第107話 一体誰が信じるか
シエルさんのお陰で帰りの道は実に快適だった。
それはそうだ。同じ枝の上を歩くにしても上下左右迷路の様に伸びる道を行くのと、出口までどうぞお通り下さいと言わんばかりの一本道では時間も労力も比較になるまい。
調査しつつとは言え4日掛けた行程がわずか4時間に圧縮されたのには何とも言えない徒労を覚えるが、樹木の作る遊歩道を歩くのも楽しい体験だった。
巨木が意思ある様に身を伏せるのだ。枝が並び足場が出来て、森がうねりうねりと形を変える様は御伽噺に迷い込んだような妙な気分だった。
面白いのが俺たちが通り終わると何事も無かったかのように森が元の姿に戻る事だ。樹木がまるで静かに佇む執事に思えた。俺よりよほど上手なエスコートである。
また、行きはランタンを片手に薄暗い足場と睨めっこして歩いたが、今度は景色に目を配る余裕もあったのが嬉しい。葉擦れの音を鳴らす深緑の天井は木洩れが星空の様に輝いていて。足場からそぉっと下をのぞき込めば、もう全てが遠く闇の中。
この森の底は日も届かぬ暗黒で、しかし一面に光る苔が広がっているのだと、誰が信じてくれるだろうか。
湧き水が流れ、冷たく清涼なそれは、やがて黄金が溶けたかの様に輝きを帯びる。
浸水した森で巨大樹の根の上を歩きながら、中央にまで辿り着けば一帯だけ昼の様に明るくて。そこには太陽と見間違う光を放つ聖剣が眠っていたよと言って。果たして人は信じてくれるだろうか。
体験した自分ですら、夢だったと言われれば納得してしまいそうな、そんな冒険だった。
だから最後に、クレーターの縁からもう一度森を俯瞰し、ありがとう楽しかったと叫んだ。
一応オチもある。実は俺たち、入り口を間違えていたようだ。
俺たちは王都方面から来たので西側から入ったが、この領主体の探検家が多い都合で入り口は北側に設けられていたようである。
北側ではクレーターの縁が削られ簡単な階段が設備されていた。下が鼠返しな構造に変わりはないので地面までは降りられないが、成長する木への対策として縄梯子が掛けられ、森の入り口を見失わない工夫も施されている。苦労したのにと愚痴が聞こえると、案内を務めたイグニスは何ともバツが悪そうだった。
◆
ラウトゥーラの森を出てからは、最寄りであるピスカという町へ行った。徒歩で一日半くらいだ。宿に預けてあるシュトラオスを迎えに行ったのだ。
イグニスは大丈夫だよと言うが、自分は真っ先にボコに会いに行った。売り払われてしまってないか心配だったのだ。厩舎に繋がれる白い駝鳥に只今と抱き着けば、ボコもお帰りと頭を甘噛みしてきた。可愛い奴だとウリウリ撫でていると、同じく馬の様子を見に来たフィーネちゃんに「それ威嚇行動だよ」と言われた。馬鹿な。
ともあれピスカで一泊をした。溜まった垢を風呂で丹念に落とし、湯船にふやける程に浸かり。ああ極楽。まさに魂の洗濯だった。
体ピカピカお肌もツヤツヤとくれば、当然次はご飯である。旅の最中は如何せん時間と材料の都合で質素な物になりがちなので豪勢に行った。
店に入って早々に酒を頼み、シエルさんを巻き込んで乾杯だ。聖職者であるカノンさんまで飲んでいた事が気になったが、ヴァンが肉と叫びイグニスが酒と叫び、机はすぐに料理で一杯となり戦場になる。
奢りと言ったフィーネちゃんはお財布の中を見ながら半泣きだった。子羊のワイン煮込みが美味しかったです。ごちそうさま。
宿に戻りフカフカの布団に身を落とし。久しぶりに人間らしい一日だったと文明に感謝する。
けれども眠気は中々訪れず、この日はヴァンと夜遅くまで冒険の思い出を語り合った。
◆
「ああ。ここはちっとも変わらないな。来ると安心感がある」
「いや、結構変わってますけど?」
「んん? そうだったか?」
そして俺たちはラルキルド領に足を運んでいた。
シエルさんのお陰で帰りの時間が大分短縮出来たので寄る事が出来たのだ。
目を見張るのは領への入り口だろう。前に来た時は獣道と見間違う程の荒れた場所だったのが綺麗に拓けて町へと続く馬車道が出来ていた。
「けど、こう。あれね。工事というよりは、なんか」
「ああ。なんか吹き飛ばしたみたいな痕だよな」
「……まさにそんな感じだね」
恐らくシャルラさんが帰ってきてすぐに突貫工事をしたのではなかろうか。道に合わせて草も木も土も強引に薙ぎ払った痕跡がある。道は踏み固められ、轍もあるので人為的なものだと思いたい。
勇者一行も馬車を引いているので凸凹道を走るよりはと納得し、魔族の治める領域へと足を踏み入れた。今日は途中で人馬さんと出会う事もなく、町への田舎道をトコトコと行く。
「なんか思っていたより普通の場所だな」
「そうだね。ラルキルド領の領境は人骨の壁があるって聞いたこともあったのに」
手綱を引く少年の言葉に景色を見渡していた勇者が答える。そういえば俺も魔女からそんな話を聞いた覚えがあった。噂話の恐ろしい所だ。無責任に広がる話は尾ひれが増えて、羽が増え、尻尾まで生える。一体人に伝わるラルキルド領は如何なる姿なのだろうか。
まぁ百聞は一見に如かずと言うし、この長閑な光景をみては疑念も晴れる事だろう。
「昔はそんなのもあったなぁ。当時は臭くて堪らなかった」
黒髪のエルフがなんか言っていたが、俺は努めて聞こえないふりをした。過去は過去!
