第20話 冒険者ギルド
ピッと指を立ててハスキーな声がつらつらと語る。
一般的にギルドというのは職業を守る為にある組合らしい。
俺が関わった中で言うと、例えば商人ギルド。売るものにより細かく分野が分かれるが、相場や品質を管理し、また徒弟制度により人を管理している。
簡単に言うと、物を売るから今日から俺商人ね!というわけにはいかないそうだ。だいたいの職業はこの様にして自分達の利権を守っているのだという。
商人の娘であるリリアだが、その兄も家を継ぐというのなら親方の資格を取る事から始めるそうだ。
だが、ギルドが町の職人のためにあるのならば、外からやってくる者たちはどうするのか。市民権を手に入れれば徒弟にもなれるが、市民権がなければ町で仕事ができない。
その答えが影市。町の内で駄目なら町の外で仕事をするのだ。
「え、それでいいの?」
「理屈としてはギリギリ灰色だね。でもギルドはそりゃ良い顔はしない。だから国として外来者でも稼げる場所を用意したのさ」
それが冒険者ギルドの由来だそうな。これが影市の抑制だけでなく、貧困層の犯罪率低下にも効いたそうで、今やこの国なら大体の街にあるという。
話を聞いた限りでは本当に仕事の斡旋所のようだ。冒険者ギルドなんて格好のいい名前をつけないで大人しくハロ●ワークでいいのではないか。
前から思っていたが、この世界には少しロマンが足りないのではないか。
「なんでそんなに不満そうな顔をしてるんだい?」
「いや、別に。それで具体的にはどんな仕事をするの?」
「さて。それは行って見てのお楽しみだ」
はい。というわけでやってきましたハ●ーワーク。地球ではアルバイト未経験な為若干緊張しております。ニートではありません。年齢的にダメだったんです。私まだ15才です。でもこちらだと成人の齢なんだ、悲しいね。
足取りの軽いイグニスと違って、こちらの足は限りなく重いのだけれど、到着してしまった。外見は他の建物と違いのない白い壁と赤い屋根の建物だ。吊る下げてある紋章は昨日見た鳥のマーク。そうか、鳥=シュトラオスで、シュトラオス=旅なのか。
なんの気なしに扉を引くとカランと軽妙なベルの音が聞こえて、同時に二人の逞しい男が飛び出してきた。え、なにこれ。そういう仕様?
よく分からないので後ろのイグニスに視線をやるとフルフルと首を横に振っている。どうやら仕様ではないらしい。
顔を正面に戻すと二人はもう目の前に。背が高く体格も良いので威圧感が半端ではない。何故か舌なめずりしながら俺を凝視している。こんなの視線恐怖症でなくたって怖いに決まっている。
もう一度イグニスを見ても、やはり首を横に振るだけだ。諦めろとかそんな意味じゃないよね。
「へへへ、お兄ちゃん。ちと細いが良い身体してんなぁ!」
「どうだい俺たちと一緒いい汗かこうぜぇ!」
「まさかのソッチ系だと!や、やめろ。そんな目でみるなぁ!」
「だから断りなさいって」
話を聞けば、最近馬車が多いため荷下ろしの人手を探していたみらいだ。紛らわしいよトラウマものだよ。何重の意味で、もうドキドキの体験だった。
◆
店の中は外見に比べてかなり広い。中で繋がっている複合施設のようだ。
少し観察した限りでは食事処の他にも勧誘や魔獣の買い取りなどもしているようで、わりと想像していた冒険者ギルドの形に近い。少しやる気が出てきた。
「受付は向こうだよ。一緒に行こう」
イグニスの細い指が俺の手を取る。混んでいるから逸れないためにだろう。子供じゃないし!と手を払いたいところだが、昨日の一件の後なので大人しく握り返した。柔らかかった。ただ、自尊心がボロボロな為、クエストを頑張って見返さなければ。
「こちらの利用は初めてですか?」
受付のお姉さんが、ニッコニコの笑みを張り付けて言った。注文しなくても無料のプロスマイルだ。思わずハンバーガーを注文したくなる。
「では入門証をお見せください。他の町で所属していたギルドがあればそちらのギルド証も提示ください」
