第5話 そんな目で見るな
ガリガリと石で壁に傷をつける。具体的にはTに一本線を増やして下にする。
そうなんです。遭難した時に付ける日数の記録です。数えればもうすぐで12個目の正の字が完成する所だった。
「こっちに来てから大体二か月か。時間って経つの早いなぁ」
(もうそんなに経つか。そろそろ城を出てもいい頃やも知れんな)
「うん。流石に文明が恋しくなってきた」
住めば都と言う通り、環境にもなれて楽しくなってきた頃合いなのだけれど、このまま此処に居ても何も前進する事はないだろう。何せこの二か月の間に森の殆どを踏破して、街道らしき場所も遠目に確認済みだ。次に進める準備は出来ていた。
「じゃあ荷物くらい纏め始めようかな。天気の良い日に旅立とう」
今日の天気は生憎の土砂降りだった。山の天気は変わりやすいのだけれど、雲の厚さからして夜になっても止むかどうかという所だろう。
倉庫代わりにしている五階の部屋に行き、旅に必要な物を集める。部屋に持って行かない理由は簡単だ。ジグの部屋がある六階に行くには木を登らないと行けないため運ぶのが面倒だったのだ。
「まず岩塩。これは必要だな」
食生活に彩りをくれた貴重な調味料である。今日の様な雨降りの日に城を探索して見つけたものだ。猪を食べ切った後に見つけてもっと早く探さなかったことに後悔した。
「カメウサギの燻製。これも持ってく」
(そのための保存食だしの)
俺の初の獲物だった奴。足が遅いのか速いのか分からない名前だがメチャクチャ速い。背骨が甲羅の様になっていて亀の様に引っ込むのだけれど、そこから強靭な脚力で飛んでくる怖いやつ。砲弾ウサギのほうがいい名前だと思う。アバラを砕かれたと思った。
「スライム。スライムなぁ便利だけど、運びづらいんだよなぁ」
(いらんだろ。必要ならまた取ればよいさ)
RPGの定番スライムがこの世界には居た。見つけたときはテンション爆上げだったのにどうやらクラゲの仲間みたいだ。がっかりだよ!
ゼラチン質で伸縮性が凄い。叩いたり斬ったりはあまり効かないけど刺せば簡単に倒せる。体液は動物の死体から脂肪を蓄えているため良く燃えて燃料として活躍した。
酸性が強いから食べるのには向かない。胃が痛くなる。
「ぬぁ!臭せぇ!この魚腐ってやがる、早すぎたんだ」
(なぜだ、遅かったのでは?)
「まぁそうともいうが、いいんだ」
干そうと思って忘れていた魚を籠から見つけてしまった。
探索の末にやっと見つけた渓流で取った魚だ。釣ろうと思ったけど釣れなかったので、岩同士を強くぶつけて浮いてきた魚を取った。石打漁というやつだ。漫画知識も役に立つことはある。
この水場を見つけたおかげで入浴も洗濯もできるようになって、身体も服も綺麗になったのにジグの前でも全裸を気にしなくなったあたり心は汚れたかもしれない。
「あ、ワニトリの羽がこんなに沢山。抱き枕欲しいなぁ」
(いらんいらん! 余計な荷物を増やすでない)
ワニトリは鶏が四足歩行というか、ワニに羽毛が生えているというか……そんな感じの生き物だった。羽はあるけど飛べない残念な奴だ。
卵が食べたくて巣に忍び込むと必ず襲ってくる気性の荒さだった。卵を生んでほしいからなるべく倒さなかったけど一番食べたかもしれない。でも味はパサパサしてて余り美味しくない。
(そうだ、お前さん。枕はいらんがマントはあるといいぞ。防寒にも寝具にもなるでな。クワトラアープの革でも適当に切っとけ)
「了解。革は沢山あるし用意するよ。靴もバックも作ったからもう裁縫にも慣れたし」
クワトラアープは足が4本、腕も4本ある猿の魔獣だった。出会った魔獣の中では一番強くてジグの手を借りて倒している。
魔獣とは元は魔力で変異した生物らしいが、最大の特徴は進化することだろう。幼虫が蛹をへて成虫に成るように、魔力を蓄えるほどに外見も強さも変化していくのだ。
進化前のエルアアープは手も足も2本で大きさも半分だった。数が多くて逃げたけど、1匹ならば戦えば勝てただろう。
「……発想が随分野蛮になったよな」
魔猪の革でつくった袋に荷物を詰め込みながら、ふと自分の手を見る。この間まで生き物を殺すことに抵抗があったのに、すっかり血にも慣れてしまっている。
今や動物を食材として見てしまう有様だ。でも、そうしないと今生きてはいないし、これからも生きてはいけないのだろう。
初めて出会った魔獣である魔猪を思い出す。巨大で凶悪な外見は心に恐怖を刻むのに十分すぎる存在で、生まれて初めて死という瞬間を覚悟した。
次の日からジグに剣の扱いも習い始めて少しは強くなったけど、この森を出たとき俺は外の世界で一体どこまで通用するのか。
不安はある。それでも、家を出るのも恐れていた俺が外に出ることを少しでも楽しみにするのは大きな進歩ではないだろうか。
部屋一杯になった自分の成果物を整理しながら、そう思った。
◆
夜になり雲が流れたのか、雨は止んで夜空には朧月が見え隠れしている。
部屋を出て中庭を一望できるテラスから雲行きの確認をしていたときのことだ、大広間の断面から明かりが漏れていることに気が付いた。火だ、人が居る!
