第143話 閉会式
僧侶に泣いてもいいのだと諭された俺は、恥ずかしながらに大声を上げて泣てしまった。
時間感覚は曖昧だけど、涙も声も鼻水も涸れ果てるまでの間を、強く、けれども優しくカノンさんは受け止めてくれた。
もう大丈夫ねと背中をバシンと叩かれ気合が装填される。俺はハイと頷き、随分と軽くなった心で医務室を後にした。
したのだけど、ふと思ったのだ。
俺はカノンさんの胸元に顔を埋めていた。ならば俺を包み込んでくれた、あの温かくて柔らかい物体はもしやと。
手をにぎにぎと動かすのだけど、残念な事に余韻は何も残っていなかった。温もりも感触も泣く事に集中しすぎて一緒に流れ落ちてしまっていたのである。俺はもう一度だけ、人知れず涙を零した。おのれヴァン許すまじ。
(思ったより大丈夫そうよな)
「そんな事ないよ。きっと大切な何かを失ったよ」
(もう正面から好きなだけ揉みしだいてこいよ。許すから)
「ジグに許されてもしょうがないだろ」
ともあれ、まだ武術大会は継続中だ。
今回は参加者全員で閉会式に参加するらしいので、負けた俺も控室で待機である。
正直どの顔で戻ればいいのか分からないのだけど、それはみんな同じなので一人だけ文句は言えまい。出来れば素知らぬ顔で合流したいものだと、何の気なしに控室の扉を開いた。
「おう」
扉の前には待ち構える様に若竹色のツンツン頭が居た。
普段は目つきの悪い男であるが、試合の後だからか若干に疲労の色が見えて眼光も鈍っている。だらりと椅子に寄り掛かる姿には何とも覇気が無かった。
「…………」
俺は無言で扉を閉めて、5秒後くらいに再び開いてみた。残念だけど幻覚ではないようだった。呆れた様に苦笑うヴァンが居た。
「お前は本当にガキだな。だから俺に勝てねえんだよ」
「今の俺は心に余裕があるから一発殴るだけで済ませてやるぞ」
「余裕があってそれならお前の心相当狭いぞ」
「くっ。馬鹿のくせにそこに気づくか」
俺は仕方なしにヴァンの対面に腰を下ろす。
実のところコイツと顔を合わせても悔しさはそれほどに込み上げて来なかった。カノンさんの言う通り全部吐き出してきたお陰だろうか。
いや、最後の一振りは惜しかったなぁとは思うのだけど。
俺は間違いなく本気の全力を出し切った。それでも届かなかったのだから仕方がないのである。だからか心はストンと素直に負けを受け止めた。
けれどだ。今日はっきりと、強くなるための目標は出来たように思う。
せめてコイツに。勇者一行の剣士に認められるくらい強くなろう。そしたら、次にフィーネちゃん達と冒険する時には、俺は胸を張って勇者一行を名乗れる気がしたのである。
「次は負けねえから覚えておけよ」
「ああ。いつでも来いよ、返り討ちだ」
◆
「東! 王都国立学院騎士科5年、ヴァン・グランディア!」
そうしている間にもヴァンの次の試合が始まるようだった。思った以上に俺は医務室に滞在していたのだろうか。いや、試合の組み合わせが減ってきているのでスパンが短くなったのもあるのだろう。
「ああ、もうか」
よこっらせと億劫そうに立ち上がるヴァン。その姿にどこか違和感を覚えて、俺は体調でも悪いのかと声を掛ける。ヴァンは闘技場に向かう足は止めず、ぐりんぐりんと肩の調子を確かめながら言った。
「怪我は治して貰ったんだが、体力と霊脈まではなぁ。まぁみんな同じ条件だ」
そうか、霊脈か。確かにそれは神聖術でも治らないものだった。
特にヴァンは俺との戦いで未完成だというアルスさんの技を使っていた。体力的にも霊脈的にも少しの休憩では回復しないくらいに摩耗していたのである。
気遣う俺を他所に、剣士はなんの言い訳もせずに戦いの舞台へと上がって行った。
