第94話 フィールドワーク


「ツカサ、抱っこ!」


 突然に魔女がさあ持ち上げろと両腕を広げて言った。

 気でも触れたのかと思い、俺はなるべく優しい声で頭大丈夫かと聞く。グーが飛んできた。野蛮な奴だ。


「別に踏み台になってくれても構わないが?」


 どうやら高い所に背が届かなかった様だ。どうせなら肩車しようかと言うと、イグニスはそんな破廉恥な真似できるかと顔を真っ赤にして怒る。俺は未だにコイツの判断基準が分からない時がある。


「まぁいいけどさ。はい、これで届く?」


「うん助かるよ。よいしょっと……ああ、取れた取れた」


 お姫様抱っこでイグニスを持ち上げると、何やらナイフでガリガリと木の表面を削っていた。満足する成果があったのか、地面に降ろすと魔女はほらご覧よと、手のひらの上の収穫物を見せてくる。


 茎の無いブロッコリーの様な物体はもしかしなくても苔だろう。

 周囲にある光る苔ならともかく、普通の苔を見せられても反応に困った。


「これは珍しい種類なの?」


「いや全然」


「そっかー。珍しくないのかー」


 何がしたいんだこのお嬢様はと思っていると、「よくご覧。それも七色苔だよ」とこのブロッコリーと淡く光る幻想的な植物が同じものだと言う。うっそだーと近くで比べて見たらあらビックリ。生え方から葉の形まで確かにそっくりだった。


(ほほう。言われてみれば同じような?)


「状態としてはこっちの方が一般的かな。光るのも昼に少量だと案外地味なんだけどね」


 七色苔は土地の魔力で性質を変えると聞いたが、これが水属性の七色苔の姿らしい。これは一体どんな性質なのかと聞くと、イグニスが突いてみろと言うので、指先でチョイと押し込んでみた。すると水を含んだスポンジの様にジワリと水が滲み出る。


「うわ、地味」


「ふふふ。そうかもね。でも、遭難した時に水属性のこの苔があれば、近くには水場があるという可能性が高いんだよ」


 覚えておくといいとイグニスは微笑んで、七色苔を元ある場所に戻……せず。二度の背伸びチャレンジの末に唇を尖らせながらチロリとこちらを見てきた。そりゃそうだ。


 ハイハイともう一度イグニスを抱き上げると、はたと岩陰からこちらを見つめる青い瞳と目が合った。獲物を定める猫のように凝視していた。ニコリとほほ笑むと、カノンさんもニンマリと何とも下卑た笑みを返してくれる。


「フィーネー! ねーちょっと聞いてー!」


 浅緑の道着を着た女性はスキップでポニーテールを揺らしながら消えていった。



「一応言っておきますけど、誤解ですからね」


「ええ分かっています。私はちゃんと分かってますので」


 何も分かってなさそうな生暖かい視線を受けながら、俺はカノンさんと魚の内臓を取っていた。ヴァンが掴み取りしたらしい。


 今は川辺で現地調査の様な事をしている。

 イグニスが苔を調べたり、ヴァンが魚を捕るのもその一環だ。魚はせっかくなのでスタッフで美味しく頂きます。


「うぉー。冷えた。さびぃぃ」


 ヴァンは火に当たり休憩中。水に足を浸けていたのでガクブルと体を揺すっている。時期的にはもう初夏なのだが、地下水のせいか水温はかなり低い様だ。


 もう少し温かかったら俺も水に飛び込んでいただろう。川の中にこそ光る苔は少ないが、水は透き通り川底を映している。時折水面に光りを反射する様は美しく、さながらに天の川にでも手が届いた気分だ。


「あら、串に刺すの上手ね」


「えへへ。前はよくこうして食べたんです」


 廃城には食器も無かったからね。

 カノンさんと下処理した魚は串に刺して塩焼きにするつもりだ。せっかく焚火があるので利用しない手はない。火を囲む様に串を並べていくと、ヴァンが旨そうだなと無邪気な顔で焼ける様子を眺めていた。


「なんか冒険してるって感じがするよな」


「するする!」


 ニシシと少年らしい顔で答える剣士に見張りを頼み、俺はフィーネちゃんとイグニスがああでもないこうでもないと議論する場へと向かった。


 みんなで集めて回った成果物がすぐ傍に纏めてあるのだ。植物だの石だのを勇者と魔女が鑑定中である。


 石を机にして分類分けでもしているのか、綺麗に並べられた植物達。俺が見てもさっぱりであるが、彼女達にはこれで何かが見えるのだろうか。


 意外とと言っては失礼なのだが、フィーネちゃんも中々に生態には詳しいようで、首の長い虫を見つけた時は酸を噴出するから刺激しては駄目だと注意してくれた事もある。

 陸海月食いスライムイーターというらしく、食べたスライムの体液を飛ばしてくるそうだ。


「いま魚焼いてるからもう少ししたら食べられるよ。どう、何か分かった?」


「あ、うん。ありがとう。川は天然っぽいって感じかな」


 陸にある巨木や光る苔に比べて水辺の生態系は至って普通だそうだ。

 そこから川を自然の物とするなら、やはり森は人工だろうという結論を出したらしい。まぁ植物の異常さを考えれば当然だろうが。


「それと、少し下ると水中にも光属性の七色苔が混じりだしてくるね」


 中心に近づくに連れて魔力が濃くなるのか水にすら魔力の影響が見られるという。

 その点から森の成長促進の魔法はむしろ魔力を拡散し土地に行き渡らせているのだろうと。


「……つまり?」


「森の中のほうが面白いんじゃないかって話だ」


「だからぁ、気持ちは分かるんだけどね」


 勇者が魔女を止めてくれと懇願するような目でこちらを見てくる。

 こっちは地形の話だ。落下物によりクレーターが出来たのならばこの場の最低地上高は中心地付近。水は高い所から低い所に下るので、森よりも川沿いを歩いた方が迷わないだろうと。なかなか理には適っていそうだ。