「ジグ、あれ見て」
(見えとる。まずは相手の確認だな。接触はそれからだぞ)
「そうなるよね」
相手は目下のところ種族、職業、目的が不明だ。だが誰だろうとこの森を抜けて来られるなら少なからず武装していると見ていい。冒険者かあるいは賊かそれ以外か。出来れば前者がいいなと思いながら階段を下りた。
三階の渡り廊下から大広間に向かって足元に注意しながら歩いていく。足音もそうだけど、床が抜けそうだったり穴が開いている場所が多いのだ。灯りが焚けないからより慎重さは増す。二階の渡り廊下はとっくに崩壊しているので洒落にならない。
広間のある棟に着いて、城の断面から下の様子を窺ってみた。練り歩く松明の数が意外に多い。見える数だけでも八つの灯りがうろついている。
今度は階段からそっと二階を見てみれば、丁度三人組が一階に降りていく所が見えた。
まずは人間だということは確定。初接触が人間なのは嬉しいような残念なような。この世界には多種族が居ると聞くしいつかエルフに会ってみたいものだ。
「じゃあジグよろしく」
(おう、ちと行ってくるわ)
二階に下りればジグがトプンと床に沈んでいく。
説明しよう。チート能力千里眼である。嘘だ。
ジグルべインは俺から3メートル以内なら壁も床も関係なく移動出来る。肉体が無いのを逆手にとって斥候をしてもらっているわけだ。これなら誰にも気づかれる事はない。そして俺のプライベートも無い。
闇に身を潜めて数分後。床から顔が生えてきて悲鳴を上げそうになった。ジグルべインだった。
(賊であったわ。下で数えられたのは24人。実際はもう少し多いと考えていい。聞こえた単語を繋げた感じ、商隊を襲って潜伏場所にこの城を選んだらしいが……どうするお前さん?)
「うわぁ。関わりたくないけど居座られるのも困るな」
日が昇ったらあいつ等はこの城の探索を本格的に始めるだろう。そうなればジグルべインの部屋を見つけるのは時間の問題になる。
こちらも旅立つ準備はほぼほぼ終わっているけど、雨でぬかるむ夜の森に入るのは自殺行為だ。つまりこちらも時間の問題なのだ。
朝まで隠れて日の出と共に城を出るのが理想だろうか。
しかし、それでは盗賊だか山賊だか知らないけどアイツ等に追い出されたみたいで癪に障る。
「良い事を思いついた。アイツ等の足と荷物を逆に奪おう。食べ物でもあれば万々歳だ。どう?」
(カカカ! 逞しくなったのう。その発想嫌いじゃないわい」
「ふへへ。それじゃあお宝大作戦といこうか」
◆
大広間の前には荷車が8台止まっていた。それを引いてきたのは白い大きな鳥らしい。生えている雑草を食べている様子が窺える。
暗くて見えないが、さすがに放し飼いということはないだろう。姿はダチョウがもっとモコモコなった感じで、そうチョ●ボだ。アレはチョ●ボだ!
