第59話 改善案



 さて、シャルラさんの領地経営が超適当だったという理由から、イグニス先生の領主講座が始まった。始まってしまった。


 何を隠そうイグニス・エルツィオーネという女、俺と旅をする家出娘であるが、領主の娘である。

 それも、長男が跡を継いでいない今は立派に領主候補の一人であり、能力の高さから親に警戒されている人物だ。


 ちなみに今ならば父のプロクスさんの気持ちが良く分かる。娘さん、今日も元気に暴れてますよ。お体に、いや頭皮にお気をつけて。何なら胃もね。


「さて、シャルラ殿。この領地の問題はどこだと思いますか?」


 魔女がビシッと変なポーズを取る。具体的には、無駄に一回転して両手で生徒役の吸血鬼を指さした。説明大好きイグニスちゃんである。意外と教師役にノリノリなのかも知れない。


「分かりません!」


 ハイ!と手を挙げ回答するツインテ娘。この人はこの人でどうして生徒役が似合うのか。

 幼い外見のせいだろうか。未だに中身がジグルベインより年上だとは思えない。

 ジグルベイン?自称220歳だよ。ピチピチだってよ。


「他領との交友が無いことです! 貴族の仕事は顔を売り、如何に便宜を図って貰えるかなのです!」


 流石にお家乗っ取り騒動を起こした女の言う事は違う。お願いだから純粋なシャルラさんを黒く染めないで欲しいと思った。


 しかし割と事実だろう。現状孤立無援なのは変わらないのだ。

 誰か頼りになる人が欲しい所である。


「交友ですか。それは難題です。そもそも魔族なので自重している訳でして」


 詳しく聞けばシャルラさん。どうやら本当に貴族や領主としての説明を受けていないらしい。


 今の時代ならば爵位と共に教育係くらいは付くらしいのだが、建国間もなくの話なので余裕が無かったか、あるいは担当が逃げ出したのでは無いかと魔女が予想する。

 確かに魔族の領地に行くのは勇気いるよねと思ったが、笑い話では済まないだろう。


 だが、この領地が隠れ里の様にひっそりと存在するのにはもう一つエピソードがあった。


 先代の死に悲しみつつも領地を得て人間と和解したと喜ぶこの領の人達。

 事実和解ではあるのだが、今まで戦争をしていたのである。領の周囲と言えば、つまり戦場の最前線なのだった。


 それは揉める。揉めて揉めて乱闘が戦闘になり、再び戦争が勃発しかねた所でシャルラさんがストップを入れたそうな。


 完全に出鼻を挫かれたラルキルド領の解放運動。

 迂闊に出歩き人類との関係にひびが入れば先代の死が無駄になると、慎重に時期を見かねて気づけば今日に至るとか。


「でも、人間や獣人ならば町の外に出られるのでしょう?」


 今回獣人のゴウトが薬の買い出しに出たように、とイグニスが質問すればやや曖昧な顔で肯定する伯爵。


「確かに出れはします。でも外を知る者が少ないですし、人間でもまず領は出ないですね」


 未知という憧れと共に恐怖もあると言う。実際的な問題とすれば、魔獣の存在もあるようだ。


 魔族ならば魔獣と戦えるが、素人の人間や獣人では歯が立たなく、そして町の決め事で魔族は外に出れない。必然人間も外には出ないという話だ。


 もっともこの世界では町の外を出歩く方が少数なので、それはこの領に限った事ではないが。


「訪ね人も稀に他領の商人が物珍しさに来るくらいです。前に来たのは、4~5年位前かなぁ」


「通貨が使えないのであれば商人としての利は薄いでしょうしね。何か特産品でもあれば喜んで物々交換にも応じるでしょうが」


 それには俺も頷いた。そう、この領はお金を使わないのだ。

 多少交換のレートが良くても運ぶ間に痛む食物などでは話になるまい。

 すると鉄や布などの加工品になるのだが、訪れないという事はそう言う事だろう。

 

