第24話 バイト生活3日目



 昨晩は宿に帰ると顔に笑顔を張り付けたイグニスがいた。文字通り取れないらしい。愛想笑いを振りまいていたら固まってしまったと言う。馬鹿じゃないだろうか。


 吊り上がった口元に対し目は「何も言うな」と殺意を孕んでいて。俺は必死に腹筋に力を入れたというのにジグルベインが横で大笑いするものだからつい失笑してしまった。ボヤ騒ぎになった。


 イグニスは例の深淵に対して情報収集と情報の開示をしているらしいのだが、危機感を覚える貴族は少ないそうだ。見えない脅威というのはまぁそんなものだろうと思う。

 彼女の性格的に貴族だろうと一喝くらい平気でしそうだけれど本当に猫を被っているのだな。


 彼女の弁では、それは領主の務め。自分はあくまで促すだけさ、とのことで。そういえば上の人の顔は立てる人だった事を思い出す。きっと今までもこうやって暗躍していたのだろう。


 自分にはまだ貴族というものがピンと来ない為、もう少し自由にしたらいいと思うのだけど、反面イグニスが自由になるというのは何かとても恐ろしい気がして言葉には出さなかった。

 

 


 そして今日も今日とて冒険者ギルドに顔を出したわけだが、着いて早々に受け付けのお姉さんから指名が来ていると言われた。


 どうやらハンターの人で狩りのメンバーを探していたところに俺の噂を聞いたらしい。

 旗の日、つまりフリーマーケットへの駆け込み需要で魔獣の値段が高騰してるから受けたほうがいいよとお勧めされる。


 もっと早く教えて欲しかったと呟いたら初日に言いましたよね?と笑顔で凄まれてしまった。

 その姿が昨日のイグニスと被って不覚にも笑いが込み上げたが、さすがに今回は耐えた。

 確かにお姉さんはハンターと組んだほうがいいと言っていたのだ。薬草採取に出かけてすっかり忘れていた。


 運送屋のお兄さん達に会う事が出来たのでまた筋肉パーティーしようと思っていたのだけれど、お兄さんにも行ってこいと送りだされてしまった。キチンとお礼だけは伝えられたので、また明日にでも手伝わさせて貰いたい。

 

 そして……。


「いいぜ。何処からでも掛かってこいよ」

 

 ああ、つい最近に聞いた台詞。会って名前も聞かぬ間に実力を試すと言い出して例の試し場に連れ出されて。ハンターというのは皆さん戦い大好きなのだろうか。

 でも構わない。今の俺はテンション爆上がり中である。


 槍がクルクルと回っていた。身の丈はありそうな長物を両手で器用に扱い、風切り音が徐々に高まる。

 グルルと響く唸り声。刺さる視線は一挙手一投足を見逃すまいとギラギラに輝き、大きな口から鋭い牙を覗かせて、時折立った耳がピクピクと動く。

 そう獣人だ!ワンちゃんだ!モフモフだ~!!


「い、行きまーす!」


 決して油断をしていた訳ではない。きっと、たぶんしていない……してた!

 いや獣人だからしたのではない。これは本当だ。


 やっと慣れてきた剣の間合いに比べて、槍の間合いというのはあまりに長く、とても届く距離だとは認識出来なかった。


 回転の遠心力を上手く横なぎの形に持ち込んで、放たれる長槍はしなりにしなる。鞭の先端は音速に届くと聞いた事があるが、この矛先は如何なる速度か。

 先に手元が見えた。遅れて衝撃がやってくる。耳元で鼓膜が破れるかと思うほどの炸裂音が響き渡った。

 

「ウルガだ。宜しく頼むぜ」


「ツカサです……よろしくお願いします」


 間一髪で手を挟むことが出来たけど、纏の上からでも手の平が痺れる。

 とりあえずは合格という事なのだろうけれど、初めて体験した槍術は背中がぞわぞわするほど強烈で、もう少しだけ技を見てみたかった。


 