「あれ乗ってみたい~。素人でも乗れるかな」
(シュトラオスか。なるほど森を抜けられるわけだ。あれは従順だがれっきとした魔獣だぞ)
言われてみれば荷車を引きながらあの森を通るのは馬では難しいだろう。日中の雨の中を通ってきた事を考えれば結構な難業だったはずだ。
城の下見がざっと終わったのか盗賊達は荷を下ろして戦利品の山分けを始めるらしい。荷台から次々と運ばれる木箱の蓋を剥がして仕分けをしている。現金、貴金属、革や衣類など加工品が広間の真ん中に並べられていった。
「あれ?食料はないのかな?」
(荷台に積んだままなのだろう。要らないものまで降ろすのは馬鹿だ)
それはそうだ。かと言ってまるっきり降ろさないことも無いと思う。どこかのタイミングで食事は行うはずだ。盗みに行くならその後が無難か。
手段を考えながら二階から盗賊を観察していると、茶髪をオールバックに撫で付けた人物が声を張り上げてゾロゾロと人集りが出来る。アイツがリーダーだろうか。
「タッヤクヨダウコイセ。ヤンコクヨキイケウコイ!」
その言葉を聞いて衝撃が走る。俺は恐る恐るジグルベインをみた。
「ね、ねぇ。俺の翻訳スキルが誤作動を起こしてるんだけど」
(知らんかったか? なんと儂、日本語を話しておるのじゃ!)
「なんだってー! 絶望した。まじかよ。この世界ちょっと俺に厳しくない?」
(そもそも地球でも日本でしか使えない言語がなぜコッチで使えると思ったよ)
だって、ジグと普通に会話出来てるのだもの。ああ旅に出るのが憂鬱になってきた。引きこもりたい。人間怖い。
(卑屈なってる暇はないぞ。分配をしているなら動くやつは居ないだろう。今のうちに奪う荷台の下見でもしておけ)
むう。でも直前で選んでハズレを引く可能性もあるなら下見は大事か。何か甘いものでもあればいいな。
一旦居館のほうまで引き返して大回りで正門に近づいていく。地上から見ると広間では随分と派手に騒いでいるようだ。闇を払うように火が焚かれ、アルコールの匂いも漂ってくる。見張りも居ない。
ろくでもない事だが、余程大仕事だったのだろう。安全な場所に着いて、取り分を得て、その姿は完全に油断をしていた。
「悪く思うなよ。盗んでいいのは盗まれる覚悟のある奴だけだ。キリッ」
(声を出すなて。一応儂が外は見といてやる。手早くな)
タイミングも良かったのだけど予想以上に簡単に幌付きの荷台まで到着できた。
その内の一つを適当に見当をつけてそっと覗いてみる。中に人は居なそうだ。
乗り込んで魔法ランタンで薄っすら明かりを付ければ、木箱にいっぱいの赤色の果実やレタスっぽい野菜、樽に詰め込まれた緑色をした芋などを積んであるのが分かる。
「一発目から当たりだな。あとは調味料があれば完璧なんだけど」
軽く中を見渡してから、次の荷台に行く前に赤色の果実を一つ手に取って齧ってみる。
うん。シャリシャリとした食感がなんだか懐かしい。梨の様に表面にブツブツがあるけど、味はリンゴと梨の中間くらいだろうか。酸っぱさより甘さの方が強くて美味しかった。
気に入ったので少し拝借していこうと再び木箱に手を伸ばした時、果実の隙間からナイフが顔を狙って飛び出して来た。
「!?」
反射的に仰け反ったことで、顔に刃が届くことは無かったが心臓はバクバクである。
ナイフを掴む手は小さく細い。切っ先をこちらに向けたまま、木箱の中から赤毛の女の子が姿を現した。
薄緑色のワンピースと茶色い皮のベストを着た女の子。年の頃は10歳くらいだろうか。普通の町娘という雰囲気の少女だけど、服には血が染みついていて。
泣き腫れてやつれた顔。目の下にはうっすらと隈が浮かび、その瞳は。
「ルヤテシロコ!」
「……」
何を言っているのかわからない。けれど、その瞳に潜むのは殺意でも敵意でもなく、恐怖だった。
ああ、なんてことだ最悪だ。風向きが変わってきた。
つまり、あの盗賊達はやりやがったんだ。少女の服に返り血が付くようなことを。木箱の中で声を殺して泣き続けるようなことを。この子の大切な人に。
少女はどこまでも気丈にナイフの切っ先にすら震えを見せることはない。両方の青い瞳で視線だけで殺せるほどに睨んできている。やめて欲しい。
そんな目をされたら。そんな不安そうな目をされたら。俺は……。
「助けたくなるじゃないか!」
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