第120話 閑話 それぞれの日常2



 勇者一行。それは勇者に認められ、共に旅路を歩む誉れを授かった者達。

 人選はその時の勇者によってバラバラだ。兵を率いて軍行した勇者もいたらしいし、女を侍らせ遊びまわってた馬鹿もいたらしい。


 そして俺たちの勇者フィーネ・エントエンデは「私の旅なのだから、私の信頼出来る者と行く」と少数精鋭を組む事を選択した。


 今でもハッキリと覚えている。成人したら正式に勇者として旅立つから付いてきて欲しいと誘われたんだ。こっちは別に旅やら名誉なんぞに興味はないが、そんな言葉を聞かされちまったら付いていくのが人情ってもんだろうよ。少なくとも俺の旅立つ理由に十分だった。


「また気絶ですか、呑気なものですね。ほら、意識が戻ったならば即構え!」


「ぐぶぉ! この鬼が!」


「口を開く余力があるなら剣に乗せなさい。フィーネだってもうちょっとましですよ。貴方それでも金玉付いてるんですか?」


 勇者一行は別に仲良しこよしのお友達ごっこをしてるわけじゃあねえ。

 少数精鋭という事は、それだけ一人の背負う役割は重いって事だ。


 フィーネは勇者だ。優れた剣士が優れた冒険家では無い。だからアイツは冒険家として何でも器用にこなす。剣術に魔法はもちろん、山奥でもどこでも一人で生きていけるだけの知識と技術を叩き込まれている。


 カノンは聖職者だ。回復特化のマーレ教に比べれば回復の神聖術は劣るのだろうが、フェヌア教特有の体術は申し分ないし、なにより根性が凄え。それに一応年長という自覚もあるのか、揉めた時に話を纏めるのも上手い。


 イグニスは、あれだ。旅には付いてこないみたいだけど、一応仲間だし、魔法の腕だけは文句無しに頭抜けている。性格さえ見なければ、あの知識量は実に頼もしいものだ。性格さえ見なければ。


 フィーネの奴が女のせいか、人選も女が多いのが不満だが、それ以外はみんな優秀で本当にすげえ奴らばかりなんだよ、勇者一行ってのは。


 なら。なら、俺は。

 勇者一行の剣士ヴァン・グランディアには、一体どれほどの価値があるのか。騎士団長の親父から家に代々伝わる二刀流剣術を叩き込まれた。同年代相手は負けなしで、剣の神童なんて持て囃された時だってあった。

 

「――くそっ」


 だからなんだってんだ。

 俺は剣士。棒切れ振るしか能のない餓鬼だ。戦う事しか出来ない俺が、あいつらと肩を並べて胸張って歩くには、剣だけは絶対に誰にも負けちゃあいけねえ。そうだろうよ。


「ええ。貴方は糞野郎です。ほら、早く起きなさい。地面に寝そべっている時間のほうが長いじゃないですか。道端の馬糞ですか貴方は」


 ラウトゥーラの森の最奥で出会った怪物。混沌の魔王の幹部【黒妖】シエル・ストレーガ。それは一目で分かる圧倒的な強者だった。俺は視線の一つで磔にされ、生まれたての小鹿の様に足を震わせた。


 情けない。なんて情けない。魔王を倒すんだと大口を叩いておきながら、その部下を目の前にしただけで心を圧し折られちまったんだ。


 力の差は歴然だった。シエルの本領は恐らく近接戦じゃああるまいに、勝つという見通しどころか生き残るという想像すらも出来なかった。


 事実あのまま戦闘になっていたら全滅だったのだろう。勇者一行は動物の骨を被った闖入者と突然心変わりしたシエルの気まぐれで生きているのだ。

 

 屈辱だ。剣を取れなかった。役割を果たせなかった。戦わない事に胸を撫で下ろした。全てが全て恥ずかしくて死んじまいてえよ。


 もう一度「くそが」と叫び、剣を杖代わりに身を起こした所で、ぐらりと視界が歪み目の前は真っ暗になった。



「あ、起きた。大丈夫? 生きてる?」


 気が付けば金髪の女が覗き込んでいやがった。碧の目と視線が合うと女は安堵の表情を浮かべて、暫く寝ていろと濡れた手巾を額に乗せてくる。情けねえ話だが、それが冷たくて気持ちがよかった。