「まだ先に行くんですか?」


「ああ、もう少し先だ。こんな近くで魔獣が出るようなら苦労しないんだけどな。こっちだと泊まり込みも多いんだぜ」


 かれこれ一時間ほど荷車を引いて歩いただろうか。そう、歩きだ。

 てっきりシュトラオスにでも乗っていくのかと思ったが、狩りに連れていくのはダメだと言われた。以前に繋いでおいた駝鳥は盗まれて、馬は魔獣に食べられたと嘆いていた。

 そんな話を聞かされては俺もボコで行くとは言えない。


 もう暫く道なりに進み、そろそろかとウルガさんが森の中に入っていく。

 俺も荷車を置いてついていくのだけれど、駆け足のウルガさんの早いこと早いこと。森は大分歩き慣れているはずだけど付いていくので精一杯だった。


「よし、ちゃんとあるな」


 目的地なのか、何やら地面に埋めた樽を掘り出している。これは?と聞くと、ニンマリと笑い見てみろよと返されて。おっかなびっくり樽を覗き込んだ。


「ほへー」


(ほへー)


 樽の中にはスライムが一杯だった。懐かしの可燃性生物である。トイレの底で汚物処理をしてるのがコイツと知ったのは最近だ。

 樽の中は針が沢山仕込んであり、動物の死体を入れておくと集まっては串刺しになる仕掛けのようだ。

 

 ハンターには定番の罠らしく、ウルガさんもギルドに入って教えて貰ったらしい。

 スライム自体もお金になるのだが、エサの血肉の匂いで他の魔獣も集まる一石二鳥の罠のようだ。なので町付近での設置は禁止されているし、ハンターの縄張りの印でもあるとか。


「まぁ狩りが外れた時ようの小遣い稼ぎだ。ハンターなんだからやっぱり魔獣を狩らないといけないよな」


 魔獣なんて魔王城付近では出会いたく無くても勝手に遭遇したが、こちらでは痕跡を探し、追跡して狩るのが一般的のようで。ハンターの名前は伊達ではない様だった。

 なんか貴族の人と決闘しかしてこなかった為にイメージがズレていたようである。


 足跡、糞、植物の傷、何でもいいから探せと言われて二手に分かれた。

 俺はこっそりジグにも手伝って貰いながら周囲を探索する。久しぶりの森は何だか少し解放感がある。これが仕事でなければ、大声を上げて走り回りたい気分だ。


 思えば、城でのサバイバルは本当に自由な生活だった。あの頃は生きる為に魔獣と戦ったが、今はお金の為に魔獣と戦うことになるとは。いや、これもある意味生きる為だろうか。


「どうジグ。何かあったー?」


(まだなーんも見つからんて。ん?いや待てよ)


 そう言いスーっと浮上していくジグルベイン。忘れていたけど、彼女は俺から3メートル以上離れられないが、逆に3メートル以内なら自由自在。どうやら上から眺めるという反則技を思いついたようだ。


(カカカ、こりゃ便利よ。お前さんちょいと移動に専念せい。探すのは任された)


「さすがジグ、頼りになるー!」


 優秀なジグレーダーが反応したのはそれから10分くらい経ってのことだった。

 急かされ草木をかき分け現場に行けば、土に凹みがあった。

 一瞬何かと考えたが、これ足跡だ。50センチくらいはありそうな大きな蹄の跡が地面に深々と刻まれている。気づいた時には嬉しさよりも思わず頬がひくついた。すごく……大きいです。


「これ何ですけど」


「デカいな。形からすると鹿あたりか。俺たちの手に負えればいいが」


 さすがに本職。足跡だけで種類が分かるようだ。

 ウルガさんは四つん這いになって足跡に鼻を近づけている。やはり嗅覚はいいのだろうか。見た目は二足歩行する狼。童話の狼男そのものである。獣並みに能力が高いというならむしろ萌えだ。


