第33話 王都レース


 ギルド。それは職業組合。

 城塞都市という壁で閉じられた町は、仕事を始める為にギルドへの加盟を余儀なくされる。


 看板を掲げる為には親方の資格が必要で、弟子になるには住民権が必要なのだ。こうして人数を制限する事により、店舗の乱立を防ぎ相場と品質を維持している。


 と言えば聞こえはいいが要するに利権の独占であり、余所者に仕事を奪われない為の仕組みである。一般的にはそんな余所者のためにバイトを斡旋する場所として冒険者ギルドがあるのだが、敵もさるもの引っ掻くもの。


 商人というのは町の中で商売が出来ないからと、町の外で品を並べるほど逞しい。

 ギルドの関与しないその場所は希品珍品に出会う事こそあれ値段は法外、ゴミくずから掘り出し物まで何でもござれの無法ぶり。人呼んで影市場なるものを作り出す。


 しかし二週に一度、街門の上に商人ギルドの旗が立てられる日だけは、影市場という存在は消える。


 その時だけは影では無くなるのだ。町の外で商売をする必要がない。親方の資格も住民票も無かろうと、おじいちゃんもおばあちゃんもお隣さんまで自由に売買出来る、町を挙げてのフリーマーケット。それが旗の日である。


「だって言うのに何で参加できないんだよー。俺だってフリマ楽しみたいよー」


(そうじゃー!横暴じゃー!)


「何でも何も、君がレースに出るって言ったんだろうに」


 いやはやその通り。今回の仕事はサマタイから王都までを走る商人の護衛だ。

 朝一でハンターギルドの前に待ち合わせた俺達は、ガリラさんから直接商人を紹介された。いや、商人に紹介してもらったになるのだろうか。とにかく橋渡しをしてもらった。


 今回の依頼人はルノアー商会という店の行商人ルーランさん。見かけは30台前半くらいだろうか。背は低めで体型も細め。ただしちょっとお腹に来ている中年だ。薄茶色の髪をカッチリと油で固めた如何にも仕事できますという風体だが人当たりは柔らかい。


 まず目を引くのはチョビ髭なのだけど、顔付きが割と幼いためか絶望的に似合っていない。あるいは少しでも威厳を出したいのだろうか。ついつい気になり視線を向けて、イグニスに尻を叩かれる程度には似合っていない。


余談だが、その時久しぶりにアイーンの挨拶をされた。胸の前で手の平を下にする動作なのだけどやっている人を見たことがないのですっかり忘れていた。もしかしたら商人の挨拶なのだろうか。


「でもこれ参加するより見てるほうが面白いやつじゃん」


「見世物なんてそんなものだよ。行き掛けの駄賃になるんだ、結構じゃないか」


 ハンターであるガリラさんからの紹介であり魔力使いという事もあって、特に揉め事もなく仕事を受ける事が出来た。そう、その時点から契約は始まっていた。


 腹積もりではレースが始まるまでは市を楽しむ予定だったのだけれど、残念ながら参加者は町の外で待機なのである。


 それもそのはず。競争だというのに並ぶシュトラオスは皆荷車付きで、並ぶことその数50台近く。それが一堂に待機する空間は街中にはない。


 おそらく、だからこそ旗の日に開催するのだろう。門の前の普段影市が開催されている広場がレースのスタート地点なのだ。


「どうせなら早く始まらないかな。今何やってるの?」


「運ぶ荷物の重さを確認してるのさ」


 ルーランさん。この場合は騎手と呼ぶべきなのか。は、全員が一か所に集まり荷物の仕分けをしている。重さの確認と言っている辺り、何かしらの規定でもあるのだろう。見れば引く生き物もシュトラオスで統一されている。


「ふーん。レースなのに荷台を引いてくんだね」

 

「このレースの始まりはね、商人の酒場での言い争いと言われているんだ」


(おい、なんか勝手に語りだしたぞ)


「いいじゃない」


 話の内容にさして興味がある訳ではないが、お祭り騒ぎを脇でただ見ているのは辛い。

 今朝宿屋を出たときから街の至る所で露天を開いていたから凄い楽しみだったのだ。魔鹿の報酬で懐も暖かいので尚更である。


 見渡せば他の馬車の護衛らしき人も荷台の上で暇そうにしている。どうせのお祭りなら歩き売りくらい居ないのだろうか。買っちゃうよ、凄く買っちゃうよ。

 五日ほど滞在していたにもかかわらず貧乏生活していたせいでろくに町を見て回れなかったのだ。


「王都への道は数多くあるのだけれど、その中で自分の通る道こそが最短だと言い争いになったのさ」


「ああ、落ちが読めるね」


 ありきたりな話だ。商人にとって情報とは命である。その時代の微妙な需要の変化を読み取って物を売り買いするのが商人の本懐だからだ。

 ならばこそ本来はルートを秘匿するはずなのだが、そいつらは酒の勢いで勝負してしまったのだろう。


「残念。その話を聞いた大商会の親方がね、なら比べてみろと賞金を出したんだ」


 おっと間違えた。正解はこうか。

 数あるルートの中から一番早い道を知る為に、よーいドンで競わせたのだ。

 つまりこれは商人達の競争が元だから今も荷車を引いているのか。


「頭良いね。さすが大商会」


「だろう。しかも本人は賭けの元締めをやって損どころか大儲けさ」


 それで恒例化したわけなのか。賞金に釣られてくる行商人に道を探させると同時に金儲けとはえげつないことである。ならば規定が細かいのも頷ける。なるべく同じ条件で比べなければ意味がない。


