第3話 異世界1日目



 まだ日は高かったので、俺は飲み水の確保をしようと提案したが、それはにべもなく断られた。


(まずは寝床だ。夜が来る前に城で安全な部屋を確保せい。なるべく高い場所がいい)


「え。まぁその辺で横になるよりはいいかもだけど、それ優先度高い?」


(そうかお前さん魔獣を知らぬのだな。この世界には人を食べる生物は沢山おる。その辺でなぞ寝てみろ餌だ餌)


 そんなやり取りがあって俺たちはまず城の探索からすることになった。


 日暮れの事を考えて寝床の確保と、あわよくば使える物がないかを期待してである。言われてみれば靴もなしに森に入るのは嫌だ。


「で、どっちに行けばいい?」


(ふむ。とりあえず居館かの。大広間を抜けて中庭の先に行けば別館がある。そっちが住居じゃ)


「まずは真っすぐか。了解」


 城に立ち入ったものの、真っ二つなった建物は真ん中あたりまで来ても空が見えて、なんとも奇妙な感じだ。


 場所は大広間らしいが名前だけの事はあり、学校の体育館くらいありそうな広さである。けれど、中は物一つない伽藍で、敷き詰められたレンガの隙間から生えている雑草が廃墟感を増す。


(見事にな~んにもないのぉ)


 口調こそ軽いけど、響きはどこか寂し気である。

 以前はシャンデリアがこの場を照らし、壁には絵画などの名品が飾られ、多くの人で賑わっていたらしい。


 柱だけは持ち運べなかったのか、複雑な彫刻の入った支柱が蔦に巻かれているのが繁栄の名残のようで痛ましい。


 さっさと広間と中庭を抜けて別館にたどり着いた。入口らしき空間があるがなぜか扉はない。


(一階は食堂や風呂だ。二階から探索してもよいが、少し儂の部屋がみたい)


「わかった。にしても城の探索って浪漫があるね。ちょっと楽しくなってきた」


 こちらは崩落している場所も多いようで、案内されながらも道を探しながらになった。建物の中は窓が少ないせいで薄暗い。そのなかを壁を頼りに裸足でぺたぺたと歩く。


 埃でざらざらだったり、苔でヌメヌメだったり、小石が痛かったり。日常生活ではあまり感じない足裏への刺激と境遇が妙に童心をくすぐる。宝箱なんて落ちてないだろうな。


 最上階である六階にあるというジグの部屋に着く前にちらりと他の部屋を覗いてみたが、やはり物は何も残ってはいない。


 金属や家具などの価値のありそうな物は手あたり次第に持ち出されたのだろう。貴族の住む場所なら価値の無いものはないはずだ。見かけるのは朽ち果てた木片くらいのものだった。


「使用人が使ってた場所のほうがまだ何か残ってそうだな」


(であるな。ここまで何もないと部屋に行くのが怖いわ)


 五階をぐるりと一周。いや、半周するが、六階への階段は全て崩落していた。仕方なく階を貫通している木を登ってなんとか最上階にたどり着く。


 太い木で足がかりになる枝もそれなりあったが、なにせ一階分が高いので結構な体力を使った。


「はぁ。木登りとか、はぁふざけんなよ」


(かー情けのない。あれしきで息を切らせてどうするか)


「動いてない奴が言うなし」


 三年引きこもってた男に体力なんて期待しないで欲しいのだけど、わざわざ言うことでもない。大人しくモヤシ判定を受け入れよう。事実は事実だ。


 とにもかくにもゴールである。それは一目で分かった。その部屋には扉があった。重厚な木の扉で朽ち果てる様子もないそれ。隅から隅まで丁寧に模様が刻まれていて、ああコレなら高い値段がつくなと今までの道程に納得する一品だ。


「開けるよ」


(ああ、頼む)


 取っ手を掴み扉を押す。ガチャン。


「…………」


 ガチャンガチャンガチャン。バキッ。


(あ!壊しおった!)


