第104話 ジェーン・ドゥ



(カカカ。求めよ、されば与えられん!)


 主人公の身体に住む化け物設定という馬鹿者が身体に魔力を注いできた。熱が広がる。思えばこれは、ジグルベインと出来る数少ない触れ合いか。


 俺にしか見えない君。俺にしか届かない声。俺でさえ触れる事叶わない体。けれど今だけは、確かに強く彼女を実感できる。


 熱が暴れる。魔力の脈動に紛れ込む荒々しい力が身体を侵し全身を駆け巡っていく。

 息苦しい程の侵略も、しかし目を瞑れば、それはまるでジグルベインに抱きしめられている様で。今ではこの辛ささえも心地よい。

 

「ってあれ? 変身出来ないね?」


(おー。その、なんだ)


 心当たりがあるのか言い淀むジグ。時間が無いのだから早くと急かせば、コイツにしては珍しく下手に申し上げてきた。


(足りんのだ。シエルと闘るからにはもちっとだけ魔力が欲しいのう……なんて)


「え~? 力を欲するか? とか格好いい事言っといてそっちが要求するのー?」


(ええい、力には代償が必要なのだ。黙って魔力を捧げい!)


 開き直った魔王は素直に魔力を要求してきた。それでこそジグルベインだ。

 すでに本気で魔力は込めているのだが、足りないとおねだりされれば、コチラとしてはもう気合で足すしかあるまい。


「うおー! 魔王拳十倍だー!!」


 俺は全身に魔力を纏う要領で瞬間的に活性の勢いを大活性にまで押し上げる。今用意出来る精一杯の力だ。これでどうよと、したり顔でジグを見るも、何故か食いついたのは技名のほうにだった。


(いいのいいのう。ついでに変身にも何か格好良い名前付けようぞ!)


「それ今やる事ですかねぇ!?」


 しかしながら、実のところ候補はある。しょうがないのだ。厨二病は人は誰しも一度は疾患する病なのだ。せっかく魔法のある世界なのに詠唱しないとか馬鹿じゃないの。


「こんなのはどうだろう」


 変身、交代と言えば聞こえがいいが、この裏技の本質は俺という存在を消す事で。俺の時はジグが。ジグの時は俺が。必ずどちらかしかこの世に存在出来ないなんてまるで呪いみたいな話である。


 どんなに求めても決して手が重なり合う事は無いけれど、しかし俺達の魂はいつも傍に在る。貴女の為に吐息を殺そう、俺の為に力を貸してくれ。


その唇はノーブレス


吐息をしないオブルージュ



「イグニース! 何しとんじゃお前はー!!」


 濛々と立ち込める土煙を払う様に雄叫びが上がった。魔女の魔法に見事に巻き込まれた僧侶のものだった。


「そうだね。後でちょっとお話が必要だね。うふふ」


 ガラガラと丸太を除ける音と勇者の呟きも聞こえる。二人とも元気そうで何よりだが、この分では相手にも特にダメージは無いのだろう。「あの娘、さてはエルツィオーネだな!ぶっ殺してやる!」と殺害予告が耳に届く。


 見事に一発で敵からも味方からもヘイトを稼ぐとは流石イグニス。

 意図は察したつもりだけど、果たしてこれで本当に正解だったのかと不安になる。

 突然の第三勢力の登場で場はより混沌と化す事が目に見えているからだ。


「カカカ。儂、参上!」


 阿呆の様な名乗りもあり、やはりというか皆の視線はジグに集まった。

 勇者が剣を握り、僧侶が構え、黒妖はなんだ……驚いている?


 ちなみだが、ジグルベインは今動物の頭蓋骨を被っている。謎の仮面路線で行くそうだ。

 骨はたぶん寄生樹の犠牲だろう。カノンさんが攻撃している時に散ったのか、木の隙間にはチラホラと白い物が見えた。


「誰だ!? ツカサくんを何処へやった!?」


 勇者一行にとって恐らくは一番の疑問であり、避けては通れない言い訳。俺と立ち代わりで現れたならば、相模司は何処に消えたのかという話だ。


 フィーネちゃんは嘘を見抜くので迂闊な事を言わないで欲しいなぁと考えていれば、流石に勇者との付き合い方は熟知しているのか、ジグはフィーネちゃんからの問いかけを一切無視し、ずかずかと近づいた。


「なによ、アンタも敵なわけ?」


 ポニーテールを揺らし、接触はさせぬと立ちはだかるのはカノンさん。もう判別も面倒なのか直接聞くという直球ぶりがなんとも彼女らしい。


 その真っ直ぐさはジグにも好感なのか口角が僅かに上がるのを感じ取れて、「敵ではない。今はなと」答えた。

 

 フィーネちゃんはその真偽を図ったのだろう。大丈夫だとばかりにカノンさんの肩に手を置き諫める。


「私に何か用ですか?」


「んむ。お主が持つ剣の名は、クエント・デ・アダス。日輪の力を宿す不滅の刃だ。人間では到底鍛えられる代物ではなくてな。四大精霊の加護を得よ。さすればその剣は真の輝きを取り戻すだろうて」


 意外だった。まさか魔王の口から勇者に向けてアドバイスが出るとは。

 

(良かったの?)


