第131話 予選開幕



「うわぁ。結構人多いんだな」


「だいたい200~300人くらいは集まるな。まぁ学生が多いんだけどよ」


「やべ。俺ちょっと緊張してきたぞ」


「まだ受付もしてねえじゃねえか!?」


 今日は武術大会の当日だった。とは言っても今日明日はまだ予選だそうだ。

 会場は王都のハンターギルド。その試し場と呼ばれる場所で、普段は護衛や狩りの仲間を探す時に腕前を確認する為の闘技場だった。


 そこに俺はヴァンと二人で訪れている。

 わざわざヴァンがイグニス家まで迎えに来てくれたのだ。双剣の紋章を掲げた立派な馬車がやって来た時は誰が来たのかと思ったが、よくよく考えればコイツも貴族のお坊ちゃまだったか。


 受付に並ぶ行列は試し場だけに収まりきらず、ハンターギルドと、内部で繋がる冒険者ギルドにまで伸びてようやっと収まるくらいだった。俺もヴァンも素直に列の最後尾に並んで、まだまだ時間が掛かりそうなので、退屈しのぎにとギルド内を見渡していた。


 今日は貸し切りなのか一般の冒険者やハンターは居ないようだ。普段は魔獣の買い取りや食事の提供もしているギルド内であるが、机を片付けて少しでも収容人数が上がる工夫をしている。


 見渡して思うのは、やはり若い子が多い、だろうか。この国では15歳で成人ということを考えれば、学生服を着ている人は皆年下か、あるいは同い年という事になるだろう。


 ちらほらと女の子も居たり、獣人も混じっているが、残念ながら見知った顔は居なかった。まぁハンターの顔見知りなんてウルガさんとガリラさんくらいしか居ないのだけどね。

 

 しかしハンターギルドで開かれる大会に何故こんなにも学生が多いのだろうかと疑問に思う。普段ならば喜んで説明してくれる解説役がいないので、ムムムと灰色の脳細胞をフル回転させるが答えは出なかった。


「なぁヴァン。この大会ってハンターギルド主催なんだよな。なんで学生が多いんだ?」


「いや、貴族院と両方での開催だよ。だから本選は貴族院でやるんだ。ちなみに16人まで出られる」


 ヴァンの話では武術大会は元々は騎士科の行事だったものらしい。というか今も騎士科だけの大会もあるらしい。なのだが、身内で大会を開いていると上位の顔ぶれが変わらないので、外部の人を入れて行う事にしたようだ。


 そこで参加を希望したのがハンターギルドである。ハンターギルドは魔獣を狩る組合だが、騎士に成れなかった魔力使いが護衛や傭兵などもやっていて、世間に力量をアピールする機会として重宝しているみたいである。俺はなるほどねと頷く。それはどちらにとっても有意義で刺激がある事だろう。


「ヴァンは出たことあるの?」


「俺は去年優勝してるぜ。連覇目指すんだ、へへ」


 若竹髪の少年は自慢気に言った。

 そりゃそうだろうと思う。騎士の入団資格の最低条件は纏だと聞いた覚えがある。ならば学生やハンターの多くは纏まで習得していないという事だろう。その中で大活性や魔剣技まで当然の様に習得しているコイツが異常なのである。


「去年の優勝者? ってうわぁ勇者一行じゃねえか!?」


「あ、ヴァンだ! また出るのかよアイツ!」


「馬鹿じゃねえのか。自分の力量考えろよな!」


 パレードの後という事もあり顔が知れているのか、見つかった俺たちは学生だけでなくハンターからまでもブーイングが上がった。勇者一行の剣士は野次を涼し気な顔で受け止め、「雑魚が」と一蹴。周囲はさすがに喧嘩を売る度胸はないようだが、雰囲気は賑やかなものから一転お通夜モードに突入してしまった。


「お前空気読めないって言われない?」


「知らねえな。違反してるわけでもないし、弱い奴が悪いんだ」


(カカカ。正論!)


 なんとも気まずい空気で列に並ぶ事になるのだが、ヴァンは三白眼の鋭い視線を俺に向け言う。


「それにな。俺だって勇者一行の看板背負って負けるわけにはいかねえんだよ」


「ふぅん。まぁ頑張れよ」


 何故か尻に蹴りが飛んできた。この野郎。



 受付では名前と入門証、そして参加料が必要だった。

 聞いて無かったけれど、ああ要るよなと思い、腰から財布を取り出し払う。小銀貨2枚、2000円くらいだった。


 受付を済ませると番号札を貰う。

 参加者全員が出揃ったら、この番号を元に対戦相手を抽選するようだ。

 本選はトーナメント方式だが、予選は脱落方式。200人越えの参加者を16人になるまで戦わせていくスタイルらしい。


 試し場に足を踏み入れれば、熱気が肌に突き刺さった。

 広場には区枠が設けられ一度に6組が対戦できるようだ。舞台には12人の戦士が立ち鎬を削りあっていた。入り乱れる鋼の音が響く、気合の篭った叫びが鼓膜を揺する。拍手と歓声が降り注ぐ。


