第136話 自由市


 この街には噴水のある大きな広場がある。

 その一帯は自由市と言って、出店料さえ払えばギルドに加盟していなくても商売が出来る区画だ。


 王都だけあり普段からそれなりに店は立っているのだけど、今日はその規模が一段と大きく、まるでお祭りと見間違う程の賑わいを見せていた。


「へぇこれは凄い。イグニスも呼んであげようかな」


(ここまで来ておいて帰るのはいけずじゃ~!)


「それもそうか。何かお土産買っていけばいっか!」


 俺はへへへと手のひらを擦り合わせながら、まずはどこに足を運ぶかと視線を彷徨わせた。右を見ても人。左を見ても人。ガヤガヤザワザワと活気に満ち溢れている。


 雰囲気を助長するのはどこからともなく響く陽気な演奏。うちの商品を買って行けよと声張る商人。そしてなんといっても出店から漂う様々な食べ物の匂いだろう。うんうん空気を吸うだけでも楽しくなってくるね。


「まずは何かお腹にでも入れようかな」


(儂の分も頼むぞ!)


「もちろん。何か欲しいのあったら言ってね」


 今は武術大会の予選が終わって、その帰り道だった。帰りもヴァンが馬車に乗っていけと声は掛けてくれたのだけど、今日はこの自由市に寄りたかったので別行動である。


 ウルガさんがお祭り騒ぎだと言っていたが、広場は期待通りの賑わいで、俺もジグもニンマリだ。武術大会に護衛が集まるから便乗して商人が移動すると聞いたけれど、どうやら理由はそれだけでは無さそうだった。


 吟遊詩人がそこかしこで弾き語る詩がある。勇者フィーネ・エントエンデの冒険の一幕だ。


(あっちでは人形劇もやっておるぞ。あの黒髪はきっとお前さんじゃな。カカカ)


「こら、ただ見しないの」 


 この騒ぎは、勇者帰還のパレードと王女様の帰国が重なり、市民の気持ちが浮ついた所に武術大会で商人が集まってきたからではないか。


 いや、或いは王様はそれも狙ってパレードの日和を定めたのだろうか。大会が終わり参加者や商人が地元に戻れば、自然と勇者の名声も広がるという寸法だ。たぶん貴族ならそのくらいはするだろう。


 そうそう。パレードといえば、パーティーの終わりでは王家から報酬を貰った。

 個人にではなく、あくまで勇者にであるが、結局フィーネちゃんから配分されたので一緒だろう。


 その額なんと金貨100枚。500万円にもなる大金だ。なので今、俺の懐は大変に暖かいのである。限られた予算で選ぶ買い物も楽しいけれど、豊富な資金がある時のお祭りと来たら無敵感が半端ないよね。あれもこれもみんな買えるのだ。うふふ。


「よっしゃジグ。突撃ー!」


(おうさ!)



 まぁそんなこんなでまずは手近な屋台の食べ物を買い漁った。

 何を買ったのかはこれから確かめるところである。本当に目に付くもの、ジグが見つけた物を適当に買い込んだ。


(うむ。戦果大なり!)


「ちょっと多すぎんなぁこれ」


 噴水の縁に座り込み、買い物の入った風呂敷を開くと30食分くらいがドッサリと詰まっていた。ちなみに商品はフラという大きくてツルツルな葉で包まれているものが多い。紙袋なんて物は当然ついて来ないので客はマイバック持参だ。時代はエコなのだ。


「うーん。まずはこれから行こうかな」


 上から取って葉を解いてみる。出てきたのは、タルトの様な焼いた生地が皿であり、上に挽肉の餡が乗った料理だった。作り置きなので冷めてはいるのだけど、ザクザクの生地とプリプリな挽肉の食感がたまらない。そして少ししょっぱめの味付けがグー。


 ほうほうと舌鼓を打ちながら、次の料理に行く前に買った飲み物に口を付けてみる。

 おや辛い。けれども後味はスッキリとしていて、口の中には清涼感が広がった。なんというか、炭酸の抜けたジンジャーエールの様な飲み口である。


「やあ、そこの素敵なお胸のお姉さん。どうか一揉みさせてはくれないかな?」


「ブフッ!」


 口に飲み物を含んでいる時に隣でそんな言葉が聞こえたものだから、まぁ噴き出したよね。辛口飲料だったせいもあり、若干咽つつ、恨みがましく右隣りをねめつける。


 羽飾りの付いた気取った帽子を深々と被り、旅の苦労を思わせるくたびれた服を着た男だった。腕には年季の入った古びたギターの様な楽器を抱えているあたりは吟遊詩人だろうか。


 軟派男はピシャリと右頬を打たれ、おふとよろける。お姉さんは素敵なお胸を揺らしプンスカと消えていくけれど、頬を抑えた男は俺の視線に気付いたのか満面の笑みを浮かべるのだった。