「錆びついて倉庫で眠るよりは有意義じゃろ」


 そうして言いたい事は言ったと踵を返し、さてとと黒髪の女性と向き合って。


「待って! 貴女は一体誰なの?」


「んー? そうだのう。ジェーン・ドゥとでも名乗っておこうか」


 ジグルベインはカカカと高笑いを上げながら、僅かに腰を下げる。足場が爆ぜる程の超加速。僅か一歩の踏み込みだった。


 身体は矢の如く空を裂き、瞬きをする間も無く距離を詰め。繰り出されるはまさかの飛び蹴りだ。体重を、加速度を、衝撃を、足裏の一点に凝縮した体当たり。


 この世界で誰が知ろう。しかし地球では知名度抜群、男の子の大好きな技。その名もラ●ダーキックである。久し振りの肉体を楽しんでいるようで何よりだ。


「ちっーと場所変えようかのうシエル」


「おい、お前やはり、ジグルベ……!?」


 魔王軍元幹部は魔王の放つ正義の必殺技により、遥か彼方に飛ばされるのであった。

 


 勇者一行からどのくらい離れたのだろうか。

 地面からは水気が無くなり、差し込む日も少ない。再びに巨大樹と光る苔の茂る森へと場は移る。


「そのふざけた被り物を取れ! 正体なんて分かってるんだ!」


「はーん! 分かっとるならいいではないか。取り合えずお仕置きだ、腕一本置いてけ!」


「置いてくか馬鹿が! 顔見せろこの!」


「あっ馬鹿って言った。だーれに口聞いとるんじゃこの!」


 うん。小学生の喧嘩かな?

 だが恐ろしいのはこの低次元の言い争いをするのが、高レベルの戦闘力を持つ者同士という事だろう。


 ジグルベインと黒妖が暴れる度に大地が揺れ木が倒れる。人面樹程でないにしろ、100メートルはある巨大樹がだ。何とも傍迷惑な怪獣共である。


 相手はあれだけの身体能力を持っていながら、主な攻撃手段は魔法のようだ。ジグの攻撃を素手でいなしながら矢継ぎ早に繰り出される魔法の数々が襲った。


 地面から生える岩の棘。両側面より迫りくる土の壁。散弾銃の様にばら撒かれる石の礫。

地形さえも塗り替える圧倒的な火力も、それら全てを問答無用で切り伏せるが魔王の暴力。


「なぁ、私がお前を見間違うはずがないだろう!」


「…………ッフ」


「だいたい闘気法使ってヴァニタス振るうなんて隠す気あるのか!」


「……ん?」


「そもそもそんな変な高笑いする奴二人も居ないだろう!」


「あ~やっぱ殴るわアイツ」


(子供じゃないんだから少し落ち着け)


 ここまで来るともう何で戦っているのかが分からない。そもそも戦う必要が本当にあったのだろうか。暴力に頼りすぎるジグに伝えれば、今回ばかりはあるのだと言って。


「アイツはまだ儂に王を求めとる。今や何も出来ないただのエロ格好いいお姉さんだと言うのにな」


(ちょっと自己評価高くない?)


「だからのぅ。現実を、見せなばのう」


 フンと意気込み逆巻く魔力。心臓に穴があいたと思う程に駄々洩れる力は内を満たし外にまで溢れ出て。ジグルベインはかつてアルスさんとの闘いに使った技、闘気を身に纏う。


 この技は、言ってしまえば魔力の上限解放だ。霊脈という魔力の流れ道を無視して強引に肉体に魔力を伝えるのである。


 生前の混沌の魔王が使えばさぞ恐ろしい技なのだろう。しかし今の器に貯めた魔力で戦う彼女にとって、この技は器をひっくり返し全ての魔力を一撃に込めるものに過ぎない。


 それを知らぬ黒妖は、いよいよに闘気を纏ったかとギアを上げる。

 

 グラグラと地面が揺れたかと思えば、周囲の木が人面樹の様に根を踊らせ始めたのだ。

 その姿はさながらに楽曲団を導く指揮者か。シエル・ストレーガの手による植物の蹂躙劇は人面樹など比較にならない程に、速く、正確で、残酷だった。


 まるでラウトゥーラの森そのものが敵に回ったと感じる程の、植物による皆殺しの歌フルコーラス。それでもジグルベインは楽し気に踊った。飛んでくる根を避け、張り巡らされる蔦を躱し、襲い来る枝を蹴散らした。


 斬と巨大な木を切り倒して見せれば、既に周囲に植物無く。黒剣が静かに敵の首元に添えられる。


 いつの間にか被り物を落とした様だ。視界は開け、エメラルドの瞳と目が合っている事に気づいく。今にも泣き出しそうな表情は一体何を想うのか。


「コイツはあの吸血鬼と違い、儂と戦乱を共にした本物の大魔だ。本気になれば今の儂程度を殺す事など造作も無かったろうさ」


 つまりは気づいたのだろうか。今のジグルベインにかつての力は無い事に。

 でもと思う。人が涙を流すのは、何も悲しい時だけではない。ジグは暴力で王になったから、自身にはもう価値が無いと思っているのだろうが、それは違うと思う。


「シエルよ、見ての通りだ。今の儂に魔王の力など無い。それを承知で頼む。どうかツカサに力を貸してやってはくれぬか」


 ジグにすれば3年。しかしこの人にとっては既に400年。

 それでも尚、自らの王は一人だと忠誠心を示したこの人が、力だけを目当てにジグと一緒に居たとは到底に考えらなくて。


「御心のままに、我が主」


「え、いいの!? 言ってみるものよな! カカカ!」 


 たぶん、本人が一番自分の魅力に気づいていないのだと思う。


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