第60話 迷惑な王様



「あれ?どなたですか?」


 灰色の髪を二房に結った少女がコテリと首を傾げる。

 その様子を見たのか、赤髪の魔女が慌てて割り込んできた。お前何をしてるんだと、シャルラさんの前に護衛の様に立ちはだかるのだ。


 しかし、邪魔だと伸ばされた右手の軽い一押しで魔女はいとも簡単に弾かれて。

 ずいと吸血鬼の前に身を乗り出せば、値踏みするかの様な視線を落とし、やがてその低い頭に掌を置いた。


 グリグリと、まるでジョイスティックでも操作するかの様にシャルラさんの首が回る。

 本人は撫でているつもりなのだろうか。何とも粗暴で無遠慮な愛撫である。

 だと言うのに俺は目を回す少女を少しだけ羨ましいなと思ってしまうのだった。

 

「ちりめん問屋の隠居であるわ。手伝うてやるので大船に乗ったとでも思えい」


(偽名がどんどん増えていくね)


「カカカ! こんなものは言った者勝ちよ!」


 領主講座を終えてイグニスは畑に監督に行くと言い出した。

 成長促進の魔法には面積などが大事らしいので、作業している今ならばついでに測量しつつ整地してしまえるだろうという事だ。


 シャルラさんは早速戸籍の作成をするらしい。

 魔女のアドバイスの元、種族、名前、続柄、生まれた年など書類に必要な情報を木簡に纏めている。


 なら俺はと聞けば、逆にどうしたい?と質問で返されてしまった。

 ではシャルラさんを手伝おうと答えると、魔女はよろしいと頭を振って背中を押してくれたのだった。


 だが、文字を読めなければ書けもしない俺。書類作りで手伝える事あるのかと頭を悩ませた結果、出来る人に代わって貰う事にしたのだ。ドヤァ。


「ふざけるな! 不安しか無いじゃないか!」


「ええと、本当に誰?」


 困惑する二人を他所に、ジグルベインはさあさあ行くぞと吸血鬼の頭をむんずと掴み。

 文句あるのかとイグニスに視線をやれば、無の表情で手を振る魔女。あ、コイツ、シャルラさんを見捨てたな。

 

 そんなこんなで、吸血鬼を片手に洋館を飛び出した。

 曇天の空下、ぬかるむ土に足跡を残して意気揚々と町に降り立つジグルベイン。


 フムと景色を流し見る。初日の散開とした街並みが嘘の様に人が出歩いている。

 男手は畑に取られているのか、目に付くのは子供か女性が大半である。ぱっと見た限りでも人馬、人蛇、人豚と多様な種族が伺えた。


「おい、吸血鬼。何処から回るのだ、ん?」


「まだ書く物も用意してませんよ!」


「ええい、鈍いのう。早うせい! 早う!」


「この人理不尽だ!?」


 勝手に連れ出してからのあんまりな言いぐさに泣きべそのシャルラさん。ごめん知ってた。でも、ジグルベインが進んで協力しようと言う程度には気にかけているのである。


 いそいそと館に準備をしに戻ったシャルラさん。

 どうせなら準備が出来たら住人を呼んだ方が早いと思うのだけれど、二人とも張り切っているから言わない方がいいのだろうなぁ。


「童共、何をしちょるか?」


「「「竜ごっこ~!」」」


 その間に暇を持て余したジグは子供達に絡みだした。

 人間の男の子と女の子。狸の獣人と羊の獣人の男の子。あと下半身が蛇の男の子に、馬の女の子である。みんな3~10歳くらいだろうか。


 竜ごっことは、日本で言う達磨さんが転んだの様だ。竜に見られたら動きを止めないと食べられてしまうらしい。

 

 どれどれと遊びに混ぜてもらい、大人げなく無双する魔王様。

 外の人間が遊んでくれるのが珍しいのだろう。2~3ゲームが終わる頃には随分と増えた子供達と色々な遊びをした。


 言っては何だが、子供達は違うという事に敏感である。無邪気と言うのは天使にも悪魔にもなるのだ。だと言うのに差別が生まれないのは親の影響なのだろうか。


 身体的特徴でグループ分けはされているようだが、女の子が人馬の背に乗ったり、逆に木に登れない人馬のために果物を取ってあげている男の子が居たりと平和な光景だった。


「これが普通であったのだがな。分からんもんよ」


(……ごめんね)


 意味も無く謝ってしまう。

 地球生まれの俺からすれば人の町、人の国など当たり前の事で。

 けれどジグルベインからすれば、人間に国を乗っ取られたという形になるのだろうか。


「カカカ。成るべくして成ったのだ。誰も悪くない。無論儂もな」


 うん。いや、ジグはどうかな。歴史聞いてる限りだと世界滅ぼしガチ勢だよね。


「それよりな、お前さん。儂、大変な事に気づいてしまったのよ」


(え? なに?)