入門証を渡して、ギルドには所属していない事を伝える。お姉さんの口からなんだ雑魚かと呟きが漏れた。顔が笑顔のままなので空耳だと思いたい。
そして渡されたのは鳥の紋章が入った真鍮のプレートだった。これが冒険者ギルドのギルド証で、実績を認められると更に違う種類が貰えるようだ。銅貨5枚だった。
昨日買った首飾りにつけようと思う。
「それでは案内出来る仕事をお読みしますね」
「あー待って。私が字を読めるから依頼書を見せて貰いたい。後、彼は魔力が使える。属性は光」
依頼書を引ったくりながらイグニスが伝えるとお姉さんから小さな魔石が渡された。魔力を込めろと言うから、言われた通りにすると魔石は仄かに白く発光する。
それを確認したお姉さんは、そのまま魔石を持っていけと言う。どうやら魔力が使える事も実績に入るようだ。確かに身体強化を始め、魔法の恩恵は大きいだろう。
「何か良さそうな仕事はある?」
パラパラと依頼書を確認するイグニスに聞いた。目が白けているあたり大した内容ではなさそうだ。
「そうだねぇ。荷下ろし、穴掘り、清掃、搬入、収穫。無資格だとこんなところだね」
基本、雑用というのはギルドの若手の仕事だが、どうしても突発で手の足りない時に冒険者ギルドで人を集める。そうするとやはり、誰にでも出来る力仕事が主になるようだ。
ちなみに他のギルド証があればもう少し仕事の幅は広がるらしい。
要は信用がないのだ。依頼をお姉さんが読み上げようとしたように、ここに来る者は定職に就いていない、文字も読めない層が多い。まさに、今の俺のような人達だろう。
このギルドは、そう。冒険者になるギルドではない。町に居場所がない者達のためのギルドなのだ。世知辛い。
「イグニス様!? イグニス様ではないですか! こんな所で一体何をしているのですか!」
薄い水色の髪をした男が声を張り上げて近づいてくる。呼ばれた本人を見れば、誰だコイツという顔しているので、深い仲ではなさそうだ。
「お久しぶりですイグニス様。アリフレタ家の三男ガリラです」
20歳くらいだろうか。背はそんなに変わらないけど、体格の良いお兄さんだ。剣を腰に下げていて、高そうな皮の鎧を見るに兵士かハンターだろうか。その割には装備が綺麗でちぐはぐな印象である。なお俺は眼中にない模様。
声を掛けられたイグニスは、久しぶりだねなどと返しているが賭けてもいい。あれは思い出していない。
「実は今、お忍びで旅をしているんだ。勇者一行としての活動だから内密に頼むよ」
コイツ、なんて平然と嘘を!?
「おお、使命がお有りでしたか。しかし、供の一人も見えぬ様子」
「供ならいるさ。彼が護衛も兼ねてくれているんだ。とても頼りになってね」
その発言に俺とガリラさんは目を剥いた。
こちらにギロリと鷲の様な鋭い視線が向くなか、後ろでは赤い魔女が口を三日月にしてほくそ笑んでいる。後ろ。俺じゃなくて後ろを見て!
「こちらは、どこぞの御仁か」
「彼はツカサ・サガミ。見ての通り異国の者さ。平民だけど少々縁があって」
俺を外に話は進み。イグニスは俺を魔力が使えて強くて格好いいなどと気持ち悪いほど持ち上げると、ガリラさんは張り合うように、自分は貴族で、ハンターとしての如何に優れているかを語る。
なるほど、着地点はこの時点で何となく見えた。完全に魔女に手の平の上だ。
「わー。貴族でハンターとしての実績もあるなんて素晴らしーですー。護衛を任せるなら強いほうが安心だなー。一体どっちが強いんだろー」
飽きてきたのか完全に棒の演技なのに、雑に持ち上げられたガリラさんはイグニスの期待通りにこう叫んだ。
「貴様ー! 決闘だー!!」
こいつはもうガリラさんではない。ゴリラさんだ。
◆
なんとも気の利いた事にギルドの裏には試し場と呼ばれる広場があり、ハンター達の間では割と頻繁に利用されている場所らしい。
その真ん中にはもう鼻息を荒くしたゴリラさんが居て。当然対面には俺が引きずり出された。
建物の中で誰かさんが大声で叫んだこともあり、野次馬はやたらと多い。完全なる敵陣かと思いきや、ガリラなんてぶっ倒してしまえと、俺への声援も聞こえる。
