第54話 串刺し刑


 

 まずは事実の確認を。そう言ってシャルラさんは席を立った。

 灰色のツインテールを揺らし進む小さな背を、俺と魔女は見合ってからすぐさま二人で追いかける。


 歩幅の違いなのだろう。割と早いペースでカツカツと早歩く吸血鬼ではあるが、追いつくのには駆ける必要すらなく。館の入り口に付く時には、どうぞお嬢さんと俺が扉を開ける余裕まであった。


 この町に紳士は少ないのか、テレりと頬を染めて何とも初々しいシャルラさん。その後に当然と言った顔で続くイグニス。


 残念ながらこの行動は自発的な物でなくて、誰かさんに背中を押されただけだ。

 恐らく、領主にそして淑女に扉を開けさせるのか、あん?という意味が込められていた。


 ともあれ三人で外に出て、件の獣人を問い詰めようという段なのだが、その歩みは一歩目から止められる事になる。


「どうしたんだ、お前達?」


 庭には人垣が出来て居たのだ。

 集う男衆。女子供は見当たらず、手には棒やら農具やらを持ち、ピリピリと鋭い視線が刺さり。まぁそう言う意味だよなと、女の子達を背に庇う。


 人間、獣人、魔族と種族問わずに並び立つ姿は中々に壮観であり、この町の特異性が表れているだろう。格好良く前に出たものの本音を言うならば魔女の後ろに隠れてしまいたいものだ。


 代表なのか人垣からずずいと前に出てきたのは一人の獣人。

 2メートルはあろう大柄で、恰幅よく、独特な黄色と黒の縞模様。そう虎男。

 頭上から牙を剥きグルルと威嚇していて、思わず虎に死んだ振りって効くんだったかなぁと思考を放棄しそうになった。


 しかし、後ろに魔女の目がある為に俺も睨み返し一歩を踏み出す。

 一人ならば逃げたい所だが、流石に女の子を残してそう言う訳にもいくまい。かの白百合の騎士を思えば大男などまだ可愛いものである。


「何か用ですか?」


「それはこちらの台詞だ! 貴様ら何をしに来た! 返答次第ではただではおかんぞ!?」


 噛み合っている様な噛み合っていないような会話を交わし睨み合っていると、待て待て待てとシャルラさんが間に入る。

 見上げる俺の視界に入る為に手を伸ばして跳ねるツインテ娘を見ては戦意など保てるはずもなく。


「何事だティグ。お客様に向かって失礼だろうに!」


「え、客? 俺達は人間の貴族がお嬢を攫いに来たって聞いて……」


「も~何でそうなるのー!!」


 少女にめっと叱られてドンドンと頭が下がる虎さん。最終的には猫の様に伏せてしょんぼりとしてしまう。

 勘違いがあった様だが、ここに居る全員がシャルラさんを思い行動したのであれば大した人徳である。だが、今はそうも言う暇はあるまい。


「おい、それは一体誰に言われたんだ! 言え!」


 伏せる虎の首根っこを掴んで吠えるイグニス。果たして俺はこの少女を庇う必要があったのだろうかと割と本気で疑問に思った。


「ご、ゴウトの奴が。あれ、アイツどこ行きやがった?」


「くっ、やっぱりか。あのバカ」


 町に来た時に視線が気になった。恐らくは最初から見張られていたのだと思う。

 そして俺達が畑を見に出た時に、計画がバレたと感づいたのだ。たぶん誰かさんが高笑いしたせいで。


 屋敷に戻っている間に時間稼ぎを仕掛けてきたとなれば、次の一手は決まっている様なものだろう。


「皆、ゴウトを探せ! 領から出すな!」


 移り変わる状況に戸惑う男衆だったがシャルラさんの鶴の一声で動きに統制が出る。

 シンプルな命令が良かったのだろう。状況までは分かっていない様だが、そのゴウトという獣人を探す為に人垣が崩れ去っていく。


「シャルラさん、その人の特徴を教えてください。俺も探しますよ」


「ありがたいのですが、私と行動してください。山羊の獣人なのですが、この町には何人も居ます。お二人では区別が付かないでしょう」


 ああ、と納得する。何人も同じ獣人がいるならば初見での判断は難しいだろう。

 言うなれば山羊の群れの中から一頭を見分けろと言われるものである。

 