「まぁ元は、だよ。今は通る道なんて大体同じさ。繰り返していれば当然だけどね」


 手探りだったルートも繰り返される競争によりとっくに最適な道が知られている。祭りの余興か賭けの対象か、競争は形骸化されても年1回の遊びとして残ったのだという。

 

「へぇ意外に面白い話だった。ちなみに賞金っていくらなの?」


「確か金貨100枚くらいだったかな」


「すご!それは確かに本気になる額だ」


 金貨100枚。価値的に言えば500万円相当である。ちなみに俺達はあくまで護衛なのでルーランさんが優勝しようと賞金の分け前はない。当然だ。


「ツカサくん、すまないが積み込みを少し手伝って貰えるかな?」


「はーい」


 しばらくして一台の荷車と共に姿を現したルーランさん。荷物は背の低い木箱が多く、樽は少ない。また全部蓋付きで、中身も遊ばない様にぎっしりと詰まっているようだ。


 積んだ後の重心を考えているのだろう。空間の使いかたとしてはかなり下手だが、木箱を重ねず平積みしてくれと指示があった。


 積み込みの後にはルーランさんも御者台に乗り込み待機している。それに伴い俺達もボコの背に跨った。俺とイグニスは自前の足があるため馬車には乗らない。理由はもちろん重量を浮かす為だ。護衛を受けたのは俺なので今回は俺が手綱を握っている。


 全員が積み終わったらいよいよレース開始だそうだ。荷物は扱う店によって商品が変わるため最低重量を超えていればいいらしい。

 もういっそ空荷でやれよと思うのだが、空気を運ぶのは商人の矜持に反するそうだ。


「いいですか、開始の合図で街道まで全力疾走します。上手く付いてきてください」


「わかりました?」


 ゴールは王都で、領を跨いでの大移動である。山を越える為普通の移動では一日半掛かると聞いている。いきなりの全力で大丈夫なのだろうか。まぁこれまでの指示を見るに初参加という感じでもないので作戦があるのだろう。


「それでは皆さんお待たせしました。いよいよ王都レース開始の時刻となります」


 何処からかアナウンスが聞こえて、声の出元を探しているとジグがアレだと指を指す。町の真ん中にある時計塔の上から語り掛けているようだ。拡声器を使っているみたいだが、それが電気的なものか魔法的なものかは分からない。まぁ魔法ではないだろうか。


 ぞろぞろと門から見物人が顔を出し始めた。それにともない参加者は皆一様に空気が張り詰めて、開始の合図を今か今かと手に汗掻き手綱を握っている。


 イグニスも俺の腰に当てていた手を腹まで回し、ギュと抱き着いてきた。いよいよスタートなのだろう。


「3、2、1」


 カウントダウンが始まり、スタートの合図は時報の鐘音。


 ゴーンゴーンと鐘が響く中、手綱を張られた50匹のシュトラオスは音をかき消さんばかりにブエーブエーとブサイクな声で大合唱を始める。


 打合せの通りに開幕から全速力で駆け出した俺達だが、風切る感覚とは裏腹に他との距離は縮まらない。全速で飛び出したのはルーランさんだけではない。全員が一斉にスタートダッシュを切ったのだ。


 もはや乗りなれたシュトラオスだが、ガラガラと回る車輪が直ぐ近くで回っている。土埃で視界が悪い中、油断をすると他所の荷台とぶつかりそうだ。まるで車の集団の中に自転車で並走している気分である。


「荷台の後ろに付け! 危ないし他の邪魔だ!」


 耳元でイグニスが叫ぶ。わりと大声だが、駝鳥の足音や馬車の走行音もあってギリギリ聞き取れる声だった。アドバイス通りに速度を緩めてルーランさんの後ろに回り込むと、やっと土埃から解放される。


 速度を出した時間は短かった。要するにあれはポジション取りだったのだろう。

 街道の道幅はせいぜい馬車が行き違える程度の広さ。なので追い抜くという行為は非常に大変なのだ。だから広場から街道に出るまでの距離で少しでもいい順位につきたいという理由からのスタートダッシュだ。


 現在は9位。上々の滑り出しと言える。街道に乗ってからは、普通より気持ち速度が出ているくらいで、体感15キロ位だろうか。


 余裕が出来たので後ろを見てみれば、無理やり前に出ようとし車体がぶつかり事故を起こしたり、道を走らず草原を進み凹凸にハマって見たりと既に死屍累々であった。


 そんな姿に観客は沸き、見送る様に大手を振っている。向こうからでは見えないだろうが、俺も手を振り返した。行ってきまーす!


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