第7話 キャッスルアローン2



 燃え盛る炎が火の粉と熱風を引き連れて闇を払う。

 石造りなので火事になることはないが、室内で焚き火をするのは悪い事をしているみたいで何とも言えない背徳感だ。


 用意した松明の数はおよそ30。城が真っ二つになっているという非常識な状態のため、この棟の三階だけで言えば部屋の数は15部屋くらいである。光源としては十分な数だろう。


(お、さっそく左から二人来よるな。得物は短剣だ)


「なんだよもう来たのか」


 電気なんて無い夜の廃城である。真っ暗な中で一部屋だけ明るければ良い誘蛾灯の役割になるようだ。ジグの合図を受けて、俺は入口から右の壁に隠れる。


 少ししてぬっと、無防備に部屋の中を覗く頭部が見えた。……まだ。右足が部屋の境目を踏み、肩から徐々に体が侵入してくる。まだまだ。一人目が体を半分ほど踏み入れ、二人目の靴先が僅かに見えた。今!


 一人目の太ももを剣で撫で斬り、返す刃で二人目の足を地面と縫う。さらに足を刺されて悶絶する男の顎に掌底をいれて落とした。


 人間というのは首と身体の動きが連動してしまうらしい。つまり右をのぞき込むと無意識に体はそのまま右を向いてしまうのだ。だから俺は相手の左側に来るように隠れたのである。


 結果二人は俺を視界に入れることなく戦闘不能となった。


「ふふふ。これぞジグレーダー!」


(名前はともかくとして戦法として理に適っとるわな)


 とあるゴリラが言った。「ゴール下を制すものは試合を制す」と。


 うちの父さんも言った。「角を制すものは建物を制す」と。


 建物で戦闘になった場合、一番死角になる場所が曲がり角である。

 部屋の出入口だったり、廊下の繋ぎ目だったり、直角に曲がる場所には必ず死角が出来て、身を隠しやすいと同時に奇襲の可能性がある非常に危険な場所なのだ。


 しかし、そんな角だろうと。そんな角だからこそ、距離と人数、得物が分かってしまえば最高の狩場ではないか。だからこの階での俺の役割は灯りをなるべく広げてジグルべインの視界を確保することだった。


 廊下に出て松明を床や部屋に投げ込み、どんどん照明を確保していく。

 二階でやらなかったのは時間と人数の問題だ。ちゃんとした松明と違って薪に燃料を付けた簡易なものは燃えている時間も少ない。


 そして遭遇戦で優位に立てようが人数が多いうちにやって囲まれてはたまらない。罠より確実だけど、リスクも大きいから人数が減った今なのだ。


(右から剣1、槍1。距離は5といったところかの)


「あいよ」


 剣を持った男が曲がり角に来る前にこちらから飛び出す。ふいの出来事に一瞬硬直する相手の脚を斬りつけて角に下がる。


 すぐさま槍を持った男が矛を突き出しながら角から出て来るが、すでに大きく下がっていた俺は余裕をもって剣を下半身に投擲して倒した。


(後ろから弓3、すぐにくる!)


 ちい弓持ちがまだ居たのか。遭遇する前にすぐさま別の部屋に飛び込み床に伏せる。


「来てる?」


(ジリジリとな。暗い部屋に飛び込んだのが良かった。先ほど火を灯した部屋を警戒しているようだ)


 ラッキー。部屋の前を通り過ぎた3人を背後から奇襲して足を一本ずつ刺させてもらう。ついでに弓を壊してまた部屋の隅に弓兵をぶん投げておいた。


 それにしても楽すぎる。まるで武器を持ったのが始めてのような素人臭さがあるのはなんだろう。


「ジグ。奇襲してるといっても弱すぎる。こいつらプロじゃないのか?」


(お前さん一人なら何とかなると言ったろう。賊など基本食うに困った者がやるものだ。プロどころかただの寄せ集めよ)


 そうか。報酬を受け取った後だというのに目撃者を消したいのは、この人達にも帰る日常があるからか。


 まぁだからと言って、商人達に手をかけた時点で犯罪者だろう。あの女の子の身の安全のほうが大切だ。


 そんな話をしていたら首に輪っかがハマり、藻掻くほどにしまっていく。どうやら部屋の入口に罠が仕掛けてあったらしい。誰だこんなところに罠を仕掛けたのは!


 その後、あからさまに人数が減ったのでこの階の使えそうな罠を回収して4階に向かった。途中でまた一人倒したので三階では計8人倒したことになる。二階とは違って足を狙ったのでこれは戦闘不能に数えていいだろう。



 四階に入って恐れていたことが起こった。


 結果を言えばこの階にはまだ盗賊は来ていなかったのだ。理由は単純。3人くらいの小グループで索敵を優先していたが被害が多い為に合流して大人数で一気に叩く方針に変えたらしい。


 まとめて倒せると考えると楽だけど、そもそも倒せないのは困る。罠にも警戒しているようだし、6人が槍衾で進んで来るとか本当に困る。


 弓が無いのがせめてもの救いだけど、その後ろには剣を持つ奴らも5人いて袋のネズミとはこの事だ。


「はいこれプレゼントー」


 羽毛を詰めて膨らませた革袋を投げつける。これにマントを付けて囮に使おうと思ったのだけど三階で使う機会が無かったのだ。


 革袋は空中で槍に突かれるものの、頑丈すぎたのか穴も開くことなくただ落ちた。使えない!