「う、うるせー。鍵なんてかかってるのが悪いんだ!」



 木材は腐らなかったようだけど蝶番はそうはいかなかったらしい。

 扉が倒れた風圧で部屋の中の埃が舞い上がる。……ことはなかった。


 そこにあったのはまさにイメージ通りの城の一室だった。

 壁に施された豪奢な装飾。天蓋付きのベッド。光沢ある机。皮張りの長椅子。それが劣化どころか埃一つ被ることなく存在している。


 この空間だけはまるで時間が止まっていたかのように存在していた。


(おおうこれは僥倖! 拠点は決まりであるな)


「魔法なのかな? すごいな、こんな事もできるんだ」


(これは掛けた奴が特別なのだ。さすがに時間を操るとなると別格よ)


 話ではなんと来る途中にも他の魔法の痕跡はあったらしい。城を支える樹木も魔法の物で、城の内部は隠匿のまじないやらがあったみたいだ。


 言われてみれば蜘蛛の巣に一度も引っかからなかったし動物や虫を見ることもなかった。思った以上に魔法は身近なものなのだろうか。


「とりあえずベッドがあるだけでも有難いかな。他に何か役立ちそうな物はある?」


(カカカ、良くぞ聞いた。あるぞあるぞ! あの絵の裏を見てみい)


 ジグがくいと顎を向けたのは肖像画だった。ジグと誰だろう。知らない女の子が他に二人描かれている絵だ。


 絵の後ろが隠し場所とか浪漫が分かってるな。そう思い額縁をズラすが奥行きのある空間が確認出来ただけで特別な物は見当たらない。


「何もないよ?」


(そんなバカな! よく見い! 儂のとっておきの神酒ぞ!!)


 珍しく慌てた様子で壁に張り付き何度も中を確認しているが無いものは無い。


「そもそも俺、酒なんていらないし」


(おのれー誰にも言ってなかったはずなのじゃが。おのれークリアー!)


 暫く荒ぶっていたジグ。壁を殴ったり机を蹴飛ばそうとするが体が無いので被害はでない。良かった。


 その後、少し経って落ち着いたジグが部屋を見渡して使えそうだと言った道具は3個あった。水が出る魔法の水差し。火元の要らない魔法のランタン。魔法で風の出る筒らしい。


「まずこっちだせ! こういうのでいいんだよ!」


(ただの家具じゃし。水割りようの水差しに、夜間の照明、髪乾かす用の送風筒な。後は使える物があれば使ってくれて構わんが、基本寝るくらいの部屋じゃったから)


「いや十分助かるよ。ありがとう。特に水は川の水飲むより余程いい」


 そう言って、銀のカップに向けて水差しを傾けてみる。……傾ける。……傾ける。90度まで傾けても水差しからは一滴の水もでなかった。


「壊れてるねこれ」


(さもありなん。魔道具なのだ使うには当然魔力を使う。お前さんもこれから此方で生きていくなら使えたほうが良かろうな。良し! これから儂が伝授してみよう)


 異世界っぽいのキタコレ!



 ジグルベインに言われた通り、ソファーに座り目を瞑る。体の力を抜いてリラックス。


(これはな御霊分けと言って、本来は魔力の近しい血縁者でやるのだが。まぁ儂とお前さんなら相性が悪いはずがない。安心せい)


 ジグが語る。本来すべての物に魔力はあり、当然人間にもその力は流れる。しかし、それを自覚できるかどうかは別らしい。


 才能のある物や偶然気付く者はいても、その数は少なく、だから普通は覚醒した親が子を導いてあげるのだとか。


 スケールは小さくなるけど、耳を動かせる人とそうでない人みたいものだろうか。


(カカカ。やっとお前さんの力になれるの。さて、今触れているのがわかるか?)


