第100話 デウスエクスマキナ



 幽霊の正体見たり枯れ尾花。なんて単純な話でもないのだが。

 俺たちはどうやら、やっと敵さんと対面する事が出来たらしい。


 プスリプスリと煙を立てながらこちらを睨むは人面樹。顔の位置は周囲の木よりも高い位置にあるので、200メートルくらいの高さにあるのだろうか。確認出来ないはずである。


「んでもさ。顔を見つけたからってどうなるの? 届かないわよね、あんなの」


 ははぁと上を見上げカノンさんは苦言を呈す。二度も水に叩き落されたので自分の手でやり返したいようだ。 

 

 元々が木の耐久力と回復力が手に負えなく、何か弱点は無いのかという話だった。

 確かにあの顔はいかにも弱点だろう。しかしせっかくの弱点も突けなければ意味は無い。


 対して勇者は、そんな事は無いよと力を込めて言い切った。

 見て、と指で示すのは人面樹の頭上。今こうしている間にもグングンと幹が伸び、枝が生えて葉が茂っていてる。


 相変わらずの異常な成長速度なのだが、散々暴れる根をなぎ倒していた俺たちだからこそ、その様子には違和感を覚える。


「根に比べて回復が遅いの。距離かな。魔力を吸い上げて運ぶのに時間差があるみたい」

 

 言われてみればもっともな話だ。

 今まで相手にしていた根は聖剣と距離が近いからこそ瞬時に生え変わりもする。

 だが顔の付近はどうか。自身が巨大すぎるが故に、聖剣から離れる程に回復力は低下しているのである。


「巨体が仇になったな。どうせ剣の魔力だけでなく日までも独り占めしようとしたんだろう」


 ラウトゥーラの森の樹木はどれも背が高い為に、人面樹が日を浴びようと思えばそれを上回る巨体になるしかなかったのだとイグニス。


 自分から弱点を作っていたら世話がないと偉そうにご高説を垂れる魔女に、勇者一行の全員から残念な子を見る同情の視線が集まった。


「ねぇイグニス。貴女まだ戦える……よね?」


 フィーネちゃんは願望を込めてイグニスに問うが、俺の腕の中で力なく身体を預ける赤髪の少女は言う。「ごめん。無理」と。


 屈託のない笑顔だった。思えば前回もこの魔法を使った後は力尽きていたか。余程燃費の悪い魔法なのだろう。しがみつくのも怠いようで、へにゃりと芯の抜けた身体は支えるのが大変だ。


「オイオイ。戦いはこれからだってのに唯一広範囲魔法を使える奴が倒れてどうすんだよ」


「最高に気持ち良かった!」


「ツカサ、捨てろ! そんな女は湖にでも放り投げちまえ!」


 流石に投げ捨てはしないが、ここでイグニスは暫く行動不能。

 状況を変えた功績は大きいけれど状態は辛い。これからが第二形態というか第二ラウンドというか、しかもゲームでいうならボスは発狂状態とでもいうべきおまけ付きである。


「ツカサくん、そのままイグニスは任せたから」 


 人面樹の最初の行動は、根を張るといういかにも植物らしい動作だった。

 散々振り回してきた12本の根を一斉に地面に突き刺したのだ。衝撃でズズンと地面が揺れて、岩盤でも貫いたのか水没していた森の水位は風呂の栓を抜いた様に徐々に下がっていく。


「ああ、身体を支える枝が薙ぎ払われたからか」


 蠢く触手の様な根を見慣れたせいで勘違いをするが、通常植物の根は地面に埋まるものである。特に相手は巨大なので、その身を支える土台は強靭なものが必要なはずだ。


 俺の呟きを拾ったヴァンは、「じゃああの根を切れば倒せるのか?」と気楽な事を言うが、それは本末転倒だろう。根は斬っても直ぐに復元するから苦労しているのである。


「まぁやっぱり叩くなら上ってことね」


 忌々し気に上を見上げたポニーテールのお姉さんは、見上げたままに固まって、青ざめた顔で口を大きく開いた。た、た、た、と口どもる様子は普段の快活さからは想像出来ないもので、やっと言語能力を取り戻したカノンさんは大きく叫ぶ。


「退避ー!!」


 言葉のお陰ですぐさまにその異常事態は全員に伝わる。

 皆が皆、同じように頭上を見上げ、思わず硬直しそうになるが、今度はその暇もなく。


「なんじゃそりゃあー!!」


 槍の雨が降ってきた。いや、正確には人面樹が枝を地面に向けて伸ばしてきた。

 電車じみた太く長い根を振り回されるのも脅威だったが、この光景はもはや狂気だ。数える気にもならない無数の枝が地上に向かって伸びてくる。


 剣を持つ勇者と剣士が慌てて飛び出し、迫りくる枝を切り払うも、相手は急成長している樹木の一部。一時こそ止まるも、むしろ先端が尖り、本当の槍と化して襲来した。


「ごめんなさい! 避けて!」


 言わずもがな避ける。俺は両手が塞がっている都合上、足で躱す。真上からという避けにくい攻撃だが速度自体は大した事がない。


 これは言わば過回復。聖剣から離れる程に回復力が落ちるならば、枝の末端など一番離れた部分だろう。


「ぐぅお。気をつけて、これ上だけじゃない!」


「ッ横からも!?」


 枝を払わなかったのが俺だけだったからだろうか、最初に気づいたのは俺だった。

 雨の様に降り注いで来たからてっきり縦の動きだけだと勘違いしたのだ。頭上に注意を向けていたせいで横に伸びる枝を見落としたのである。


 枝別れした木が貫くのは右の足首と太もも。走る激痛に泣き叫び転げ回りたいが、腕の中にはイグニスが居て。止まっていては二人とも餌食になるだけだと、奥歯を噛みしめ前に出る。太ももに刺さった枝はボキリと折れたが、足首のほうは肉がブチリと伸び切れた。