「まだ匂いが濃い。そう遠くに行ってはいないはずだが……お前、大型魔獣と戦ったことは?」


「何回かはありますよ」


 ジグが、と心の中で付け加えるが、魔猪程度ならもう俺でもどうにかなるだろう。


「雇ったかいが有った。足跡といい頼りになるなツカサ。騎士にくれてやるのも癪に障る。挑んでみるか」


 牙を剥きだしてニッカリと笑う狼男に俺はコクリと頷いた。

 隠される事なく地面にくっきりと残る足跡を二人で追う。時折見失っても、折れた枝や倒れた草から追跡は止まらない。


 獣人の高い身体能力と犬の追跡性能。これだけでも狩人として十二分に優れていると感じたが、この人は技術と知識まで優れているようだ。


 素直に関心して思った事を口にしたのだが、本人の反応は微妙。人間と違うため表情が完全には読み取れないのもあるが、耳が下がったので良い感情ではなさそうだ。可愛い。


「この知恵も技術も人間から教わったんだ。俺を凄いと思ったのなら、それは人間が凄いって事だぜ。お前たちからは学ぶことが沢山あるよ」


 恥ずかしそうに告げたウルガさんを見て首を俺は傾げた。


「おっと止まれ。居たぞ」


 木の陰に隠れて槍の鞘を外すウルガさん。目視出来る距離まで追いついたようで、俺もしゃがみながらコッソリと覗いてみた。


 坂の下で何かをバリバリと食べている魔鹿。足跡から想像出来た通りに魔猪にも劣らない巨大な個体だった。


 ただし鹿かと言われれば疑問が残る。全身は長い体毛に覆われていて、足は太く短い。その癖、頭上の立派な角が鹿ですとアピールしているので腹が立つ。


 地球にもそういう鹿はいるのかも知れないが、自分の鹿のイメージは奈良公園の鹿である。あれは鹿でなくトナカイということにしておこう。


 3メートルもあれば十分に巨体である。動物園の像より大きいのではないか。ただ最近骨竜やら悪魔やらを相手にしたためか今一サイズ感が狂っているようで、そこまで大きくは感じなかった。


「ウルガさん、どうします? 俺行きましょうか?」


「あれを見て怖くないのかよ。ええい……俺が上から奇襲する。ツカサは援護してくれ」


 作戦が始まる。身軽に木によじ登り、タイミングを計るウルガさん。俺も坂の下まで回り込み、黒剣を構えて待機する。


 鹿の頭上に狼が襲い掛かった。槍の矛先を下に向け、脳天目指す一撃必殺の急降下だ。

 奇襲は成功。タイミングもバッチリ。惜しむらくは威力の不足。


 毛と皮と硬い骨に拒まれて、鋼でさえも脳には至らなかった。血が噴き出すも致命に及ばず流れた血の分だけ魔獣は怒り狂う。


 頭上の敵を振り払おうとブンブンと頭を振り乱し、その巨大な角で樹木を薙ぎ払いはじめた。

 ウルガさんは何とか角にしがみつき、止めを刺すべく槍を差し込むが、全力で抜けなかったものが片手間に抜けるはずもなく。


「ウルガさん!!」


 相棒の危険を感じ、足に一閃。斬りつければ分かる皮の厚さ。長い毛が束になり刃を通さないのだ。ええいと思い振りかぶれば、後ろ脚から巨大な蹄が繰り出されて。危うく頭が吹き飛ぶところだった。


(見えたか?)


「見えた」


 地面に転がった事が幸いし、確かに見た。長い体毛は背から伸びていて、腹に毛はない。 さぞ開きやすそうだ。しかし問題が一つ。それを成すには荒れ狂う魔鹿のタップダンスを潜り抜けねばペシャンコということだ。

 

 助ける事に躊躇いは無かった。活性にさらに魔力を加えて身体能力の上乗せをする。

 最高速で、一直線に!

 深々と下腹に突き刺したヴァニタス。岩に突き刺したかの様な抵抗だが、止まれば死だ。


「うおおお!!」


 強引に、無理やりに、黒剣を握り締め必死に駆け抜けた。

 俺の後を追うように赤いシャワーが降り注ぐ頃には、森の中に鹿の腹開きが出来上がっていた。

 

 角にしがみつくのに必死だったウルガさんは、急に鹿が倒れこんだせいで目を白黒させていて。勢い余って転んだ俺が手を掲げれば、察した狼男も手を伸ばしハイタッチしてくれた。

 へへ、鹿の魔獣ゲットだぜ。


(お前さん、まずいぞ。鹿の食い残しを見ろ。コイツが先ほど食っていたのはゴブリンだ)


 え?ゴブリン?いたのかこの世界に。


「ゴブリンって居たらまずいの?」


「ゴブリンだと!?嘘だろなんてこった」


 え?何この温度差。


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