「お金……お金かぁ。あれ食べれないしなぁ」


 シャルラさんの呟きにイグニスはおろかジグルベインさえも遠い目をする。

 札束も遭難すればただの紙屑と言うが、まさにそれだ。 

 一応紙幣と違い、他種族とでも交流しやすい様に硬貨自体に価値を持たせているというのに。


「何か魔族ならではの品とかは無いんですか? 例えば吸血鬼の牙みたいな」


 特産品が無いなら作ればいいじゃない。そう思い発言したのだが、その案は魔女にバッサリと切り落とされる。


「希少価値があっても量産出来なければな。私としては魔族の能力こそ有用活用すべきだと思うのだけどね」


 例えば人馬族。

 駝鳥を軽々と追い抜く健脚ならば、荷車を引くのも、配達にも向いているのではないかと。


 ああ、良い案である。その様子を想像し、いつの日か本当にそんな未来が来れば良いと思った。


「少しずつ浸透させていくしか無いですね」


 町を整備し、まずは出るのではなく来て貰う。交流の実績を積み、徐々に慣れさせるのだとイグニスが提案した。


 実際それしかないだろう。急激な変化は住人にも負担である。間口は少しずつ広げるべきだ。


「しかし、そう上手く行きますか? 私とてそれ位は考えました。訪れた商人は歓迎しましたが、今では獣人の商人すら寄り付きません」


「でしょうね。なにせ立地が最悪ですから」


 その言葉で来た時の道程を思い出す。

 町を最後に見たのは2日前。ひたすら東に進み、道は細くなり、険しくなり、最後は獣道。あ、本当だ。そりゃ来ないよ。


 付け加えるなら山岳を背後にしているのも悪いという。

 戦争時代の砦としては優れた立地だったかもしれないが、終わってしまえば隅っこなのだ。領から領への通り道にもならないのだと言う。


「やっぱり駄目なんだ~!」


「まぁまぁそこで交友なのですよ。相手はクーダオレ子爵。ちょろいもんです」


 久しぶりにニチャアと、納豆よりも粘り気のある悪い笑みを浮かべる魔女。

 見学に行くならばクーダオレ領に向かい、ついでに子爵との仲を取り持つと言い出したのだ。


「はぁ。まぁ行動しないよりは良いのでしょうね」


「良く言いました! そこで、なのですよ」


 ピッと指を立て迎え入れるにも準備が必要だと説明するイグニス先生。

 道の整備、宿や食事処の設置、通貨の使用。そして何よりも、戸籍とギルドだと。


「出ましたね、戸籍。それ必要なのですか?」


「必要です。そうですね、この町に突然1000人程度の人間が押しかけてきて、勝手に住み着いたらどうしますか?」


「え。1000人はちょっと……困るかも」


「ええ、確実に困るでしょう。資源は有限です。例えば食料で言えば許容人数を超えればあっという間に無くなるし、無くなれば高値になり、そして買えなくなると奪い合いになる」


 それにはコクリと頷くシャルラさん。

 そうか、今もこの町は食料不足だった。なんかただでご飯食べさせて貰っているの申し訳なくなってきた。


「ではその時、何を持って住民としますか? まず貴女が助けなければ行けないのは誰ですか?」


 それが戸籍だと魔女。俺はほほうと思う。

 この世界の町は壁で囲まれているせいで住める人数が限られている。なので尚更に住民権という物が大事になってくるのだろう。


 考えて見ればギルドというのもそうだ。

 町の面積や資源が限り有るからこそ、共食いしないように店の乱立を防いでいる。

 特に通貨も使わないこの町では、他領の商人が店を開いたら生活出来なくなってしまうのではないか。


「とりあえず今回は税は置いときましょう。後で住みたいという者が出た時に住民権を売ればいいと思います」


 まずは登録。でなければ本当に人が押しかけてくると言う。

 確かに今ならば住み放題。戸籍の無い人は押しかけてきてもおかしくはない。

 住人が増えるのは望む所かも知れないが、法整備ができる前に押しかけられても町が滅茶苦茶になるだけだろう。


「なるほど。そのくらいならば今すぐにでも出来そうです」


 ここで俺が税に関してそんなに適当でいいのかと先生に聞くと、領主は取る税の種類から値段まで決められるそうだ。

 自分は入門税くらいしか払った記憶が無いが、確かに王都が高かったという記憶がある。


「ちなみにパン屋や銭湯などは国営なので、運営費は経費で落とせます。収入が出たら建設すべきです。教会を呼ぶのもいいですね。マーレは渋るかも知れませんがフェヌアなら喜んでくるでしょう」


 シャルラさんは馬鹿ではない。いや、多少天然が入っているのは否定しないが、頭は悪くない……はずである。


 単に教えてくれる人と頼れる人が居なかったのだろう。隣で元気にハイハイ!と挙手をし質問しては、魔女がツラツラと余計な事まで答えていた。


「イグニス殿。この領は変われますか?」


「それは私の知った事ではありません」


 挑戦して失敗した町など幾らでもあると。

 300年変わらずに居たのだから変化が怖いならそのままでいろと。

 希望に縋る紫の瞳を、赤が言葉で蹴りつける。


「それでも、変えたいと思うのならば行動するしかないのです。私が変われないと言えば、貴女は何もしないのですか?」


「いえ……いえ。そうですよね」


 グッと両手を握りこむ伯爵。


 開けて見れば、歴史が、土地が、無知が。全てが発展を拒む様に立ちはだかっていた。

 きっかけを得て、さぁやるぞと意気込むシャルラさんには悪いが、俺には魔女の台詞の真意が伝わってしまう。


 そうだよね。ここは町で、少なからず人が住んでいるのだ。変えたいと思う人も居れば変えたくないと思う保守派も必ず居るだろう。

 或いは、その思いをねじ伏せて説き伏せて、最善を選択する事こそ人の上に立つ素質なのかも知れない。


 上手く行けばいいけどなと灰色の吸血鬼を眺めていたら、チロリと向けられる炎の様な赤い瞳に気が付いた。


「大丈夫だよ、分かってる」


 ノブレスオブリージュなんて高尚な想いは俺には無い。

 けれど、ジグルベインが俺の為にならば世界を敵に回すと言ってくれた様に、俺も彼女の為にならば何でもしよう。


 吐息をしない彼女の為に。そう。

 ノブレスオブリージュならぬ、ノーブレス その唇はオブルージュ 吐息をしないこそ、俺の行動理念なのである。


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