第132話 予選1


 身体強化。魔力の扱いに置ける初歩の技法。されどその身を超人に変える、魔力を扱えぬものとの高き壁。だけれど遠慮なく全開で、かの獣人の勇気に応えるべく、俺は自身の最高の暴力で勇者を迎えた。


 喉元を狙う切っ先を置き去りに間合いを埋めて、お返しとばかりに突きを一閃。

 今度は槍の引きも間に合わないが、流石は熟練の戦士。それは勘か、俺の踏み込みと同時に後ろに飛んで、見事刃より身を躱す。


「ぬぅああ!」


 追撃は緩めない。ジャリと足を滑らせ半歩進む。すればそこは剣の間合い。俺の暴力が生きる射程の中だ。ブンと。まるで鉄槌でも振り下ろすかの様な上段からの斬撃。驚愕に目を張る狼は咄嗟に槍の柄を盾に受け止めた。


「っぐ!なんつう馬鹿力!」


 獣人の身体能力がいかに高かろうと、大活性の俺はオークさえも圧倒した腕力だ。受け止めきれないと悟ったウルガさんは、力を抜いて斬撃を逸らした。その上手さに舌を巻く。ともすればコレで決まるかなと思ったのに何がだ。


 柄に角度を付けられて、刀身が滑り台に乗せられた様にシャーと走る。おまけにその力を利用して、離れろとばかりに槍を薙ぎの形に持ち込まれた。


 長い凶器が迫る。改めて見て長大な得物は、下がり躱せるような代物でなく、振り下ろしたばかりの剣を渾身の力で持ち上げ迎撃する。


 バチンと大きな音を立て槍と剣は打ち分かれた。その隙に距離を取られたのか、同時にウルガさんとの間も大きく開く。「大したもんだな」とお世辞が聞こえた。どちらがという話だ。


 俺は下手をしたと内心舌打ちをした。今の一撃で明らかに警戒度が上がったのである。

 

「ふぅふぅ」


 一歩だ。ウルガさんとの距離は約4メートル程。一歩踏み込めれば懐に入り一撃を見舞う事が出来た。だと言うのに、その一歩が果て無く遠い。


 向けられる切っ先。いつ伸びるとも知れぬ刃はジリジリと神経を削った。

 右へ左へと肩でフェイントを入れるが、切っ先はピタリと喉元を指し示し、破れかぶれに剣で払おうものなら、スルリと避けて強烈なお返しが飛んで来る。


「どうした、来ないのか?」


「そっちこそ」


 しかし神経をすり減らすのは俺だけではないはずだった。

 むしろ身体能力で圧倒する俺を槍一本で制するのは並大抵の集中力でないはずなのだ。


 なるほどと。イラつきを通り越して感心する。

 槍は元々剣の間合いの外から攻めるものだ。剣の届かぬ距離でも、槍は攻撃を当てる事が出来る。そんな当然の事に、えらく寒心をした。


 魔力が使えるから。大活性に至ったから。それはまったくの驕りだったと言えよう。

 力で敵わないなら打ち合わない。速さで劣るなら対応出来る距離を置く。これこそ暴力に屈せぬ為に編み出された、戦士の知恵と技法ではないか。


 皮肉なものである。


 槍を手に距離をとる狼男。素晴らしい腕前だった。視線、呼吸、重心。あらゆる所作から動きを見抜き、常に槍で間合いを確保してきた。技術である。修練の末に会得した技法である。それは何とも人間的で。


 対して、腰を落とし飛び掛かる時を今か今かと計る俺。有り余る暴力で獲物をねじ伏せようというあり様は、これではどちらが獣か分からないではないか。


「…………」


「…………」


 ああ、来るなと感じた。

 槍先はピクリとも動かない。それでも呼吸が、ほんの一瞬ピタリと止まる。力むための、攻撃に移る為の、小さな前触れ。


 ウルガさんの槍はさながら弾丸だ。突き出しと引きまでもが1セット。煌めいたかと思えば、もう目先に戻されていて、気分はまさにライフルでも突き付けられている気分で。


 でも、だからどうした。

 剣で斬るためにはこの槍を超えて行かなければならない。だから次。次にこの槍が動いた時、それを合図に俺は飛び出すと決めた。


 不思議と覚悟というのは伝わる。相手がどう動くかと、ならばどう攻めるかと考えるうちに、思考というのは重なるのだろう。

 

