サマタイ 冒険者登録

第18話 目指す場所



「さて、そろそろ君達の予定を聞かせてくれ。まさか当てが無い訳じゃないんだろう?」


 周囲もすっかり暗くなった頃、むくりと起き上がった赤髪の少女が言った。

 魔法を放った後、疲れ果ててろくに動けなくなった彼女に代わり、手綱を握る事数時間。追っ手が居ないことに安堵しつつ脇道で野営の準備を始めた時の事だ。


「もう平気? 魔力って切れると動けなくなるんだね」


「いや、使い方が悪かったんだよ。ちょっと無理したから霊脈が痛むだけだ。手間をかけたね」


 それならば分かる。ジグルベインの戦闘後は俺も苦しむからだ。どこが痛むかと言うと、心が痛むのだ。幻肢痛の逆で、腕は付いてるはずなのに付いてない様に感じて。精神的に不安になるし、すごく痛い。


 とりあえず沸かしたお湯でお茶を淹れてあげた。カノンさんと買い物したときに手に入れたもので、ニチクという植物の根らしい。粉末を布で濾して飲むのだけれど、これがコーヒーみたいで美味しいのだ。手持ちには牛乳も砂糖も無いので、麦茶くらいの濃さで淹れてみた。


「ああ、ありがとう。ニチク茶だね。ん……ちょっと薄くないかい?」


「だ、だねー。ちょっと薄いねー。ははは」


 くっ、珈琲を無糖で飲めるタイプか、なかなかやるじゃないか。何故か無駄な敗北感を覚えた俺だった。


「イグニスは世界のへそって場所を知ってる? まずはそこを目指そうと思っているんだ。ジグの知り合いがいるみたいで」


「世界のへそだって? あそこに居るのは……いやそうか。時の神と面識があるのか」


「え? 知り合いって神様だったの?」


 興味なさそうに宙を漂っているジグに確認すると、そうじゃよと軽い返事が返ってくる。そうなの。流石に400年経っても生きている相手はスケールが違うね。


「時神クロノ・クリア。12神の1柱だよ。でも中立を貫いていて、もう何百年も表舞台に出てきた記録はないはずだ。情報を求めて訪ねるならば、少し世間には疎い相手かも知れない」


「それはいいんだ。大事なのはジグが会いたいと思った相手ってとこだからね。それに当てがないよりは、ずっとマシだから」


「……そう。一応私が把握している、ジグ……でいいのか? に関わる情報もあげるよ」


 イグニスの話では、この国には唯一人間に貴族として認められた魔族がいるらしい。その魔族は遡ればジグの配下だったそうだ。


 あと、400年前の事を正確に知りたいならばエルフの里を訪れるのも手だと言う。隣国に広がる大樹海にはエルフの国もあるらしい。


 かなり有益な情報だと思うのだけれど、肝心のジグの反応は薄い。本人は死んだと割り切っているから、あまり過去にも今にもこだわらないんだよなぁ。


「そっちはこれからどうするの? ずっと俺と一緒って訳にもいかないんでしょ」


「いや基本は一緒に行動するつもりだよ。ただ、そうだね。私の都合で寄り道をする場合もあるとは思う。そこは許してほしいかな」


 コクリと頷く。それは仕方のないことだ。俺もジグも世間に疎いから詳しい人が居てくれるのは大助かりである。監視も兼ねているのだろうけど、悪い人で無いのは知っているから一応の信頼はおけるだろう。裏で何を考えているか分からないから注意はするが。


「しかし、世界のへそとなると長旅になるな。行くなら陸と海のルートになるが……」


 イグニスが地面に簡単な地図を描いてくれたので、隣に座り説明を聞く。

 一番時間は掛かるが自由度の高い陸路。幾つかの国を跨ぎ北上して行くらしい。ここは意外と南のほうなのだろうか。


 次に海路。港町まで出て、陸沿いを行くルートだ。陸路よりも距離は短縮できるが、途中からは陸を行くことになるのだとか。


「船があるなら、最短で行けないの?」


「自分の船があるなら別だけど、まぁお勧めはしないね」


 理由は海の魔境さだ。魔獣は進化するごとに強さを増していく。それを踏まえると陸の上ならまだ進化する前に間引くこともできるが、海の中までは完全には人の手は届かないのだ。最悪だ。かといって船の運搬能力は捨てがたいため、陸沿いの短い距離を走るのが普通みたいだ。


