第21話 薬草採取
ガリラさんとの勝負に何とか勝利した俺。
前のニコラとの戦いでは剣術に翻弄されて特攻を余儀なくされたが、今回はルールのせいも有って傷一つ無い完封である。
良かった。心からそう思う。成長うんぬんの話ではない。
少女の行く先を賭けた馬鹿げた争いに、無事勝つことが出来て本当に良かったと胸を撫で下ろした。
「さすがにイグニス様が護衛に選ばれるだけはある。その縁、大切にしろよ」
「……わかりました」
負けを素直に認めてくれたが、苦虫を噛み潰した様な顔からは悔しさが滲み出ている。
何と声を掛けようか迷っていると、短い水色の髪をガリガリと掻いて、あっちに行けと払われた。
(情けなどかけるなよ。勝者は傲岸で不遜でなけばならぬ。なぜなら勝者だからよカカカ)
1ミリも分からない理屈だが、もうここに居ても空気が悪くなるだけだろう。
勝った嬉しさはある反面、落ち込む相手に申し訳なさも抱いてしまい、自身の勝負事への向いてなさを実感した。
そして閲覧席からの視線を避ける様にコソコソとギルドに逃げ帰ったのだった。
◆
ギルドの扉を潜れば、人垣が待ち受けていた。先ほどの試合を見ていた人たちだろう。
「やるじゃねえか」「大したもんだ」というお褒めの言葉と共に筋肉隆々のオッサン達バンバンと肩や背中を叩いていくる。
(良かったではないか。望み通り仕事が仰山来よるわ)
「……うんそだね」
とりあえず身体強化が出来る事は伝わったらしく、肉体労働の当ては出来たようだ。
揉みくちゃにされながら、これは明日から土木作業かなと覚悟を決めていると、受付のお姉さんがちょいちょいと手招きしていて。
「試合を拝見しました。あれ程の実力があるならば、ハンターの方と組むのがよろしいのでは?」
「え。それはハンターの仕事を取ることにならないんですか」
「ハンターは事情が少々特別何ですよ」
護衛などの傭兵としての依頼は基本個人の付き合いで、ギルドへ護衛の依頼が来たら当然ギルドのメンバーから選ばれる。
だが、ハンターはそもそも魔獣退治がメインの仕事であり、魔獣と戦える戦力ということで護衛の仕事もしているらしい。
魔獣退治は何々を討伐せよと言う形のものではなく、狩った魔獣を換金する形式だそうだ。ただ猟に資格は要らないそうで、むしろ資格にしてしまうと自衛行動が出来なくなってしまうという。
ハンターギルドはあくまで狩場や魔獣の特性を共有するギルドであるため、魔獣と戦える実力があるならばハンターのパーティーに加わるのが一番だという話だ。
彼らにも生活がある為、狩場の荒らしや無用な争いを避けるための手段らしい。公に狩猟を解禁すると狩りやすい相手や金になる相手ばかり減っていくだろうから妥当なところだろう。郷に入ってはというやつか。
なんで最初に勧めないかと言うと、装備だそうだ。確かに剣や鎧などの初期投資を考えると人に気軽にお勧めは出来ないだろう。
「分かりました。参考にさせてもらいます。お姉さんありがとう」
「またのお越しを~」
相変わらず最後までニコニコの笑みだった。俺がアニメの主人公だったならば、えーこんな魔獣をー!と余裕の笑みを崩すことが出来たのだろうか。いや、真っ当な主人公ならば登録の段階でSクラスの実力を見せるか。Sってなんだ。
とにかく良い話は聞けたが、これはイグニスに相談が必要だろう。
時間を働けば必ず対価が貰える仕事と違って、魔獣を狩らなければ対価は当然無い。王都付近は魔獣が少ないという事を考えると、最悪0という可能性も視野に入れるようだ。
魔獣の相場が分からないが、狩っても運べる量を考えると、頭割では大した金額にならないのではないだろうか。
「うーん悩ましいな」
そんな事を考えながら、建物を見渡して景品のお姫様を探す。
視線を動かせば今度は案外すぐに見つける事ができた。色とりどりな髪が多いこちらの世界でも、彼女の燃えるように紅い髪はよく目立つのだ。
「やあ。無事に迎えに来てくれて安心したよ騎士殿」
からかいの色を帯びた視線がチロリと向けられる。計算通りといわんばかりの強気な笑みが、ああまた彼女に良く似合っていて。かなわないなぁと思い知らされた。
「機会をありがとう。でも、こういうのは次はやめよう。ガリラさんと旅をする可能性だって在ったんだよ?」
「でも、負ける気はしなかった。違うかい?」
確かに負けたらどうしようとは考えなかった。チャンスだと思ったし、鍛錬の成果を試したいと思ったし、勝たなければとも思ったが、そこに不安は全くなかった。
思考を見透かされて口籠る俺に、イグニスは更に被せる。
「私も不安なんて無かったよ。君が本気になればあの程度の剣で血を流す事はあり得ないんだ」
(うむ。活性に至った時点で、お前さんは一つ上のステージに立った。余程慢心せぬ限り負けは無かったな)
相手は貴族の三男。魔力が使えるのに騎士にならないという時点で実力の程度が知れること。纏いを覚えた俺なら致命の一撃でなければ傷を負わないこと。
理詰めで俺が負ける要素がない事を口にするが。
「違うんだよイグニス、ジグ。ガリラさんにも言われたけど、縁って大事だなって思うから、ええと。ほら。賭けること自体間違ってるじゃん?」
「フフフ。なんだよ可愛いな君。つまり私と別れるのは寂しいってことだろ。アハハ。そもそも私は勝ったほうと旅をするなんて一言も言ってないじゃないか。あれはどちらが強いかを決める闘いだったはずだ」
あれ?いや、確かに言っていない。でも負けたらガリラさんと二人旅って……。
「やる気出ただろう?」
どうやら俺もガリラさんも、本当に1から10までこの魔女の手の平の上だったようだ。
君と出会った縁を大切にしたいなんて台詞を吐いてしまって、顔から火が出るほど恥ずかしい。
「くっ殺せ~!!」
(カカカカカ!)
