第26話 おぞましい緑



 一度刃を振りぬけば、おおよそ5つの命を刈り取った。振って振って振って、あっという間に積み重なる死体は20を超えて。しかし小鬼は止まらない。


 仲間の死を恐れないのか、或いは仲間という意識すらないのか。視界の外でグジュリ、ブジュリと不快な音が聞こえる。俺に群がる傍らで、同類の死肉を貪る奴がいる。


 ああ、おぞましい。死体を重ねるほどに、無数の瞳がこちらを向いた。血と臓腑の臭いが濃くなる度に、緑の密度が増えていく。


 木を齧る。葉を齧る。まるで赤ちゃんが何でも口に入れてしまうように、ガジリガジリと食欲が近寄ってくる。


「なんだよ。なんなんだよコイツ等は!!」


(赤子なのだ。生まれたてなのだ。まだ知性が芽生える前故に、食うという本能しか持ち合わせておらなんだ)


 罪の無い子供を斬る様な忌避感が嫌悪感に塗りつぶされる。ギラギラとした眼で這い寄る緑色の怪物が、今は怖くてたまらない。


 肉を食わせろと小さな手が数多に伸びてくる。斬った。それでもなお俺を食いちぎろうと牙を剥いてきて、叩き潰した。


 質の悪い悪夢だ。返り血を浴びるほどに、罪を償えと言わんばかりに伸びる手が増えてくる。剣は加速を余儀なくされて、また死体が積みあがっていく。


 地面はとうに緑の血でぬかるんで、斬り飛ばした首が転がり手足が散乱する地獄の様な光景が広がっていた。


 360度を囲まれようと、こちらにはジグルベインという目がある。不意の一撃さえ無ければ、黒剣の暴威は近づくゴブリンを易々と切り伏せて、幾つの手に掴まれようと力で強引に振りほどける。


 いざとなれば上に飛べば、纏を覚えた俺は3メートルの高さを跳躍出来て。所詮子供程度の身長と能力に遅れを取ることはない。


 しかし、問題はやはり数である。50を屠り、なお目減りしない小鬼。いつまでこの調子で動けるか、あと何度剣を振るうのか。それが頭に過った瞬間、途端に身体が疲労を思い出し。ええい、と頭を振って目の前のゴブリンを蹴っ飛ばした。


「少年、少し離れろ!」


 物見櫓から弓で狙撃していた兎の獣人から声がかかり、小鬼の海から距離を取る。

 離れてしまえば案外追っ手は少なく、大半は足元に残る屍に群がっていた。弓で援護でもしてくれるのかと思いきや、何かが投げ込まれる。あ、嫌な予感がする。

 

 缶コーヒーくらいの茶色い筒は地面に落ちると閃光を放ち爆発した。ゴブリンの群れに直径3メートル程度の穴が開く。タイミング的に密度が高まる瞬間を待っていたのだろうが、こちらには爆風に乗って大量の肉片が浴びせられた。


「ざけんじゃねーぞ兎野郎!! テメェもミンチにすっぞ!」


「す、すまないー! そんなつもりでは無かったんだが、発破用だから思ったより威力が!」 

 

 おっといけない。せっかく手助けしてくれたのに罵声を浴びせてしまった。血で少し興奮してるのだろうか。

 

「ごめんなさい。村のほうは大丈夫なんですか」


「ああ、今しがた中に入ったゴブリンが仕留め終わった。お陰様で死者はいない」


 狐さんを投げる為に群れに飛び込んだが、折角離れたので今度は外から数を削っていく。敵に挟まれていないだけでも戦いは大分楽になった。


 普通の剣ならあれだけ斬ればかなり痛んでいそうだが、ヴァニタスは刃こぼれも無ければ、消してから再び取り出すだけで油汚れも一瞬で落ちる優れものだ。息を整えながらならまだまだ戦えそうだ。


 少し余裕が出来た所で、兎さんと情報のやり取りをする。

 今までは村に侵入したゴブリンの撃退に当たっていたが、中は駆除済み。外壁の補強を終えたらこっちに応援が来てくれるようだ。


 どうやら小鬼達は入り口が分からないために村をぐるりと囲んで手当たり次第に攻めてきていたみたいで、村全体をカバーする為人手が薄くなっていたのだ。


 そこに俺が来た事で血の匂いを感じ取り、今ほとんどの数がここに集まっている状況だとか。道理で斬っても斬っても数が減らないわけである。


「本当に助かった。応援が来たら少し中で休んでくれ」


「それはありがたい。水の一杯でもご馳走になりたいけど」


(そうもいかんようだのう)


 いかんようですね。突如小鬼達が宙を舞う。引っかかれて、投げられて、そして食べられる。

 ゴブリンを蹴散らすのは、2メートル程の恐竜のような、鶏のような何か。

 Tレックスには羽毛が生えていたという説をテレビで見たが、その時みたCGにそっくりだ。


 ジグの城の周辺にはワニトリというワニの様な鳥がいたが、あれの進化だろうか。名前が迷うところだ。恐鶏でどうだろうか。


 コイツも血の匂いに誘われて来たのか、剣を振るうのがバカバカしい勢いで小鬼が数を減らしている。歩く度に踏みつぶされて、餌をついばむ様にかみ砕かれて。それでも恐怖を感じぬ集団は、体格も戦力も何もかもを無視して食欲のままに恐鶏に群がっていた。


「あれはどうなんだろう? 放って置いた方がゴブリン減りそうかな」


(んー魔獣は気性が荒いでな、下手に暴れられて外壁を壊される方が面倒でないか?)


