第19話 影市場


シュトラオスで走ること2日。少し山から遠ざかってきたため、平な道が増え整理された土地が目立つ様になってきた。


 今向かっている場所はサマタイと言う名の町で、エルツィオーネ領で最も王都に近いために王都の玄関と呼ばれる所だそうな。


 途中にもう一つ町はあったのだけれど、食料も足りていて特別に用事も無いため通過した。今思えば、寄っておけば良かったと反省するところだ。


 廃城で生活していた事もあったので、今更一日二日お風呂に入らない程度気にはしないのだけれど、駝鳥に二人乗りしているため、後ろに乗る人は前の人に抱き着く形になる。


 鍛錬で汗だくになる為、拭っているとはいえ非常に申し訳ない気持ちになった。イグニスは慣れなさいというが、抱き着くのも抱き着かれるのも慣れはしない。


 ああ、イグニスと言えば料理下手だと思ったのが不満だったらしく、次の昼食では張り切って料理をしていた。出てきたのは肉と野菜の入った卵焼きで地球でいうキッシュみたいな品だった。


 味は美味しかったので評価は訂正したが、当然の様に青汁が付いてきたため奴に料理はもうさせない。あれは現代ならゼリーとサプリを飲んで食事をしたというタイプだ。


 そして、その時ふと気になったのが卵の出所である。なんとシュトラオスの卵だそうだ。思えば鳥なのだから生んでもおかしくない。やたらに見る魔獣だと思っていたが、牧場で繁殖させているのだとか。魔獣なんて名前的に人類の脅威のようなネーミングだけに意外だった。


「ああ、見えてきたね。ご覧よ、あれがサマタイだ」


 イグニスの肩越しから覗けば、まだ距離はあるが長い町壁が確かに見えてきた。

 周囲は畑の様で、畑仕事をしている人の姿がちらほらと見える。土を耕しているのは牛っぽい生物のようだが、手から水を出して撒いているのは魔法だろうか。人間スプリンクラーがいる。


 道中に聞いたが、王都に近づくに連れて魔獣は減るらしい。畑は安全度の象徴の様なものなのだ。逆を言えば辺境なほど危険度が高くなるので、領主の腕が問われるそうな。


「あれ? あそこ町の入口だよね。何やってるの?」


 大きな門が見えてきたが、何やら仮設のテントらしきものが並んでいる。市場にも見えるが町の外でやることだろうか。


「影市場だね」


「影があんな堂々としていていいのかよ」


「ははは確かに。まぁご禁制のものは置いてないから安心しなよ」


(市であるか。良いな良いな楽しみであるな)




 入門の手続きのために列を作る馬車の最後尾に着いたが、ここはもう市場のど真ん中だった。

 わちゃわちゃと活気溢れる光景にお祭りにでも来た気分だが、見渡していてある事に気づく。


「なんか人間じゃない人達が多い気がする」


「うん。そうだろう。ここにいるのは市民権を持たなかったり、ギルドに所属してない者。つまり町の外の人たちなんだ」


 ジグも完全に乗り気なので見て回っていいかと聞いたら、宿を決めてからだと諫められた。俺一人ではカモにされるのがオチだと真顔で言われる。


 商人ギルドは町での相場の調整や商品の質を管理しているが、ここは町の外なので正規の値付けはされていないそうな。ああそれは一人だと無理だ。


 しかしルギニアでもぼったくられそうになった事を伝えたら微笑された。自己責任ですかそうですか。


 じわじわと進む列にソワソワしながら並んでいたのに、自分の番では左腕を見せるだけであっさりと通れた。犯罪歴がある者は左腕に焼き印が押されているから一目でわかるそうな。

 

 入門に掛かったのは一人小銀貨1枚。千円くらいだ。出入りの度必要なのかと思ったが、渡された入門証を見せれば10日は滞在できるらしい。これが荷車を引いていると検品やらで時間がかかるのだとか。


 やっと街中に入ることが出来て、足早に門を通過したのだけれど、期待とは裏腹に新鮮味は少ない。同じ領のせいか建築方式が同じで前の街と似たような景色なのだ。むしろ平野のため町に起伏がなく平坦にさえ感じた。


 あと、気になるのが匂いだ。町の外が畑のせいかどことなく土と肥料の匂いがする。そして気づいた、地面が土だった。石畳が敷き詰められていたルギニアはお金掛かっていたのだ。


「あのさイグニス。宿を選ぶ基準とかはあるの?」


「目安くらいはあるよ」


 シュトラオスを引きながら先導するイグニスが、くるりと身を翻す。そしてピッと指を立てた。あっちむいてほいではないが、指の先を追えば看板がぶら下がっている。鳥の紋章が入った看板だ。


「ギルド加盟店は紋章を掲げている。これが正規店の目印だ。ただ、優良店の目印ではないから注意だね」


 悪質なのはギルドから外されるらしいが、結局は店の外見や雰囲気で選ぶようだ。一番手っ取り早いのは門番にお勧めを聞くことだそうだ。ガイドブックを作ったら売れそうだと言ったら既にあるらしい。ネットが無いのに逞しいことだ。


 宿屋は目抜き通りから少し外れた所にある道に並んでいて、酒場や料亭が多い区域だった。裏通りというほど暗い雰囲気ではないが、漂うアルコールの香りや手を振るお姉さんがいて市場とはまた空気が違う。夜に一人だと歩くのを躊躇いそうである。


