王都 白き都
第34話 ほのぼの道中
レースの火蓋は切られたものの、その内容は何とも地味だった。
そう感じる理由はまず速度だろう。遅い。体感だがおよそ15キロ前後。人間が走っても十分だせる程度の速さである。
だが、これでも速いほうなのだから仕方がない。
何せ荷車に大量の荷物を積んでいて、尚且つそれを牽くのは一匹の駝鳥。
今回はレースという事もあり荷物は規定の最低限だが、それでも荷車の重さも加えれば1トンは下らないはずだ。
乗用車を引っ張りながらマラソンをしていると考えるだけでもシュトラオスという魔獣の能力が如何に優れているかが伺える。
以前にリリアと荷車を引いた経験はあるが、その時は二匹でこのくらいの速度だった。単独であることを思えばかなり頑張っているほうだろう。
対してボコが運ぶのは俺とイグニス、そして少しの荷物。人間二人を乗せているとは言え、荷車を牽ける生物だ。足取り軽くルーランさんの馬車を先行している。
そして風景はまだ畑道。雑草の茂る赤土を両脇に、踏み固められた白い道筋が地平線まで続いていて、この暢気な風景がまたレースから緊張感を奪う。
「どうです? 競争と言っても意外と退屈なものでしょう?」
後ろからで顔は見えないはずだが、ルーランさんが実に的確に心情を読んできた。
護衛という立場もあるので、振り返りそんな事はないですよと言葉で否定をするものの返ってきたのは苦笑い。
「以前ガリラさんに言われましてね。町の人はスタートとゴールしか見ないので、実際に参加してがっかりする人は多いみたいですよ」
そんなわけないんですけどねぇと肩を竦めているが、なるほど前例がいたのか。俺はこのイベント自体初めてなのだけど、確かに町から勢い良く駆けていく姿を知っていればこの実態は少し残念かも知れない。
「ごめんなさい、ちょっと思いました」
「ははは。良いんですよ。幸い天候には恵まれたようなので気長にいきましょう」
車ならば燃料がある限り何処まででも走れるのだが、シュトラオスは生き物である。走れば当然疲れるし、お腹もすく。必然休憩と食事の時間も必要になるわけで。案外この辺のペース配分が後半に響いてくるのかもしれない。
既に二台ほどに抜かれていて俺のじれったい気持ちとは裏腹に、騎手はこれ以上ペースを上げるつもりはなさそうだ。
「ぶひゃ! って何するんだよ」
ずっと腹に手を回していたイグニスだが、不意に腹筋をなぞる様にくすぐってきた。駝鳥の上で背後を取られている俺は身を捩るくらいの抵抗しか出来ないせいでやりたい放題である。
「おお、割れてるんだな。あのね、君は護衛だろ。気にするのは順位じゃない。違うかい?」
「わかってるよ」
暗に力を抜けよと言う事なのだろうが、後ろでカチカチだぁとか言っているし説得力はない。いや、ある?
今回イグニスは金銭のやり取りを断った。つまり完全におまけなのだ。レース前の積み込みも手伝わなかったし手綱も握る気はないらしい。責任のせの字も無いため気楽なものだ。
……責任という意味では確かに俺の仕事は護衛だ。盗賊や魔獣などの危険から依頼主を守るのが仕事なわけで、俺がレースの順位を気にするのはお門違いなのだろうか。むしろその分周囲の警戒に気を当てないと不味いのかもしれない。
「お二人は随分と仲が宜しいようですけど、恋仲なのですか?」
じゃれ合う俺たちを見てルーランさんが爆弾発言を落とした。イグニスは領主の娘のくせに家出中という面倒な立場な為、紹介の時は連れとしか言わなかったがそれが勘違いを産んだようだ。
「やめなさい。訴えるぞ」
赤い瞳をカッと見開いて魔女が吠えた。ちょび髭親父はその勢いにヒッと顔を青ざめる。あんまりな言いぐさにこちらが訴えたい。俺はちょっと考えてこう答えた。
「ただの友達ですよ」
うん。関係という分にはやはりこれが一番しっくり来るだろう。
家出娘のイグニス、漂流者の俺、魔王のジグルベイン。色々思惑があっての旅だけれどもう信頼関係と情がある。
「なるほど。これが若さってやつですね、へへ」
何も分かってなさそうにウンウンと頷きだした。照れ隠しだとでも思ったのだろうか。男女の二人旅という事で色々と想像している様だが、現実はそんなに甘くねえのである。だいたいイグニスと恋とか無理でしょ。
「燃やされたいようだなオイ!」
「な、何も言ってないじゃないかよ」
(いや思いきり顔に出とったぞ。ないわーって)
これは失敬。けどそういう所だと思うよイグニス。
「だから顔に出てるんだよ、くらえ!」
腹筋を這っていた指が脇腹に狙いを変えてきた。止めて、まじ止めて。ルーランさんの生暖かい視線は続き平和なレースが続いた。
◆
それから暫く走り、一度目の休憩を終えた。その間に三台に抜かされたが、動き始めれば他の参加者も休憩を取り始めたようで四台抜く。結果を見れば一台分の前進だ。
