第142話 閑話 解説のフィーネさん



 今日は貴族院で武術大会が開催されます。私の仲間からもヴァンとツカサくんの二人が出場するので皆で一緒に応援にいく事にしました。


 新しく私の一行に加わったティアも来るので、これを機に親睦を深めちゃうぞーなんて計画を密かに考えていた私ですが、会場に来て早々に頓挫する事になっちゃいました。


「勇者御一行様ですね。レオーネ殿下より貴賓席へ案内するように言付けされております」


 席を買おうと受付に並ぶと、そう言われたのです。

 姫からのお誘いでは断れませんね。ですが招待状を貰った記憶も無いので、誰か事情を知らないかと面子を見渡しました。皆が知らないと首を横に振っていました。一人だけ倍くらいの速さで首を振るティアが可愛かったです。



「驚かせてごめんなさいね。今年もヴァン君が参加すると聞いたので、もしかしたらフィーネにも会えるかも、なんて期待したのだけど。今日は幸運の様だわ」


 嘘です。内心ため息を溢しました。この赤金色の髪をした王女様は息をするように嘘を吐き出すのです。きっとこの姫様は私達の動向を調べていたし、なんなら予定を無理やりねじ込む用意くらいはあったのでしょう。


「おい、くだらない嘘つくなよレオーネ。君、昨日ツカサにちょっかいかけたろ。喧嘩売ってるのか?」


 そんな王女にうちの嘘つきが噛み付きました。イグニスは受付の時からすでにこの事態を想定していたのです。知らないとよく言えたものですね。


 この二人は友人のはずなのですが、これは仲が良いと言えるのかどうか。まぁ同類だというのはとても理解出来るのですけど。


「あらー。流石に良い席ですわ。とても見晴らしが良いですのね」


「うんうん。それに食べ放題で飲み放題なんだって。素晴らしいわね」


 ティアとカノンは現実逃避していました。

 確かに見晴らしは素敵です。学生時代には舞台も観客席も良く利用しましたが、人混みを避けて舞台を一望出来るとは驚きでした。やはり良い席は混むし、すぐに取られてしまうのですよね。


「イグニスが好意を持つ男に興味を持つのは当然でしょう。手を出されたくなかったら自宅にでも監禁しておくのね」


「……今度首輪くらいは付けるかな」


 ツカサくん逃げて。

 どうやらレオーネ殿下の目的はツカサくんの様でした。なるほどそれならば一緒に冒険をした私達は適任なのでしょう。


 邪悪な笑みを浮かべる殿下を見て、イグニスは席を変えようとバンと机を叩くのですが、そこで私が止めに入ります。


「まぁまぁイグニス。もうすぐ試合も始まるし、せっかくの好意なんだから、ね」


「好意じゃないよな? 悪意と欺瞞に満ちてるよな!?」


 面白そうな匂いを感じたのか、ティアもカノンも興味深々に目を輝かせています。

 イグニス包囲網の完成でした。さぁさぁ観念しようねイグニス。私たちも仲間としてツカサくんには興味津々なのさ。


「あ、あれツカサ達ね。おーい、がんばれよー!」


「カノン、ここからじゃあ聞こえないって」


 選手が入場してくるならば、試合の開始は間も無くです。

 レオーネ殿下に「どうするの?」と煽られ、イグニスはブスリと頬を膨らませ居心地悪そうに席に座りました。

 


「彼、茶会にでも呼べないかしら。本当に興味あるのよね」


 その彼は絶賛試合中でした。空中に雄姿が拡大投影されて映し出されています。

 第一試合のまだ温まりきらない会場の雰囲気も、ツカサくんの派手な試合運びにより大きく沸いていました。


 大剣の相手に対し、まさか一合目からの力比べです。豪快に振られる剣。大きな衝撃音と弾かれる両者。素人には分かりやすく、見栄えも良いので盛り上がるのですね。


「今度紹介しようとか思ってたけど、止めた。ツカサを君には近づけさせない」


「あーん、なんでよ。お礼ぐらいさせて欲しいわ」


 二人とも本当にツカサくんに興味あるなら応援くらいしようよ。

 相手は魔獣をも両断する対魔獣剣として有名なブルーク流剣術です。ちゃんと装魔も使いこなしていますね。学生ながらに実力は新米騎士に劣らないくらいあると見ました。優秀ですよ。