「珍しいね。ヴァンが師匠に稽古頼むなんて」


「ああ、なんか騎士団が慌ただしいみたいでな。親父に稽古つけて貰えなかっただけだ」


 フィーネ相手だとどうせバレるので嘘はつかねえ。アルスさんも騎士団員で、しかも大隊長であるのだが、フィーネを鍛えるのは王命なので約束を取り付けるのは簡単だった。一人も二人も変わらないと勇者のついでという扱いで喜々と剣を取ってくれたんだ。よほど書類仕事が嫌だったのだろうよ。


「それよりもお前あれだ。普段からこんなにきつい扱き受けてんのか?」


 アルスさんは実践派だ。手取り足取り教えるなんて事はしないし、動きや型も教えない。ただひたすらに剣を振るわされる。ただひたすらに暴力に晒される。しかも普段は優しいくせに、戦いとなると性格が少しばかり強暴になるので質が悪い。


 そして何よりも悔しいのが、それが確実に実力を底上げしてくれる事だった。

 アルスさんは身体強化を活性で留め、戦闘に使うありとあらゆる技術を使い襲い掛かってくるのだ。口には出さないが欲しい技術を勝手に盗めと大安売りしてくれている。


 それはわかっちゃいるのだが、過去になんどか訓練を受けた時よりも今日はあからさまにキツかった。まさかこれが勇者と同等の扱いなのかと疑問に思ったわけだが、フィーネはそんな事ないよと首を振り、無表情のままに、死んだ魚の様な目で言った。


「こんなの全然優しいって。だって師匠、私には絶界を使ってくるよ」


「よく今まで生きてたな……」


 【絶界】それはアルス・オルトリアの名を大陸中に轟かせた技術だ。理屈は簡単で、体内の全ての魔力を属性変化させる、魔力を纏うだけの装魔さえ魔剣の領域に押し上げる脅威の技。


 しかしそれは同時に狂気の技でもある。

 体内での属性変化は、つまり体の中を火風土水が駆け巡る様なものなのだ。戦闘に使える規模の魔力を操るとなれば生命の綱渡りは必至。ほんの少しでも制御を誤れば、内側から破裂することになるだろう。


「死なない程度の加減はしてくれるんだよ。殺してくれと思う時はあるけど」


 俺は言葉を濁す事しか出来なかった。

 アルスさんの剣は殺気の塊だ。近寄ったら斬られると錯覚をする。そして実際に攻めに回っても受けに回っても斬られるし、逃げる事なんて出来ないし、倒れる事さえも許して貰えない。まるで生き地獄だった。俺はそれを朝練の短い時間だけでもよく理解出来たのだ。


「そうです死になさい。実践では1回も死ねないのです、訓練で1000回死んでおきなさい」


 金の髪と金の瞳を持った黄金の獣が、いつの間にかフィーネの後ろに立っていた。浮かべる表情はなんとも穏やかな淑女そのものという態で、先ほどまでの鬼と同一人物とはとても思えない。


「あー忙しいとこ、ありがとうございました」


「いえ。フィーネのついでです構いませんよ。どうです、少しは役に立てましたか」


「生きてるって素晴らしいって事は分かりました」


「それは良かった」


 皮肉が通じたのか通じてないのか。だが結局は、死にてえなんてのは屁理屈だった。

 本当に死ぬほど恥ずかしいと思うなら腹切って死ねばいい。そうだよ。死なない為に鍛えているんだよ。悔しいと思うのは生きている証拠だ。そして次こそはと思うのも、生きている特権じゃねえか。


「おう、フィーネ。俺は強くなるからよ」


 先ずは近々の武術大会からか。騎士団が参加出来ない都合上大会の大きさに比べて水準は高くないが、今回はツカサも出るのだろう。楽しみだ。


「え? うん、頑張ろうね?」


「軽いなおい!?」


「大丈夫だよ、みんな悔しいのは一緒だから」


「なら、いい」


 いつまでも寝ているわけには行かないので体を起こす。アルスさんは二人掛かりで来いと、悠々と剣を構えた。俺はフィーネと見合わせてから、お言葉に甘えてと勇者と共に鬼へ挑む。


「死ねやゴラァ!」


 技を盗め。息を合わせろ。足を止めるな。俺は大活性で、フィーネは絶界を使い雷を纏う。だがそれでも届かない。同じく絶界を使った剣鬼はもはや暴風の化身なのだ。


 何度死んだと思ったか。それはもう数えるのも馬鹿らしくなるほどに繰り返された。

 でも、心だけは最後まで折れなかった。いや。何度でも立ち上がる勇者を見ては、俺も負けるわけには行かなかった。


 だって俺は、勇者一行の剣士だから。


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