第82話 容疑者X
イグニスの案はナンデヤで別れたばかりの吸血鬼シャルラさんを王都に召喚するというもの。吸血鬼を餌に悪魔を釣るなどまさに悪魔の発想なのだが、プロクスさんもアトミスさんも顎に手を当て地図を睨む。
「出来るのか?」
「可能か不可能かで言えば可能。たぶんツカサが危険とか言えば飛んでくる」
それは妙手だなとアトミスさんはラルキルド領に置いていた白い駒を王都に運ぶ。その結果どうなるのかと聞けば、割と全てをひっくり返せるらしい。
妖女曰く、排斥派はシャルラさんに敵で居て欲しいようだ。ラルキルド領の在り方が相互不干渉の灰色だったために、黒かも知れないという疑念を植え付けるだけでも十分なのだ。敵が一番困るのは白だときっぱり宣言される事だと言う。
例えば、吸血鬼の牙を売りいかにも背後にシャルラさんが居ると振る舞う。例えば、ラルキルド領の住民が人間に不当な扱いをされていると噂を流す。それは全てシャルラさんを嵌める為の罠であると。
「それだと最初から敵の狙いはシャルラさんという事ですか?」
「少なくとも排斥派の狙いにはラルキルド卿も含まれていると見て間違いないだろうな」
アトミスさんの言葉をプロクスさんが継いで説明してくれる。
策略には必ず利益や目的が存在すると。金銭だったり状況だったりするが、それを手にする手段なのだと。
「良い機会だ。仮説ではあるが、武術大会の獣人反乱計画。誰が何を得るかを考えてみよう」
もはやノリノリのプロクスさんに魔女の面影を見る。やはり親子だけあり雰囲気がそっくりである。本来ならば率先して説明したがるイグニスが大人しいのは父や従姉に配慮しているのだろうか。
「まずは排斥派。これは分かりやすい。獣人の立場を貶める事だ。中でもラルキルド卿は魔族であり貴族。そして領地を抱える国内最大の亜人の集団。ある意味本命とも言えるのではないか。言い足せばあの【影縫い】の血筋なのだから敵ならば打ち取る名声も大きい」
なるほど。排斥派が敵という事にして倒したいくらいにはシャルラさんは美味しい物件なのである。俺は彼女の笑顔が曇る事を想像し、出来るならば彼女を巻き込みたくない旨を伝えた。
するとアトミスさんはフッと笑い、危険が無い様にするために先を考えているのだと、優しい眼差しをくれる。こちらは何ともイグニスと似ていない。
「さて次に獣人だが、資料はあるのかアトミス。目下目的が見えてこない集団だ」
いやと妖女は首を横に振る。武器の流出は確認出来た。しかし、獣人の集会などは確認できていないと。何枚か出された巻物には近々の獣人の犯罪歴や町の移動なども記されているようで、ジグがティグの暴行事件の事まで載っていると教えてくれた。
「恐らくですがそんな集団は存在しないのですよ。実際のところ、ベルモア国が攻めてくるとなればともかく、国内での獣人の反乱など規模が知れているので」
一番怖いのは架空の敵で、実際に獣人の武装集団が数百集るよりも、獣人が武器を集めている、ラルキルドの吸血鬼が攻めてくる。そう演出した方が効果的らしい。
実際に騎士団は存在しない敵を捕縛する事も出来ず、ただ振り回されているだけだ。言われて見ればアトミスさんはずっと貴族の対処だけを考えていた。
「いよいよ貴族のやり口だな。後は仕込みで事件を起こして飛び火させるのか」
それで武術大会だ。王の見ている前で事件を起こし、武器を集めていた、不満を貯めていたとシャルラさんに責任追及するのだ。もはやマッチポンプどころではない。ガソリンぶちまけて火を付ける放火魔の犯行である。
三人寄れば文殊の知恵というが、互いに持ち寄った情報からゴリゴリと外堀を埋めて行ってしまう。
「ここまではね、おさらいと言うかそんなに難しい推測じゃない。派閥の動きを見ながら情報を見ていれば察せる程度の事なんだ」
ぶっちゃけるならば、予見出来た時点で犯行を防ぐ事だけは出来るらしい。
武術大会を中止にすればいい。派閥の悪事を訴えシャルラさんの無実を証明すればいい。
だがそれでは膿が抜けないのだ。悔しながら組織を完全に倒すには黒幕を潰さねば意味が無いのである。
「問題はやはり悪魔か。まぁ面子で想像は付いたけど」
イグニスに言われて面子を確認する。騎士団の副団長である妖女が何故騎士団で悪だくみをしないのか。集めたのは俺とイグニスとプロクスさん。俺はオマケなので除くとしても、イグニスとプロクスさんの共通点は身内で魔法使いだ。
「そうだ。専門家の意見が欲しい。今は魔導士は信用出来ん」
騎士も魔導士も大きい組織だからこそ内密に動きたいのだろう。派閥の話であれば当然に騎士の中にも排斥派は居るだろうし、ラルキルド領の魔法陣の件を見て敵に魔法使いが居るのも確実なのだ。