 ならば外の捜索は任せてゴウトの家に向かおうとイグニスが切り出し。確かに人馬からは逃げられまいと、俺とシャルラさんは揃って頷いた。



「ここがゴウトの住まいなのですが」


 住宅街とでも言えばいいのか、距離が開いた建物が目立つ中で何件かが横に並ぶ内の一軒だった。


 構造的にはまさに長屋だ。壁で仕切ってあるだけで屋根は繋がっているらしい。壁の素材は土と草だろう。ところどころ外壁が剥がれて中身が見えている。一応木の基礎があるようだ。


 扉はノックなどせずに、いきなり蹴破り突入する。

 確かダイナミックエントリーと言うのだ。父さんに教えて貰った覚えがある。


 窓が閉めてあり室内は薄暗く、舞う埃に口元を覆いながら進むが中に人の気配はない。

 まずは窓の戸板を外し、換気と明かりを確保してから室内を見渡した。クリア。


 質素な部屋である。ベッドが一つに木の机と椅子が一セット。後は家具らしい家具は食器棚くらいだろうか。床に脱ぎ散らかした衣類が散らばるくらいで、生活感というものがあまり無い。持ち出して逃げた後なのだろうか。


「ねぇ何か変じゃない?」


(おお。何がと言われると困るがな)


 見渡していて違和感を覚える。逃げるのに服を置いて行ったところだろうか?

 引っ掛かりを覚えて室内をキョロキョロとしていると、イグニスが正解を教えてくれた。


「見た目より少し狭いね。隠し部屋でもあるかな。構造的にはそうだなぁ」


 ていと食器棚を倒せばなるほどそこには入口が。俺もジグもスッキリである。

 土で盛った壁なので、後から作るのは簡単だった事だろう。室内に無理やり作った空間などたかが知れているもので、面積的には二畳も無い小さな部屋で。どれどれと覗き込んで絶句した。

 

 蝋燭の明かりが山羊の顔を照らし出していたのだ。

 細長い瞳孔の、どこを見ているのか分からない瞳がギョロギョロと動く。

 ぎゃー怖い怖い怖い!


「ゴウト! 逃げたんじゃなかったのか。お前に聞きたい事があるんだ」


「大変気分がががg。良おおおおゴザイマスメェー」


 コイツが件の獣人だったか。

 真っ暗な小部屋の中に佇む姿はあまりに不気味。衣類は纏わず、床に胡坐をかいている。白い毛並みには、赤い塗料で何やら幾何学な模様が描かれていて。

 何だろう。床が仄かに発光したような。


「させるな! これは降霊術の儀式だ!」


 イグニスが叫びと共に炎の槍を放つ。

 着弾の確認はしなかった。炎が見えた時点で威力の想像がついたので、俺はイグニスとシャルラさんを抱えて外に走ったのだ。


 背を爆風に煽られて、お前はなんて事をと魔女を咎めるが、二人の視線は背後に釘付けだった。


 嫌な予感がしたもので俺も背後をチラリと見ると、朦々と上がる煙の中から黒い山羊の頭が見えている。それは屋根を超す高さであり、見間違えかなと眼を擦るが、映るのは煙が晴れてより鮮明になる山羊の化け物の姿だ。