「「あの程度には負けない」」


 イグニスはともかく、レオーネ殿下のその自信は一体どこから。ああ、試したんですねはい。私も負けるとは思わないので、視線は下に向けつつ、二人の会話に耳を向けます。


 お礼ってなんのお礼だよ。ツカサに借りでもあるのかと、探りをいれるイグニス。

 私じゃなくて兄がねと。お茶を優雅に飲みながら語る姫。


「あの馬鹿が演奏の報酬を貰ったと、屋台の料理を持ってきたの。一緒に食べようと切り分ける兄は、本当に子供のような顔して喜んでたわ」


 聞けばツカサくんらしいなと感じるお話でした。

 闘技場ではあんな激しい剣を振るう彼ですが、気性はむしろ大人しく温厚なのですよね。


 そんな話をしているうちに、下では決着の時でした。振り下ろされる大剣へと果敢に挑む少年。剣を押し返し、脇腹に一撃。勝負ありです。


 銅鑼が鳴り、割れるような歓声が響きます。私も勿論拍手をしました。

 余韻冷めない中で、観客は再びに喝采をします。ツカサくんは倒した相手に手を差し伸べて、肩を貸して退場したからです。


「なになに、ツカサの話してるの? 私も面白いのあるわよー」


 試合が一段落したのでカノンも話に交じって来ました。彼女の口から語られるのは鰻ヌメヌメ事件と予選金的事故でした。


「ぶふっ」


 その酷い内容に私は思わず吹き出しました。ひーダメだ。下品なんだけど笑っちゃうよ。次にツカサくんと会うとき私の腹筋は耐えてくれるのでしょうか。


「あ、あのー。次ヴァンくんの試合みたいなのですけれど」


 大丈夫。ちゃんと応援するからねティア。

 収まれー。笑い収まれー。っふふふ……ふぅ。



 そして時間は経過し試合が一巡しました。入場してくるのは初戦を見事に勝ち残った黒髪の少年です。緊張しているのでしょうか。カチコチと擬音が聞こえそうな程に固い動きをしていました。


 理由は、やはり対戦相手なのでしょうね。

 続いて入ってくるのはヴァンです。一戦目では使っていなかった二刀流を最初から披露するあたり真剣さが伺えました。


「そうだ。折角勇者様がいるのですし、解説してくださらない」


 殿下がおっしゃられます。集中してみたいし面倒臭いなぁと思うのですが、うちの魔法使い組もそれは助かると解説を希望するので、いいよと引き受けました。


「二人とも開始の合図で前に出ますね。激しいぶつかり合いになると思うので見逃さないほうがいいですよ」


 へぇという三人の返事を聞きながら、私も試合の開始が待ち遠しくなりました。

 そして銅鑼が鳴り、予想の通りに弾かれた様に飛び出る二人。

 初接触はツカサくんからでした。初撃から決着がついてもおかしくない程に鋭い攻撃です。


 ひぃと隣で可愛らしい悲鳴が上がりました。ティアでした。ヴァンが受け止めると、我が事に胸を撫で下ろしています。


 そして戦いの主導権はヴァンが握りました。二本の剣を器用に繰り猛攻を仕掛けます。

 速いし巧みなので一度調子付かれると捌くの大変なのですよね、アレ。


「おおう。ヴァンの奴容赦ないわね。頑張れツカサ!」


 激しい攻防にカノンが手に汗握ります。気持ちはとても分かります。

 いつ決着がついても不思議ではない。それほどに互いに熱量を込め、必殺の刃で綱渡りをしているのです。


「ドキドキするわね。状況は一体どうなのかしら」


「そうですね。ツカサくんは良く凌いでいるという所でしょうか。けどこのままだとヴァンが押し切るかも知れないですね」


 ヴァンの攻撃をあれだけ耐えるのは立派な事です。

 前から思っていましたがツカサくんは目が凄く良いのですよね。平然と私やヴァンの動きも追えているのです。ええ、まるで普段からそのくらいの速さは見慣れているといわんばかりです。


「ああっ!」


 今度の悲鳴はイグニスでした。思わず口に出たのか、口元を隠して顔を真っ赤にしています。


 防戦一方の中、反撃をしようと前に出たところで足払いにかけられたのですね。

 崩れる態勢では攻撃を受けれないと悟り、逆に地面に飛び込みました。これは咄嗟にしては良い判断だと思います。


「でも、距離が開いたのはツカサくんには良くないですね。ヴァンはこの距離も得意です。ツカサくんが近距離戦しか出来ないなら、もっと一方的になります」


「あらあら。では彼はこれでおしまいかしら。残念ね」


 言葉と顔があってないぞお姫様。ヴァン相手ではまぁこんなところかなと、如何にも納得した雰囲気だった。


 やはりというか、ヴァンは足を使い戦場を駆け出します。

 速さに翻弄されるツカサくん。止まっていては勝ち目は無いと見たのか、彼もまた駆け出しますが、その行為が却って油に火を注ぎ、ヴァンは魔剣技まで使用し始めたのです。


「…………」


 ヴァンの強さは誰が見ても圧倒的でした。

 近距離を制し、中距離でも手も足も出させません。誰しもがこれは終わったと感じたのではないでしょうか。会場はすっかりヴァンの強さを称賛し、ツカサくんの健闘を称えるという雰囲気です。


