第130話 二人の魔法使い
勇者と伯爵のやりとりに気を取られてすっかり約束を忘れていた俺は、慌てて隣の魔女を捕まえて、後ろで縮こまっていた雪女を紹介する。
「イグニス、こちらスティーリアええと……さん!」
「ウェントゥスです! さっき名乗ったばかりですよね!?」
家名をど忘れしたので勢いで押し切ろうとしたのだけど駄目だった。ウェントゥスね。こっちの名前って一発で覚えるの難しいんだよね。
まごまごしていると、イグニスが下がっていろとばかりに胸に手を当ててきて、俺はじゃあ遠慮なくと一歩引いた。
「これはスティーリア嬢。挨拶程度はしているはずだけど、まともに話すのは初めてかな?」
「ええ、そうですねイグニス嬢。なので貴女から推薦があったと聞いた時はとても驚きましたわ」
「優秀な君に声を掛けるのは当然じゃないか」
「いえいえ。あの空席の姫君に名前を覚えていただけているとは光栄ですわ」
魔女と雪女の対面はあくまで淑女に。しかし心なしか視線同士がぶつかり火花が散る様な。そんな静かな闘争の気配がした。両者共に腕を組み、一歩も譲らぬとばかりに仁王立ち、眼光修羅の如く鋭く、それでも口元だけが笑顔を演じるのが何とも不気味である。
(ううむ。炎VS氷。必然の対決であるな)
いや、そもそもなんの対決なのさこれ。
「ヴァン君から聞いた話では、貴女は別行動を。だから代わりの魔法使いを探していると」
「纏めるとそうだね。私は君になら任せてもいいと思ったのだけど」
「言っておきますけど。私は貴女の代わりなんてまっぴらごめんです」
ピシャリと言い放つ雪女。対して魔女は表情を動かす事もなく「そうか」と軽く受け流す。機嫌を損ねるのはむしろスティーリアさんで、綺麗な顔の眉間に皺を寄せ、ぐぐいと赤髪の少女に詰め寄って。
「また逃げるのですか」
この言葉には、さしものイグニスも……。いや、無表情だった。普段から何を考えているかは分からないが感情を隠すタイプでないだけに怖い。凄く怖い。
二人の間にどんな因縁があるか知らないが、このままヒートアップするのは良くないと思い、「まぁまぁ二人とも落ち着こうよ」と声を掛ければ、赤が白藍が、すっこんでろと睨んできた。ガクブル。
「あらー面白い事になってるわねー」
「カノンざ~ん」
いつの間にか合流したカノンさんがよしよしと慰めてくれた。争う二人を止めてくれと頼むのだけど、意外にも僧侶は見守ろうと俺の方を窘めた。喧嘩に発展するならば二人共ぶん殴ると心強い言葉が添えられたが、なにやら確執に心当たりがあるようであった。
「イグニスはさ、貴族院で勝ち逃げしてるのよ。いえ、争う舞台にも立たなかったってのが正しいのかな」
魔道の名門の生まれでありながら魔法科に在籍しなかったという話は前に少し聞いた覚えがある。しかしどうやらイグニスは殆どの授業に参加していなかったらしい。故に付いたあだ名は空席の姫君。
なんとも目に浮かぶ光景だった。きっと学校で習う範囲などイグニスには眼中になかったのだろう。本人が足並みそろえて学ぶなど馬鹿らしいと発言していたし、その時にはすでに勇者一行の魔法使いを、世界を夢見て、一人貪欲に学ぶ事へ没頭していたのだ。
思えば先の決闘も、魔法科の生徒がイグニスの実力に疑問を抱いてのものだった。
ならば首席は。イグニスという魔法使いと競う事無く1位を取ってしまった少女は、魔女に対し何を思うのか。
「主席は私よ。貴女がどれ程優秀な魔法使いだろうと、この事実だけは覆らない」
「……そうだね」
「それでもきっと、私では貴女の代役は務まらないのでしょう」
「……そうだろうさ」
「だから、これだけは覚えておきなさい。私の名はスティーリア・ウェントゥス。勇者一行の、魔法使いよ」
スティーリアさんはイグニスと目を合わせ言い切った。同じ舞台に立ったぞと。これからが本当の勝負なのだと、正々堂々と手袋を投げつけたのだ。これではイグニスとて眼中に無いとは言えなかろう。雪女から放たれる視線を真正面から受ける赤い瞳は、ギラギラと対抗心を映す。
「覚えたとも。ああ、覚えた」
カノンさんの「ね、大丈夫でしょ」という囁きに俺はコクリと頷いた。
人間的摩擦とでもいうのだろうか。意見が違うならば、ぶつける。この国では可憐に思えたスティーリアさんでさえも当然の価値観なのだろう。そもそも、決闘で白黒付けようという文化なのだしね。
(やはり暴力。暴力は全てを解決する)
「お前負けたじゃん」
(忘れたの! カカカ!)