 まぁ良いのですよ少しでも距離があけば。なんて言ったってこちらには投げるものが無限にあるのだから。


 槍を持つ男の一人が突如足に生えた黒い剣によって床に崩れる。しかし、膝をついた時には剣は消えていて、代わりに一番左に居た男の脚にぞぶりと深く突き刺さていた。


「うっそだろ、止まらないし」


 剣を投擲している間にも槍衾が攻めてくる。これは不味い。この建物は廊下にしろ部屋にしろ基本行き止まりなのだ。


 後ろに引きながら考える。くそ、松明でスライムを使い切ったのが痛い。


 この階の罠は足元に張った糸が数か所、レンガを積んで隠した非常用の隠し部屋、それに部屋の中から攻撃できるように壁の下に穴を開けた場所があるくらい。この状況では役に立たない。


「これはちょっと使いたくなかったんだけど」


(いや、儂はせっかくだし見てみたい。絶対面白い)


「くっ、他人事だと思って」


 ジグから貰った3つの魔具の一つに、送風筒と言うものがある。これは筒の奥に魔石と魔法陣があり、魔力を込めると風が出るという、こちらの文化の魔法ドライヤーだ。


 それの中に、腐った魚の汁と、期日の怪しい生卵、凄く酸っぱい果実の汁、怪しいキノコの煮汁、スライムを加えた液体。仮名ケミ●ルXを注いでスライムの身で蓋をしてあった。


 催涙弾として冗談で作っただけに、どれだけ効果があるかは分からない。とりあえず製作中は吐き気を催したと言っとこう。そんな物体に魔力を込める。詰められたスライムのせいで筒の内圧力がグングン上がっていく。


 盗賊達は向けられた何かに警戒をしているが、一番警戒しているのは自分だ。お願いだから手元で暴発しないで欲しい。どこまでも膨らんでいく風船を持っている気分だ。


 圧力が高まりボシュと液体が噴出した。そして悲劇が起こった。


 飛び散った液体は相手の松明に掛かったようで、スライムを混ぜた液体は刺激臭を放ちながら燃え始めてしまった。モクモクとあがる黒煙が目と喉を殺しに来る。


 広がる臭いはドブを煮詰めたような強烈な腐敗臭で、嗅ぐだけで胃から込み上げてくるものがある。調合している時はここまで酷くなかったのに、気体となったら殺人的だ。


「くっせ~!」


(カカカカカ!これは酷い!)


 送風筒で煙と臭いを追い払おうとガンガン風を送ってもまだ臭う。

 液体を振りかけられたほうも、大分効いたのだろう。鼻を押さえて煙を払う者、床に吐瀉物を吐き出す者、衣服を脱いで泣き顔で液体を拭う者。


 少なくとも戦意がある姿には見えない。ごめんよ。本当にごめん。君たちにはしばらく其処に居てもらうんだ。武器を没収して、足を刺して回る。送風筒は臭いので床に投げ捨てた。


(いや、面白かったが、しかし)


「ああ。ボスが居なかったな。嫌な予感がする」


 まさか。と頭を過る疑念に急いでジグの部屋へ戻った



 ジグルベインの部屋のある六階に戻り嫌な予感が的中したことを悟る。


 虚空からヴァニタスを引き抜き、城を支える大樹に向かって思い切り投げた。黒剣は矢よりも早く飛んでいくが、カキンと軽妙な金属音を響かせ落ちていく。


 ガサガサと枝をしならせて、黒い影が床に降りてくる。茶髪をオールバックに撫で付けた人の良さそうな青年だった。俺のことは眼中にもなく、黒いマントについた葉を叩き髪を撫で付け始める。


 余裕なのだろう。そして絶対に逃がさないという自信もあるのだろう。


 六階には五階から木を登らなければ来れない。そう思っていたけれど、まさか地上から直接木を登ってくるだなんて。


 馬鹿げた話だ。


 一階あたり3メートルとしても6階では18メートル。城は天井が高いから少なくとも20メートルはくだらないだろう。昼でさえ登ろうとなんて思わないのに、夜、雨が降った後に登ってくる者がいるほうが可笑しい。


「あいつ、木登り名人かよ」


 先ほどの11人を下から送り込み、自分は上から挟み込む腹積もりだったのだろう。

 つまり相手はそれだけの発想力と、それを易々と実行できるだけの身体能力を持っていることになる。


 コイツは強いよなぁ。再びヴァニタスを引き抜き、正眼で構える。こういう手合いこそ罠で仕留めたかったと心から思う。


「ジグならいける?」


(そりゃあな。しかしお前さん、いいのか? これはお前さんが始めた喧嘩だろうに。儂が尻を拭ってしまって、本当にいいのかや?)


