第41話 魔女の見解
昨日のイグニスとの話により城に顔を出した後はなるべく早く王都を後にするという方針で決まった。
そうすると滞在日数的にはもう何日も無いので、俺はいっそ開き直り、働かないで王都を遊びつくそうと考えた。
なので朝の鍛錬の後に、ジグルベインと今日は何処に出掛けようか。そんな相談をしていたのだが、そんな時、赤い魔女が部屋を訪れたのだ。
いつもの外套を羽織り出掛ける準備を終えて、ニコニコの胡散臭い笑顔で言う。
「おや、遊びの相談かい? まさか私の用事に付き合うって話は、忘れてないよな? おい」
「ははは、勿論だよ。どこ行く、何する?」
湖にピクニックという話はまた明日になりそうだった。ごめんねジグ。
そんな俺の様子にイグニスは溜息をつきながら椅子にドカリと腰を落とす。その動作は洗練されたアトミスさんとは程遠くて、よっこらせと聞こえて来そうな動きだ。
「まぁちゃんと話さなかった私も悪いか。説明する」
ちょいちょいと手招きを受けて俺もイグニスの向かいに席を取ると、机の上に広げられる何かの資料。紙に図形やら文字がびっしりと書き込まれているが、残念ながら俺にはその内容は理解できない。イグニスも当然分かっているのでコレは彼女用の資料なのだろう。
「アトミスと今まで起きた事を詰めたんだ。時系列に整理しようか」
まずは、と語られる魔王城での骨竜騒動。その発端はニコラ・クレアスと言う人物が悪魔に唆された事に発端する。
盗賊行為により人員と食糧を調達し、禁足地である魔王城へと足を踏み込んだ。しかし、そこで俺と遭遇し盗賊団は壊滅。その後、悪魔が自ら邪竜を解き放つも、これも粉砕。
「この顛末は君も良く知っているね」
それはそうだ。そしてこの時【深淵】と言う名前を聞き今日に至るのである。
「じゃあ先ずはこの件についてだ」
この時点での相手の目的は竜の開放であったが、ならば竜を復活させて何を狙ったのか。
これはイグニスとアトミスさんで意見が割れたらしい。ちなみに俺は考えた事も無かった。
二人の見解として、不死の竜を勇者に戦わせる事。これが気に食わないらしい。勇者は言わば不死特攻の持ち主だ。それは実際にフィーネちゃんが一撃で倒している事からも分かるだろう。
言われてみればそうだ。イグニスが頭を吹き飛ばしてもすぐさま回復した不死の怪物。勇者が相手でなければどれだけの被害が出ていた事か。それを敢えて勇者にぶつける意図はなんだろう。
「私は地脈だと踏んでいる。城は魔力豊富な所に建てるからね、だからこそ封印する魔力も補えたんだ。つまり解放自体が目的だったと考えた」
対するアトミスさんの意見は囮らしい。勇者にしか対処出来ない相手を用意する事で、勇者をその場に誘導するのが目的だったと。
なるほどと思うが、これは後から見える意見だろう。実際にこの後のゴブリンハザードを知っているからこその視点だ。
「で、どっちなの?」
「勇者を狙ったのは明らかだから後者が強いかな」
ふむふむと頷く。実際地脈狙いだろうとプロクスさんが管理している以上は悪さは出来ないだろうと考えているようだ。
この件での一番の功績は裏で暗躍している悪魔を倒せた事だが、それにより手掛かりが無くなったのも事実である。
「そしてゴブリンなんだけどね。これも微妙」
過去より鉱山に存在した転移陣を悪用された事件。
ゴブリンという大繁殖する魔獣を送られてきて、早期解決出来なければ大惨事になっていただろう。
「時期的に勇者不在を狙ったのは間違いないだろう。だが、転移陣があればゴブリンより直接的な戦力を送るのが賢いと思わないか」
これは実際の被害は置いておいての話。一匹あたりの小鬼はそれこそ子供並み。俺でも数百は狩れる程度だ。今回は上位種も居て繁殖爆発状態で送られてきたから脅威だったが、王都付近へ転移できる機会の使い道としては確かに弱いかも知れない。
「十分やばかったけどね……」
「君が一人で突っ込むからだ。とにかく、これだけ周到に動く相手だ。ゴブリンである必要があったと見ている」
この件での敵のメリットは何か。そこが肝だ。
この事件を計画した悪魔はすで討伐済み。それでもなお実行されたのは、予め日にちを狙い別部隊が動いていたからである。
「旗の日狙いだったよね?」
「そう。そこが凄く大事なのさ。ここは二人で意見が合ったよ」
ゴブリンすらも陽動。狙いは町の貴族の意識を集める行為だ。サマタイの町ではゴブリンに賞金を掛けハンターも騎士も多くが出払っている。そんな中で町では一つのイベントが実行された。王都レースだ。
「……そう言う事か」
「あくまで推測だけどね」
レースとなれば王都に大量の馬車が流れ込んできても不思議ではない。警備がゴブリンに目をやっている内に敵は静かに忍び寄ってきていたのだ。