不覚にもその背中を大きいな、なんて思ってしまった。
しかしどうやら体調の心配など杞憂のようだ。もう最初から二刀流を披露するヴァンの強いこと。攻守に一切の隙を見せず、危なげなく勝利を勝ち取っていた。
結局、番狂わせは起きることなく、順調に敗者が積みあがっていく。
決勝戦はヴァンと傭兵らしき人の戦いであり、さして苦労する事もなくヴァンは優勝を手にした。
可哀そうなのは三位決定戦で、ヴァンと傭兵さんに負けた者同士が少しばかり冴えない勝負をした。それはもう泥仕合だったのだけど、勝者が上げた勝利の雄たけびには惜しみない拍手が降り注いでいた。
「ベスト8か。まぁこんなもんかなぁ」
全員の治療が終わり、いよいよ閉会式だった。最後は参加者の16名全員で闘技場に集合する。
わーきゃーと声が響いた。空がキラキラ光ったかと思えば、足元に何かが降り注いでくる。小銭だった。銅貨や小銅貨。それに花などが観客席から投げ込まれていた。
その光景に思わず頬が緩む。優勝者だけではないのだ。会場は負けた俺たちも含め、参加者全員の健闘を称えてくれていた。
◆
「ヴァン・グランディアよ、二年連続の優勝おめでとう。其方はこの大会にて勇者一行としての実力を確かに示した。若き力を頼もしく思うよ。これからも研鑽を惜しまず、更なる高見を目指して欲しい」
「はっ! ありがたきお言葉!」
開会式に王様が居たのだから、閉会式にも居るのだろうなと思っていたら居た。
それも上位の三名には直々に言葉を掛けてくれるようだ。流石に同じ土を踏むという事は無いのだけど、二階席のテラスから生の声を響かせている。
たぶんこれは凄いことなのだろうなと思う。
こうして直に王様から褒められる機会なんて普通の人生ではまずない事だろう。案外武術大会参加者のモチベーションの何割かはこのご褒美にあるのではないか。
そんな事を考えていた時だ。
地面に跪く俺は、二階に居る王様を見上げて居た。だから偶然にそれは目に入った。
ポポーンと放物線を描き投げ込まれた何かだ。
硬貨ではない。花束でもない。トイレットペーパーの芯くらいの筒状の何か。
俺ははて、何処かで見た事があるぞと、軌道を目で追いながら考えた。
(あれよ。お前さんが鉱山で散々使っておった)
ああ、と。ジグルベインのヒントで思い出す。
そう発破。獣人が岩を崩す際に使っていた――爆薬だった。
「ってオイ!?」
まずは閃光と轟音。そして次に爆風が広がり肌を焦がす。
上空での爆発のせいか音に比べて地上での被害は少なかった。けれど爆風に乗ってやってきた黒煙が酷く、そこら中でゴホリゴホリとむせ返っている。
王様は無事なのかと煙を煽りながら見上げた。
どうやら怪我は無さそうだった。テラスに魔法でも仕込んであったのか、付近には煤すらも寄り付いておらず、既に近衛騎士が囲み保護をしている。
なんて間抜けだと、俺は思わず自分を殴りたかった。
俺は知っていたはずだった。大会に参加する側になりすっかり襲撃の事が頭から抜け落ちていたのだ。武術大会は、深淵がテロを狙うだろう最も警戒しなければならない日だったではないか。
「なんなんだこれは!?」
「まさか国王の命が狙われたのか!?」
「反乱! 反乱だー!」
観客席から響くわーきゃーという声が、祝福から混乱へと変わる。
後を追う様に、続々と続く爆発と立ち上る黒煙。
もう閉会式などと言っている場合ではなかった。悲鳴が聞こえる。助けを求めている。右を見て左を見て、理解はした。
けれども突然にひっくり返された平和に頭は追い付かず、俺には何から手を付ければいいのか、判断は付かなかった。
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