「……そうだね。これは、俺がやんないとね!」


 そうだ。最初にジグが皆殺しにすると言ったのに、俺の我が儘に付き合わせた。ならこれは俺がちゃんと始末をつけなきゃいけない。


 身体に魔力を循環させて、一息に間合いを詰める。オールバックはその速度に目を見張りながらも腰の片手剣で刃を弾く。


「ナダイレブ、メクゾンバ」


「くっ!」


 五回振り、三回火花が散る。弾かれ躱され、また躱される。


 どこで読まれているのか剣が届く気配がない。攻撃を全て切り落とされて、止まろうものなら即首を落としに刃が飛んできた。


「カコザダンナ」


 堪らず距離を取ればそんな言葉が放たれた。何を言っているのかは分からないが、馬鹿にされたのは伝わる。


 相手は豪奢な装飾の入った剣を突き出して右半身で構えた。まるでフェンシングの様な姿勢だ。


 眼前に突き出される刃は月明かりを受けて怪しく煌めき、それだけで本能的な恐怖を掻き立てる。斬られたら血がでる。部位が欠損する。死ぬ。刃物というのは本当に恐ろしい。


「ぬぅあ!」


 だが、だからどうした。


 教えられた通りに我武者羅に剣を振るう。横薙ぎ、突き、唐竹、右袈裟。ジグルベインの剣を振るうコツを共有した感覚によって覚えた剣は素人には分不相応に鋭い一撃。当たれば魔獣さえ切り裂く一撃も、しかし空振る対人の妙。


 切っ先が常に首元を掻き切ろうと追従してくる。どの様に切り崩そうとしても円を描くように攻撃が叩き落とされる。間合いは容易く潰されて冷たい鋼が肉を抉っていく。


 暴力を技術と経験がねじ伏せてくる。これが……これが剣術か!


「ダリワザメネシクヤハ」


 垂直に伸びてくる剣は煌めいたと思ったら、頬を熱いものが濡らしていく。左手で拭えばべったりと赤いモノが付着していて。


 こちらの剣は悉くが防がれるというのに、オールバックの剣は何故こうも当たるのか。攻撃は確かに早い。相手も身体強化をしているのだろう。生身で俺より速いというのは流石に考えたくない。


「ジグ、俺とアイツで何が違う。何が足りない?」


(……何もかも足りんが、一番足りんのはなぁ、覚悟よ! この期に及んでまだ殺すのを躊躇っておる。迷う刃で斬れる物などあるものか!)


(こう思うておるのだろう。体力、技術、経験、一体なにで勝てるのかと。笑止。しょせんあれが振るうは人の剣。我が剣は神をも屠る剣である。暴力を、見せてやれ)


 そんなやり取りの最中、ガタンと後ろから音がする。構えたままに視線だけをきれば、ジグの部屋から様子を窺う赤毛の子が尻餅をついていた。


「バカ! 何出てきてるんだ!」


「カタイニコソ、リリア!」


 盗賊が叫び、女の子が青ざめる。凶刃が俺を無視して部屋に向かって走る。


 オイオイオイ。それは余りにも連れないだろう。横から頭を狙って振りぬけば、ガキィンと大きな音が廊下に駆けて、初めて弾かれることなく相手を吹き飛ばす。


 何となく察した。


 たぶんコイツはこの子を探してたんだ。コイツの犯行を全部見てしまった生き残りだから。なるほど、それは消してしまいたいだろう。


 そして俺も思い出した。必死になって見知らぬ女の子の為に戦っていた理由。


 異世界に来て2か月、何度も何度も家に帰りたかった。母さんのご飯を食べて、甘いコーヒーを飲みながら父さんとゲームをしたいと思ってた。


 そんな中、両親を失っただろう子を見て、助けたいと思ってしまったんだ。


「確かに甘かったわ。どんなに強かろうと、コイツはぶち殺さなきゃいけない」


 俺にはまだ可能性があるけれど、この子はもう、二度と両親に会えないんだから!


 霊脈が唸り魔力が奔流する。闘気法において身体強化なんて基礎の基礎。むしろ活性化の副産物と言っていい。その神髄とは魂で肉体を凌駕することである。


 目線、呼吸、重心。人はあらゆる情報から動きを予見する。それこそは技術であり経験だ。読んで見るといいさ。肉体の性能ギリギリまで強化して駆ける。この速度でも反応をするのは流石と言うべきか、突き出された切っ先が喉元に迫った。


 刃を左腕で払う。普通ならば腕が無くなってもおかしくない蛮行、しかし闘気を纏った身体は血を流しこそしても肉にまでは至らない。相手の間合いを無理やり突破すれば、見えるのは無防備な頭だけ。


 右腕は既に上に振りかぶっていて、思い知れこれが暴力だ。


 咄嗟にだったのだろう、相手も頭を守るように左腕を剣筋に挟むが結果は何も変わることなんてなかった。


 別れる肉体と血だまりを見て、心に浮かぶのは勝利の達成感よりも疲労だ。


 終わったという気持ち。やってしまったという後悔。助かったという安堵。それがまとめて押し寄せてきて、ああ疲れた。


 かくして盗賊団との防衛戦は終わりを告げて。

 夜明けまでの短い間を、少女と震えながら過ごしたのだった。


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