第27話 元凶



 門番に鉱山からゴブリンが来ている可能性を伝えた。猿っぽい門番さんはそれを聞いて苦い顔をする。鉱山には作業員である鉱工がいると言うのだ。


 考えれば当然の事だった。山から資源を取る為に近くに村を作っているのならば、今日もいつも通りに多くの作業員が現場に向かった事だろう。


 分かっている。村の人達も突然の襲撃で必死だった。少なくとも俺が駆け付けた時にはもう村は包囲されていて、とてもではないが人手は余って居なかったはずだ。

 それでも、ああ、糞っ垂れ。誰も帰ってきて居ないってのは、つまりそういう事なのだろう。


 俺は駆けた。一日中動きっぱなしで体力なんて碌に残っていないのに、驚く程に足は軽かった。


(ゴブリンを止めねばと言う気持ちは分かるが、お前さんは何でそこまで必死になれるのだ?)


「決まってるだろ。ジグに頑張ったなって褒めてもらうため!」


(……ならば後もう少しだ。ちゃんと褒めてやるから頑張れよ)


「がんばりゅー!!」


 やはり、というか人手を借りる事は出来なかった。こちらの想像よりもギリギリの人数で粘っていたらしい。それでも俺が山に行くと言った時に止める人もいなかった。皆心配していないわけではないのだ。それで充分だ。


 村の裏に回れば、実に分かりやすい一本道だった。荷車が通る為に整地された道路が森の中を通り山まで伸びている。

 そしてこれまた分かりやすい事に、道沿いの木は皮が剥がれ根が齧られ、何が通ってきたかは一目瞭然だ。今も数匹道を辿って来ているので方向は間違いないだろう。


 通りすがりに目に映る小鬼を斬り捨てながら、走る事およそ15分。木々の切れ間に広場が出来ていて、そこには如何にもという横穴が在った。


 入口は木材で補強された立派なもので、馬車でもギリギリ通れる大きさかも知れない。覗けば中は暗いが、奥には光が見えていてどうやらトンネルのようだ。少しの躊躇いの後、闇に身を投じる。


 中は湿気があり少し冷たい。音が反響する独特な空間はこんな場合でなかったら冒険感にワクワクした事だろう。


 だが今はゴブリンの襲撃にひたすらに怯えている。背が低いため暗がりだと本当に見え辛いのだ。その癖数が多いので困る。思えば今朝は狩りだけの予定だったのでランタンを持って来なかったのが失敗だった。


「痛ってー! 太もも噛まれた!」


(おおう見落としとったわ。すまんすまん)


 そして長いトンネルを抜けると一面の緑世界だった。

 森は禿げて地肌を晒す。隣を見ればプリンに大きくスプーンを入れた様に抉れた御山。なのに正面に広がるのは劇場にしては大きすぎる見事なすり鉢状の穴。自然の中にあってあまりに不自然な景色だった。


 掘るも掘ったり400年。山なのに山が無い異様。掘りつくして取りつくして、それでも足りずに今度は地面を掘って。重機も無い時代と考えれば感動ものの光景だった。


 一体何世代かけて行ったのだろう。人間の業と比べればゴブリンの環境破壊など可愛いものなのだと改めて認識するが、それはそれとしてゴブリンお前らは邪魔だ。


 出来ればもう緑色の生物など見たく無かったのだけれど、どこを見ようと必ず視界に入ってくるレベルで湧いていた。これは完全に想定外である。

 自分は後続を断つ目的だったからこそ遊撃に踏み切ったが、これでは此方が本丸ではないか。


 しかし、どうにも分からない。辺りには食べれるものはないはずなのだけれど、この小鬼達はなぜ移動しないのか。


(ふむ。この数に統制。ともすると上位個体がいるやも知れんな)


「ゴブリンも進化するのか」


 隊長みたいのがいるのだろう。統制が出来る。つまり知恵があり、策が練れて罠を張れて、問題に対処出来る。と、考えると脅威かもしれない。

 でも何故だろうゴブリンはあの食欲しかないモンスターだから怖い気がするのだ。


(どうするや。流石にこの数を相手にする体力はあるまい。一度引き返すか?)


「イグニスみたいに魔法が使えれば良かったんだけどね。最悪逃げるのは任せていい? ギリギリまで生き残りを探したい」


(なるほど。まぁそれもありか)


 とはいえ鉱山は広く、横穴も多いため構造も複雑だ。何処から探したものか。見渡した限りでは幾つか山小屋があるのでそこからだろうか。


 統制が取れていると言っても所詮は小鬼。餌が歩いていたら食欲に勝てるはずもなく、ワラワラと緑が集ってきて。5匹以内なら首を飛ばし、それ以上はもう頭上を飛び越えて移動する。


 一番近い所にあった小屋は近づいただけで不在というのは理解できた。扉が壊れている。壁に穴が開いている。籠れる道理はない。それでも立ち寄ったのは念のためだ。


 やはり中に人気は無かった。倉庫だったのだろうか、物が散乱し床に赤い染みだけが残っている。


 次の建物は恐らく休憩所。先ほどの倉庫よりは広く、机や椅子が沢山あって。そしてやはり床は、赤い。


 唇を噛み締めた。ゴブリンに襲われるというのは、食欲の対象として見られるのはそういう事なのだろう。体はもとより、骨まで残らないのだ。せめて遺品の一つでもと思ったが、残っていたのは千切れた服の破片くらいだった。


 もう我慢できずに俺は屋根に登る。


「誰か! 誰かいませんかー!!」


 生まれて初めて出すんじゃないかという位の大声で叫んだ。山中から小鬼の視線が集まる。上からも下からも緑が蠢き始める。


 幾ら声を張り上げようと、返事は虚しい山彦で。でも、それでも、今は叫びたい。


「誰かー! 残ってないのかー!! 返事をしてくれー!!」

 