「いいかい、負けてくれるなよ。あんな大猿と二人旅するくらいなら私は夜逃げするからな」
「せっかくくれた機会を無駄にはしないよ。イグニス、ありがとう」
「よろしい。じゃあ私は依頼見てるから、終わったら声かけてくれ」
そう言って黒い外套を翻して赤い髪の少女は去っていく。信用だ。この町の誰からも無くとも、彼女だけは俺に信用を置いてくれている。
そして、手荒だが戦うことで、強さを証明する機会を用意してくれた。
魔力を使える現役のハンター。思い出すのは盗賊のニコラ・クレアス。彼は商隊の護衛を頼まれるほどに腕を買われていた。なら、それを倒した俺は戦力として十分なはずだ。
あとは知って貰えばいい。見て貰えばいい。
このゴリラさんが自分こそイグニスの護衛に相応しいと力を証明しようとする様に、俺も俺を売り込むのだ。
「いつでもいいぞ。何処からでもこい」
ルールはギルド式決闘法。武器は真剣、先に血を流した方の負け。双方合意の為殺しても罪にはならないが、ギルドは一切関与しませんとのことだ。
相手の構えはフェンシングの様な右半身の構え。ニコラも使っていた構えだが、あるいはこの決闘の所作なのかも知れない。血を流したら負けというルールなら剣を突き出したまま前後しやすい構えは非常に有利だ。
(くだらんな)
「そう言わないでよ。俺としてはリベンジ出来て嬉しい」
ゴリラさんには悪いがこの人に興味がわかない。
重ねるのはあの盗賊の姿だ。初めて真剣で切り結び、剣術に翻弄された相手。あれから、少しでも成長したかを試したい。
黒剣を構え、じりじりと距離を縮める。向けられた切っ先は徐々に徐々に首元に近づき、そしてブレる。首を捻り躱せば伸びてきた刃はヒュンと引かれていく。
まるでカメレオンの舌の様だ。肘で放たれた突き、それが引くということは言わば装弾であり、当然次が放たれるだろう。
見るんだ。視線は首元を射抜いている。息を止めた、来る!
耳元で空気を裂く音が鳴る。ここが、腕の伸び切ったタイミング。ここで引きに合わせて。
「ジェアア!」
飛び込もうと思ったのだけれど、腰を回す事で首を薙ぎにきた。さすがに戦闘経験は豊富なようで、躱された後の技も多いのだろう。
後は、ゴリラさんが俺を舐めていないのも大きいか。
「ふぅ怖」
「ハンターならルギニアの話は聞いている。ニコラを倒したのはお前だろう」
厳つい顔でニイと笑っているが、なんて返せばいいのやら。とりあえず俺もニイと笑ってみた。突きが来る。感情が分からない。
「アイツは強かった。だから手抜きはしない、その上でお前に勝つ」
(カカカ。笑うわ。こんな遊戯で勝つだの負けるの。ほんにくだらん)
「思ったよりいい人だ。ただの試合なら良かったんだけどね。俺もちょっとは信用に答えないとだから」
敗北を疑ってもいないあの魔女を早く迎えに行かなければ。
地面を魔力で蹴る。闘気法の次段階、纏。
体内で魔力を循環させることで行う身体強化は、流す量がある一定を超えると脈動し無意識に身体能力が上がる。これを活性と言い、循環に意識を割かなくなったことで、魔力を部分的に纏い超強化に至る。
一歩の踏み込みは、向けられた剣を超え、間合いを一瞬で食いつぶす。俺の初めての攻勢に反応の遅れた相手は慌てて後退しながら、保身でやぶれかぶれに剣を振るう。
ヒュンヒュンと目前を走る刃はそんな振りでも存外に鋭く、さすがに良く鍛えられているのが伝わる。出血したら負けというルールなら、あるいは有効な手段だ。
だがルールで暴力は縛れない。剣を盾にするならば、諸共に斬るまでだ。走る銀を奔る黒が薙ぎ払う。
勝負はそれでお終いだった。
短くなった愛剣に気を取られていたようだが、額から僅かに流れた血が目に入った事で理解してくれたらしい。柄を放り投げ、尻餅ついて言った。
「参った!」
「いい勝負でしたね、ゴリラさん」
「……ガリラだが」
これは、大変失礼いたしまして……。
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