第37話 観劇
翌日、俺は王都の市街へと繰り出していた。
昨晩が飲み会になってしまったためにイグニスはアトミスさんと会談中である。俺も参加させられそうになったが、手紙を届ける仕事があると逃げてきた。
その際イグニスに一人で大丈夫か?と問われたが、俺だってもう大人なんだ。大丈夫だ問題ないと言ってやった。
「さて。どこに行けばいいんだろうね?」
(適当に歩いておれば見つかるのではないか?)
早くも行き詰まった……。
「ま、買い物してりゃ見つかんだろ!」
店の名前は分かっているので買い物がてら聞いて回ろうと思う。こんな事ならば商人のルーランさんに聞いておくのだったか。
「ジグはどこか寄りたい店ある?」
(儂はお前さんと一緒ならどこでもよい。そっちこそ目当てはあるのかよ)
「そうだなぁ食材見たいかな。砂糖とかあればプリンくらいなら作れるかもね」
(おお! なんと、儂もいよいよプッチンが体験出来るのか!)
衝撃を受けた。なんかもうずっと一緒にいた感覚なのだが、ジグは地球で3年。俺が三才の時までしか知らないのである。
確かに子供の頃はプリンと言えばプッチンするものだった。何時からだろうひっくり返すあの喜びを忘れてしまったのは。俺はできらぁ!と宣言した。金型を探さなければ。
ちなみに俺自身には日本の料理を再現したいという欲求は少ない。それはたまに恋しくもなるのだけれど、それ以上に異世界の食材が面白いのである。
肉の様な食感のアロエに噛り付いたり、一匹から鰐と鶏の出汁が取れるのは異世界だけだ。
目抜き通りをぷらぷらと歩いて色んな店に顔出した。そして気づいた事がある。どれも値段が高い。土地代や運送費、税金あたりも絡んでいるのだろうか。サマタイと比べて2倍近くのお値段だった。
目当ての砂糖はなぜか香辛料屋にあった。定番の白砂糖と黒砂糖、後は氷砂糖を大きくしたような塊の物まである。周りの物価から砂糖がどれほど高いのかと戦々恐々したがなんて事はない。少し高いくらいで手が出ない程のものではなかった。良かった。
「まいどありー!」
砂糖以外にも小麦粉や適当な香辛料を買ってみた。粉末ではなく実やら種やら葉の形をしていて、正直味も使い方もサッパリ分からない。帰ったらイグニスに聞いてみようと思う。アイツなら何故か知っているという確信がある。
「お店見つからないねえ。王都広すぎるよ」
(うむ。店だけでも想像以上に多いわな)
少し侮っていたか。その後も店を渡り歩いて、20件ほどしてやっと店の手がかりを聞く事が出来た。裏門の近くで金属を扱っているらしい。鉱山で取れた金属を加工しているのだろうか。
生憎キツネさんの親類らしい店長さんは不在だったのだが、獣人の店員さんに手紙を無事届けた。本日のミッション完了だ。
(あれは……)
帰り道、隣で浮かんでいたジグルベインがふいに止まる。視線の先にあるのは劇場だろうか。看板に書いてある文字は読めないが中々に盛況の舞台のようだ。
「どうしたのジグ? あの舞台に興味あるの?」
(んん。まぁ無くは無いのだがな)
「よし、じゃあ観ようよ。俺、舞台って日本でも見たことないんだよね」
丁度次の公演の前らしく、呼び込みが大声で客を募っている。その声を聴いてははんと納得すると、ジグは照れくさそうに視線を外す。
「さあさあ! 寄ってらっしゃい観てらっしゃい。題目は勇者ファルスの混沌退治! 古の魔王に若き勇者が挑む大活劇だぁ!」
フィーネちゃんが勇者として旅立ったのはつい最近だと聞く。ならば王都では勇者の話題は流行中なのかも知れない。
結末は見えているのだが、これは俺も観たい。やられ役に確認すると本人もやはり興味はあるようで、俺たちは列に並んだ。
「前列を2席下さい」
(お前さん、何も儂の席まで買うことなかろうよ)
席で値段が決まっているようで、前列は中々良い席だ。一人銀貨1枚5000円である。
受付の人は、一人が纏めて買いに来るのは珍しくないのか特に疑問なく席を売ってくれた。
「良いんだよ。これはジグの分だから俺に払わせて」
(……うむ。甲斐性であるな。どれ、ならばちゃんとエスコート頼むぞ)
「ではお嬢さん、お手をどうぞ」
デートごっこである。手を差し出した所で俺も思わず笑ってしまった。触れ合う事が出来るならば苦労しないのに。
それでもジグルベインはソッと手を重ねてきて、二人で笑いあった。エスコートなんて初めての経験だが、誠心誠意努めさせて貰いましたとも。
◆
『遥か大地の彼方。天と地の境目にジグルベインという町があった。平和なその町に悲劇をもたらすは一匹の怪物。その名もジグルベインの怪物』
『天を衝く巨体。光る金色の瞳は六対。銀色の長い体毛に覆われた醜き怪物だった!』
燃える町を背景に雪男の様な怪物が暴れ回っている。角があり翼があり尾がありオプション盛り盛りである。もしかしなくてもあれがジグルベインなのだろう。本物の美しい姿を知っていると失笑ものだった。
(カカカ! これは酷いのう! 微妙に名残あるのが何とも笑える)
名前の由来は本当らしい。親に名を貰う事無く、気づけばジグルベインと呼ばれていたそうだ。その故郷は舞台の通りに本人が壊し、今は跡形もないという。
『時は未だ大乱の時、悲劇という名の快進撃が続いた。小さな町から始まった絶望は、勢力を増やし拡大する。影縫い、黒妖、千手、堕天。名立たる大魔がその怪物にひれ伏した』
後から出る勇者の布石だろう。序盤の劇はジグをとことん脅威として演出する。
有名な配下は合っているらしいが、被害は随分濡れ衣も多いようだ。しかし記憶が曖昧らしく余罪もかなり多そうだった。
『巡る時の神との決闘を経て、とうとうジグルベインの怪物は魔王の力を手に入れた! 最狂の魔王【混沌】の誕生だ!』
そこで雪男の様な着ぐるみから、如何にも悪役という雰囲気の黒づくめの男優に進化する。物語的には各地の勢力に手当たり次第に挑む戦闘狂の姿が描かれていた。
悪の成り上がりというある意味王道な物語とアクションシーンの豊富差は単純に見ていて面白い。
ただ、やはり悪として書かれるので民衆を襲い悦に浸る姿には心が痛んだ。
(儂は魔王やら神との戦いに明け暮れていたが、被害で言えば妥当よな。周囲の人間など気にした事もないわ)
妥当だった。混沌という勢力だったのだ、ジグが直接手を出さずとも暴虐の全ては魔王の名と共に広がっていくのだろう。
そして第1幕が終わる。
『まさに世界が混沌とするとき、人類の希望が生まれる! 勇者の力を持ち、強く勇敢に育った青年ファルスが立ち上がったのだ!』
幼少期の子役から、少年、青年と、強く逞しく成長する様が描かれる。同時に子供ながらに魔獣を倒したとか、誰々に師事したとか、中々逸話の絶えない人物のようだ。
『世界の危機を救うべく立ち上がった英雄達! 竜殺しの剣士ギラン、マーレ教の聖女ルミス、紅蓮の賢者フィアンマ。まさに人類を代表する英傑がファルスの下に集う!』
紅蓮の賢者と言う名には聞き覚えがある。確かイグニスのご先祖様だったはずだ。勇者一行だったのか。ジグからは放火魔だったと聞いているけれど、有能ではあったのだろう。
(儂にはほんの数年前の話だ。懐かしくもない名よ)
勇者一行とは幾度となく戦ったらしい。というよりは一方的に目の敵にされていたようだ。それでもジグルベインと戦い逃げ切る程度の実力はあるパーティーだったみたいだ。
全盛期のジグの実力など想像もつかないだけに、それがどれ程の偉業かが分かる。
『町を救い国を救い、確実に混沌に迫る勇者一行! 旅の中で四大精霊の加護を授かり、精霊王より伝説の剣を授かり、今度こそは魔王を討つと誓いを立てる』
他にも魔王がいる中でジグが目の敵にされていた理由は、歩く災害だったからのようだ。
特別に人間を狙って非道な行為をする訳ではない。しかし、相手が魔王や神、竜と来れば戦闘の余波だけで被害が尋常ではないのだ。
作中では最も人を殺し最も人を救った混沌大聖として扱われている。戦いの余波で戦争が継続出来なくなり冷戦に終止符を打ったり、人間に差別しないため庇護を求む国もあったみたいである。
『決戦の舞台となるは、今はエルツィオーネ領にあるデルグラッド城! 世界の均衡を崩し続ける魔王のもとに勇者一行はいよいよたどり着いたのだ!』
舞台上では城を背景に魔王と勇者一行という絵面。四天王やらを雑に倒して魔王を追い詰めた形だ。
(人間から見れば儂はこんなだったか。いや、愉快であったわ。ありがとうよお前さん)
これがクライマックスになるのだろう。混沌と勇者一行の派手な戦闘が始まる。
だが、舞台よりも俺はジグルベインの言葉のほうに聞き入ってしまった。
(よく覚えてる。あの日、勇者は一人でやってきて決闘を申し出たのだ)
ジグは魔王という称号だけでなく、名実共に王だった。その力の庇護の下に平和に暮らす人達も少なからず居たのだ。
だからこその決闘。勇者としての責務を守りつつ、一方的に悪と見なすのではなく限りなくジグルベインに敬意を表したという。
(激しい戦いだった。最強の敵だったと認めよう。剣聖を超える剣、賢者と並ぶ魔法。精霊の加護。短き人の生で良くぞ至ったものよ)
『激しい戦いだった! 竜殺しが、賢者が、聖女が、また一人と膝をつく中、最後まで決して不屈の闘志を消さぬ勇者ファルス!』
(だからこそ。奴の名誉の為に言おう。勝者は儂だ)
『混沌の魔王に今勇者の力が放たれる! 終焉の力。その名天下に轟くデウス・エクス・マキナ! 悲劇を終わらせる人類の希望!』
(儂は、デウス・エクス・マキナに勝った)
『しかし敵は強大なる混沌! 勇者の力を持ち打ち倒そうと、同時にファルスも力尽きてしまう!』
(決闘は汚されたのだ。卑怯だなんだとは言わぬがよ、敗者であろうと結末が逆になるのを喜ぶ男ではない。カカカ、お前さんだけ覚えておいてくれよ)
「覚えたよ。勇者ファルス。カオス・ジグルベインにたった一人で挑んで、認めさせた凄い男だ」
主演の剣の一振りで舞台は眩い光に包まれる。光量が落ち着いた時、舞台の上から魔王の姿は消えていた。勇者のもとに一行が集い、後を託す様に今度はファルスが力尽きる。
『勇者最後の言葉は、悲劇の幕よ今終われ!』
『魔王に打ち勝ち永き戦いに打たれた終止符! 後に人類は大陸を取り戻し、このランデレシア王国を築いたのです! 喝采を! 救世の勇者に喝采を!』
そうならば良かったのだろう。
この戦いでジグは地球へ飛ばされた。勇者は力尽きた。決闘に横槍を入れ、漁夫の利を得た奴がいる。それはジグルベインの遺体を持ち去った奴と同じなのだろうか。
(地球に帰りたければ、あまり儂を追うな。果てには必ず魔王かそれ以上の影があるぞ)
「強くなるよ。んで、そいつ見かけたら俺が代わりにぶん殴ってやるからな」
舞台上に勢ぞろいで挨拶する役者達を、幕が閉じるまで拍手で見送った。
面白い劇だった。俺はつい魔王側に感情移入してしまったが、勇者の生き様が恰好良すぎた。人気なのが頷ける。
ジグを隣に久々の娯楽作品に触れられて大満足の一日だった。
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