人か物かは分からないが、レースのどさくさに紛れて移動したのは間違いないのではないか。
「恐らく、まだ王都にまでは入っていないだろう。何せ潜伏するのにピッタリな場所があるんだ」
裏町の事だろう。確かにあそこならば荷運びでの検閲も無いし隠れ蓑とするには最適そうだ。ここまでの話でイグニスの用事とやらが見えてくる。裏町の捜査に付き合えというのだろう。
「違う。私達だけじゃどう考えても人手は足りないじゃないか」
「じゃ、じゃあ何やらせようってのさ」
「話は最後まで聞くように」
昨日も聞いた様にそちらはアトミスさんに任せたらしい。これから先は人手が必要なのもあるが、何より相手が町の行事に詳しすぎるそうだ。
(一理ある。儂ならこんなチマチマした事は絶対やらん。シンプルに暴力が一番よ)
「ああ、じゃあつまり」
「相手には人間。それも貴族がいるだろうと踏んでるよ」
内部に裏切り者がいるならば目立った動きは逆効果だ。しばらくは警戒しながらも相手を泳がせるそうである。代わりにアンテナを広く立て、敵の正体や目的を掴みたいそうだ。
「だから別件を調べておきたくてね。以前薬草採取に行った時の事覚えているかい?」
「ああ、なんか薬草が在庫切れだったってやつ」
そ、と愛想なく相槌を打つイグニスは書類に視線を落としたままだ。
こちらもアトミスさんに頼んで簡単な調査は終えたらしい。サマタイであった買い占めは王都では行われていないようだ。
「金額かな。入門料や相場を考えると王都は高いからね」
サマタイまで来て王都に来ない理由はないだろうと言う。俺もそう思う。市場の規模が段違いなのである。目当てがあるならばまず目指すは王都だろう。
後、理由があるとすれば距離だろうか。病人がいるならば、なるべく近くの町を優先するのはおかしくはない。
「いや、サマタイでもシュフェレアンでもマーレ教に依頼は無いんだ」
(ほう? それは妙な)
何が?と思ったが、薬が大量に必要な事がだそうだ。病気であればマーレ教の神聖術で治せるらしい。回復魔法で病気を治すイメージは無かったが、さすが神の御業と言うところか。であるならば、わざわざ薬を使う場面はどこか。
マーレ教を病院と考えよう。医者に診てもらうまでも無い時、町の外だったりで病院に行けない時、だろうか。
実際には病院が無かったり、お金が無かったりという可能性もあるだろうが、魔法で治せる以上薬草を買い貯めるメリットはあまり無さそうだ。
「王都の方が情報が掴めると思ったが、こんな事ならサマタイでもう少し調べるべきだったな」
大量の薬を求めるという事は個人ではなく町規模で流行り病があるのだろうが、不思議に情報がない。これは確かに不気味な話だ。
「じゃあ、その町の事を調べるの?」
「そうだね。これは確証の無い話だから私が動く。君は協力してくれるかな?」
「うん。それはいいけど、何手伝えばいいのさ」
「噂は物の流れに乗ってやってくるからね。商人の話が聞きたいんだ。君はちょうど商人に伝手があるだろう。橋渡しをして貰いたい」
なるほど、確かに商人ならば当てはある。ルーランさんの居場所は分からないが、手紙を届けたキツネさんの親類ならば話くらい聞いてくれるだろう。
「いいけどさ。近日中に王都を出て、ジグの配下が居る町に行くって昨日決めたばかりだよね?」
「その為に調べるんだよ。勘だけど目的地はたぶん同じだから」
そう言って机の上にジャラリと出されたのは、俺が以前影市で買った首飾りと同じ物だ。
吸血鬼の牙が使われていると聞きつい買ってしまったが、同じ品がその後も店に並んでいてショックを受けたものである。
「こっちでも売られたみたいだね。アトミスに面白い物があると渡された。詳しく調べたら牙は本物だ」
つまりは何か。薬代を稼ぐために吸血鬼が牙を売って歩いているという話なのだろうか。
「もしそんな土地に行くのなら準備は必要だろう?」
ああ、何となく納得した。これは俺のためだ。
病の実態も気になるのだろうが、ジグルベインの配下の町で起こっている事なら、俺は見捨てる訳には行かないだろう。知れて良かった。
しかし、そうなると気になるのは昨日タイミング良く進路の話になり、寄り道しようと言う話で纏まった事である。
これだけ調べて後は証拠という段まで来ているならば、イグニスの中ではすでに次の行き先は魔族の町だったのではないか。
「言いがかりは良くないぞ。行くと決めたのは自分だろう」
そう言って魔女は口元をぐにゃりと歪ませて笑ったのだった。コイツこっわ!
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