「――しっ!」


 ここに来て最速を記録する突き。威嚇でも間合い取りでも無く、ここで仕留めると腰も力も入った全力の一撃。


 あるいは。身体強化を施したこの身なら、刃引きの槍程度受けてもなお強引に前に出れたかも知れない。でもこれは武術大会。武術を競う場であるからこそ、俺は剣で応えるべきだと思った。


「だぁありゃあ!」


 刃と刃が触れ合って、押し通すは剣の太刀筋。大きく反れる槍の軌道を視界に残し、滑らかに踏み込む。胴を狙った横薙ぎを放ち、振り上げられた石突きに邪魔をされた。


 本当に上手く槍を操るものだ。剣の間合いに持ち込もうと、柄を扱い食い下がってくる。

 けれどもここが決め時だろう。引かせない。逃がさない。呼吸をぐっと飲みこみ剣を振るう。


「うおおお!!」


「ぐっ!」 

 

 再びの胴。今度は回避も間に合わないのか槍を地面に突き差し、俺の剣をモロに受けた。メキメキと槍は軋み、ウルガさんの足が浮く。


 間髪入れずに逆胴。相手はしゃがみ込みながら、地面から矛先を振り上げこれを弾く。衝撃でバキリと槍がへし折れた。


 審判は止めに入らない。ならばと弾かれた剣を振り上げて、止めの一撃を振り下ろす。

 が、俺は見る。闘志の鈍らぬその瞳を。


 槍が折れようと、戦士の魂までは折れていなかった。走る悪寒に咄嗟に振るう剣を止めた。ゴウと、顎を石突きが掠めていく。この局面でまさかの交差法狙い。剣を振り下ろしていたならば、切り伏せると同時に顎を砕かれていた事だろう。


 そして安堵する間も無く、目に映るのは跳躍する獣人。伸ばされる右手は空中に舞う折れた矛先を掴み取り。正真正銘最後の一撃。決死の特攻を見せて。


「「うらぁああ!!」」


 迎え撃つは当然に全身全霊の一振り。躱すとか弾くとかは考えなかった。ただ真正面からぶつけるだけの暴力である。


 刃引きの剣は槍の切っ先を砕き、止まらずウルガさんの肩口を切り裂く。武器を失い倒れた獣人に、流石に審判は続行不可能と判断をした。


 心配で駆け寄ると、ウルガさんは顔を苦痛に歪めながらも立ち上がる。

 「オイオイ。勝者が湿気た顔するなよ」そう言いながら、俺の手を取り、高く突き上げたのだ。


「勝者ってのはこうするんだぜ?」


 ドッ音が降ってきた。それは拍手であり歓声であり、健闘を称えるものだった。

 どうやら俺は会場のこの大音声も聞こえない程に勝負に没頭していたらしい。


「ははは」


 手を振りながらもこぼれるのは乾いた笑いだけだった。こんなに人が見てたとか恥ずかしいなぁ。


「ウルガさん、ごめんなさい。怪我は大丈夫ですか?」


「気にするなよ。参加者は大会中の怪我なら無料で治療して貰えるんだ」


 それは何よりの事だった。

 そして、審判からちゃんと勝者としての勝ち名乗りを受けて、おめでとうと、自分の番号札が返ってくる。この時やっと、勝ったのだと実感と喜びが沸き上がってきた。


「応援してるから俺の分まで頑張ってくれよ!」


「はい! 頑張ります!」


 狼男と拳を合わせ、これは負けられないぞと、大会のモチベーションが上がってくるのを感じる。ウルガさんの分まで。そう考えると、途轍もなく重い一勝なのだが、今はそれがとても誇らしかった。


「ところでさ、俺には有ったか? アレ」


「それはもうアパムゥでした」


「なら良かった」


 狼男は満足気に言うとバタリと倒れた。強がりだったのだろう。ドクドクと流れる血液に思わずメディッークと叫んだのはきっと混乱していたのだ。俺は邪魔だからと試し場から退かされて、担架で運ばれるウルガさんをただ見守る事しか出来なかった。


(あんなん神聖術ですぐ治るわ)


「うん。そうだね。うん」


 勿論心配ではあるのだが、次の試合にいつ呼ばれるか分からない以上、俺はこの場を離れるわけにはいかない。不戦勝で負けたなどとてもウルガさんに報告は出来ないのだ。番号札を握りしめながら祈った事は、どうかヴァンとは当たりませんように、だった。


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