悪感を露わにしていたのが気になっていたのである。
「あー。んー。フィスキオとイグニスはなー」
軍人らしくハキハキと喋るアトミスさんにしては珍しく歯切れの悪い態度だ。そして耳を貸せと綺麗な顔をぐいと近づけてきて。少々ドキドキしながら鼓膜が吐息と共に受け取った響きはなんとも正気を疑うものだった。
(カカカ! カカカのカ!)
なんでも王子は巨乳派だそうだった。
不思議なもので、何一つ理解できないはずなのに、全てを理解出来てしまった気がした。
「なるほど。仲良く出来るはずがなかったんですね」
俺は少しばかり温かい視線を赤髪の少女に送る事にした。
「男というのはまったくしょうもない生き物ですね」
◆
俺がアトミスさん達と話し込んでいると、どうやらカノンさんは手持ち無沙汰な様だった。見かねたアトミスさんが気を利かせて料理でも取ってきなさいと言ってくれる。
「紳士ならばもう少し周囲に気を配るんだな」
「精進します」
ともあれ曇った表情だったカノンさんも、料理と聞けば表情を晴れの模様に変えた。
早速に二人で配膳に向かえば、台には色とりどりの料理が並び目移りしてしまうではないか。
立食ではあるのだが、貴族向けのパーティーなので自分で皿を取るという真似は出来ないものが多い。欲しい料理を言えば、給仕の人が皿に盛りつけてくれるという形だ。
「あー迷うなー。どれにしよう」
「食べ放題なんだしいっぱい食べちゃいなさいよ。あ、あの鶏肉美味しそうね」
以前にクーダオレ家でシャルラさんに給仕をした経験があるが、あの時の灰色の少女の気持ちが良く分かった。どれも美味しそうで、ついでに味の想像が出来ないのである。俺は悩んだあげく必殺のオススメを頼んでみた。分からないならいっそ給仕の人に任せようと思ったのだ。
かしこまりましたとニヒルな笑みを浮かべた小太りのおじさん。もしかして料理人だったのだろうか。不味い料理なんてねぇ全部オススメだと言わんばかりの勢いで皿に山盛り料理を載せてくれやがった。
「食べきれるの、それ?」
「……頑張ります」
なんか、残したらおじさんに凄く悲しそうな顔される気がしたのだ。
ひょいと、コンニャクのような緑の玉を口に運ぶ。思ったより全然柔らかく口の中でくしゃりと崩れる。触感はほとんどゼリーだった。煮凝りというやつだろうか。てっきり野菜だと思って口にしたので、溢れる鳥の旨味に驚いた。
「うんま!」
「行儀悪いわよ。すぐにイグニスも空くだろうから、少し分けちゃいなさいよ」
「仲良さそうでしたけど、空きますかね」
「ええ、一応それが作法ですからね」
どうやらあまり同じ人物と話し込まないのがマナーらしかった。どうしても話し込むなら場所を移すのが普通のようだ。
なるほど、この人数である。王子様や王女様に挨拶して顔を覚えて貰いたい人なんて多いのだろう。なのでキチンと回す必要があるのだ。逆に人に捕まった時にそろそろと逃げる口実にもなるのではないか。
「はは、人気者は辛いんですね」
なるべく視界に入れないようにしていたが、この会場には実は此れ見よがしに赤い服を
纏う集団もいる。イグニスの下僕を名乗るイグニス大好き集団である。本人すら赤は強い色だからと勇者を立てて黒を纏っているというのに、真っ赤な集団だ。見間違いでなければクーダオレ家のルムト夫妻も混じっているように見えた。
可哀そうに。きっとイグニスは長丁場になるのだろう。先を考えれば確かに食料の差し入れはいいのかもしれない。
そんな事を考えながら会場を歩いていた時、俺は一人の男とすれ違った。
この華やかなパーティーの中、一人だけ通り雨にあった様に沈んだ顔をした人物だった。その目に宿すのは敵意や憤怒の様な激情ではなく、深い失意に包まれていて。気になり振り返れば、もうその男性の姿は雑踏の中に消えていた。
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