第28話 もうどうにも止まらない



 鉱山に突如として出現した巨大ゴブリン。

 異世界に来てから数々の大型生物を見てきたが、その大きさは骨竜に次ぐサイズである。


 外見はほぼゴブリンを等倍で大きくした姿だ。手足が短く頭の大きい幼児体系で、頭部の角と緑色の肌は健在である。ただ、そう。小鬼と比べれば全体的に肉付きがよく、特に腹部が異常なほどに膨れていた。


 転移陣から現れたゴブリンクイーンの最初の行動は繁殖だった。ボトボトと壊れた自販機の様に口からゴブリンが生み出される。一回の嘔吐で吐き出された小鬼の数は、軽く見積もり50を超えて。地に落ちたばかりの緑の群れは早くも餌を求めて歩き出す。


「こっちの生物は大きくならないと気が済まないのか! 戦隊シリーズの悪役か!?」


(大きさはシンプルに強さだからの。しかしまぁ見て分かると思うが、コイツの場合厄介なのは大きさではないがな)


 魔獣の最大の特徴それが進化だ。二本の腕が四本になったり、より速く走れたり、大きくなったり、生物的により強固な個体へと進む。


 小鬼が巨鬼へと変わり、強化された能力は見ての通りの繁殖力なのだろう。巨体だから多く生むのではない。より多く生む為に、巨体が必要だったのだ。


(どうする、代わってやろうかお前さん)


「んー悩んでる。ギリギリまで頑張ろうかな」


 今日一日のスケジュールはお陰で充実しまくりである。リア充だ。

 まず鹿の大型魔獣との戦闘、そして解体。獣人村まで走ってゴブリンを200体ほど倒して鉱山へ。ここでも爆破した分を含めたら150近くは倒しているだろう。もうゴールしてもいいよね、と思わなくもない。


 ここでジグルベインに戦闘を任せれば、必ずクイーンだろうがなんだろうが倒してくれるはずだ。しかし一帯の小鬼を全滅出来るかと言ったらどうだろう。

 交代してしまうと戦いの後は過負荷で間違いなく動けなくなるので、一匹でも残っていたら俺は良い餌なのである。


「とは言え、どうしたらいいんだこれ」


 その身長差は実に4倍以上。170ある、170ある!俺の背でも股下を歩けてしまうサイズ差だ。顔にはまず届かず、腹もジャンプすれば辛うじてと言った具合である。有効打を入れる手段に悩み、とりあえずは黒剣を腹に向かって投げてみた。


 魔力を纏い放った黒剣は、空を裂き一直線に飛翔する。ゴブリンを何百斬ろうと刃こぼれ一つしない名刀だ。その切れ味は折り紙つきで、投擲だろうと十分な殺傷能力を誇る。

 音も無く刀身は皮を破り肉に刺さる。刺さり……止まった。刃の半分ほど食い込んだだろうか。


 効いたのか効いてないのか。大した反応も無く、ギロリと視線が落ちてくる。もしかしてやっと認識されたのだろうか。


「GGGGRAーーーー!!!」


 鳴き声というよりはもう喚き声。そう表現したくなる、黒板を引っ掻く音を何倍にもした様な不快な声だった。しかしそれ以上の事は無く、一体何を叫んでいるのかと思っているとジグルベインから喝が飛ぶ。


(たわけ、呆けるな。周りをよく見ろ、来るぞ来るぞ)


 何が!と周囲を見れば、その変化は瞭然だ。女王の命を受け小鬼が一斉に蠢き出した。鉱山に広がっていたゴブリン達が俺を目標に行動を始めたのだ。地下から坂を上ってくる。至る坑道からぞろぞろと数が増える。ギイギイキイキイと緑が攻めてくる。


「ギャー! 俺もうコイツ等生理的に無理だよー!」


(カカカ! 安心せいよ、小鬼が好きな奴なんておりゃせんわ!)


 今まで見えていたのは氷山の一角だった。その数は如何ほどだろうか。いっぱいだ。

 取り合えずの感想は、コレが外に出なくて良かった事。そして次には途方に暮れた。

 いや、この数は無理でしょう。


 しかしだからといって止まらない。俺は英雄ではないのだから、いつだって小さい事で躓いていて、立ちはだかる物は何でも強大に見える。この程度で絶望していたら異世界でなんてやっていけないのだ。


 囲まれる前に身近な岩に飛び移る。子供程度の伸長では高所に登るのには時間が掛かるだろう。しかし、積み重なってよじ登ってきた前例があるので時間稼ぎになればいいほうか。


 避難のために岩を登ったわけだが、そこでふと巨鬼と目が合う。あらこんにちは。下から見上げていた時は気が付かなかったが、どうやら簡単な事を見落としていたらしい。相手が高いならこちらも高い所に行けば良かったんだ。


 助走をつけて巨鬼に飛び掛かる。的は大きい。頭でも目でも首でも、剣を突き刺せばそれでおしまいだ。空中で黒剣を引き抜きながら、眼球に狙いを定める。上だと、ジグの叫び声が。振り下ろすモーションに入っていたのだが、視線だけを切ると映りこんだのは赤色で。顔面に強い衝撃を受けて叩き落された。