 俺は迫力にたじろいだ。誰も彼もが勝ちを狙っている。負けてなるものかと、思いを剣に乗せ、気持ちをぶつけ合っている様に見えた。


「じゃあ、ここから敵同士な。せめて予選で当たらない様に祈ろうぜ」


「待てよー。こんな所に一人で置いてくなよー!」


 ヴァンは「じゃ」と手を挙げて、すたこらと歩いて行ってしまった。同級生でも見つけたのか、制服を着た集団と立ち話を始めたようだ。そうなっては混じるのも気が引けて。俺は一人ポツンと壁際で番号が呼ばれるのを待った。いいもん。俺にはジグが付いてるもん。ぐすん。


(泣くなよ。よしよし)



「72番と196番の人試し場へ! 72番! 196番です!」


(おう、呼ばれとるぞお前さん)


「あ、俺196番か」


 1時間程ぼうと試合を眺めていたが、どうやらやっと俺の番らしい。

 順番はランダムなのか俺と連番のヴァンは結構前に呼ばれてさくりと一勝を勝ち取っていた。


 俺は職員の呼ぶコートに向かい番号札を渡す。これが返ってくるのは勝ったときだ。

 番号を確認し頷く職員のお兄さん。この人が試合の審判も務めるらしく、武器を選んで待ってろと言われる。


 あくまで試合なので武器は真剣ではなく刃引きだ。槍などもあるのだけれど、俺はなるべく黒剣に近い刃渡りの剣を見繕い、ブンと一振りしてから、手に合う物を選んだ。


「ああ、すまない。番号が読めなくて遅れた!」


 そうしている間にも対戦相手がやってきた。茶色の毛並みの獣人がこれで合ってるよなと職員に番号を確認してもらい、大丈夫だという声を貰い胸を撫で下ろしている。


「うん?」


(ううん?)


 ピコンと立つ三角の耳。鋭くも円らな瞳。長い顎と大きな口。それは見覚えのある狼の横顔で、どこか懐かしい声色をしていて。


「もしかしてウルガさん?」


 俺の声にピクリと耳を動かした狼は、こちらを向きあんぐりと大きな口を開いた。

 まさか対戦相手として再開するなんて予想だにしなかっただろう。俺だってびっくりである。


「ツカサ! なんだ久しぶりだなおい! まさかこんな所で会うなんてよ!」


 元気だったかという定番のやりとりをして、あれからのゴブリン騒動の話を聞いてみる。

 「ああ、おかげでな」とウルガさんが嬉しそうな声を出した所で、審判から後がつかえているから早くと叱られてしまった。


「おっと。そうだったな。友達だからって手は抜かないから本気で来いよ」


「頑張ります!」


 審判の始めと言う声で火蓋は容易く切って落とされた。

 ウルガさんの獲物はやはり槍。出会った頃の様にひゅんひゅんと回す事は無く、中腰に構えられる矛先は低く地面に向けられていて。


 なんの因果か、まさか初戦から知り合いと潰し合うことになろうとは。

 俺も魔力を活性させて、身心共に活を入れる。姿勢はやや前景の左半身。いつの間にか身体が覚えていた、構えとも呼べない戦闘態勢だ。


「ハッ!」


 深く突き出される腕と同調し槍が飛び出す。狙いは足元か。剣で払うにはやや低く、一歩下がり足で躱す。切っ先はヒュンと風切り止まり、好機だと見て踏み込んだ。


 魔力を纏う右足が地面を蹴れば身体は砲弾に変わる。槍の長さなど関係ないとばかりに間合いを踏み潰し、狼の肩口目掛けて振りかぶり。二ヤリと獣は笑った。


「槍の神髄は引きの速さだぜ」


「うおおおっ!?」


 ウルガさんが腰を引けば追従する槍は俺を追い越していく。なんてこった、俺の踏み込みよりも早く槍を引き戻したのだ。


 俺はといえばまだ空中。間合いを埋める為に一歩で大きく飛びすぎた。そこに無慈悲に突き立てられる二の槍は、自身の勢い合い混じり高速で。


「こなくそ!」


 ガキィンと金属音が響いた。剣で受け止めなんとか凌ぐ。

 ただし体勢も糞もなく、本当にただ剣を当てただけなので、槍の勢いに押され弾かれて。俺は不格好に地面に墜落した。


 強い。獣人の身体能力が高いのは知っている。それこそレーグルで嫌というほど身に染みている。それでも、魔力を使えないウルガさんがここまで手強いとは、目の醒める思いだった。


「ツカサ。あの日送った言葉を覚えているか?」


「言葉?」


「そうとも。俺は魔力が使えない。けどな、相手が魔獣だろうと、魔力使いだろうと、いかに強大だろうとも! 誇り高き戦士は決して逃げない!」


 例えば、愛する者に。友に仲間に同胞に危険が迫るならば、真の戦士は死地であろうと武器を取るのだと。そしてそんな戦士に贈られる言葉こそ「アパムゥ」以前俺に向けられた、勇気を意味する言葉であると。


 俺は彼が何を言いたいのか分かってしまった。

 スッと立ち上がり、土も払わずに、全力で魔力を回し、大活性へと運ぶ。


 勇気だ。彼は戦士として、魔力使いの大会に勇気を持って挑んでいる。俺とて手抜きをしたつもりはないが、それでも本気ではなかった。それがただの一度のやりとりでバレてしまったのだ。

 

「行きますよウルガさん。これが俺の全力です」


「そうだそれでいい。来いよツカサ!!」


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