(たく無茶をしよる。気を付けろ登ってきてるぞ)


 やはり知恵のある奴がいるようだ。普通のゴブリンより一回り大きい個体がギギガガと鳴き声を出すと、小鬼が集って重なり合い肉の梯子を作り出す。勘弁してほしい。助けに来たはずなのに、こちらが助けて欲しい気分だ。


「おーい! おーい! こっちだー!!」


 その声は頭上から降ってきた。遠い声で、地形で反響して出どころは分かり辛い。

 何処だ、何処だ、何処だ。そして見上げ続けて、隣の山から手を振っている人影を見つけだす事が出来たのだった。


 ああ、ああ良かった。手を振り返すのに夢中で何匹かのゴブリンに噛まれたけど、そんな事気にもならない位に嬉しかった。



 そこに居たのは全部で13人。突然に湧き出た大量の小鬼達に鉱工は完全に囲まれていて、何とか高い所に身を隠して救援を待っていたらしい。


 よく耐えてくれたと思う。小屋に残っていた人達は緊張の持続で疲弊しきっていた。

 もたもたしていると折角隠れていたのに囲まれてしまう為、俺が囮になりゴブリンを引き付ける形で逃げて貰った。


 流石に山男だけあり屈強な体格をしていて、武器もツルハシを持っている。道中の数は大分減らしてきたので余程の大軍と遭遇しない限り大丈夫なはずだ。


 時間を稼ぐ間、小鬼を斬っては下に落とし、あるいは直接突き落とす。ゴブリンの習性はなんと言っても仲間の死肉にすら群がる貪欲性だ。不思議な事に生きている間は共食いしないのに、死体になれば躊躇なく食べるのである。なので血肉を振り撒けば誘導自体は容易かった。


 生き残りの鉱工さんに聞いたのだ。村で兎さんが爆薬を投げていた。発破用なら現場に無い訳が無い。走り回る途中に倉庫で爆薬を回収したのである。知恵の無い生物は罠に嵌めやすくて大変結構。

 

「おお、集まってる集まってる」


 1本当たり3メートル位吹き飛ばしていたので、まとめて10本位投げてみた。威力は10倍とまではいかないが、100体以上消し飛んだのではないか。爆発って気持ちいい。


「これで少しは動き易くなったかな」


 救助という目的は果たした。なら次はもう一つの目的、転移陣の破壊である。


 おかげで、おおよその目安はついた。話を聞いた限り、大事なのは囲まれていたという事だろう。坑道の奥から出現したのならば村に逃げ帰れるくらいの事は出来たはずだ。

 つまりゴブリンは外から鉱山を占領し、余波が村に流れ込んだという順になる。


 推測だが、ジグは過去に獣人の町が在ったと言った。それが鉱工の町だというのは今も引き継がれる村から見て間違いはない。なら、問題のその町は何処にあったか。


 此処にあったんじゃないだろうか。山から町までに微妙に距離があったのは、交通の便もあるかも知れないが、きっと過去の教訓なのだ。

 考えが正しければ、過去の獣人の町はこの山の麓にあり、地滑りで埋もれたのだろう。


 不明な転移陣。鉱山からの小鬼の大量発生。それの説明はつく。そして。


「ゴブリンハザードに乗じて魔石の回収か」


「ア? 誰だし。てかクッサ。一体何匹殺したんだよ」


 場所を絞るのは簡単だった。ゴブリンが坑道以外から出てくるのを見張っていればいいのだ。そうすると岩の影からひょっこりと顔を出す小鬼を見つけた。


 亀裂の中はかなり広い空間で、石造りの壁がある事から建物の中だというのが分かる。

 とても日の光が届く空間ではないのだが、床で青白く発光する魔法陣がうっすらと室内を照らしている。


 これが転移陣なのだろう。勝手に人一人分くらいのサイズだと思っていたが、5メートルくらいはある大きなモノで、これなら馬車でも移動出来そうだ。


 そしてそこには、転移陣を守る様に一人の女性がいた。

 身長は150程度の小柄。長い鈍色の髪と、二本の角。何よりも特徴的な赤の肌。どうやら人でないことは間違いないだろう。


(鬼人だな。あれは小鬼とは別種。とうとう魔族まで出てきおったか)

 

「一応聞くけど、ゴブリン送るの止めてくれない?」

 

「いいんじゃね? 丁度これで最後だし、止められるんならご自由に」


 そう言って、魔石が満杯の樽を担ぐと転移陣の中に消えてしまう女性。

 陣の中に足を踏み入れた瞬間にフッとその姿は無くなり、変わりに現れたのは大きな大きなゴブリンだった。


(ご、ゴブリンクイーンじゃとー!!)


 一体何メートルあるのか。少なくと部屋に収まるサイズではないようだ。

 出てくる様子を間抜けにも呆けて見ていたが、その鬼の頭が天井に着いた時には、俺は慌てて亀裂から飛び出して避難する。


 暫くして岩を突き破り出てきたのは8メートルはありそうな巨体だった。日の下に出てきて早々に取った行動は天に向かって大きく口を開き。まさか、と思うとそれは行われた。


 それは嘔吐であり、ゴブリンの出産だった。ボトボトと緑の玉が吐き出されて、しかもその数が尋常ではない。目測で50は越えただろうにまだ止まらないのだ。


 コイツが今回の騒動の元凶で間違いないだろう。それはそれとして、帰りたい。転移陣を壊すだけの予定だったのに、化け物退治に早変わりとは。つくづく今日は予定通りにならない日である。



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