第23話 バイト生活2日目



 昨日は宿に帰れば、イグニスはもうベットに倒れていた。

 出掛けのキリッとした姿の面影もないくらいに、布団の上でだらけていやがった。


 この魔女をここまで疲労させるとは、一体貴族のパーティーとはどんな魔境なのだろうか。それとも引き籠りたいと頻りに呟くこちらが本性なのだろうか。まぁなんだ、一日お疲れさまでした。昨日は俺もぐっすりと眠れた。


 さて、バイト生活二日目である。

 昨日貰った賃金は初任給ということもあり、ジグルベインとイグニスへの贈り物に大半を使ってしまった。なので今日はマジで稼がないとヤバい。


 そういう事で、三日連続で冒険者ギルドの扉を開く。もう肉体労働でも何でも掛かってこいというのだ。


 しかし、そんな時に限って人攫い、もとい荷積みのお兄さん達は見当たらない。

 時間がズレたのだろうか。鐘で大雑把な時間は分かるが、腕時計もスマホもないのでこればかりは仕方がない。


(今日は何をするんだ?)


「うーん。希望としては料理覚えたいんだけど、なるべくお金になるやつ」


(であるか。面白いのがあればいいな)


 面白さを優先するジグにそうだねと苦笑しながら相槌を打つ。

 基本見ている事しか出来ない彼女はいつだって刺激に飢えている。幸いなのは、人間の暮らしを見て面白いと思ってくれることだろうか。


 俺は異世界から、ジグは魔王という立場のせいからお互いに常識というものが欠けていて、こちらの世界の普通の生活を知るだけでも意外と新鮮に感じているようだ。早く慣れなければ。

 

 さっさと受付のお姉さんから仕事を聞きたいのだけれど、青い僧衣を着たおじさんと話しをしていて、順番待ち中である。

 暇つぶしに建物の中を見回しても見知った顔はなく、結局お姉さん達のやりとりが終わるのを待つしかない。


「緑はフェヌア教だよね。青はなんだっけ?」


(マーレ教だな。三柱教の中ではまぁ、まともなほうよ)


 ああ、そうマーレ。そんな名前だった。

 どうも宗教に良いイメージがないのは日本人であるせいだろうか。カノンさんに連れられて教会の炊き出しや子守りはしたが、勝手にやってくださいという印象だ。

 クリスマスやバレンタインという邪悪な日を生んだ宗教を俺は決して許さないだろう。


 ふと目を切ったとき、床に座り込む少女を見つけてしまった。受付にいる人と同じ青い僧衣を着ていてる。


 まさか床に座っている人がいるとは思わなかったので一瞬目を見張ったが、どうやら少女はこちらに気づいていない様子。目を閉じているのだ。


 寝ているのか、あるいは盲目なのか。そんなところで何を、と思ったが傍に置いてある小銭の入った器を見てだいたい察した。見なかった事にしよう。大体ここは金が無い人がくるところだろうに。


「ひもじいよう、ひもじいよう。何か食べたいよう」


「!?」


「でも、お金がないから我慢しきゃ。もう何日こうしているだろう」


 何か言いだした!やめて。そういうのは心に来るの!

 目をぎゅっと瞑り、耳を塞ぐ。こっちも裕福ではないのです。見えません。聞こえません。あーあーあー。


「あー今夜も水で飢えをしのぐのかぁーにゃー」


 耳元で囁かれるような声に目を開けると、先ほどの少女が手を口元に当てて忍び寄っていた。ばっちりと目が合う。そう、べつに盲目でもなんでもないようだ。


「……何やってるんですか?」


 ちょっとキレかけた。


「いえ、勘違いしてたようなので。別に私は物乞いではありません」


「はぁ」


 ちゃんと神聖術で治療して対価を得ているらしい。ハンターギルドは比較的ケガ人が多いため巡回しているそうだ。お布施目当てなら、もっと人通りのある所に行くという。

 ついでに何で目を瞑っていたのか聞くと、偶に勘違いした人がお布施をくれるから……と目を逸らしながら言った。


「なんですか! 悪いんですか! こちとら治療が売りなんですよ! 怪我人いねーと商売なんねーんすよ!」


 つまり魔獣が少ない平和な街だとこの人達あまり儲からないのか。いや、言いたいことは分かるけど、聖職者ならもう少し言い方があるだろう。医者が怪我人増えろとか言ったらいけないと思う。


「イリーナ、滅多な事は言わないように。失礼、うちの者がご迷惑をお掛けしました」


 受付に居たオジサンが、イリーナと呼ばれた茶髪の子を諫めてくれる。

 この人が来たということは、お姉さんとの話は終わったのだろう。俺は軽く会釈をして受付に向かおうとした。しかし回り込まれた。


「ちょうど冒険者の方を探していまして。アイラさんから貴方を紹介されたのです」


 アイラさんって誰だろうと思ったが受付で話していたのだ、お姉さんがアイラさんなのだろう。会話の途中だったが、チラリと視線をニコニコの人に向けるとグッと親指を立てている。間違いなさそうだ。


「依頼は簡単なんです。道具を借りて教会まで運んで頂きたい。先方に話は通ってますし、案内はこのイリーナが。そうですね、1鐘くらいで終わるでしょう。銅貨5枚で受けて頂けないでしょうか」