◆
「止まれー! この先に進みたければ金出しな!」
そんな文句に脅されて、勇者一行は苦笑しながら「いくらですか?」と聞いた。
目の前では槍を担ぐ人豚さんがフンスと通せんぼをしている。
「えーと? 金貨5枚だ!」
「高けぇなおい!?」
「ああ! ケンちゃん違うよ! 銅貨だよ、銅貨5枚!」
町への入門料の徴収である。ちなみ銅貨5枚なら500円で格安だが、金貨5枚だと25万の超ボッタクリ。もはや山賊の領域だ。
以前は柵など無かった町だが、これまた突貫か木で組んだ簡易な柵が設けられ、入り口には門が出来ていた。他所の町は魔獣対策の苦肉の壁だが、ここでは出入口を絞る意味での柵だろう。
いかにも慣れない門番さんは、えーっとと記憶を手繰る様に馬車の積み荷をチェックする。人が隠れていないか。危険物はないか。違法な荷物はないか。文字の読めるらしいお兄さんが目録を読みながら、キチンと上から項目を潰していく丁寧な仕事だ。
「よし通れ!」
「へぇちゃんとしてるのね。下手な町の門番より真面目だわ」
「そうですね」
俺も驚いたとカノンさんに話す。前に来た時は門も門番も無く、硬貨の流通も無かったのだと。シャルラさんと別れてからまだ二週間程度だと言うのに、この町はもう大きく変わり始めているのだ。
顔を出したついでに町を見て回りたい気持ちはあったが、そんな事をしたらまたイグニスに怒られそうなので素直にシャルラさんの住む館を目指す。
町に入って真っすぐの所にある庭付きの洋館。流石に住処ばかりはすぐには変わらず、お化け屋敷の様な古びた外見に懐かしさすら覚える。
「ごめんくださーい!」
ドアノッカーを叩けば扉の奥からドタバタとした足音が響いた。思わずイグニスと顔を見合わせ笑いあう。初めは扉から顔を見せた小さな少女がまさか領主などとは考えもしなかったものだ。
「はーい! どちら様ってツカサ殿~!!」
灰色の少女がにぱりと花咲く笑顔で出迎えてくれる。今にも抱擁しようと腕広げ、一歩踏み出したところで「お久しぶりですね」とイグニスから声が掛かり。我に返ったのか吸血鬼はだらしない表情をきゅっと引き締めた。
「はい。お二方のお蔭で、領も何とか変わろうと動き出せました」
それで本日はどの様なご用件でしょうかと、やや他人行儀に振る舞うのは後ろに並ぶ勇者一行の姿が見えたからだろう。紹介したい人が居ると伝えれば、立ち話もなんだからと館に招かれた。
「初めまして。ラルキルド領領主、シャルラ・ラルキルドと申します」
食堂に案内されて、こんなものしかありませんがと葡萄酒がコップに注がれる。
客間に連れて行かなかったのは人数だろう。5人が座れる長椅子というのはそんなにあるものではない。というかあれ?シエルさんが居ない……。
「お初お目に掛かりますラルキルド伯爵。フィーネ・エントエンデと申します。今代の勇者の号を与えられております」
「なるほど。つまりそちらの方々は」
「はい。私と苦楽を共にする頼もしき仲間でございます」
頼もしい仲間と聞いてカノンさんはニヨニヨ顔で名乗り、魔族の住居が珍しいのかほへーと視線を彷徨わせるヴァンにお前もするんだと肘打ちを入れる。少年は痛みにピクピクと痙攣しなが名前を告げた。
「こんな僻地まで遥々とよく来てくれました。歓迎しますよ勇者殿」
「ご厚意に感謝し致します。伯爵様」
少しも曇らない吸血鬼の笑顔に勇者は胸を撫で下す。そうか。勇者の悪意を見抜く力とは、こんな些細なやり取りでさえ反応するのだろう。シャルラと呼んでほしいと伸びる手に、ではこちらもフィーネでと手が伸びて。手は固く結ばれる。
その光景を見た魔女は、隣に居ないと聞き取れないくらいの小さな声で「良かった」と呟いた。イグニスは以前、シャルラさんに勇者が町へ訪れた時に良くして欲しいと願った。約束は言葉だけの上澄みだけでなく果たされたのである。
「それにしてもフィーネ殿。まさか観光でこんな場所まで来てくれたのですか?」
「イグニスの話を聞いて一度来ては見たかったのですが、残念ながら私はおまけなのです」
シャルラさんははあと頷くも不思議そうに紫の瞳をぱちくりとさせる。
そこにバーンと扉が開かれて、主役が遅れてやってきた。
シエルさんは何処で手に入れたのか服を着替えていた。黒いワンピースに前掛けをした姿はそうメイドさんの恰好で。艶やかな黒髪のせいか妙に似合っていた。
「喜べシャルラ。今日から私がお前の女中だ!」
灰色のツインテールをした少女は開いた口が塞がらなかった。
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