「中にはそれでも旅立つ冒険家や、魔獣に船を曳かせたり、海魔族を護衛に雇う事で遠洋に出る事もあるけどね」


 イグニスの声がどことなく弾んできた。これからの道程を想像しているのだろうか。俺には逆に世界観が違いすぎていまいち想像がつかない。


「ふぅん。空とか魔法では移動できないんだ」


「おや、意外と鋭いところをつくじゃないか。まず空はね、あまり現実的ではないんだよ」


 なんといっても空は値段が高いようだ。

 飛べる魔獣はいても人を運搬出来るくらいまで進化させた魔獣は希少であり、魔法を使った飛行船もあるにはあるが大貴族でも気軽に乗れる代物ではないらしい。

 

 その割に自由に飛べるかというと、そうでもないとか。他の魔獣の襲撃はもとより、加盟国以外の空だと撃ち落される危険もあるようで。


 鳥や竜などの飛行種の魔獣がいるため、空を飛ぶ手段よりも、空飛ぶ物を撃墜する手段のほうが圧倒的に多いのだと溜息交じりに聞かせてくれた。確かに今日見た規模の魔法が普通であるのならば、空はリスクの塊かも知れない。


「そして転移陣という空間神による御業があったのだけれど、皆で壊して回ったから拗ねてしまってね、今は新しいのは出来ないんだ」


 便利な代物だったらしいが、便利すぎたのだと言う。襲撃、密輸、拉致と悪用しようと思えばいくらでも悪用出来たため、設置のメリットよりデメリットのほうが大きくなってしまったそうだ。


 どこ〇もドアの使い道を考えたとき、真っ先に銀行の金庫に行きたいと考えた事がある自分は思わず顔を伏せてしまった。


「つまり、陸路が一番手堅いというわけか」


「フィーネ達が陸路の時点で察して欲しいとこだね。これでも人類は手を広げているほうなんだ」


 人間、エルフ、ドワーフ、獣人、魔族。地球に比べて種族の多いこの世界では、その分折衝も多いのだとか。国があり、領を割り振ってはいるが、先住民はどこにでもいて管理は非常に大変なようだ。興が乗ってきたのだろうか、つらつらと語り始める姿には見覚えがあった、魔法の話題を振って止まらなくなった時だ。


「この話長くなる? 俺、昨日から何も食べてないんだよね。夕飯の支度したい」


「……ちぇ」


 何か言いたそうにジト目を向けてくる。話に割り込み拗ねたようだ。だが夕食に異論はないらしい。勝った。


「まあいいさ。では私が栄養たっぷりの夕飯を作ってあげようじゃないか」


「大丈夫だよ。疲れてるだろうから、任せて。任せろって……触るなぁ!」


「!?」


 夕飯の食材はカメウサギである。ここに来る途中に群れで襲ってきたので1匹狩っておいたのだ。


 コイツは背骨が甲羅の様になっているので、皮を剥げば背骨がそのまま器になる。水を張って煮込むだけでいい出汁が取れて鍋にしろと言わんばかりの魔獣だ。


 肉は取れたてよりも1日置いたほうが美味しいので今日はもつ鍋である。


 何度か煮立たせて臭みを取った内臓にさらに臭み取りのハーブを入れて良く煮込む。野菜は根菜の干し野菜を入れてみた。人参と大根みたいなものが入っていたので思わず買ってしまったが、青いのは何だろう?いやマジでなんだこれ。


 味付けはシンプルに塩と胡椒、そしてニンニクだ。なんかお尻の様な形をした球根だけど、味はニンニクっぽいから問題無い。


 さすがに館で食べた料理には劣るが、森で生活していた時と比べれば実に豪華な夕食の完成である。


「おお?良い匂いがしてきたね。それは何を入れてるんだい」


「これは水団。小麦粉で作った団子だよ」


 シュトラオスの世話をしていたイグニスが匂いに釣られて戻ってきたようだ。頃合いも良いので器に取り分けようと思ったら、ジグルベインと目が合った。


(…………)


 何か言えよ!