「悪魔は言ってしまえば寄生虫の様なものだよ」
父を押し退け前に出てきたイグニスが語る。悪性憑依型魔力生命体。通称悪魔。
本体は霧で出来た不定形な生物らしいが、その厄介な生態は人に憑くという特性らしい。
人間だけでなく獣人も魔族も、霊脈のある生物ならば憑依される可能性はあるが、魔力には個人の色があり、通常は他人の魔力は毒である。
これは悪魔も同じ事であり、初期段階では当然上手く適合しない。だから悪魔は人を誑かす。力をやるもっと強く成れるぞと、魔力を欲する人間に自分の魔力を与えるのだ。
そうして徐々に徐々に肉体の支配権を乗っ取っていき、中級にもなると、肉体は完全に悪魔に乗っ取られて、外見も禍々しい姿に変化する様になる。俺が廃城で出会った悪魔がこれだ。
そして上級は憑依だけではなく、魔力を分け与える事が出来る。ラルキルド領で獣人が悪魔の力をその身に取り込んだ様に、魔力で人を支配できるのだと。ここまでめっちゃ早口な魔女だった。何故か満足気だ。
「なあイグニス。その知識はどこで知った。家にある文献か?」
「父さんは私の部屋を漁ったんだろう? 天使と悪魔の本は数冊あったはずだ」
「という事は、なんだオイ。既に派閥は乗っ取られている可能性があるという事か?」
その可能性もあるはずだ。悪魔が貴族と獣人を転がしていたという考えだが、悪魔=貴族ならば今までの事件が貴族の利になるのも変な話ではない。
「いや、どうかな。ラルキルドで上級の存在を確認したから他に悪魔憑きが複数人居るのは確実だろうけど」
それでも個体数は少ないはずだと続けるイグニス。そんなにウジャウジャ居たらとっくに国は乗っ取られていると。その言葉に説得力を感じたのかアトミスは黒い駒をクルクルと弄びながら、配下を増やすのはやっかいだなと呟いた。
「ふむ。恥ずかしながら私もそこまで悪魔の知識は無かった。というより悪魔なんぞに詳しい娘に引いてる」
なんでだよと反論する娘は、逆になんで詳しいんだよと突っ込まれて、魔法の関係でごにょごにょと言葉を濁らせた。
「なんにせよ、だ。見方を変える必要がある情報だな。早く言え」
「言ったろう。クーダオレ家の件にはテネドール伯爵が関わってるだろうって」
「分からんわ! 事前知識が違いすぎる!」
だが腑に落ちたと続ける妖女。亜人排斥派の癖に何故悪魔と手を組んでいるのか疑問だったが、憑いた相手が排斥派だったわけだと改めて地図上の黒い駒を睨んだ。言われてみれば人間至上主義が悪魔とつるむと言うのも変な話である。
地図を睨むアトミスさんの横でジグルベインまでほーんと呑気な顔で地図を覗き込んでいて、その様子を見てふと疑問が浮かんだ。
「ねえイグニス。悪魔って体を乗っ取るっていうけど、遺体とかはどうなの?」
「ん? ああ、そういう。大丈夫、あくまで魔力体だから活動している宿主が必要なはず」
そこでホッと胸を撫で下ろした。ジグルベインの肉体を乗っ取られる可能性を考えたのだがどうやら杞憂だった様だ。
「ふんふん。ふふふん。宿主ねぇ。そいつはアレだろ? 要するに悪魔の力を欲する程に貪欲で、自尊心が高く、ついでに劣等感のある奴って事だろう?」
「ああ。ついでに排斥派だな。誰か候補でも居たかい?」
「ハッハー。居るじゃないかよ。ヴァンの小僧にボロ負けした勇者の血筋がなぁ」
光爵家長男バング・メルフラフ。その名前を聞いてイグニスすらも、ああとしか零さない小石。勇者の家系ではあるが、騎士団の入隊試験に落ちること3度。完全に戦闘への適性は無しとされているが、不幸にも近い年に勇者が生まれたばかりに比較される。
彼の年代の貴族の学校はちょうどイグニスが無茶をしていた時代らしく、賢者の血筋である魔女も大分恨みを買っているようだ。極めつけは勇者の旅への同行を家の力でねじ込もうとしたらしく、剣士枠であるヴァンに決闘で一蹴されたとか。話の上では可哀そうすぎる男だ。
そう考えればラルキルド領を、シャルラさんを執拗に狙う事にも納得が行くらしい。
シャルラさんの父である影縫いは魔王軍の幹部だ。プロクスさんが敵として打ち取れば名が上がると言った通りに、自分でも勇者に成れると証明したいのではないか。
「はぁん。まぁ悪魔と取引した馬鹿はコイツだとしよう。だとしても、他に優秀な参謀が居る。馬鹿だけで出来る騒ぎじゃない」
イグニスの言葉に皆がこくりと一斉に頷いた。俺はその人を知らないわけだが酷い扱いである。こんな扱いをされていたらそれはグレるのではないだろうか。本当に悪魔の手を取ったのならばそれは悪い事なのだけれど、ちょっぴり同情してしまった俺だった。
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