ナンデヤ 動く歯車
第66話 珍道中
ラルキルド領の領境は人通りが無い為に獣道と間違う程に荒れ果てている。
行きこそ駝鳥の背に乗るお陰で気付かなかったが、馬車を引けばその路面の荒廃具合が再認識出来た。
林の中を横断する道はとにかく傾斜が多く。登ったかと思えば降り、降ったかと思えば登りの連続である。
そして路面の具合もこれまた酷い。草をなぎ倒して出来た経路は、土が見えず、植物に隠れて大小の石や凹凸が隠れていた。恐らく、近々に通った山羊の獣人が邪魔な石を取り除きながら通った為だろう。
幸いにして牛の魔獣は力強く、また虎の獣人ティグと言う人力要員も手に入れたので無事に切り抜けたが、シャルラさんは他領から商人が来ない理由をまざまざと実感した様である。
そして難所であった獣道を踏破し、狭いながらも馬車の轍残る街道に合流して。
数百年ぶりに領の外を味わう吸血鬼は、その空気を大きく吸い込んで言った。
「なんにも無い! 見事に、なんにも無いですね!」
ただの感想なのだろうか。確かに未だ山深く、町は遠い。言葉の通りにも受け取れる発言の真意は妙にさっぱりした表情の灰色の少女の中だけだ。
◆
ラルキルド領から一番近い町はクーダオレ領のイサカと言う町だ。
自分達も来る時は最後の町という事で食料やら消耗品を買い込んでいる。
シュトラオスの足ならば2日で走りきる道程だったが、この町に辿り着くまでに4日掛かってしまった。
遅れた理由は牛の性質だろう。走ってくれれば速いのだけれど、長くは走ってくれないし、すぐに道草を食べるのだ。畑や重量物の運搬では活躍しているらしいが、長距離の運用にはあからさま向いていなかった。
イサカでは俺とイグニスだけが町に入り、やはり食料と消耗品を購入した。
本音を言えば宿で一泊くらいしたかったのだけれど、大した値段では無いとは言え入門料がかかるのでシャルラさんが遠慮したのだ。
影市があれば俺達も入門する必要は無かったのだが、さすがに王都と距離があっては魔獣を恐れて影市は出ていない。あの何気ない光景もやはり平和の象徴なのだと思い知った。
目指すのはクーダオレ子爵が住むナンデヤという町。王都手前まで戻り、若干北上した位置にある様で、このペースならばまだ後3日は掛かるだろうという話だ。
時間もあるし、少し道中の話でもしよう。
野営が初めてだと言うティグと、ほとんど経験が無いシャルラさんを交えての旅は中々に賑やかで愉快だった。
◆
やはり一番傑作だったのはイグニスの作った青汁を飲んだ時の反応だろうか。
今までの経験からするならば、旅の最中に魔女が優先するのは味よりも栄養である。料理で栄養不足と判断された場合には、食後に必ず野草で作られた青汁が出てくるのだ。
身体に良いと言う草を煮詰めただけの汁は、ご想像の通りに苦く青臭い。もはや罰ゲームの域だ。俺は飲みたく無いので、なるべく栄養を考え料理をしている為最近は殆ど合格を貰えるのだが、そんな事を知らない二人が料理をした日には当然の様に出てきた。
「の、飲めっていうのか? この臭いのを?」
「イグニス殿。私たちが何か不作法をしたのであればハッキリと言って貰いたい……」
「さあグイッと! さあグイッと!」
コップ一杯程度の量なので俺は鼻をつまんで一息に飲み干すが、可哀想なのは獣人のティグだ。人間よりも鼻の利く彼は嫌だ嫌だと駄々を捏ねるも、赤い瞳の眼力にひれ伏して。覚悟の元大きな口でゴクリと行くが、暫くは自分の吐息の匂いで吐き気を催していた。
なおシャルラさんは躊躇い舌先で味見をしたのが悪かった。涙目で抗議をするも、相手は魔女だ。意見は黙殺されて、まるで毒でも煽る様な決心をした顔し、そして悶えた。
だが、彼女達は知らない。これが恒例行事である事を。南無。
◆
ああ、後シャルラさんにオカリナの様な陶器の笛を貰ったりもした。
領を出るときに住人から貰った品の一つのようだ。暇つぶしに練習してみたのだけれど、楽器なんて小学生の時のリコーダーや鍵盤ハーモニカくらいしか扱った事が無い為に思いのほか苦戦した。
1時間くらい練習して定番のあの曲が吹ける様になったが、勿論ジグルベイン以外には理解して貰えなかった。
(ラーメン食べたくなるのう)
ちなみにイグニスは普通に上手かった。俺が手綱を握っている時は、後ろでピーヒャラとこちらの世界の音楽を奏でていた。
シャルラさんやティグも楽器の経験はある様だ。祭りの時に踊っていた様に、娯楽が少ない町では音楽の演奏や踊りも遊びに含まれるらしい。そんな話になったので興味本位で他にはどんな遊びがあるのか聞いてみた。
「釣りや狩りも好きだが、遊びならレーグルだな」
ティグの言う聞きなれない単語に何それと聞くと、知らないのか?と馬鹿にされる。
しかしイグニスも知らないと答えて、どうやらラルキルド領のマイナー競技だという事が発覚した。