「これは一体どういう事ですかイグニス殿!?」


「上位の悪魔は人に憑くのです。悪魔による御霊分けとでも言いますかね」


 御霊分け。俺がこちらの世界に来た日に、ジグルベインに霊脈を開いて貰ったやつだ。

 つまりあの獣人は悪魔の魔力を取り込んで、異形に変化したという事だろうか。


「なるほど。もはや問い質すまでも無いようだ」


 突如出現した山羊の悪魔に小さな吸血鬼が立ち向かう。

 一人では行かせまいと、俺も宙から黒剣を引き抜いてシャルラさんに並ぼうとしたが、予想外にそれは彼女自身の手で止められた。


「ツカサ殿。イグニス殿。手出し無用にございます」


 大丈夫かなと、ジグを見るとカカカと喉を鳴らして太鼓判。


(心配あるまいよ。あやつは二代目影縫いを名乗った。であればあれは立派な大魔である)

 

 イグニスも待機だと言うので、剣だけは握ったままに気持ち魔女を背に庇った。


「ゴウトよ! 言葉は分かるか! 何か弁明があるならば言ってみろ!」


「世界ををを! 変えるんだあぁぁ! 混沌んん万歳ぃぃい!!!」


 ガラガラと建物を崩し全貌を表す巨体。山羊の口がガパリと開き、一瞬ぴかりと煌めけば地上を襲う凄まじい衝撃。

 

 土埃が晴れて一体何が起こったのかと確認すれば、大量の石が地面にクレータを作っているではないか。まるで悪夢である。

 石の魔法だろうか、一瞬にして周囲は巨大な散弾銃でも撃ち込まれたかの様な悲惨な状況になってしまった。


 何より余波でこの有様だ。狙われた本人は無事なのかと目を凝らし、ハチの巣の様に穴だらけになった少女を見つけてしまい。


 頭部が半分かけている。可愛らしいツインテールも今や一房だ。それだけではない。腕が、足が、胴が。無事な所など存在しないくらいで。


「イグニス……イグニス! 回復魔法を早く!」


 恥ずかしながら滅茶苦茶に取り乱して、少女の元へ駆け出そうとしたのだが、ぐいと魔女に腕を引かれて。

 

「大丈夫だ。良く見なさい。私たちが無事なのも彼女のおかげだ」


 地に散らばる肉片が黒い霧と成り溶ける。闇が少女の穴を塞ぐ様に纏わりついて、その声は響いた。


「ああ、お気に入りの服だったのに。ゴウト、残念だよ。沙汰を言い渡さそう」


 串刺しの刑だ。吸血鬼は何事も無かったかの様に動き出し告げた。

 その光景を見た悪魔は、再び口を開き、岩石の雨を降らそうとするが二度と衝撃が襲う事は無い。伸びる影が顎を貫き口を閉ざしたのだ。


 更にズンと、黒山羊の胴をぶち抜き巨体を持ち上げる影の槍。

 相手が全うならばこれでお終いだろう。しかし相手は悪魔。以前戦った相手は首を落とそうと愉快に笑う馬鹿げた相手で。


「すば、素晴らしい! これが僕の力ららら!!」


 例に漏れず串刺しを物ともしない黒い怪異。その不死身と不死身の戦いぶりは、出来の悪いB級映画を眺めている気分だった。


 だが、ジグルベイン風に言うのならば格が違うのだろう。

 シャルラさんが二度目の不覚を取る事は無かった。一本で足りぬならばと増える槍はぐじゅりと肉を貫いて。二本、三本と悪魔から生える棘が増えていく。


 不死でも痛みは感じるのだろうか。であればその光景はきっと絶望だっただろう。

 天空を埋め尽くす無限の影槍。串刺し刑がいつ終わるのかと言えば、それは自身の命が果てるまでであり、100を超える辺りからは早く殺してくれと懇願しながら悪魔は息を引き取るのだった。


「領の者ならば子供だって知っているだろう。悪い事をしたら、怖い領主に串刺しにされちゃうぞ?」


 これにて串刺し終了と、ばさりとローブを翻しシャルラ・ラルキルドは悲しげに笑った。

 

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