第102話 尋ね人



 蒼天を裂く勇者の雷は巨大樹を縦から貫いた。

 魔女の劫火にすら耐え抜いた相手ではあるが、電撃は重要器官である頭部から入り、魔力を吸収する要である根までを駆け抜けて。おまけと言わんばかりに体内を駆け巡る着火剤に火が付き廻る。


 巨樹に大きな亀裂が入った。それは回復が機能していない証拠であり、メキメキと響く崩壊の音は勝利の証。

 

 手強い相手だった。それこそ自分一人では勝負にもならなかっただろう。今まで誰も踏破が出来なかったと言われれば、なるほどと納得するしかあるまい。


 そして事実上の人類未踏という快挙が胸に湧き、達成感で心震わすも、自分の立つ枝が傾いた瞬間には体が震わせるのは足となった。

 

「ど、どうすんだよこれ!?」


「どうってお前……どうすんだろね?」


 少年剣士と見合うも答えなんて出ようはずもない。ここは上空200メートルだ。逃げ場もなければ足場も無い。イカした回答があるなら教えて欲しい。


 人面樹は亀裂から自重によりメキメキと傾いて。繊維が裂けるごとに強くなる傾斜に、嫌よ嫌よと首を振るが、自然の摂理はかくも残酷で。林檎が地面に落ちるように倒れる時は一瞬だった。


 最初は枝に張り付くも、空気の抵抗で足が浮く。続いてやってくる浮遊感は15年という短い人生を振り返りたくなる程に永遠を感じ。つま先からつむじまでを駆け抜ける悪寒。風圧が瞼と頬をひっぱり弄ぶ。


「「ひぃいぁああーーー!!」」


 異世界に来てから魔獣との遭遇、盗賊との死闘、死を覚悟した事は何度もあったが、明確に死んだと思ったのはこれが初めてかも知れない。空中って走ったり泳いだり出来ないんだね。


 地上が近づく。湖のあった場所は、人面樹が暴れたせいで今は水も無く、討伐までの間に散々とへし折った根と枝が重なり会い待ち受けている。地面よりましだろうか。いや、堅そうだなぁ。


(のうお前さんや)


「ジ、ジグ! 何かいい案が!?」


 こんな状況でもハッキリと届く相棒の声に、生還の希望を込めて振り向いて。

 俺から離れられない都合上、引っ張られながら一緒に落下する魔王様は呑気にこんな事を言うのだ。


(バンジージャンプってやったらこんな気分なのかのう)


「知るかぁ!!」


 紐有りなら全然問題は無かったのだ。紐無しでのバンジーなんて、人はそれを自殺という。まぁもっとも今後バンジージャンプなんて紐が有ろうと決してやらないだろうが。


(カカカ! まぁほれ、なんか下でも動いておるからの、そう慌てるな)


 凝らして見れば、小さな点は人影なのだろう。顔の区別など到底につかないがジグルベインの言うように、動きはあった。


 光る魔法陣が空を向けて展開されたのだ。という事はイグニスなのだろうが、はて、アイツって炎以外の魔法を使えるのだろうか。


 考えている間にも射出されたのか、飛んできたのはやはりというか大きな炎の球で。俺はこれを救助ではなく止めだと言われても疑わない。


「何やってんだあの女、死ねやボケがー!」


「アホー! バカー! 貧乳ー!」


 ヴァンと俺は聞こえないのを良いことに、ありたっけの罵倒を叫んだ。

 火球は俺たちに届く前に爆発をして。爆風と熱による上昇気流で、自由落下していた身体がほんの一瞬浮く感覚に包まれる。


 活性で強化された肉体はともかく、血と内臓は全く正反対の力を受けるものだから、眩暈はするし吐き気はするしで気分は最悪だった。


「おえー気持ち悪い」


 あまりの悪心につい、尻餅をついて。はて?と地面を撫でれば木肌のザラザラとした感触が。

 ああ、ここは森の中だ。人面樹はどうやら倒れたものの、周囲の木に支えられ、地面までの転倒を避けたらしい。


「「うおお! 俺たち生きてるー!!」」


 喜びのままにヴァンと抱き合いたいところだったが、僅かに残る良心がブレーキを掛けた。

 別に男同士だからとかではく、その、ほんの少し……おしっこ漏らしちゃった。てへっ。



 こうしてなんとか地上への生還を果たし、まず最初にした事は勝利を喜ぶでもなく、イグニスへのクレームだ。


「ふざけんなー! なんだあの火球は!?」


「助けてあげたのになんだよその言い草は」


「助け方ってあるよね!?」


 いまだ怠そうに座り込む魔女の肩を揺するが暖簾に腕押しか。赤い瞳は遠くを見ながら「ああそう悪かったね」と素っ気なく放った。


 フィーネちゃんがまぁまぁと止めに入り、どうやら無理して魔法を使った事を教えてくれる。

 そこで俺も冷静になって感謝の言葉を伝えるも、イグニスは唇をツンと尖らせ拗ねてしまう。


「放っといていいわよ。その子、私の背中でずっとツカサがーってうるさかったんだから」


「わーわー! 言ってないし!」


 同じく木の根の上に座り込むカノンさん。

 今でこそ両手に怪我は無いが服に滲む血の跡が痛々しく、何時間も通して攻撃を行っていた為に額には玉の様な汗が浮かび、さしもに肩で息をしていた。


 俺とヴァンだってもうクタクタで、止めを刺したフィーネちゃんも顔には出さないが余力があるといった雰囲気ではない。こうして見れば誰しもに余裕が無く、ギリギリの勝利だったようだ。