でも真面目にもう仲間を賭けることは二度としない。出会いは俺がこっちの世界で持つ数少ない持ち物ではないか。本当に俺は、いつも終わった後に気づくのだ。
◆
「さてツカサ。この葉の違い、君は分かるかな?」
イグニスが受けたクエストで俺たちは今小川に来ていた。町から少し離れた林の中だ。
受けた依頼は薬草の採取。その為に目当ての薬草が生える湿気のある日の当たらない場所という条件でここを訪れたのである。
左右の手にはよく似た葉。両方普通に緑色で三又に分かれている。
「この右の葉の方がちょっとギザギザが多いような。あとこっちのほうが色も濃いね」
「うん。大体正解。このギザギザが多くて、色が濃くて、あと左右が対象の葉。これが今回採取するホルフという植物の葉だ。今の時期なら白い小さい花が咲いているかな」
花も付いているなら簡単そうだと見渡せば、木の根元に似た植物が割と生えていた。葉っぱを取って、イグニスに確認して貰うと「はい残念」とバツを出される。
もう一度見本を見せて貰うと確かに微妙に違うようだ。あれ、これ難しいぞ。
「今君が取ったのが、この左のほう。こっちはテルロンという植物なんだけど、ホルフと形だけでなく分布も似ているんだ。毒とまではいかないけど、かぶれるから気を付けて」
「それを早くいってくれ」
(お、お前さん。こっちに生えてるのはどうだ?)
冒険者の最初の仕事のイメージがある薬草採取だが、普通は薬師ギルドで栽培しているからあまり出ない仕事らしい。そっちの方が効率がいいし、そもそも自然のものだと個体差が大きいようだ。
それをイグニスはたまたま見つけて、葉の種類を当てるという依頼主からの試しをクリアして仕事を取ってきた。
正直なところ薬草という名の植物があると思っていたから、イグニスに薬草という名の植物など無いと怒られた。薬になる植物は全部薬草なのだと、それから目についたものを片っ端から説明してくる。
「ふふふん。ホルンの葉の主な使用用途は食あたりの薬だ。何でこれが在庫切れなんだろうね。商人は買い占めて何処に行くのかな」
岩に腰かけて、指で葉をくるくると回しながら赤い魔女がニチャアと笑う。嫌な笑いだ。
まだ短い付き合いだが、流石にもう分かる。あれはまた、何かつまらない絵を頭の中で描いているのだろう。
結局イグニスは岩の上から動かなかったので、俺が薬草を全部集めきった。
10枚一束で、それを5束。計50枚。お値段はなんと銀貨1枚もぎ取ったようだ。
1枚100円という暴利だが、専門知識が必要な仕事で護衛を雇わないと来れない場所だからけして高くはないそうな。
宿屋の大部屋が一泊小銀貨1枚。一食銅貨5枚を目安に考えると、旅人は一日あたり小銀貨2~3枚で生活できる。銀貨1枚ならば個室に泊まれる値段だ。この時代、いかに知識と信用が武器になるか分かる話である。
銀貨1枚で思いだしたが、俺が影市で買った吸血鬼の牙の首飾り。なんと今日も同じものを見つけた。五千円もしたの完全に偽物くさい。はははグスン。
報酬の銀貨はイグニスに渡した。お金は欲しいが、彼女無しでは取れなかった仕事だし達成できなかったクエストだ。薬草採取侮り難し。ちなみに素材により取る部位や取り方保管方法も変わるのだと昼に聞いている。
それでもと、イグニスが半額渡してきたので、ありがたく小銀貨1枚だけ受け取った。贅沢しなければ1日分の食事代だ。大きい。
宿に帰って筋トレをしている最中、イグニスは昼に依頼以外の薬草も取っていたようで。
むしろ、俺に仕事をさせていた事を考えると彼女の本命はこちらだったのかもしれない。
根を刻んだり、葉を水にさらしたり、木の皮をゴリゴリと砕いて汁を取ったり。部屋の中で怪しい製薬が始まってしまい、微妙に集中できない。
「えっとイグニスさん。それは一体何をしているのかな?」
「見ての通り薬の調合だよ。すまないが明日からは別行動なのでね」
薬と別行動の意味がピンとしないまま見てると、最後に油で練られた塗り薬が葉っぱに包まれ紐で閉じられる。そして、はいと目の前に置かれた。
「貰っていいの?」
「君のために作ったんだ貰ってくれ。本当はポーションでも渡してあげたいが、生憎機材がないからね。簡単な傷薬」
血止めくらいにはなるさ、と。軽口のようだが、至って真面目な面差しである。
腕立てを止めて、何故か正座してしまった。ベットに胡坐するイグニスを見上げていると、どうも叱られている気分なのだ。
「ツカサ、君は強くなってる。それは間違いない。ジグが頼りになるのも分かる。でも、無茶をしては駄目だよ。私もいつでもは傍にいられないんだ。次にお腹に穴が開いても助けてはあげられないからな」
イグニスほど無茶はしていないと思うのだけれど、あの出来事は彼女に傷をつけていたのだろうか。傷薬を、彼女の気持ちを確かに頂いた。
「ありがたく頂戴します。大丈夫だよ、俺逃げるのは得意なんだ」
(カカカ!安心せい儂が付いてるでな。火炎娘より頼りになるとこ見せちゃるわ)
ああ。ジグルベインがやる気だしてる。不安だ。
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