「ああ、美味しそうだ。いただきまーす」


 鍋に向かって伸びたイグニスの手を匙が叩いた。赤い瞳がギロリと持ち上がり固まる。コチラを認識してびっくと体を硬直させたが、咄嗟の声が「うおっ」なのは女子的にどうなのだろう。


「ツカサの手作り料理であるぞ。なれば当然儂からであろう小娘」


 ふと気づいたら目の前に魔王が居たのはどんな気分だろうか、後で聞いてみようと思う。


 ジグルベインの数少ない楽しみ。それが食事だったりする。

 地球に居た3年は地獄だったと本人が嘆いていたが、食卓に見たこともない料理が並び、それを俺の家族で美味しい美味しいと食べているのだ。それを指を咥えて眺めているのはさぞ辛かっただろう。


 反動、とまでは言わないがこちらの世界に来てからジグは俺の料理を良くせがんだ。

 屋敷では自重していたから、仕方がないね。


「うーむ。味付けはシンプルながら、出汁と野菜の旨味が良い味しよる。モツも柔らかで美味いが、この団子が面白いの。味は無いがプルプルの触感がたまらんわい。カカカ」


「……もういいか? いいな。食べるぞ」


 ジグの言葉を聞いてイグニスも鍋に手を付け始める。誉め言葉は出なかったが、うんうんとしきりに頷いているあたり合格点だろうか。


 ちなみに俺は味覚も共有しているのでウサギの美味しさを堪能しているが、腹には溜まらないので後でもう一度食べるようだ。二度目の食事はちょっとだけ辛かったりする。


「丁度いい場だから聞くが、なぁ小娘。貴様の目的はよもや先祖と同じとは言わんよな?」


「ああ、初代様を知っているんだったね」


 ジグの視点から映る彼女は、焚火越しに燃えて見えた。紅い髪のせいか。赤い目のせいか。狂気の笑みのせいか、迸る魔力のせいか。


「そうだと言ったら笑うか混沌。これはエルツィオーネの悲願。たとえ後ろ指を差されようと成さねばならないんだ。これは魔法使いとしての矜持なんだよ」


「カカカカカカ! カカカカカカ! やめい、よせよ。笑死させる気か。なんてはた迷惑な一族のいた事かよ!」


(え?ちょっとなに二人で盛り上がってるの?説明して)


 何やらイグニスにはイグニスで目的があるらしいが、ジグの反応から見るにろくでもない事らしい。


「いや、得心がいった。そりゃ勇者とは行けんし、親も家を出したくない訳だ。せいぜい頑張って燃やしてみろよ、ぷぷ。おい、お前さんコイツは信用していいぞ。最高だ」


(まって。俺は信用出来なくなったよ。何企んでるのねぇ」


 身体が戻ったので赤い魔女に詰め寄るが、ニンマリと不気味な笑顔を顔に張り付けるだけでまともな答えは返ってこなかった。


「何、君に迷惑は掛けないさ。ほら早く食べないと煮詰まってしまうよ」 


 はぐらかされたまま食事を取り、当面の方針を話し合う。今回は火の番をイグニスに任せて先に寝る事になった。モヤモヤした気持ちのままマントに包まると、ジグがこっそり耳元で囁いた。


(エルツィオーネには宿敵がおるのさ。一方的に目の敵にしているだけだがな。爺も何度挑んでいたことかよ)


 それを聞いて俺もフフッと笑いが零れる。どうやら本当に家出の良いダシに使われたようだ。でも、少し気は楽になる。俺の旅には勇者一行の様に高尚な理由なんてないのだから、たまたま同じ方角に向かっているくらいでいいのだろう。


 つかえた物もとれて、スコンと意識は落ちていった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る