 ジグルベインは近くに居た一番小さな、三才くらいの男の子をひょいと持ち上げて言った。男の子は綺麗なお姉さんに構われているせいか満面の笑みである。ませたガキだ。


「儂は意外と子供好きでは無かったわ。今ならもう少し愛せると思うたのじゃがの」


 不吉な事を言った後、高い高ーいと言って、子供を空に放り投げた。

 5メートルくらい飛んだだろうか。俺がその蛮行に絶叫している間にも手にすっぽりと少年が戻ってきて。


 ポカンと。頭の処理が追い付かない様な間抜けな表情をしていて。ほれと地面に降ろされた男の子はそのままに尻餅を付いた。


「「「すっげー! 僕もやって! やって!」」」


「おおう? 儂に乞うとは生意気な。特別であるぞカカカ」


 恐れ知らずの子供達が群がる。人間だけでなく、獣人も魔族も。

 魔族の子供は動物の部分の影響か見掛けよりも、いや見掛け通りに体重があり、普通ならば持ち上げるのも苦労しそうだ。


 だが飛ぶ。ポンポンと飛ぶ。お手玉の様に投げられる。

 そのプチ飛行体験は、少し後にシャルラさんが青ざめた顔で止めに来るまで続いた。

 おまけとばかりに吸血鬼も空を舞った。


「信じられない! 常識という物がないのですか貴女は!」


「やかましい。ちょいと放り投げただけではないか」


「ちょいとでも子供を放り投げる人が居ますか!」


 少しばかり人選を見誤っただろうか。魔族同士で仲良くするかと思いきや、意外と反発する両者。


 プンプンとツインテールが逆立つ勢いで威嚇する吸血鬼だが、ジグルベインはなんのその。カカカと喉を鳴らし、早う早うとその背中を押した。


 渋々と言った感じで一軒目の家に向かうシャルラさん。選んだ基準は近くだからだろう。

 ジグルベインの他にも暇な子供達まで引き連れて、記念すべき戸籍登録第一号の家まで来る。


 住民の事情か個性的な家が多いこの町では割りと普通の家だった。レンガ造りの平屋である。強いて言うなら扉がなく、間口が大きい。


「オリバ、居るかー?」


「あらまぁシャルラ様。良く来て下さいました」


 呼びかけで顔を出したのは豚人の奥様。

 所謂オークという奴らしく、褐色の肌の、豚と言いつつも猪に似た牙がある人だった。

 体格はほぼ人間。少しばかり肉付きは良いだろうか。つぶらな瞳がキュートである。


「ああ、居たか。良かった。実は戸籍という物を作っている。協力して欲しいんだ」

 

 かくかくしかじかと、イグニスに説明を受けた様に説明をする領主。

 他の町では住人の名前を書にするそうだ。今後の為に私もみんなの名前を預かろうと思う。全員の名を記す。守るべき住民としての証だ。


 その言葉を聞いて、誰が否と言おうか。

 オリバと呼ばれたオークの女性は、涙ながらに家族の名を告げ、シャルラさんの代筆にて一世帯分の、ラルキルド領初の戸籍が出来上がる。


 オークさんはこうしては居られないと、シャルラさんの行いを広めるべく家を飛び出そうとして、入口でその様子を眺めていたジグに足止めされた。


 いや、止めようと思って止めたのではない。

 ただど真ん中で腕を組んで突っ立って居たので偶々邪魔になっただけだ。


「ごめんなさいね、お嬢さん。少し通して頂けるかしら?」


「……ふうむ」


「お、お嬢さん?」


「豚……食いたいのう……」


「ぶひぃぃい!?」


(ジーグ! 何考えてんだテメェー!!)


 奥様は逃げ出して、シャルラさんは胡乱な目つきで睨んでくる。感動の余韻なんてあったものではない。明日には食べられそうになったと尾ひれの一つや二つ付いて噂が泳いでいるのではないだろうか。


「何なのですか貴女は! 子供達だってもう少し協調性がある!」


「はぁん? それは必要か?」


 刃物の様に尖る紫の瞳を薄ら笑いで受け止めて、鈴鳴る声が返す。

 瞬間、床より影の棘が腹めがけて伸びては、虚無なる黒剣が切り落としていた。


(ジグ、止めろよ)


「仕掛けたのはこやつだ」


 シャルラさんも魔法はやりすぎだとは思うが、ジグの態度が最悪だったのも確かである。

 どうしよう。この二人は本当に合わない。穏便に済ませるべく、もう交代しようと提案するのだが、それもにべもなく断られ。

 

「カカカ。貴様の協調性とは暴力であるか? すまんすまん。それならば得意であるわ協調性」


「……っ。手が早かったのは謝罪する。しかし迷惑だ。邪魔をするなら帰って欲しい」


「断る! ツカサに初めて頼られたのだ。何故引けようか!」


 ええ。そんな理由で張り切ってたのか。ごめんよ、シャルラさん。まじごめん。


「であれば! もう少し控えて欲しい!」


「だが断る!」


 あーもーと地団駄を踏む吸血鬼だがジグは本当に引かない。

 このまま落としどころが見えず険悪な空気が漂うかと思いきや、魔王が語り掛ける。


「のうラルキルドよ。王とは示すものだ。お主は一体、何を夢見るや」


「見て分からないのか。領主として、この町の発展を」


「分からぬ。人間の真似事をしたいのか?」


 言葉に詰まるシャルラさん。

 人間の国の人間の制度。それを諭したのはイグニスで。恐らくはこの領が発展する分には一番の近道で。


 俺も言われてから気付く。それは即ち、魔族の文化の否定なのだ。


「そうとも。周囲はすっかり人の国。そして今、人が歩み寄ってくれた。ならば我々も受け入れよう! それが一歩なのだ!」


 ああ。発展を阻むだなんて失礼だった。

 この人達にはこの人達の文化とやり方があって。俺は人間の考え一辺倒でそれは古い、時代遅れだと否定してしまったのだ。


「であれば、部下に伝えよ。王の一人駆けは何とも迷惑らしいぞカカカ!」


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