午後に近づくにつれ、強まる陽射しがチリチリと肌を焦がす。じとりと吹き出す汗に切り裂く空気が心地良い。気づけばとうに畑は終えて両脇は草原へと姿を変えていた。振り返ろうともすでに町の影はなく、行けれども行けれども地平線。
視界の中から人工物が消えて、遥か大自然に囲まれて。ずいぶん遠くまで来たものだと思うのは今更だろうか。
風が竪琴を撫でる様に草原を鳴らす。喧しい車輪の音も耳慣れて、BGMと思えば心地よく、それに合わせてついつい口笛を吹いた。
口ずさんだのは故郷の歌。知らぬ二人は良い曲だと耳をすますが、ジグルベインだけは懐かしむようにコンクリートVerを歌っていた。アイツとは後で話す必要がありそうだ。
途中一台の馬車ともすれ違った。四つ足の鳥ストラウスが牽くのは幌付きの荷台で、中には人が沢山いた。どうやら乗り合い馬車、地球でいうバスらしく、こちらがレースの参加者と知り、手を振り応援してくれていた。
時期的にゴブリンで一稼ぎしに来たハンターだろうとイグニスが言っていて、町は大丈夫だろうかと呟くと、耳聡く拾ったようで問題ないと帰ってきて。小鬼は罠に簡単に嵌るんだ馬鹿だからと聞いて妙に納得する。
「そういえばツカサくんは王都に行った事はあるんですか?」
ルーランさんが話かけてきたのは、雑木林が増えてきて草原もそろそろ終わりという頃の事だった。
「自分は初めて行きますね。イグニスは行ったことあるの?」
「そりゃあるよ。私は去年まで住んでたんだ」
「ああ、それなら話は早い。では王都への最短の道もご存じですね」
峠を行くんだろう?と返すイグニスに、正解ですと頷くルーランさん。
「ですが、今回はそちらを使いません。少し遠回りですが麓の森を抜けます」
どうやらエルツィオーネ領は盆地の様でその大半は山に囲まれているらしい。道理で何処へ行っても山があるわけだ。つまりは王都へ向かうには、どこを通ろうと山を越える必要があるのである。
その為に峠道を作り山越えをしやすくしているのだが、ルーランさんはわざわざ山を迂回し麓の森を抜けていくと言う。これにはさしものイグニスも首を捻るが、大した考え込む事もなく答えを出したようだ。
「さては夜駆けしようと言うんだな」
ここに来て初めてちょび髭のオジサンはニタリと商人らしい計算高い顔をした。
もう五回ほどレースを経験しているというルーランさん。参加して分かった事は大商会には勝てないという事だ。
走る道が同じならば、差が出るのは馬と車だ。血統のある駝鳥を使われたら勝てない。軽くて丈夫な馬車を使われたら勝てない。それはある意味はとても商人らしい資金力の勝負である。
しかし、ルーランさんは見つけたのだ。ルールの盲点を。
シュトラオスの交代が禁じられているからこそ、途中で使い潰せない。必ず休ませる。
特に峠道で日が暮れたらどうだろう。そこにはガードレールなど無いのだから当然下りは墜落の危険がある。斜面を登り疲れている足を考えれば、夜に無理はしないと商人が語る。
ならば森はどうだ。リスクはあるが、山道よりは余程現実的だ。昼にペースを落とし体力を温存していたならば、夜という長い時間をただ一人進むことが出来るのではないのか。
最短のルートが出来て誰しも油断しているからこその奇襲だった。
「他に聞かれたくないので伏せてました」
最短である峠コースで夜も走られたら当然勝てないという不安要素もあるようだ。しかし俺は面白いと思う。せっかく競争しているのだ勝ちを狙うのは悪くないではないか。
「ふぅん。今まで誰もやったことが無いのかい?」
「いえ、実は違うんですよ」
古い話だが道が無かった頃は数台で明かりを灯しながら夜駆けるのが上位の定番だったそうだ。しかし峠道が出来てからは山を夜に走り事故が頻発したためすっかり忘れられた方法だそうな。
つまり、現在の最短ルートと過去の最速走法の一騎打ち。奇しくも本来の王都レースの趣旨になったわけである。
「お二人には少し負担をかけますが報酬は弾みます。付き合って貰えますか?」
イグニスは何も答えない。俺次第という事だろう。
「もしかして何か訳ありですか?」
するとルーランさんは恥ずかしそうにちょび髭を掻きながら言う。
「自立して王都に店が欲しいんです。ちっちぇえ時からの夢って奴ですよ」
ニッと歯を見せて笑うその姿は、中年のくせに子供の様に無邪気で眩しいものだった。
振り返り赤髪の少女を見る。好きになさいと言わんばかりに肩を竦ませていた。
「私は馬車の中で寝かせてもらうからな」
「乗ったー!!」
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