 俺は首を横に振った。感触も温度も何も何も感じない。


(であろうな。よいか今背中に手を当てている。これからゆっくりと魔力を流す。体は異物に反応するだろう。まずは儂の魔力を感じ取れ)


 暗闇の中で耳元に囁かれる声が妙に艶めかしい。鼓動が早まり煩悩が表に出ないか不安だったのだけど、変化は直ぐに訪れた。


 心臓に熱い何かが落とされる。脈打つたびに血管を焼き尽くすように熱が拡張していく。


「ジグ! これ熱い、すごく」


(それで良い。そのまま儂を感じろ。鼓動を体の隅々まで流しこみ、己の霊脈を叩き起こせ)


 心臓がドクンと一拍するたびにどんどんジグが入ってくるのが分かる。腕を走り毛細血管に至るまで把握できるほどに熱が侵食してくる。血管に熱湯を流されたような感覚だ。


 そんなことを考えている間にも背骨を逆流し内臓を焦がし太ももから脹脛、爪先にまでたどり着き、一息付いたかと思えば、熱さが再び競りあがってきた。


 胸元くらいまで帰ってきたあたりで、嫌な予感はした。次に来るのは、頭だ。

 待って待って待って。しかし無情にも熱は止まらず。むしろ高鳴る鼓動が勢いに拍車をかけて。


 眼球の燃えるような熱さに思わず目を見開いた。熱が頭蓋の中を駆け走り脳みそが沸騰する。


「うぁぁあああああ!!」


 そのまま記憶は途切れた。



(あ? えっとあれ~どうなったの俺)


 目は開いていて視界は良好なのに、体が動かない。

 ガタンと椅子から立ち上がる体。足に力を入れた感触も筋肉の動きも分かるのに、それが俺の意思ではない気持ち悪さ。


「おお良かった。気づいたかよお前さん」


 口が勝手に動いて、しかもそこからはジグルベインの声がして。


(うん。え? どうなってるの? もしかして、いやもしかしなくて)


「うむ。入れ替わっておるな。しかもご丁寧に儂の体とじゃ」


 見てみろと、ジグが鏡を見てくれる。そこには確かにジグルベインの端麗な顔があった。


「いや、お前さんには悪いがやはり体があるのは良いの。感触というのが懐かしいわ」


 腕をぐるぐる。手をグッパ。屈んで跳ねて、胸を揉む。感覚が全部俺と繋がっているので操り人形になった気分である。


 瞬きや呼吸さえも当然ジグが代わりにするのだけど、その感覚の誤差に吐きそうになる。どちらも生理的なものだから、タイミングのズレが致命的なのだ。


 息を吸いたい時に吸えない、吐きたいときに吐けない。それが凄くストレスになる。


(これ、戻るのかな? 感覚が全部あってすごく気持ち悪い)


「感覚がある? 立場が変わったわけではないようだな。なら一時の事だろうさ」


「本当? 身体が戻らないとかそれは流石に勘弁してよ」


 言い終わる前には既に身体は自由だった。まさか肉体が自由に動く喜びを知ることになるとは。ならばもう少し堪能しておくのだった。


(で、身体のほうはどうじゃ。変化は分かるか?)


「ちょっと待って」


 目を閉じて、先ほどの熱を思い出す。身体に薄っすらと残る余熱は、意識することではっきりと熱さを取り戻した。


 凄い。心臓が二つになった気分だ。脈動する架空の心臓。そこから全身に流れる自分の力を確かに感じる。


(いけそうか?)


 こくりと頷き、もう一度水差しを持ってみる。少し指先に引かれるような感覚があり、熱。こちらで言う魔力を指先に集めるイメージをした。


 コポコポと容器の中に液体が溜まっていき水差しの重さが増していく。注ぎ口をカップに向けて傾ければ今度こそ透明な液体が流れ出し、カップを満たす。


「やった!すげぇ!できたよジグ」


 バッとジグルベインを見れば、彼女もうんうんと結果にご満悦の様子。


(何よりだわい。失敗すると霊脈が焼き切れたり、脳が破裂するでな。お前さんが倒れた時は本当に焦ったわカカカ!)


「なんかしれっと怖いこと言った!」


 安心しろとは言ったけど、安全だとは言ってない……だと。


 なんやかんやあったが、どうなる事かと思った異世界生活1日目は、なんとか暖かい布団で眠ることができたのだった、まる。


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