◆
そこからは僧侶が割込み仲介した。手の空いたフィーネちゃんを巻き込み、新メンバーの魔法使いと挨拶合戦である。
「私カノン。フェヌア教の助祭を務めてるわ。いやーイグニスに啖呵切るとは良い度胸ね貴女。気に入ったわ!」
「私はフィーネです。勇者させて貰ってます。歓迎するねスティーリアさん」
「はわわ。みなさん、不束者ですがよ、よろひくお願いします!」
仲良くやっていけるかなと見守っていたところ、どこに隠れていたのかヴァンまでもが駆けつけて、おお勇者一行勢ぞろいだなと思っていると、ヴァンはスティーリアさんが一行に加わるという話に一人待ったを掛けた。
「待てよティア。やめとけって、お前までこんな蛮族になっちまうぞ!?」
ヴァンは好きな女の子に危険な事をさせたくないのかガクリガクリと雪女を揺すり説得を試みるのだが、蛮族扱いされた勇者、僧侶、魔女は「ほほう」と剣士を囲み、存分に‘こんな’ぶりを発揮していて。
俺は安全圏から馬鹿な奴だと眺めていたのだけど、ちょいちょいと誰かに肩を突かれびっくらこいた。
「やあ怪しい者じゃない。僕はフィスキオというのだけど、少々君と話しがしたくてね」
怪しい者は皆そう言うのだ。なんと第一王子が俺なんかに話し掛けてきたのである。
そうか、フィーネちゃんが空いたのだからこの男もまた自由になったのだ。
「はい。王子様ですよね。俺なんかに一体なんの御用ですか」
「うん。何を隠そう、僕は女性の胸が。特に大きい胸に目がないのだけどね」
アトミスさんから聞いたよ。ちょっとは隠せよエロ王子。
などと正面きって言えるわけもなく、俺ははぁと気の抜けた返事を返す。こいつの性癖なんて知ったこっちゃないのだが。
「君からは同類の匂いを感じるんだ。なぁ、僕たちは心の友に成れる気がしないかい?」
「あ、ごめんなさい。そういうのいいです」
なんて迷惑な友情の押し売りだろうか。王子の発言でヴァンを虐めていた勇者一行までもが冷たい視線をこちらに向けてくるではないか。やめて。同類に見ないで。少なくとも俺には理性くらいあるの。
「いいや僕には分かる! カノン嬢の胸元を覗く獣の様な目。君だって好きなんだろう巨乳が! 大きいおっぱいがさぁ!!」
やめろ。まじやめろ。ジグの視線が冷たいんだよ。
「ばばば。何を馬鹿な事を。俺はその、ええと、ほら、美乳派なので!」
アホな王子からふいと視線を逸らすと、今度は真顔なフィーネちゃんと目が合ってしまった。勇者は嘘を見抜くけれど、果たして今の俺の発言は、嘘と取られたのか真実と取られたのか。ともあれ株が大暴落したのは確実なようだった。出来るならば王子を名誉棄損で訴えたいと思った。
ちなみにだが、ヴァンの呼んだティアというのはスティーリアさんの愛称のようだ。
勇者一行仲間ということで、フィーネちゃんやカノンさんにもそう呼んで欲しいと雪女は言った。そして意外にもそのお許しは俺にも降りるのだけど。
「あ、貴方も特別にティアって呼んでもいいんだからね?」
「そういうのいいですー」
「なんでよー!?」
俺はこちらも丁重にお断りした。
いや、ヴァンがね、殺人鬼の様な目で貴女の後ろにね。
◆
「なぁフィーネ。テオドール伯爵は、最後、どのような感情を抱いていた?」
「あ、俺も聞きたい」
小声で勇者に話しかける魔女。フィーネちゃんはアトミスさんにも同じ事を聞かれたと、警戒の眼差しでイグニスと俺を流し見る。
「そうだね。【深淵】その意味は知らないけれど、怒りだよ。けれど伯爵は怒りを自身に向けていた。何か思うところがありそうだね」
「そうか。十分だよ、ありがとう」
魔女はそれで何かを理解したのだろうか。伏せられる瞳は感情を読ませなかった。
方やアトミスさんは、顎をクイと動かし指示を出していた。命令されたのは団長で、「え?俺?俺の方が偉いよね?」とでも言いたげな顔で会場を後にする。
「どうなるのかな」
(さてな。正直あまり興味もないんじゃ)
裏で何かが動いている。まるで手の届かない隙間にゴキブリが入って行ったような、そんな気持ち悪さを感じながらも、人も時間も動いていく。
このパーティーが終われば、明後日はいよいよ武術大会。魔女と妖女の予見した、いわばXデーの日なのであった。
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