 なるほど。確かにそちらの方が面倒だ。小鬼が村に侵入するのだけは避けなければ。

 仕留めてしまおうと思ったら、ジグの懸念通りに鶏は身を捩って暴れだした。ゴブリンの沼に嵌ったのだ。鶏一匹に対して集う緑は100を超えて、何の事ない一傷が溜まりに溜まり致命傷となる。


 2メートルを超える怪鳥が、80センチ程度の生物に蹂躙される異様。その様はピラニアの大群に放り込まれた鰐か。あるいは蟻に集られる鶏か。


 奇声を上げながら肉を失っていく恐鶏の姿が、他人事には思えない。せめて一思いにと、黒剣を頭部に向かって投げつける。


 巨体は地に倒れこみ緑に沈み込む。本当に沼にでも沈んでいくかのように鶏は徐々に高さを失っていき、ものの数分で平らになってしまった。

 そしてその時見てしまう。腹を真ん丸に膨らませた小鬼が、塊を吐き出したのを。


 唾液か胃液か、とにかくネトネトの液に包まれたサッカーボールくらいの塊。

 それが、動いたのだ。産声を上げる前に地面を這い、転がる小鬼の足に食らいついているのだ。


「うわああ。もう本当に何だよこいつ等は!」


 捉えようによっては生命誕生の神秘なのだが、その光景が気持ち悪すぎて思わず手に力が入ってしまう。


(だからゴブリンはえちい事はせんと言ったろう。あれは食っては己の分身を吐き出すのだ。一匹とて生かしてはならん)


「分かった。これはね、もうGだよG。名前も呼びたくない緑の悪魔だよ」


(カカカ。であろうであろう。今はただの害獣よ。根切りにしてやるのが情けよな)


 鳥を食べて腹が膨れたのか、そこかしこで嘔吐しだす小鬼達。流石に減った数の方が多いはずだが、今増えただけでも30や40ではきかないだろう。ひょっとしなくても、これは不味いのではないだろうか。


 今はまだ昼だから戦えるが、夜はどうする。寝ている間に倍に増えているのではないか。

 今は村に集まっている。けれどこれが散ってしまったら?実際森で魔獣に食べられていて、狐さんも道で襲われている。もう結構な範囲に移動しているかもしれない。これは想像以上に大事なのではないだろうか。


「兎さん! 数は! 数は減っているの!?」


「何とも言えない! ここには確かに増えているが、他は減っているはずだ!」


 一つの懸念が生まれる。ジグの話から、転移陣でゴブリンが送り込まれたと推察したが、それは本当に終わった事なのだろうか。今もなお、見えない所で送り込まれ続けていて、生まれ続けているという事は無いのだろうか。


 駄目だ。これは一度確認しておかないと、母数が大変な事になってしまう。

 一匹なら一匹、十匹なら十匹と増えるペースもそれなりだが、千匹から千匹、万匹から万匹生まれるレベルになったら止められなくなってしまうだろう。


「この辺に遺跡とか、昔の村の跡とかありませんかー!」


「急にどうした! 村は結構頻繁に移動するから跡地は沢山あるぞ!」


(最悪はゴブリンを辿るしかないな。この数だ移動の跡は残るだろう)


 それしかないか。兎さんにありがとーと返す。距離がある為に会話が少々面倒くさい。

 それから応援が来るまでの間に、俺は斬るに斬った。数で言えば200は超えたと思うが、数える首は全部ゴブリンの腹の中である。唯一残る戦いの跡は血を吸いきれなくなった地面で緑色の大きな水溜まりを作っている。


 弓での援護の下で、休み休みとは言えいい加減腕が限界だった。いかに鋭い刃物だろうと、適当に振って切れるわけではない。生き物を殺せる力で剣を振り続ける疲労は素振りの比ではなく、握る手は裂け、全身の筋肉が悲鳴を上げていて。


 だから交代で村の中、安全地帯に入れた時にはまず地面に倒れて、切れた集中力の糸を紡ぎつつ疲労の回復に時間をつぎ込んだ。


 俺の代わりに外に出たのは3人の獣人達で皆槍を握っていた。数を相手にするには剣よりも向いているだろう。彼らが頑張ってくれている間に少しでも回復と思考をしなければ。

 

 村は転々としていて、転移陣のある場所は分からない。

 だが、この村が真っ先に襲われている事から場所は近いのではないかと推測できる。狐さんも言っていた。朝は居なかったのに帰りには囲まれていた、と。


「なんでこの村だった」


 ゴブリンの習性から食べるものは手当たり次第だ。引き付けたのは匂いか音か。村の中でも小鬼を倒していたなら匂いはありそうだ。けれどそれでは順序が逆である。ゴブリンが来たから村の人は戦ったのだ。


 なら、もっと別の要因。大群が散る事無くこの場所を目指す様な事。例えば。


「な、何か近くに大きな道はない!?」


 そうだ。例えば通る道が一本しか無いのなら、散りようがない。この村は偶々道の傍に在った。そう考えるほうがしっくりくるのではないか。

 ガバリと起き上がり、周囲を見渡すとウサ耳のお姉さんと目が合った。あらかわいい。


「道ですか? この辺は鉱山なので村の裏にはトンネルの入り口がありますけど……」


「それだー!!」


(それだー!!)


 渡された水を飲み干し、急いで門に向かった。

 外で戦っている3人は何とか凌いでいるようで、これなら俺が抜けても大丈夫だろう。


 本音を言えば誰か付いてきてくれると凄く心強いのだけれど、この状況で憶測で人を抜くわけにはいかないだろう。とりあえず門番に行先だけは伝えておこう。


「鉱山に入る? 正気か? 何をしに行くんだ」


「ちょっとゴブリンをスレイしてきます!」



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