「なるほど。もしかしたら真ん中は湖にでもなってるのかもね」


「その可能性は十分あるな」


 一方、川沿いに歩くというフィーネちゃんの意見に対し面白くなさそうな魔女。

 なんでもこれだけの魔力なら影響を受けた動植物が必ずいるからと、森を強く推している。こちらは金色のヘラクレスの様な変異種がお目当てか。


「未知への挑戦。空白の地図を埋める行為。それが冒険の醍醐味じゃなかろうか!」


「!?」


 クワッと赤い目を見開いて浪漫を煽る言葉を口にするイグニス。


「経路の確立は後への大きな楔になる。魔獣の生態の解明は多くの命を救う。植物だろうと鉱石だろうと新種の発見は、図鑑を1頁増やすに過ぎないが、それに命を懸けるのが冒険なんじゃないのかよ!」


 図鑑をたった1頁増やす。なるほどそうだ。そうして分厚い図鑑が出来るのだ。そうして未知を埋めていくのだ。それはまさしく、歴史というものを刻み続ける人間の性ではないのだろうか。ひゅー熱いぜこの冒険野郎め。


「その考え、嫌いじゃないぜ!」


「だろ! 分かってくれるよなツカサ!」


 魔女とガシリと強く握手をし、勢い余って抱擁し、困難掛かってこいやとイグニスの支持に回る。


 その様子を見てフィーネちゃんは、とてもとても悲しそうな顔して。

 憂いを帯びる碧の瞳が告げた。「それ、嘘ですよ」と。


「!?!?」


「しゅ、趣味もちょっと混じってる……かなぁ……なんて」


「私は代表として安全を優先させなきゃだから、探検は終わった後に余裕があったらね」


 はぁいとイグニスと二人で返事をするのだけど、何故俺まで怒られた形になっているのだろうか。解せない。


「んで。難しい話は終わったのか」


「うん。川沿いに行きます。中心に向かって魔力が濃くなる傾向がありそうだから、そこは要注意かな」


 魚が焼けたとの声で一旦火を囲いに戻った。

 勇者が行動方針を伝えれば、剣士も僧侶も了解と頷いて。フィーネちゃんの人望の厚さがよく伝わる光景だった。


「ヴァンは計画とかに参加しないのか?」


「気に食わなければ反論するけど、あいつ等、俺より賢いしな」


 ヴァンは魚を咥えながらぶっきらぼうに言う。命が掛かっているとは思えない程に気軽な答えだ。馬鹿なのか、それとも任せておけば大丈夫という信頼か。


 チラリと隣に目を向けると、頼りにされているイグニスさんは、魚美味しいなとむしゃむしゃと串を齧っている。そうだね美味しいね。美しい信頼関係である。


「進むほどに敵も強力になっていくってのは厄介ね」


「まだ仮定だけどね。ここまで周囲に影響があるなら中心地は特異点級だと考えていいと思うの」


 今回の調査で一番の成果は、進むに連れて魔力濃度が濃くなるという事実だ。

 中心には15キロ離れていても影響を及ぼすほどの魔力発生源がある。当然に中心付近はより大きな影響を受けているだろう。


 簡単に言えば、魔獣は魔力を溜め込み進化するので、そんな環境で育ったならば強力な進化個体は必ず存在するのだ。


 魔獣ならばどこでも遭遇する可能性はあるが、読めないのが植物型の魔獣らしい。

 これは魔木マジックツリーと呼ばれているものとは別口のようだ。


 魔木は土地の魔力に影響を受けて育つ植物。ここだと、七色苔や水葡萄などが該当する。

 一方、植物型の魔獣は分類が魔獣だ。魔力で進化するし人も襲う。俺は遭遇した事が無いのでイメージだが、マンドレイクやトレントみたいなものではないか。


「確かに阿保強え魔獣が真ん中に陣取ってりゃ踏破は出来ねえよな」


「秘境探索が魔境探索に早変わりね」


 調査結果に納得しつつ、やれやれと肩を竦ませる剣士と僧侶。だが次にヴァンが発した言葉は、「どうせなら食べられる魔獣がいいな」である。


 これまでに倒した魔獣は猿や虫。食料にするのに躊躇う存在ばかりだったので気持ちはよく分かるのだが、ボスを食べようという発想に笑ってしまう。


「そうだな。デカい魔獣ならがっつり肉が食えるな」


 肉という単語に反応のしたのか、返答はキュルルと腹の虫が手を挙げた。

 誰のとは言わないが、勇者一行は逞しい。


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