第25話 ゴブリンだー!!
ゴブリンの名が出てからの狩人の行動は迅速だった。仕留めた魔鹿の胃袋を確かめるのだと絶賛二人で血と肉の海を掻き分けている最中である。
横たわる獲物ならともかく、立ったまま腹を裂いた鹿は内臓の上に大の字に倒れていて作業は難航していた。
「ジグ。ゴブリンについてちょっと確認しときたいんだけど。ゴブリンって小さくて、緑色で、鬼みたいたいな奴?」
(うむ。小鬼だからな。小さくて緑色の奴だ)
「おお、イメージ通りだ。じゃあ団体で居て知恵があってえちい事する奴か」
(いや。大量にいるが、ほとんど知恵は無くえちい事もせん。んーお前さんに分かり易く言うとな、1匹いたら100匹いるで伝わるだろか)
「うん凄く嫌われてる感は伝わったわ」
胃袋を掘り返している間にジグルベインから小鬼の情報を貰ったので、その情報を元にウルガさんに裏を取った。こちらの世界のゴブリンはやはり弱く知恵も無い貧弱な個体のようだ。しかし、その無知というのが脅威らしい。
人は明日を考える。木から果物が取れるなら、木を増やす。果物を貯める。木を枯らさない。これが生きる工夫であり、知恵。
ゴブリンはそうではない。食べて食べ尽くし、無くなれば違う場所に行く。一匹ならば良いだろう。だがそれが100匹になれば、1000匹になれば、それは言わば歩く環境破壊だ。
「でもこの鹿一匹でも相当食べそうですけど……」
「食うだろうな。それがまた問題なんだよ」
貧弱な個体だから増える。増えて増えて、皆食べ続ける。ゴブリンが他の土地に移る時、そこに食べ物は無いのだ。なら他の動物はどうするのか。ゴブリンを追いかけるのだ。
ゴブリンを食べる中型魔獣が、中型魔獣を食べる大型魔獣が、食料を求めて大移動をする。それを聞いて、変な汗がでた。現に大型魔獣を俺達は仕留めている。
「だが、居ないんだ。居るはずがないんだ。ゴブリンは冬を越せない!」
(ああ。冬を越す知恵がない。コイツ等の生息域はもっと温かいところのはずだ)
小柄の割に大食漢で、おまけに数が多い小鬼。冬という食料の無い環境では、寒さで減り、共食いで減り、生き延びても繁殖する餌がない為に魔獣の餌食になるという。
そんなに大量発生するという割りに通りで目撃した事がないわけだ。この地方ではとっくに駆除済みだったのだろう。
「だから確かめる必要があるのさ」
皮を剥ぎ、肉を分割し、やっとの思いで到達した胃袋。
個体のサイズもあり人間が丸々入れそうな程に大きな器官は、食事後のためかぷっくりと膨らんでいて、まるで何かを孕んでいる様だ。
どうかゴブリンが偶々の逸れで、集団移動の先兵ではありませんように。
ウルガさんも嫌な予感がしたのか膨らむ胃に向け黙々と刃を突き立てた。
詰め込んだ押し入れを開けた時の様に、ドサドサと内容物が落ちてくる。孕んでいたとするならば、きっと悪夢を孕んでいたのだろう。
魔鹿の胃の中には緑色の小さな手が、足が、無数に詰まっていた。まず間違いなくゴブリンを追いかけて来た証拠だった。
「なんてこった。繁殖爆発だ!!」
◆
「ツカサ。すまないがここで分かれよう。ゴブリンの手を持って帰るんだ。早く町に知らせないといけない」
「それはいいですけど、ウルガさんはどうするんですか?」
「近くに獣人の村がある。危険があるならそっちだ。俺は向かわなければ」
獣人の村か。近くにあるなら確かにそちらにも知らせなければならない。
でも、と思う。ゴブリンは何処から来たのだろう。
王都やサマタイの町周辺は魔獣が少ない。増えやすい環境ではあるかも知れないが、その分ハンターはこうして広範囲で狩猟を行っている。足跡や痕跡をこの優秀な彼らが見逃すとは思えない。つまり近くで繁殖した可能性は少ない。
なら外からきたパターン。多分これが一番現実的だろうか。何処かから餌を求めてやってきたのだ。しかし獣人の村でさえ毎日人が行き来しているのだから、情報が遅れる程度の遠くだろうか。
「ないな」
それはつまり、既に何処かで繁殖爆発が起きたと言うこと。話では食料を食らい尽くして魔獣と共に侵略してくる大規模なものだ。なら、市場に少なからず影響がある。
いや、あるだろう。俺には何がどう動くかなんてサッパリ分からないけれど、これだけは確信がある。あの魔女は、イグニスならば、その変動を見落とすハズがないのだと。
(お前さん、実は心当たりがある。あるかも知れぬわ転移陣が)
ジグの時代の。つまりは400年前の話、この近辺にはやはり獣人の町があったらしい。そこには転移陣があり、別の大陸からの移民が住んでいたそうだ。
昔の話だからまだ転移陣があるかは分からないが、先日の悪魔ならば或いは知っている可能性があると言う。
「ウルガさん。確か旗の日、近いんですよね? 何か催しもあるんですよね?」
「ああ、ある。だから早く」
繋がってしまった。転移陣なんてものがあれば、増やした小鬼を送り込む事が可能だ。例えば期日を狙って繁殖爆発も起こせるのではないか。これは偶然ではないのではないか。
それは歴史から消されるよな、と思うと同時に何者かの底知れぬ悪意を感じる。
「ウルガさん。村の位置教えてください。俺がそっちに行きます」