「あれは、なにかしら?」


「……分かりません」


 しかし一人、諦めずに闘志を燃やし続ける人が居ました。ツカサくんです。

 身体をうすっらと白い光が包み込んでいました。魔剣技でしょうか。詳細は分かりませんが、彼がまだ続ける気だというのは、嫌というほど伝わって来ました。


 そして信じられない光景が目の前で繰り広げられます。

 ツカサくんの攻撃を受け止めたヴァンが、大きく吹き飛ばされたのです。

 なんという重い一撃でしょう。中立を意識する私さえ思わず手を握りしめてしまいました。


 会場が大きく沸きます。伝わったのです。勝負はまだ分からないぞと。当たればヴァンさえも落としうると。そう確信させる程の一撃だったのです。


「見てるこっちが痛いわね」


「そうだね」


 カノンと私の呟きに、殿下からどういう意味かしらと質問が入りました。

 一見はツカサくんが持ち直したように見えます。確かに動きは格段に良くなり、魔剣技を扱うヴァンとも対等に渡り合えている様に映るのです。


「あの技、多分大きな反動があるのです」


 ツカサくんは剣を振るたびに顔を強く顰めました。恐らく身体が悲鳴を上げているのでしょう。


 よくよく考えれば当然の事です。

 ヴァンは大活性で魔剣技まで使っています。そも純粋な筋力でも本来ヴァンが優勢なのです。そこに技術と経験を足した数値を戦闘力とでもいいましょうか。


 その大きくかけ離れていた戦闘力の差を、ツカサくんはあの謎の身体強化だけで埋めて見せたのです。身体には一体どれほどの負荷が掛かっているのやら。


「そもそもあの技……」


 本当に人間の技なのでしょうか。原理も分かりませんが、ただ魔力の量であそこまで能力が飛躍するとは信じ難いです。発想がなんとも暴力的で破壊的。まるで魔族の技のようだと感じてしまいました。


「ああ、ヴァン君が!」


 ティアの叫びに現実に引き戻されると、映像に鼻血を流すヴァンの顔が映されていました。ツカサくんの攻撃が当たったのかと聞くと、どうやら違う様子。


「じゃあ使ったんだね、絶界を。なら勝負はもう終わります。お互いに残された時間は短いから」


 私の読みでは、少しの時間を耐えれば絶界を使うまでもなくヴァンは勝てたでしょう。

 けれど、嫌なのでしょうね。あれほど真っすぐに勝負を挑まれては、真正面から勝ちたいのでしょうね。馬鹿だなぁと思うと同時、私は少しヴァンが羨ましくなりました。


 さて、瞬き禁止の数秒です。

 覚悟を決めたツカサくんが飛び出しました。一瞬の攻防です。ツカサくんの攻撃を躱し、反撃するヴァン。勝負を決めようとするヴァンをツカサくんは強引に崩し、逆に一撃を見舞いました。


 痛み分けです。足を負傷するヴァン。胸を負傷するツカサくん。


 もう解説はしませんでした。出来ませんでした。

 どちらも満身創痍なのです。もうどっちが勝ってもいいから頑張れと、みなで固唾を飲んで見守りました。


「凄い声ね」


「ああ、今日一番の盛り上がりだろうな」


 イグニスと殿下のお前ら本当に盛り上がっているのかと言いたくなる冷静な声。

 次の一撃での決着は会場にも分かるのでしょう。頑張れ頑張れと両者を応援する声が轟きます。


 動いたのはツカサくん。なんというか、君はいつでも飛び込んでいくのだねと思う。

 けれども、無茶だからこそ応援したくなる背中です。


 受けるのはヴァン。ああ、そうきたかと。勝利に貪欲な我が友に、心からの喝采を。

 ツカサくんの重く鋭い一撃に合わせ、冷静に刃の側面を叩いたのです。剣破壊。見事な技でした。


 会場には剣が3本。内2本が砕き割れ、ヴァンは最後の1本を握りしめ、この勝負に幕を引いたのです。


 パチパチパチパチ。パチパチパチパチ。

 両者が会場から退場するまでの間、拍手は鳴り止みませんでした。


「はぁ凄い試合でしたね。私最後までドキドキでしたわ」


「そうですね。見応えのある試合でしたわ」


 早速に感想を話したいのかティアと殿下がキャッキャッと話に花を咲かせていました。

 私も混ざろうかなと思ったのですが、耳に入ってきたのはイグニスとカノンの会話です。


「私はツカサの手当てに行くけど、アンタ本当に来なくていいの?」


 でもなぁと行き渋るイグニスだったので、私はこっちに加勢することにしました。


「そうだよ。行きなよイグニス。ツカサくんもきっと会いたがってるよ」


「私にはその資格がないんじゃないかと思って」


 見舞いに資格は要らないだろうと思うのですが、なぜかこの女、本当にそう思っているようでした。そして問い詰めると暴露する事実。殿下と賭けをしてヴァンの方に賭けたのだとか。


「テメェにツカサを励ます資格は無え!」


 カノンは怒って一人でお見舞いに行ってしまいました。

 私はしょんぼりするイグニスを一応よしよしと慰めます。賭けたのはツカサくんのお茶会の出席らしいので彼女なりに負けたく無かったのでしょう。


「でも思った。負けて落ち込む彼を励ます私という図は良いな」


「分かりたくないけど、分かる」


 まぁカノンならば怪我のついでに心も治してくれる事でしょう。 

 私もここでようやく肩の力が抜けて。ああ、そうだヴァンもおめでとう。なんて思いました。 


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