「え、嘘だろ。外にはレーグル無いのか? レーグルだぞ?」
熱弁を振るう虎男によれば10対10で行われる闘球に似た球技のようだ。
説明を聞いてああとイグニスが納得する辺り、外にも同じような遊びがあるのだろう。
恐らく人間、獣人、魔族と、異種族で遊ぶ為にルールが変わったのでは無いかと推察されていた。
「信じられねえ。男がレーグルやらないで何やるんだよ!」
「諦めろティグ。大体町でだって熱中してるのお前らくらいだぞ」
◆
そして話題は暇な時間の潰し方となって。
どうやらシャルラさんの趣味は編み物らしい。流石に馬車の中では揺れて作業は出来ない様だが、昼の休憩などでは器用に糸を編む姿が見れる。
「趣味、になるのですかね。まぁ良い時間潰しになるのは確かです」
何でも領の子供達の靴下や下着などを作っている様だ。町に服屋など無いので糸を紡ぐ事から始めて布を織る事もあるらしい。素直に感心するとシャルラさんはいやいやそんなと謙遜し、イグニスに話題を振る。
「イグニス殿はいかがお過ごしですか?」
「私ですか? そうですね。一人の時は本を読む事が多いですよ」
その言葉には俺も興味を持った。
二人で旅をしていると、火の番をする時は一人なのである。俺はジグルベインと会話をする良い機会としてそこそこに楽しんでいるのだが、彼女が本を読み過ごしている事は知らなかった。てっきり怪しげな魔法でも考えているものだとばかり。
「成程読書ですか。博識なのも納得出来る良い趣味ですね」
「ええ、心が豊かになりますよ。お気に入りを何冊か持ち歩いているのでシャルラ殿もいかがでしょうか」
魔女が鞄から数冊の本を取り出して内容を説明している。
一押しは王都で買った詩人の小説の様だ。甘酸っぱい恋模様があるらしく、女子二人でキャッキャッと盛り上がる様を見て、イグニスも女の子なのだなぁと思った。
(お前さん、落ちているそれはなんぞ?)
言われて、メモ帳らしき紙切れの束が落ちている事に気づく。先ほど本を取り出した時に落としたのだろう。何の気無しにパラパラと捲っていると、ジグルベインが恐ろしい言葉を呟いた。
(ツカサ・サガミ育成計画……)
「イグニース!!」
「あ、こら。人の物を勝手に読むんじゃないよ」
「その前に人権の話しようよ?」
◆
後はそう、我が最愛の魔王様の話を少しばかり。
先の通り、火の番は二人きりで気兼ねなく話せる貴重な時間だ。
この時ばかりは普段気を利かせてあまり話しかけて来ないジグルベインも饒舌になる。
(死人に口なし。儂としては、もうこの世界に関わる気は無かったのだがの)
「シャルラさんの事? やっぱり気になるだろ。良いと思うよそれで」
(んむ。さしもに哀れじゃ。しかしよ、儂は壊す事しか知らんし、出来ん)
「そんな事無いって」
贔屓目ではあるが、この世界での混沌の魔王の功績は大きいのではないだろうか。
暴力という手段ではあったがこの大陸を統合したのだ。その結果在ってこその今の王国だと思う。
(いや、つくづく感じたわ。変わったのう時代は)
武を競い合う時代から、平穏の時代へ成り、求められる王が変わったと。
宙で胡坐をかくジグルベインは、金の瞳に揺らめく炎を映しカカカと喉を鳴らす。
「それが分かってるなら暴力は控えよう。あんまり問題起こされると俺も交代し辛いよ」
(おおう、迷惑か。それはいかんな。お前さんを困らせる気は無いんじゃが)
「ん。戸惑うよな。価値観の違いって」
果たして生前のジグが迷惑で無かったかは置いておいて。
彼女もまた漂流者だ。同じ世界に戻って来たとは言え、過ぎ去った時間は400年。
国が変わり時代が違えば価値観も違う。
言わば現代日本にいきなり侍が現れて、無礼だ腹を切れと言ってそれが可笑しいかという話だ。現代の日本人には切腹なんてあり得ない。そして侍も相手が切腹をしないなんてあり得ない。そのレベルの齟齬が出ているのではないか。
(面倒じゃ。旨い飯を食って、お前さんだけ愛して生きていきたい)
「じゃあお酒は要らないんだね」
(カカカ。お前さんは優しいからきっとくれる。儂知っちょる)
「ふふ。明日でもイグニスに分けて貰うよ」
(……すまんの)
「言うなよ相棒」
俺達はかくも歪で。いくら伸ばしてもその手、けして重なり合うこと無く。
しかし魂で繋がっている。
さて、足掛け7日。魔王と魔女に吸血鬼と虎を加えた珍道中も残念ながらお終いの様だ。
予定ではとっくに町へ帰還している時間を掛けてやっとナンデヤの町が見えてきた。
語りたい出来事はまだまだあるのだけれど、それはまた時間のある時にでも。
イグニスの話ではクーダオレ領の料理は美味しいと評判らしい。
楽しみだな、ひゃっほう!
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