 一時間で銅貨5枚。日当で小銀貨3枚だった事を考えれば多少時給は良さそうだけれど、他の仕事が無いと一日の稼ぎとしては足りない額だ。


「ごめんない。別の仕事を……」


「失礼。よく聞こえなかった」


「だから別の仕事を……」


「え!? 無料でやってくれる!?」


「どんな耳してるんだよぉ!」


 結局根負けして仕事をする事になった。お姉さんには他の時給の仕事を見繕ってもらい、今日は何件か仕事の梯子をする事になってしまった。

 ジグには呆れられたが、別に気が弱いわけではない。そう、これはあれだ。流行のやれやれ系というやつだ。ふぅやれやれだぜ。ぐすん。



「いやーさすがに魔力使える人は力持ちですねー。普段は3人くらいで何往復もするから大助かりですよ」


「そいつは……どうも」


 これでもう何件回っただろうか。

 鍛冶屋で大きな鍋を借りたり、木材屋で大量の薪を貰ったり、民家から机や椅子を借りたり、荷車があるとは言えかなりの重量を運ばされる事になった。これで500円は少し早まったかも知れない。


 三日後は旗の日と言って、町中での大きな市が開かれるらしい。この日はギルドの許可なく販売できる、いわばフリーマーケットだ。普段町の外で開いている影市の人も町で大手を振って商売できるとか。


 教会の人は旗の日に合わせて大きな炊き出しをするらしく、その準備だそうだ。

 二週に1回開いているそうなので慣れていそうなものだが、今回は催しもあるから特別大きい規模なのだと言う。


「あーそこ右です。曲がればもう教会なんで」


 教会で荷物を降ろしてお仕事は終わりである。大きくはないけれど歴史を感じる古い教会でシスターさんがてんやわんや走り回っている。フェヌア教に比べて男手が少なそうなので、確かにこの荷物を女性だけで運ぶのは大変だっただろう。


 中でお茶を貰ったけれど、内装は教会のイメージそのものだ。長椅子が並び、石造が飾られ、鮮やかなステンドグラスが飾られていて、ほほうと感嘆した。

 いや、カノンさんの居たフェヌア教の教会は道場の様な雰囲気だったから尚更に関心してしまったのだ。確かにこれはまともである。


 建物の中には小さな子供がたくさんいて、地域の保育所も兼ねているのだそうな。

 この町に来てから宿とギルドの往復くらいしかして居なかったので、下町の生活というか生活感というものが何やら見新しい。


 馬車を想定してない居住区は言っては悪いが小汚い。張られたロープにズラリと洗濯物が並び、おばさん達の視線がギロリと容赦なく注ぐ。家服なのか服の質も商業区と比べると一段落ちて継ぎはぎで。貴族ばかりと関わっていたから見る機会の無かった、この世界の普通というやつだろう。


 世界の裏側というか覗いてはいけない部分な気もしたけれど、人間やはり人前だと見栄を張るのだなと少し安心する。本当に悲惨な裏側というのもあるのだろうが、このくらいなら自分の汚い部屋を思い出す可愛いものだ。

 宿でだらけていた赤い魔女も今頃大きな猫を被っているのだろうか。


 その後、料亭でピークの時間だけ配膳をして銅貨4枚。

 料理を覚えるとかそういうレベルではなく戦場だった。店内にぎっしり詰まった客が誰も彼も大声を上げるので、その都度走り回り、注文を受け料理を配る。これ、つらひ。

 慣れないこともあり多少失敗もしたが、ピークを乗り越えた後には店長さんにそれはもう感謝をされた。


 酒蔵で店員がぎっくり腰をしたらしく、急遽人手を集めていた。銅貨7枚。

 樽に並々と酒が詰まると確かに重かった。でも転がるので力が要るのは降ろす時と積む時だけだった。昨日の荷積みに比べると大分楽である。

 おじさん早く腰治るといいね。と思っていたらマーレ教の神聖術で治して貰ったらしい。なんじゃそりゃ。


 まぁ後二軒ほど力仕事を任されて、何とか一日の目標である小銀貨3枚分に達した。全部銅貨な為、財布はジャラジャラと重たく気分だけはお金持ちだ。


 インターネットも無いのに口コミとは恐ろしく、力仕事では魔力使いという事で歓迎されていた。城塞都市は閉塞された町だ。家の増えようが無く、近所みんな顔見知り。情報源はそれこそ少なくて井戸端会議や酒の席になるのだろう。だからこそ信用と実績が注視される。


 冒険者ギルドの人間を世間が見る目は、意外に冷たいらしい。

 しょせん余所者なんだ。いや、ただの余所者ならいい。町に居られなくなった犯罪者の様に見られる事もあると言う。


 運送屋のお兄さんが俺を褒めてたそうだ。真面目で人の何倍も働く、大助かりだったと。

 酒屋も鍛冶屋もその話を聞いていたみたいで。ああ、クソ。嬉しいなあもう。

 親の期待を裏切り続けてきた俺が、俺なんかが認められるのが嬉しくて。同時になんで地球で頑張れなかったのだと心が張り裂けそうだった。


(今頑張っている。それでいいではないか)

 

 うん。うん。頑張らなければ。

 そして、いつか。家に帰った時。父さんに母さんに、俺頑張ったんだって胸を張って言いたいなぁ。


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