「同士じゃないか! 奇遇なこともあるものだね!」


「え、嘘。なんでこんな所に!? 貴方スフィ……」 


「おおっと。違うよ。僕の名前は……ギンユウ。そうギンユウだ!」


「もうちょっと捻った偽名ないんですか……」


 そう、隣にいたのはエロ王子こと、スフィキオ王子。あろうことか、この国の王位継承者なのだった。この国、大丈夫かなぁ。


「で、なんでこんなところに?」


 出会ってしまったからには、おざなりにするわけにもいかず、一応に事情を聞いてみた。

 ポロロンと爪弾く楽器の音は、どうして中々に達者で、なるほどこれならば吟遊詩人にも紛れられただろうと感じるほどだ。


「まぁ一言で言えば、趣味……かな」


 甘いマスクが照れ臭そうに語ると、なんだかこちらまで顔が赤くなる思いだった。

 しかし騙されてはいけない。道行く巨乳に乳を揉ませろと声を掛ける趣味は人としてどうなのだ。


「こういう場合騎士団でいいんですかね?」


「君は勘違いをしている。趣味ってあれだよ、弾き語りのほうだから」


 ああ、なるほど。そっちであったか。

 確かに先日のパーティーではフィーネちゃんから冒険の話を熱心に聞いていたものだ。

 勇者本人から直接旅の様子を聞いたのである。詩を作り語るのが趣味であれば、きっと王子はあれから演奏を披露したくてうずうずしていたのだろうと勝手に想像する。


「うん。それにね、こうして市民の中に混じっていれば、市民の関心ごとというのも見えてくるものさ」


「意外と真面目なんですね」


「ぬふふん。そうだろう。僕は意外と真面目なのさ」


 まぁ要するにこの王子。お祭りを楽しみに来たのだ。貴族という立場ではなく、王都に住む同じ市民として、同じ目線で。それが貴族として正しい姿かは俺には判断が付かない。けれども、そんな彼を嫌いになれるはずもなく。


「そうだ、せっかくだし一曲聞かせてよギンユウさん」


「ああ! それじゃあ聞いてくれ。【美乳賛歌】」


「やめろ」


(いや、むしろ聞いてみたいのじゃが)


 王子でなかったらきっと殴っていた。その後、彼が歌ったのは新作らしいラウトゥーラという詩。演奏も声も抜群に良いのだけど、聞いていてイマイチなのは語呂が悪いからだろうか。やたらと装飾語が目立ち、ちっとも内容が頭に入ってこないのだった。


 しかし、ジャンジャカと楽器をかき鳴らす横顔は本当に楽しそうで、趣味だと言った言葉に嘘がないのが伝わる。俺はシャルラさんに貰った笛を三日で飽きてしまったので、没頭できるほど好きなものというのには少し憧れた。



 王子の演奏が終わると「そろそろ帰りますよ」と護衛らしき人が現れた。さすがに自由行動は出来ないよなと、監視付きには納得する。しょうがないねと楽器を片付け、帰り支度をするスフィキオ王子に、俺は待って欲しいと声を掛けた。


「ギンユウさん、これ歌の報酬です。素敵な演奏をありがとう」


「これは……」


 俺は嫌なら捨てても構わないと前置きして、買い込んだ料理から3品を渡した。

 思えば彼は食べ物も飲み物も口にはしていなかったのだ。立場を考えれば迂闊なものを口に出来ないのだろう。けれども祭り騒ぎに遊びに来て、出店の食べ物を口にしないなんてあんまりだと思ったから。


 護衛のオジサンは見るからに不機嫌な顔をするのだけど、王子はこれは自分の報酬だと大事そうに受け取ってくれた。


「素敵な思い出が出来てしまった。同士、明日の大会もどうか頑張ってくれ」


「ありがとうございます。力一杯頑張りますね」


 王子とは。いや、ギンユウさんとは「またね」と言って別れた。

 俺はどうやら、あの軽薄軟派男が、そこまで嫌いではないらしく。言葉通りに次に会うのが楽しみだった。


(ときに、料理は何を渡したのだ?)


「さぁ分かんない。ハズレを引いてなければいいね」


 俺たちは無責任に笑いあい、じゃあお店巡りに戻ろうかと、再び人混みに身を投じた。


 その後、貴族に大人気の新調味料を使用という謳い文句の出店を見つける。

 長い行列を作っているものだから、興味本位で並んでみたのだ。俺の番になり「へい毎度!」と白い歯見せて注文を取るのは、どこかで見た厳ついリーゼントのお兄さんだった。


 人手が足りないらしい商人は、良い所にきたねお兄ちゃんと俺を店裏に連れ込む。

 嫌だ嫌だとゴネル俺に、マヨネーズが市民にも広がればラルキルドは安泰でっせと悪魔の様な事を囁いて。数分後、俺は何故か「はいよろこんで」と注文を取っていた。


 こんなはずでは……。


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