第81話 状況確認
まずは情報の共有と行こう。騎士団で集めた資料を渡す。そう言い妖女が手鐘をチリンと鳴らせば、執事さんが巻物が詰まった木箱をそそくさと運び込む。
ついでにメイドさんがお茶とお菓子も用意してくれたのだけれど、なんとその茶請けは俺が買ってきたお土産だった。
小麦粉で作った生地で甘酸っぱい果物が巻いてある菓子だ。一口大の大きさで、甘く柔らかい生地の下に梅の様なカリコリとした果物が刻んで入っている。リンゴの角切りに似た触感を楽しみしつつ、生地のもっちり感と果実本来の味を味わえる料理で、個人的には生クリームでも入れば更に化ける予感がある。
だが、10個セットだったこの商品。実は中に一つだけ、激辛が混じっているのだ。
ちょっとメイドさんや、なんて物出すのさと非難の目を向けると、ボブカットの無表情メイドはニタリと暗黒微笑を浮かべ去っていったのだった。
ご丁寧にこちらツカサ様のお土産でございますと言い残していったのは、ハズレを引いて廊下にまで聞こえる可愛らしい悲鳴を上げた仕返しなのだろうか。
皆が皆この食べ物を知っていて、一様にうんざりした顔で口に運ぶ。そのタイミングは計らずして合わせた形になり、四つのお菓子が一斉に口に消えて、一人だけぶふぁあ!と顔面から火を噴いた。
此度の被害者は家主であるアトミスさんである。詰まらない物を買ってきてごめんなさい。謝るからそんな恨みがましい目で見ないで欲しい。こら、イグニスも大爆笑しないの。
◆
閑話休題。机の上でクルクルと開かれたのは地図だった。
どうやらこの大陸のものらしく、四つの大国と三つの小国の計七つの国があるようだ。文字が分からないので、この国はどこだろうなと眺めていると、妖女がチェスの駒の様な物をトンと地図上に置きここが王都だと示した。
大陸の中でも南西に位置する場所のようだ。やはり可視化すると情報が分かりやすく、改めて国も世界も広いという事を認識した。俺はまだ王都周辺をチョロチョロと移動していただけに過ぎないのだ。
「とりあえず確認出来た限りでは国境周辺に異常はない」
アトミスさんは駒を手に取り、国の境目にコトコトと並べる。北と西の二か所だ。南と東は何故か何も書かれていない空白の区域が目立つ。
「あの、地図に結構空白がありますけど何でですか?」
「単に把握できていないだけさ」
質問に答えてくれたのはイグニス。魔王の爪痕然り、人類にとって進出出来ていない場所はまだ結構あるようだ。先住民がいて調査出来ない部分。環境が過酷で踏み入れない場所。調査するには予算の割に見返りが少なそうな僻地。
俺達が踏み込もうとしているラウトゥーラの森はどうやら環境が過酷な場所らしく、地図上ではラルキルド領より少し先の部分が大きい空白である。
ラルキルド領でも結構な過疎地だったのだ。それよりも奥はなるほど、人の手が入っていなくてもおかしくはない。空白を埋める冒険。浪漫があるな。
「話を戻す。異常が無いというのは、人も金も物も問題無い。つまり戦争の兆候は無しということだ」
騎士団で入手出来た情報では、せいぜいがそんな異常が有るか無いかだそうだ。
だって騎士団。直近の戦闘記録などは報告で上がってきても、各領の細かな数字を知る立場にはない。知れるとすれば目に見える大きな異常だが、その報告は今の所ないようだ。
だが外部からの干渉が無い以上、起こりえるのは内乱。後は敵対組織に当たりをつけようという段である。
「なんだよアトミス。成果無しか?」
「誰に口をきいてる。深淵なんて勢力が暗躍していて異常がないわけがないだろうが」
つまり、異常が無いという異常。大きい変化が無いなら、小さい変化はどうか。妖女は各地から集まる何の変哲もない情報を精査し洗いなおしていたという。
「取り分け、私の手元にある情報で一番追うのが楽だったのが王都レースだ」
タマサイから王都までを走るこのレースは商人のものだ。ギルドに登録している商人から50人を調べるのは役に立つか分からない事を調べるより楽だったと。
結果を言えば黒。新規参加者の中にタマサイを出た時と王都に入った時の目録が合わない業者が居たそうだ。十中八九裏町で積み荷を降ろしていると。
「拘束はしたのか?」
プロクスさんの質問に妖女はあっさりと「まさか」と返した。
捕まえるのは簡単だが、商人なんかを捕まえてもしょうがないと。その返答にプロクスさんもニンマリである。
「じゃあここで情報を追加だ。ラルキルド領とクーダオレ領の出来事だよ」
魔女が俺たちの旅での出来事を話す。駄目になった畑、薬を求めて獣人が吸血鬼の牙を売る。その行為が獣人が反乱分子を煽っていた可能性。
「ハッハー。重畳重畳。一番の成果はラルキルド卿を白と確定出来た事だな」
そうしてラルキルド領へと白い駒が置かれる。同時にポツポツと黒い駒も北側を中心に置かれ始めた。
「なるほど。悪だくみとはそういう事か」