「そう簡単にはさせねえし」


 転移陣で消えたはずの赤鬼がそこに居た。クイーンだけでも何とか止めたかったが、いよいよ俺では限界だろうか。殴られた頬を擦りながら剣を構え直す。

 何気に殴られたのは初体験で、刃物と違って鈍痛が残った。


「オラ、テメエはさっさと吐けよ!」


 加勢に来たと思った赤鬼は、あろうことかクイーンの腹を蹴り飛ばす。その衝撃でまたボトボトと分身を口から零していた。


「お前は、深淵はこんな事して一体何がしたいんだよ!」


「はぁん? 深淵? あんなのとウチ等一緒にすんなし。今回は利益が一致しただけ」


 コイツは深淵とは無関係?思考を巡らそうとするが、落ちた場所にゴブリンが群がってきてそれどころではない。振り払って再び高い所に避難しようとした。

 その時に閃く。あれ、これどうなんだろう。


 小鬼は仲間の死体でも平気で食べた。ならばと思い、仕留めたゴブリンをクイーンに向かい投げてみた。大きな口を開けてパクリと食いつて来て。

 しめたと思い、二匹、三匹と続けて放る。


 赤鬼は怪訝な顔でその行動を眺めるが、その意味はすぐに分かるだろう。四匹目に齧り付いたところで、巨鬼の顔面が火を噴いた。


「な!!」


 倉庫で失敬した爆薬。残り三本を切り札に持っていたのだが、全部小鬼の腹に突っ込んでやった。口が潰せればいいな位の気持ちだったのに珍しく大成功だ。


 さすがに進化個体。ゴブリンとはいえ頑丈さは比にならないようで、口から煙を吐きながらもまだ息はあるようだ。しかし大ダメージは確実。8メートルの巨躯は、小鬼のベットに倒れこみ、数十匹の小鬼を巻き添えに沈黙した。


「へへ、ざまぁ! 名付けてゴブリンホイホイ」


「ああもう、てめぇマジうぜえわ」


 少女は苛立ちと共に巨鬼の頭部を蹴り、蹴り、蹴り。

 やがて鬼人が消えた、様に見えた。魔力を纏った高速移動。気づけば目の前で鈍色の髪が揺れて、慌てて剣を構えるが遅すぎた。その時にはもう赤鬼の右手が腹に突き刺さっていたのだった。


 魔力の防御を易々と突破し内臓を震わせる剛拳。とても小柄な少女から放たれたとは思えぬ鬼の一撃。思わず悶絶する程に苦しく、痛い。あまりの衝撃にまだ言葉も出ないうちに、次は左の拳が脇腹から骨を軋ませる。


「ぐほっ」


 痛みに転げまわりたいのだが、声に成らない。肺が不意に潰されて空気だけが喉を通り。奥歯を噛みしめ頭を下げた。ゴウと、とても拳の通過音とは思えない音がする。冷や汗が出た。これは十分に人が殺せるパンチだ。


「ひゅう! やるじゃん人間。いいよ、ならゆっくり嬲り殺してあげる。ほら、アンタどの道もう終わりだし」


 少女が見ろよと言わんばかりに、その光景に手をかざした。ああ、嘘だ。嘘だろ。

 クイーンという上位種が死んだ。巨鬼の死体に緑が食らいついている。恐らくは命令でこの場で留められていた食欲が、放たれたのだ。

 

 今こそ大きな餌を齧っているが、食べ終わったなら何処にいく?

 そんなのは駄目だ。少しでも数を。いや、いっその事鉱山の入り口を!


「どけよテメェ! 邪魔すんじゃねえ!!」


「あはははは! お互い様だし。これにて暴走は完了。深淵との取引は終りっしょ。さぁ踊ろう人間。もう一度言ってあげる。止められるんならご自由に」


「うあああぁぁー!! どっけー!!」


 活性の上から更に身体強化に魔力を回し、骨と筋肉を軋ませながら放つは渾身の一撃。奔る暴力を黒に乗せて、鬼を断つべく斬り走る。迎えるは魔力を纏いし魔拳。


 黒剣の一閃は闘気の圧で岩を刻む。余波で小鬼を飛ばす。一振り一振りが温存を考えぬ全力の全開。しかし奔る黒を、赤が無手にて叩き落す異様。剣の側面を叩いているのだ。


 奇しくもそれは舞踏のように。

 振るいは落とされ、蹴られは躱し。合わさる呼吸と高まる殺気が、命を求めて絡み合う。


 小鬼程度では混ざる事も出来ない激しい求愛は、俺の負けだった。


 いくら気合で騙そうと、体力なんてとっくに底を尽きていたのだ。20合を超えるやり取りの後、撃ち落とすまでも無くなった剣閃は鬼人の侵入を許し、拳の間合いへと持ち込まれる。


 最初は鋭い左だった。首が取れる勢いで頬を叩かれ、右が来る。顔を正面から捉えた拳は、衝突の瞬間グシャリと嫌な音を出す。鼻が潰れたのだろうか。涙が勝手に出てくる。

 破れかぶれに蹴りを返せば掴まれて、振り回されて。もう頭の中はぐちゃぐちゃで。


 背中を襲う激しい衝撃は、恐らく地面に叩きつけられたのだろう。最後は思い切り腹をけ飛ばされ、下の階へと落とされた。たまたま倉庫があり屋根に当たったおかげで、何とか息を繋いでいるようだ。


 倒れて感じたのは痛いと思う前に気持ちいいだった。痛すぎて痛みを感じない。疲れ果てて力果てて、身体がピクリとも動かない。


 このまま目を閉じたら死ぬのだろうか。死ぬかもしれない。ああ、でもそれならこれだけはやって置かなければ。重い瞼の誘惑に耐えながら、残りの全魔力を必死に込める。


(ごめんジグルベイン。後は頼んだ)



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