「うん。とりあえず今日はここにしてみようか」


 満足のいく宿屋があったのだろうか。決め手を聞けば厩舎があって、個室があって、値段が高くも安くもないことらしい。条件は確かに無難だろう。


 俺もそれでいいよと返事を返すと、イグニスは早速部屋を借りにいったので、俺はシュトラオスを繋ぎにいく。


「お疲れボコ。後で餌と水もってくるからな」


 遅れたが駝鳥の名前はボコである。世話をしているうちに愛着は湧きまくりだ。

 一日の終わりは鞍を外して、ブラシ掛けをする。怪我や病気はないか確認する作業なのだけど、白いフワフワの羽毛は撫でているととても気持ちがいい。今ではブエーと低音で響くブサイクな鳴き声も可愛いと思っている。

 


 部屋の中は思った以上に何もない。

 ベッドが一つと、小さな机。そのうえに蝋燭とおまけ程度に花が一輪花瓶で置かれていて、後は桶が一つあるだけだ。


 桶は水を汲んで体を拭く用。つまりお風呂は無く、トイレは共用のものが部屋の外に一つ。窓はあるけれど、ガラスなんて使われているはずもなく、戸板で開け閉めするようだ。


 これで一泊小銀貨3枚。3000円か、うーん。


 貴族の家に泊まっていただけに落差が大きい。考えてみれば廃城の暮らしでさえジグの部屋に居たのだから、庶民生活初体験なのだ。こんなにワクワクしない初体験はいらない。


「で、なんで当然の様に居るのかな?」


「一人一部屋なんて泊まれるわけがないだろう。これでも贅沢なの」


 貴族用の宿ならともかく、ほとんどは大部屋で雑魚寝のようだ。野外ならまだしょうがないが、同じ部屋に男女が同衾というのはどうなのだろう。区切られた空間にいると、さすがに俺でも距離感というものが気になる。ジグはノーカンだ。


「もう何日も一緒に寝泊まりして、ずっとくっついて移動してきたのに今更何を言ってるんだい。私だって見ず知らずの男と同室なら嫌だよ?これでも君の人柄を信用しているんだ。だからベットを譲りなさい」


「うん。うん?」


 会話の流れが少し気になったがまぁいいだろう。


 俺としては女の子と二人の状況に緊張こそしても、ジグが見ているし馬鹿な事はしない。でも、彼女からしたら本当に勇気のいる行為だと思うのだ。ありがたく信用を預かろう。まぁ好きで家出したのだから自業自得感はあるけれど。

 


 荷物を置いたところで、空はまだ明るい。

 ジグルベインが市場に行こうと騒ぎだしたのでさっそく二人で影市に向かった。


 店の数も多いが、買い物客も随分といるようだ。逸れないように気を付けてはいたのだけれど、着いて早々にイグニスを見失ってしまった。


 周囲を見渡せば、そこに居る人種は様々で、背が低いのに肉付きは良いドワーフや、狐というだけで凄く胡散臭く感じる獣人、テカテカの鱗が生えた蜥蜴人。


 誰もこちらを見ていなくて、雑音だけがやたらと耳に届く。今更こういうのも何だけど、異世界に来てしまったようだった。


(おう。惚けてどうしたお前さん。よもや寂しいのかよカカカ)


「いや、人が多いなぁって思っただけだよ」


 寂しい。そうか寂しかったのか。地球では引き籠っていたし、こっちではジグが居てくれたけど基本一人だった。だからてっきり俺は一人でも大丈夫な人間だと思っていたのだけれど、逸れて寂しく感じる程度にはイグニスに情を感じているらしい。


 美人なのは認めるが、あれは性格の捻くれた魔女で、どちらかと言うと苦手な部類である。だからそう感じた自分が意外だった。


「あ、ジグ見て。この首飾り格好いい」


(首飾りなら、これも良くないか?)


「うおっ良い。え、吸血鬼の牙、幾ら? 銀貨1枚ん~ください」


「お兄さん、武器見てきなよ。ドワーフの鍛えた逸品だよ」


「あー俺のヴァニタスは最強なんで。エクスカリバー超えたら持ってきて」


(おい、今俺のと言ったか?ああん?)


「お兄さーん。これどう。エルフの村で採れた100年に一度の出来のアンゴル酒」


「いらん」


(いる!)


「あのーこれルブルムの肉でも希少部位の串焼きなんですけどー」


「へぇコリコリしてて結構いけるなぁ。ジグもいる?」


(いらんわ。それ牛のチ●コだぞ」


「いやー面白いもの沢山あるね!」


(うむうむ。賑やかな市は愉快愉快カカカのカ)


「へぇ。随分と楽しそうだなおい」


 しばらくして般若の様な形相をする紅い髪の少女と出会った。イグニスだった。


 やばいすっかり忘れていた。周囲のお祭り騒ぎにあてられたのか、すっかり財布の紐も緩んで気づけば下らないものを買ってしまっている。どう見ても手遅れなので、俺は素直に謝罪した。


「ごめんなさい。あ、これどうぞ」



「ん。心配したんだから気を付けなさい。コリコリしてるけど、これ何の肉?」


(お前さん外道だな)

 

 それから夕食を食べて宿に戻ったが、床に正座をさせられた。もちろんお説教である。

 首飾りの魔石はクズ魔石。酒も随分ぼったくられて、おまけにお釣りの銀貨は隣国のものを渡されたらしい。


 それ見たことかと雷が落ちる。やってしまった事は仕方がないが、問題は困った事にお金がない。滞在の予定は五日。その分の宿泊費や食事代を考えると俺の手持ちギリギリなのである。


「君のお金だから使い道については言わない。だけれど、使ったなら稼がないとね」


「何か、魔獣とか倒すような仕事でもあればばば」


「本当は王都で稼ごうと思っていたんだけれど、仕方がない。明日行ってみようか」


 そこの名前は短期職業斡旋所。通称、冒険者ギルド。

 来たー!


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