 しかしここに全員の顔が揃っている事が嬉しくて、安堵と疲労で沈みそうな意識の中、いよいよに勝ったという実感が溢れ、自然に頬が吊り上がる。


 どうせならばリーダーである勇者に勝鬨を上げて欲しかったのだが、残念ながらフィーネちゃんはまだ気を抜いていないようだ。


「うん。危険な森には変わりないから全員は気を抜けないよ。それにほら、まだやる事もあるでしょう?」


 その言葉にガバリと俺は立ち上がる。見れば隣ではヴァンも同時に立ち上がったようだ。

 勝利の報酬をまだ得ていなかった。今回の報酬は、人面樹が寄生していたせいで近づけもしなかった聖剣である。


 水は戦闘中に抜けたので湖に飛び込む必要は無くなったが、代わりに周囲は倒木が酷かった。

 最初から湖に沈んでいた物と戦いで削いだ根や枝。そして倒れた人面樹そのものだ。俺が乗っていた部分は裂けて落ちたが、下に残った部分も聖剣の上に載っていただけにバランスを崩して倒壊したようだ。


 まるで嵐の跡のように積みあがる木の山から、聖剣はまだ発光しているのか光が漏れ出している。救難信号と取れなくもないが、人面樹が倒れた今、何故まだ光を放っているのだろうか。


「ふんぎぎぎ! ダメだ抜けねぇ!」


 俺とヴァンでどちらが先に抜くのかと競いながら木をどかした。

 そうして見えた剣は、なんと大きな蕾に飲み込まれていた。剣の柄に蔦が絡まり、刀身が蕾に包まれた感じだ。強い光を放っている為に薄桃色の蕾が透けて光を漏らしている。


「なんとまぁ往生際の悪い。これたぶん、あの人面樹だよ」


 まぁそういう事なのだろう。死に際に聖剣へと種子を植え付けて、再び魔力を吸い取る事で再起を図ったわけだ。


 最初は発見した俺が。次にヴァンが。面白がってカノンさんも挑戦したが、大きなカブは抜けません。儂も儂もとジグが騒ぐけれど、魔王様には抜かせません。


 散々あの手この手で引き抜こうとして、けれども剣はピクリとも動かなくて。

 もういいかな?と呆れ果てた声でフィーネちゃんが聞くので、俺もヴァンも「はい」と素直に諦めのつかない声で返した。


 真打が剣の柄を握る。魔力を流し込んでいるのか、金糸の様な髪が踊り、光る剣と相まって物語の主人公でも眺めている気持ちになった。


「もうとっくに幕引きの時間ですよ。さぁ、もう終われ」


 虹色の魔力を吸い込んだ蕾は、一瞬の内に開花し、淡い桃色の花びらを飛ばしながら散った。

 勇者の手には輝きを失った透明な剣だけが残り、それを天に掲げたフィーネちゃんは、ただの一言、お疲れ様と呟いて。


「ほぅ。その剣に認められるとは、勇者かお前」


 つまらなそうな抑揚の無い声に肌が粟立った。

 声に振りかえれば、水が張っていれば対岸とも言える木の根の上にその視線はあった。

 黒真珠の様な髪をした女性だ。日焼け程度の小麦色の肌とエメラルドの瞳。ローブ一枚を身に着けた、妙齢の姿である。


「いやいや。久しぶりに家に帰ってみれば、面白い事になっているものだ」


 ひょいひょいと倒木の上を飛んで近づいてくる女性に、誰も声を掛けられなかった。

 視線で張り付けにされているのである。まるで動いたら殺すと言わんばかりの殺気が場を完全に支配していた。


 それは俺は元より勇者一行ですら同様で、フィーネちゃんは聖剣を握る手をガタガタと揺らし、あの果敢なヴァンでさえ柄に手を置くことさえ出来ない。


「家が燃やされ、育てていた木が倒され、あまつさえ、財宝に手を掛ける。私はこれを賊と呼ぶのだが、人間達は違ったか?」


「ジグ、あの人が……」


(おう。お前さん達の尋ね人よ)


 違和感はあった。人面樹だ。

 アイツが言葉を喋る以上、教えた誰かは居るのだと考えるべきだった。

 いや、あるいはイグニスならば気づいて目的地の確信を持ったのだろうか。


 そして俺も今確信しよう。中心地にこの人の住処は見当たらなかったが、実は在ったのではないか。恐らく、人面樹の上部。イグニスが吹き飛ばした辺りに!


 まずい。説得をしにきたのにこれは喧嘩を売っているも同じだ。なんとか弁明をと考え、そして俺は黒剣を引き抜く。


 近づくシエルさんがイグニスの横で足を止めたのだ。

 右手を手刀の形にし、くるりと踵を返し、イグニスの心臓に向かって。


「なにしてんだお前!」


「ああ、私はとりあえず赤髪赤眼の人間は殺すと決めているんだ」


 魔女が口から、真っ赤な鮮血を垂れ流す。


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