どういう事だってばよ。駒の配置で何かを察したプロクスさんの呟き。イグニスによれば、黒い駒は亜人排斥派なのだと。
「ええそうです。今一番活気がある派閥は笑ってしまう事にイグニス派という派閥でしてね」
「え、本当?」
「本当も本当。下手したら毎日何処かで宴会してるよ彼ら。お父さん頭痛くなっちゃう」
言い方に噴き出す魔女だが、大事なのは亜人排斥派が妙に静かな事なのだとアトミスさん。
亜人排斥派。獣人に市民権を与えるべきではない。政治に参入させるべきではない。程度によるが、とにかく亜人を認めたくない派閥。
そんな人達が何故急に主張を小さくするのか。これから起こる大きな事件を知っていて、目立ちたくないのだ。起こった後で、それみた事かと意見を大声で言うためだ。
「ふむ。しかし証拠が無い。だから嵌めてやろうと言うわけだな」
「その通り。洗えば真っ黒だろうと、洗わせてくれないのが貴族です。だがそんな汚い奴らは潔白を誇る白百合の騎士として見逃せませんね」
「まったくだね。同じ貴族として紳士淑女の常識を叩き込んでやろう」
果たしてうへへと笑うこの人達は本当に正義なのだろうか。
しかし言いたい事は分かる。獣人に反乱を起こさせるにしろ、武器や人手には金が必要だ。その金の動きを追えば彼らに辿り着くのであろう。
それでも貴族同士となれば、詳しく調べさせろなんて言うのは戦争を売るに等しい行為である。間違いましたごめんなさいで済まないのだから確実な証拠が欲しいのだ。
「イグニスの情報と合わせても、獣人の決起は確実。なら何時という話だが、武術大会あたりが怪しいと睨んでいる」
アトミスさんが言葉にああそんな話もあったなと思う。確かルギニアを発つ時に勇者一行の剣士ヴァンから出場を誘われていた。言われてみれば、武装した人が集まってもおかしくない催しなのだから人を紛れ込ませるには最適である。
「武術大会か。あれは御前試合。ならば狙いは王か?」
「元より警護は厳重ですがね。しかしそんな事は相手も百も承知でしょう。ならばその上で成功させる策があると考えるべきか」
話の速度が速すぎて全然会話に参加出来ないが、何とか言っている事は追える。
深淵の計画では獣人に武器を持って反乱させて、貴族が粛清するというマッチポンプ狙いだ。少なくとも亜人排斥派はそう思っていて金まで出して獣人に武器を流している。
ならば獣人。果たして勝ち目の無い戦いに武器を取るほど彼らは愚かか。
ここがアトミスさんと亜人排斥派の視点の違いだ。イグニスが反乱には旗が必要だと言ったように、参加する獣人も勝てるという確信の下に攻めてくるだろうと。
「悪魔がどちらに付くかだね。私としては恐らくここで第三勢力として【深淵】が出てくるのではないかと睨むけど」
イグニスが白と黒の駒に代わり悪魔の指を地図上の王都に置く。不確定要素。それは各地で見かける悪魔である。獣人に勝てると煽り、貴族に勝てると煽り、互いに潰しあっている所で漁夫の利を狙うのだ。
「はは、中々の地獄絵図だな。んだがな少年、黒幕を潰す一番面白い方法を知っているかい?」
「えっと、計画をまるっと暴いてやるとか?」
「残念。何もかもが思い通りに運んでいると思わせて、最後の最後、勝利を確信した時に全てをひっくり返すんだ。ハッハー」
そんな常識だろうみたいに言われても困ります。周りでウンウンと頷かれても俺常識人なんで困りますー。
「つまり動くなら今なんだよ。武術大会に向け皆祭りの準備で大忙しだ。私達も出遅れるわけにはいかない」
差し当たり敵の目的と戦力くらいは目星を付けて対策を打たなければ、大会当日になって泣き面を見せる事になるだろうと妖女は盤面を睨む。
「あの、ブルタさんの件で排斥派を突けないんですか? 結構な証拠だと思うんですけど」
「難しい。勿論テネドール伯爵の動向には注視させて貰うが、誰も悪魔との関わりを見たものがいないのではな」
つまりは状況はいまだ拮抗状況なのだ。
貴族が動いているのは分かっているが、尻尾を出さないので行動できない。獣人は尻尾こそ掴んでいるものの、末端なので本体が見えない。悪魔はそもそも目的すら把握できていない。
「騎士団を動かすには正当な理由が必要だ。派閥の動きを待っていたら日が暮れてしまう。どうだよイグニス、何か面白い一手はないのかい?」
「しょうがないにゃあ。じゃあこんなのはどうだい? シャルラ殿を王都に招くんだ。大々的に宣伝してね。絶対誰か干渉してくるよ」
なるほどそいつは凄い爆弾だろう。排斥派がもっとも排除したいであろう魔族の貴族。獣人が御旗にしたい国破りの吸血鬼。そうさ必ず干渉がある。だが先日領の復興を掲げて別れた彼女を早速に呼び出すなど、外道にもほどがあるのではないか。
「やめて! シャルラさんが死んじゃうこの悪魔!」
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