第87話 勇者一行揃う
「はぁ、えっと……え?」
イグニス家で勇者一行と合流するという事で、俺は魔女の乗ってきた馬車で一緒に移動をした。ところがどっこい、イグニス家に着いても、フィーネちゃん達は誰一人として来ていなかった。
「もしかして、イグニス。また俺を騙したのかな? うふふ」
「あはは。騙したなんて人聞きが悪いなぁ。フィーネ達はちゃんと来るよ。午後から……」
くっ。コイツ、またやりやがったのか。思えば仲間同士の打ち合わせの場に礼服を着ろなんて言い出す時点で怪しかったのだ。
最近の俺は貴族の古着を着ているのでそこまで見苦しい恰好はしていない。客として貴族の家に出入りさせて貰っているので身なりや作法には一応気を付けているのだ。
メイドさんからも、せいぜいが、またコイツは部屋の入口で靴を脱いでやがるのか変態めという視線を浴びせられるくらいだ。問題無いと言えるだろう。
惜しむらくは、むしろその有能さだ。
残念だけど俺の一張羅は誰かに鼻水だらけにされたせいで洗濯中だよ。そう言い訳をしたら、すかさずメイドさんが終わってますが何かと、ハンガーに皴無く吊るされる礼服を指さした。魔女が綺麗になって良かったねと微笑んで。俺は諦めて着替える事になった。
「そういえば自己紹介がまだだったかしら? 私はターニャ・エルツィオーネ。イグニスの母です。よろしくね」
薄茶色でふわふわの髪をした女性がおっとりと名乗る。甘ったるい声色とは裏腹に、垂れ目の青い瞳は氷を思わせる程に冷え込んでいた。そう。案内された部屋で待ち受けていたのは勇者一行ではなく、イグニスママだったのだ。
「ツカサ・サガミです……。イグニスにはいつも大変お世話になっています」
背筋を正し平静を取り繕おうとするが、握る手の内はジトリと汗ばんでいた。
この人には前回会った時に家庭問題に口を挟み、イグニスの肩を持つためとはいえ結構な啖呵をきってしまった。別に嫌われようと構わないのだけど、顔を合わせて向き合うのは出来ればご勘弁願いたい。
「確認なのですが、貴方は貴族の生まれではないのよね?」
とんでもねぇオラただの平民だあよ。そう答えると、意外そうな顔と共に、着飾れば分からないものだとウムウムと頷き。
「魔力が使えるようだけど、どこで学んだのかしら? ご趣味はなぁに? 将来の夢は? イグニスちゃんのどの辺が好き?」
怒涛の質問にパチクリと瞬きをする。いけない。一瞬思考が止まりそうになった。
そしてまるでお見合いの様な雰囲気に、一体これはどういう事だと魔女に視線で問いただす。
ジロリと睨めば、赤い瞳が哀れな者を見るような目をした。要約をすれば諦めろ。
意味が分からないと眉をしかめ二度目のSOSコールを送る。イグニスは慈愛に満ちた顔をした。骨は拾ってやるからな、そんな表情だった。俺は絶望した。
(だからなんで伝わるんじゃい)
愛だよ、愛。
「ほらね。未婚の娘が男性と二人旅なんて外聞を悪いし、親としてはやはり心配なのですよ」
ははあ。次の問題はそこか。イグニスの旅自体は勇者一行の行動として片づけられたが、親からすれば馬の骨との二人旅に変わりはないのである。
父のプロクスさんは気軽にいらないか?などと口にしていたが、俺の人となりが気になるのは当然といえば当然なのかもしれない。
シャルラさんの件で色々とイグニスには借りがあるし、俺が誠意を見せる事で彼女が冒険を続けられるのならばと、一問一問丁寧に、限りなく本音でイグニスママと向き合った。
「まぁまぁ。貴方まだ文字も書けないの? いけませんよそんな事では」
2時間。いやもっと経ったのだろうか。魔女も趣味の話や説明をさせると大抵長いが、この人はナチュラルに長い。加えて、主導権を握る会話を心得ているというか、貴族の茶会で鍛えられたトーク力は、さながらに弾切れの無いマシンガンだった。
ややうんざりというか。少々集中力が無くなってきた時に上がったその話題に、はぁ勉強不足ですみませんと返すと、せめて名前くらいは書ける様になりなさいと、ママさんは言って。ほらこう書くのですと紙にペンを走らせる。
「そうだね。名前くらいは憶えておいても損はないだろうさ」
イグニスがココに書いてごらんよと紙をくれたので、見本の文字を見ながら、へえこれが俺の名前なんだと真似て書いてみた。そういえば城でも署名を求められたし、次は自分で書けるなと意気込んで。せっかくならばもう少し練習をと思った所で紙が取りあげられる。
「え、あの?」
「あらあら。もうこんな時間ね。後は若い二人でごゆっくり」
「待って!? え、これそういう事!?」
知能が死ぬころを見計らい俺は何かに署名をさせられたのだ。
そそくさと逃げるイグニスママに、流石に見過ごせないと慌てて席を立つと、魔女がアメフト選手もびっくりのタックルで腰にしがみついてくる。
「離せ! いや話せ! 親子で一体何を考えてやがる!?」
「母上、私を置いて先に行け!」
「貴女の犠牲は無駄にしないわ、イグニスちゃん!」
いや、犠牲はどう考えても俺だよね?