俺よりもウルガさんの方が町での信用が高い。ただの冒険者が騒ぐよりは余程スムーズに話が進むだろう。次に戦力。ゴブリンが大量に居て、それを狙って魔獣も来るならば、俺が適任だ。ウルガさんは獣人で身体能力も高いが、魔力を使えない。それが魔鹿との闘いで分かっている。
「お前は余所者だろう……」
「余所者が心配したら、ダメですか?行かせてください。俺、戦うことくらいしか出来ないけど、今ならきっと役に立つから!」
余所者。そうだ、町に着いてまだ四日しか居ない。でも逞しく商売する市場の人達を見た。優しく受け入れてくれる職人達に会って、祭りを楽しみにする人達と触れ合った。
みんなみんな、俺なんかよりよっぽど頑張って生きているんだ。守るなんて格好いい事は言えないけれど、せめて役に立ちたいではないか。
「……分かった。町に報告次第、俺も必ず村に向かう。それまでどうか頼む」
互いに頷き合い、即座に走り出す。鹿もスライムも無視である。流石に森の中で分かれては迷子になるため、街道まで付き添って貰いそこで二手に分かれた。
獣人の村は道に沿って30分ほど走り、分かれ道を左に行けばすぐだという。だが見通しても先は森が深くなるばかりである。これは確かに魔獣が大量発生なんてしたら真っ先に狙われるだろう。
「ごめんねジグ。なんかいつも変な事に巻き込んで」
(カカカ! 構わん構わん。ゴブリンなど滅ぼしてしまおうではないか)
後ろめたい俺の気持ちを払う様に鈴の音の声が響く。何事も無ければいいのだけど。そう思いながら魔力を込めて、本気で地面を蹴った。
違和感を覚えたのだ。街道なのに馬車がいない。こちらの世界では護衛が必要だからそう頻繁に走るものではないが、状況が状況だけに胸騒ぎがするには十分だった。
そして暫くして、それに出会う。
姿形は正に人間で、大きさは腰まで程度の小さな生物。頭部には角があり、体格の割に妙に腹が出ていて特徴的な緑色の肌をしている。
ゲゲやギギと少なくとも人語は喋らず、一糸纏わぬ様子からやはり動物に近いのだろうか。想像していたゴブリン像に近い事は近いが、どちらかと言うと餓鬼という名前の方が似合うだろう。
それが、何かに集っていて。集団の中から悲鳴が聞こえて。
「うああああ!!」
頭にカッと血が上り、気が付けば虚空から黒剣を引き抜いて無我夢中で緑の山を斬り崩した。一匹、二匹、三匹とまるであっけなく首が飛ぶ。
正直、気分がいいものではない。よりにもよって人型で子供の様な大きさなのだ当然だろう。救いといえば飛び散る血が緑色な事くらだろうか。これが赤だったらもう剣を握れた自信はない。
ゴブリンの山から出てきたのは狐の獣人だった。背中を丸めて頭を必死に守りうずくまっている。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、ありがとう。ありがとう。本当にありがとう!」
涙をボロボロと零しながら抱き着いてくる男性。石で殴られたようで、所々から流血している。体毛で隠れている部分も痣は酷いのではないか。何より痛々しいのが腕や背中にクッキリと残る歯形だった。
「ああ、俺傷薬持ってるから! それを」
首を振る狐さんは、俺に抱き着いて助けてくれと言う。
理由を聞けばこの男性、商人らしく影市に行くのが日課だそうで最近は安全だからと護衛を付けないで移動していたらしい。そう言えば狐の獣人を胡散臭いと思って見た事がある。
そして今日いつもの様に影市からの帰り道。村の近くまで帰ってきたら、村がゴブリンに囲まれていたと言う。咄嗟に引き返し、町まで助けを求めて走っている最中だった様だ。
「村が! 村が襲われているんだ! どうか、どうか力を貸してくれ!」
「今狼の獣人ウルガが町にゴブリンを知らせに行ってます。大丈夫、もうすぐに助けが来ますから!」
最悪である。事件はもう起こっているようだ。またも後手に回ったが、こちらも行動を起こせているのが幸いか。
とは言えまずは狐さんの手当てが先だろう。町に引き返す時間がないので村で処置して貰わなければ。
「ジグ! 警戒頼む!」
混乱する獣人を背負い、急いで村に向かった。道沿いに走ればすぐに分岐点を見つけ、この獣人の物だろう捨てられた荷車を越えれば、そこには緑の海が広がっていた。ざっと500~600ぐらいの数だろうか。
村はまだ無事のようだ。群れの奥に丸太で作られた頑丈そうな柵が見えて。物見櫓から弓で応戦している姿も確認出来た。
門は当然の様に閉じていて、これでは俺達が近づいた所で開けて貰うことは出来ないだろう。致し方なし。狐さん恨まないでくれよ、これは貴方の為なんだ。
足に魔力を纏い、飛ぶ。背中から悲鳴が聞こえるが無視。ゴブリンの群れに飛び込んだので着地の先は小鬼の頭。メキリと首をへし折る感触、それでホップ。バキッと頭蓋を踏み砕きながらステップ。そして最後にジャーンプ。
「ギャー!!」
狐さんは無事に柵を越えて飛んで行った。
変わりに俺は小鬼の群れのど真ん中に取り残されてしまったけれど、どの道人を背負っては戦えないからこれでいいだろう。
食うため、生きるため彼等も必死だ。ゴブリン達は害ではあるが、悪ではない。
なら、誰かを守る為に力を振るうのは正義だろうか。くだらない。
「ごめんよ、これはただの暴力だ」
奔る黒剣が、無常に非情に、断末魔を作り上げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます