第101話 踏破



「あの女いつか絶対泣かせてやる!!」


「そうだそうだ! 覚えてろよイグニスめ!」


 俺とヴァンの二人は現在空中散歩をしていた。

 人面樹が攻撃に伸ばしてきた枝を、逆に足場として利用し駆け上っているのである。

 ラウトゥーラの森に入ってすぐは木降りをして地面まで下りた俺たちだが、ここで初心に帰り正統な木登りという訳だ。 


 男の子大好き木登りではあるが、100メートル近い木が並ぶこの森で、目指すは更に倍近い高さの位置にある人面樹の顔。


 周囲の木はイグニスの魔法で半壊し、人面樹の枝も勇者の力で大半は吹き飛んでいる。

 俺たちの足場は崩落を免れ辛うじて残った枝であり、いつ気まぐれで落ちるか知れない蜘蛛の糸だ。どんな罰ゲームだろうか泣きそうだ。


 剣なんて握る余裕があるはずもなく、猿よろしくに木にへばりつき、ただひたすらに上を目指す。けして下を見てはいけない。足が竦んだが最後、子猫の様に震えて過ごす事になるだろう。


 唯一の救いは、体感では上に登る程に太さも強度も増していく事だろう。成長速度に全振りした結果だろうか。急ごしらえで伸ばした枝よりはやはり幹に近づくに連れて成長の度合いは大きいようだ。


「……ツカサまで付き合う事は無かったんだぜ?」


「黙って見てろっていうのかよ。仲間外れにされたほうが泣くわ」


「っハ。損な性格だなお前」


 それは言いっこなしだろう。フィーネちゃんに頼れば勝てたものを、自分たちの力で勝ちたいと言ったこの男も大分損な性格だと思う。死地に挑むのにそれ以上は無粋だと悟ったのか、少年はしっかり付いて来いよと足を速め、俺も負けじと追従した。


 先ほどまで地上で猛威を振るっていたこの枝。俺も足を刺された訳だが、上空より雨の様に降り注ぎ、縦にも横にも成長しては空間を侵略する、なんとも生きの良い植物だった。コイツが今大人しいのには、勿論理由がある。


「うわぁ。ここまで振動が来る。カノンさん元気だなぁ」


「うちの女共は化け物だからな。見掛けに騙されるんじゃねえぞ」


「あんな美人達に囲まれて文句とか死ねよ」


「手を出したら殺されるんだが?」


「まぁ、これに殴られたくはないよなぁ」 

 

 天までそびえる大樹が僧侶の拳により振動していた。げに恐ろしきは、威力よりも精神力。剣とて振るえば手に反動はあるが、拳で殴るとなれば破壊力に比例し返る衝撃も大きいものだ。


 だというのにどうだろう。剣ですら薄傷しか付かない鋼鉄並みの樹皮をサンドバックの様に連打し、ひびを入れ、ついには砕くその鉄拳。


 無論拳が無事なはずがない。しかしそこはフェヌア教。カノンさんは神聖術を駆使し、破れた皮膚を、砕けた拳を修復しながらぶん殴るという荒業を見せたのだ。


 治るからといって痛くないわけでない。それでも僧侶は痛みに耐えながら、己の拳を何度でもぶつけ続ける。俺たちが急ぐ理由がこれである。


「どうせならイグニスも背負ってくれば良かったかな」


「はは。名案だ。もう少し早く思いつくんだったな」


 魔女はまだ行動不能な為、今はカノンさんの背中にへばりついている。

 俺の腕より余程安全な場所だというのに、最後まで抵抗したのは、カノンさんが湖に落ちてびしょ濡れだったからだ。


 嫌だ臭い濡れると駄々を捏ねる魔女を前に、僧侶が無言で背を差し出して来たので、俺は安心して任せてきた。濡れる背に抱き着いた時のイグニスの表情は何とも言えない神妙なものだった。


 少し脱線したが、そう枝の話だ。

 イグニスの魔法をぶつけた事により人面樹の回復能力は露見した。

 それは聖剣の魔力依存の為に、上部になるほど回復にラグが出るというものだ。

 ならば、幹を攻撃し続けた場合、末端とも言える枝はどうなるのか。


 枝は魔力を回復ではなく成長に充てる事で槍衾となったが、幹の修復に魔力を使っている間は、その活動はほとんど停止する事が判明したのだ。


 まったく反応をしないわけではないが、ニョキニョキと生える程度の枝に脅威は無く、今ならばむしろ足場が増えて嬉しいくらいである。


『くそ! くそ! 人間風情がー!!』


「おうおう。木材が吠えてるぜ」


「人間風情にやられて悔しいのう悔しいのう」


 そして下で足止めをしているうちに、俺たちは本丸である人面樹の顔にたどり着く。


 樹の表面に浮かぶ10メートル程度の大きな顔。いかにも木という態のゴツゴツとした瞼のしたには葉と似た成分で出来ているのかやや薄緑の眼球がある。


 鼻は嘘をつくと伸びるのではないかと思う雑な作りで、口も経口摂取の用途は無いらしく、ただの浅い節穴だ。


 顔面の辺りは焼け焦げて炭化していた。更に上に伸びる新品の樹皮と比べれば、再生した範囲は一目瞭然。読みの通りに重要な器官なのだろう。回復能力で必死に守り抜いた痕跡が見える。


「じゃ、会ったばかりで悪いがさよならだ」 


 剣を引き抜き顔に斬りかかろうとする剣士を見た人面樹は、ぐぬぬと歯噛みする様な表情を見せ。馬鹿が!と大きな口を歪ませた。


 ニョキリニョキリと枝が絡まりあって、形作られる造形は巨大な人の手だった。

 これはさしもに想定外。しかし、手が生えたならば次の行動は火を見るよりも明らかだ。


 やりやがった。

 動けないと高を括っていたら、相手は幹の回復よりも俺たちの排除を優先したのである。

 

 俺たちの登る枝を。唯一の頼りの蜘蛛の糸を。根本でプツリと摘み取った。

 瞬間変化は現れる。背筋を走るゾワゾワとした感覚は、自由落下により内蔵が浮き上がった時のもの。とても懐かしむ気にはなれないが小学生の時にジェットコースターに乗った時の記憶が蘇る。

 

「うぁわああ!! 落ちるー!!」


『キャハハハハハ!!』


「あー!! なんてな。読み通りだバーカ」


 言語を喋れる程の知性があるならば、論理的思考は可能だろう。つまり優先順位を立てられるのは分かっていた。幹に継続的ダメージがあろうとも、弱点である顔に危機が訪れたならば重要器官を守るのは当然なのだ。

 

「さすがイグニス」


「性格の悪さ比べで木がアイツに勝てるかよ」


 この森に入る際、クレーターを下る用にロープは大量に用意してある。

 最初に雨の様に枝を降らせたのが運の尽き、登っている枝を落とされようと、適当に引っ掛けるくらいの枝には困らない。


 まぁ手なんてものが生えてくるのは本当に予想外で、このまま枝を一掃でもされると困るのだが。凄く困るのだが。敵にそんな余裕があればの話だ。


 相手が俺たちに行動を割くならば、下では幹の回復が止まった事だろう。

 人面樹は現在、顔周辺に向かってグングンと魔力を流しているはずなのである。


 魔女が注目したのはその回復という行為。結局の所、魔力を使った成長促進なのだ。

 植物だからこそ新たに生えるという事で欠損を補っているに過ぎないらしい。


 今回は聖剣の魔力属性が光という事で、光合成にも似た効果が再生能力を補強しているようだが、回復ではなく成長ならば、相手が吸っているのは魔力だけではないというのがイグニスの見解だ。


 勇者が樹皮を傷つけた時、木からは血が零れ、大量の白骨が埋没していた。

 思い返せば、一番最初に枝が降りてきた時。てっきり閉じ込められたと勘違いしたが、アレは栄養補給のために見えない所で捕食をしていたのではないか。


 大量に降り注いだ枝もそうだ。物量攻撃には面を食らったが、たった五人を仕留める為の動作と考えるとなんとも燃費の悪い行動だ。


『な、な、な! お前ら、一体何をした!?』 

 

「赤ちゃん見たいにチューチュー吸うのが好きみたいだからよ、ご馳走してやってんのよ。ヘラクレスさんの驕りだぜ」


 コイツの本質は寄生樹。魔力以外も吸い取る性質があるならば、余計なものも傷口から吸いこむのではないだろうかと魔女は提案した。


 そして今、下で大量に流し込んでいるのは可燃性生物スライムさんだ。

 幸いに手持ちがかなりあるのだ。しかも追加補給の充てまで。


 道中にスライムイーターという昆虫が居たので、この森にもスライムが居るのは分かっていた。だがスライムは死体に群がる性質で、そんな都合のいい死体なんて……これがあったのだ。つい昨日倒した巨大百足である。俺たちが木登りしている間にフィーネちゃんがかき集めに走っていた。


 流石に東京タワー並みの巨大樹。コイツを燃やし尽くす程の量なんて手には入らないだろうが、着火剤が体内を走る今ならば、幾分か燃えやすかろう。


「ほら、顔に魔力を集めて見ろよ!」


『や、やめ! ぎゃあぁあ!』


 俺が黒剣を左目に投擲し、ヴァンが風を飛ばし右目を潰す。

 両目を潰され人面樹は慌てて瞼を閉じるが、涙の様な流血が樹皮の凹凸を伝い、手ごたえを表した。


 詰みである。植物であるコイツは枝を動かすにも回復するにも魔力を扱わなければならない。そして魔力を使うと着火剤まで体内を走る事になる。


 本物の木の様に動かない事、それが唯一寿命を延ばす方法なのだが、生憎とその寿命ももう終わりだ。


 上空は快晴。雲も風も起こらない絶好の木登り日和。されどバチリと空気は帯電を起こし、魔法が自然を覆す。


 ほんの一瞬。日の下でさえ眩むほどの光が走り、思わず目を瞑れば、遅れた音が鼓膜を叩き。ゴロロンピシャン。何ともはた迷惑な光と音の駆けっこは、いつ見ても光の勝ちで、荒ぶ音は八つ当たりの様に、通り道にあるものを引き裂いていく。

 

 不倒と思われた巨大樹は、身の半分程が裂けて、自重でバキボキと倒壊していく。

 人面の顔は瞳にもはや光なく、体内で燻る炎によって煙を立てるただの穴に成り果てて。敵は完全に沈黙。回復の兆候もない。


 やった。俺たちは遂にやったのだ。今度こそラウトゥーラの森の完全制覇である。

 

「おい崩れてんぞ! 俺たちどうすりゃいいんだコレ!?」


「やだー!! 助けてフィーネちゃーん!」


(締まらんのう、お前さんは)


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