◆
「うお、なんだよ。泣いてんのかお前?」
シクシクと零れる俺の涙が枯れないうちに勇者一行はやってきた。
部屋の隅で三角座りをして置物になっている俺をみてツンツン髪の少年がドン引いている。フィーネちゃんが躊躇いがちにハンカチありがとうねとハンカチを差し出してくれた。ごめんね嘘泣きなんだ。
「ねえイグニス。アンタ何したのよ?」
「いや、ちょっと……騙した」
カノンさんが殴ろうかとジェスチャーしてくる。どうせなら10発くらいお願いします。
今回怖いのが、そんな状況でもイグニスは意地でも署名の用途を言わない事だった。信用をしていたのに詐欺まがいな事をされてショックだと泣き落とししてみたが、それでもバツの悪そう顔をするだけで彼女は無言を貫く。
「イグニス、こっちを見て。何に使うの?」
「保険だよ。私だって表に出したくない物で、最悪の事態の時に効果がある」
「嘘じゃあなさそうだよ?」
そういえばフィーネちゃんは嘘が分かるのだったか。ならば隅で鬱陶しい奴をしていても仕方なさそうだ。大人しく勇者一行が集う席へと座った。
カノンさんとフィーネちゃんとはすでに再会していたこともあり、ヴァンだけが「おう、久しぶりだな」と声を掛けてきて、俺も久しぶりと返す。
「イグニス。だまし討ちはもう無しね。次は俺も本気で怒る」
「ん。これでもすまないとは思ってるんだ。もう騙すような真似はしないよ」
「あ、嘘です」
フィーネちゃんの空気の読まない発言により、全員が沈黙した。なお魔女は僧侶に成敗された。……イグニスさぁ本当に少し反省しようよ。
「で、集まって貰ったのは他でもない。出発の予定日を決めようと思ってね。コチラから持ち掛けた話だから合わせるし、なんなら物資の費用も持つよ」
悪びれないというか、へこたれない魔女は、頭にタンコブを作りながらも場を仕切る。
何時でもいいよという勇者と僧侶をよそに、剣士は手を挙げた。
「あー。悪いけど剣を研ぎに出してるんだ。2日後に取りに行く約束だからそれ以降で」
「ああいいとも。そのための打ち合わせなのだしね」
日和を三日後と定めると、次はフィーネちゃんが手を挙げる。こちらは全体の工程の話のようだ。目的地であるラウトゥーラの森の最寄の町まで何日か。やはり旅慣れしているだけあり良い質問だ。
直接向かうのは物資的にあり得ない。かと言って、町毎に買い物するのも時間の無駄だ。
一番近い街で補給して現地入りという流れが理想だろう。
「一番近いのはテネドール領のピスカという町だね。町までは順調に行けば6日くらいかな。そこからは二日も掛からないと思う」
その言葉に俺は前にみた地図を思い浮かべる。確かにラルキルド領から少し先の部分が空白だったか。ラルキルドが東に3~4日くらいなので日数てきにはそんなものかも知れない。
だが、俺の覚えた違和感はテネドールという名前に対してだった。
「テネドールってさ、確かクーダオレ子爵の親分だよね。手柄が欲しいって思っている人がそんな近くの秘境を放置してるの?」
「いや、放置はしてないよ。ただ踏破出来ないだけさ」
考えてごらんと。これまで伯爵は探検家や調査隊を数多くだしてきたが、私たちは何に会いに行くんだい?と。なるほど。魔王の幹部とランダムエンカウントする森と考えれば知っていなければ攻略難易度が高すぎるのだ。
「現地までに片道8日かぁ。俺、武術大会に出たいんだけど、間に合うか?」
「それは大丈夫だ。こっちも間に合うように帰ってくる予定。そうだね、実際の探索に掛けられる時間は7日。いや、余裕みて5日くらいかな」
つまり森での滞在は帰り分を入れて10日という事か。
具体的な数字が決まるに連れて、行動に現実味が帯びてくる。不安だった秘境探索という行為も、今回は頼りになる仲間が存在する。
前衛にはヴァンとフィーネちゃんの剣士が二人。後衛には魔法使いのイグニスと、戦える僧侶のカノンさん。勇者が求めるのも納得と言わざるを得ない強力なメンバーだ。少し冒険にワクワクしてきた。
(で、お前さんの役職は如何に)
俺?うーん。遊び人かな。
(カカカ。早く賢者になれればよいのう!)
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