「!!!」


「ツ、ツカサ!?」


「なんでもないよ。大丈夫」


 上からは次々に槍が降り注ぎ足場が減っていく。上に注意をし過ぎれば、今度は横に伸びる枝に貫かれる。最悪だ。


 飛んで跳ねて躱して潜って。走っている時の気持ちは、アニメでよくある迫りくる壁や、倒壊する建物を駆けている気分なのだが、違いがあるとすれば、この槍衾には終わりがない事か。


「根性見せたわね。格好いいぞ男の子」


 もう大丈夫だと青髪を揺らし僧侶が目前に駆けつけてくれた。

 女性にこう言うのも何だが、とても頼もしい背中である。


 カノンさんの武器はその肉体。360°から迫りくる植物の凶器を、突き薙ぎ反らし蹴り砕く。驚愕するのはその回転率。武器を振るっていては到底に追いつけぬだろう猛威を、しかし殴打が逃がさない。


「潮時かな。これ以上は徒に被害を増やすだけだね」


 戦況を見た勇者はふぅとため息を零すと、キンと構えていた剣を鞘にしまう。

 一体どうしたのかと思えば、天に掲げた右手から、荒れ狂う魔力が迸る。

 極彩色に立ち上る光の柱は、勇者がまるで虹でも掴んでいる様な異様であった。

 

 光の本流は空を塞ぐ枝の悉くを散らし、人面樹もその魔力を脅威と見たのだろう。

 周囲に無差別に降り注いでいた枝が一斉に麗しき金に向かい、そして消滅した。


「あれは……」


「ああ、見たこと無いよな。アレが勇者の力さ」


 いや。見たことはある。あの力こそ、まさしく俺がこの世界に来る日に見た光だ。

 おぞましいとすら感じた、世界すらも切り裂いた極限の刃。


(そういえばお前さん。勇者が何故勇者と呼ばれとるか、知っちょるか?)


 魔王が語る勇者の本質。それは過負荷に耐えられる事なのだと。

 何処までも際限なく出力できる魔力は常人ならば燃え尽きて、英雄だろうと発狂するほどの、魔王さえも滅ぼす圧倒的な力。


(が、だ。耐えられるだけだ。霊脈を超える魔力を流す辛さはお前さんも知っていよう)


 ジグルベインの話を聞いて吐き気がする。

 イグニスは大きな魔力を使いこの有様。俺だってジグが戦闘をすれば反動でまともに動けない。それでも勇者は、世界を救う為に、身を焦がす魔力を扱わなければならないのである。


(おうさ。勇者の勇は……勇気ある犠牲らしいのう)


これにて幕引きデウス


 フィーネちゃんを止めよう。そう思い、痛みも忘れて駆け出した。

 守ってくれていたカノンさんが戻れと叫び、胸の中のイグニスがふがふがともがく。


 そうしている間にも光剣は伸び続け、今や巨大樹すら両断しよう大きさに。

 勇者の顔は苦痛に歪み、虹を掴む右腕は過負荷の影響か服の上からも血が滲んでなんとも痛ましい。


悲劇の幕よエクス


 腕が振り下ろされる直前に、ガシリと勇者の細い腕は掴まれた。碧眼が驚愕に見開くが、その瞳に映るのは生憎と俺ではない。


 若竹色の髪をした少年が、つまらなそうな顔で立ちはだかったのである。


「早えよ、フィーネ。俺たちは魔王を倒すんだろう? こんな木を相手に勇者に頼ってちゃあよ、何時まで経っても勝てねぇなぁ! 違うか!?」


 やだイケメン!俺とは止める理由が全く違うが、なんとなく言いたい事は理解が出来る。

 終焉の力。言い換えればそれは絶対勝利。だが、見かたを変えれば敗北宣言だ。

 ボクシングで選手がピンピンしているのにトレーナーがタオルを投げるような行為ではないか。


「でも……」


「俺もヴァンに賛成かな。あんな木材よりアルスさんの微笑みの方がよっぽど怖しね」


「ふふ、その話は後で報告させて貰うからね」


 フィーネちゃん一人が傷つく事はない。そんな本音は足手まといの俺が言えるはずもなく、バカの言い分に便乗した。


「そうよ! こっちはやられっぱなしで収まりつかないっての!」


「て、ことらしいぞフィーネ」


 その時の勇者の顔は、泣いているような笑っているような。仕方のない子供を見るような、頼もしい仲間を見るような。複雑な感情の織り交じったものだった。


「もう、怪我しても自己責任だからね!」


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