第39話 イグニスとの買い物1



「昨日はどの辺を歩いたんだい? ウチの町やサマタイと比べると規模が違うだろう」


「手紙のついでだったからなぁ。とりあえず目抜き通りと、裏門の近くを少し見たくらい。あとは勇者ファルスの劇を観たんだ。勇者が恰好良かった」


「へぇそんな劇やってるんだ。面白そうだけれどファルスときたか。まぁ本人が良いならいいか」


 あれからイグニスの支度を待って館を出た。昼食はまだ取っていない。どうせ町に出るなら何かお勧めの料理が食べたいと思ったのだ。そしたら貴族の家より美味しい物が出るとでも?と突っ込まれた。確かに。


 今日のイグニスはフリフリの付いた白いブラウスと白の長いスカートで真っ白コーデである。これまで見た事の無い服なので借り物なのだろう。


 一見、色が少なく思えるがイグニスの場合髪の毛が原色に近い鮮やかな赤である為に何とも映える。例えるならば薔薇の花だ。本人に強烈な華があるからこそ、余計な色で飾るより引く事でより強調されて見えていた。


 白も似合うねと伝えたところ、ドヤ顔でありがとうとお礼が返ってくる。ドヤ顔で。

 

「今日は西側に行くよ。服飾街という訳ではないけど、加工品を扱う店が多いんだ」


「品で分かれているんだね」


 こういう質問をするとピッと一指し指を立てて喜々と説明するのがイグニスである。

 王都のシンボルである王城を中心とした都市は、真ん中にいくほど高級志向にあるらしい。


 それの最たるが貴族街なのだが、つまり貴族街に近いほどに富豪や高級店が並んでいる様だ。土地の価格もあるのだろうが、要する住み分けだ。一般人には高級品なんて滅多に用がないだろう。


 北側にある裏門は物資が入りやすいため、その近くは布や木材金属などの加工業が多いそうだ。

 対して正門は生鮮食材が多いらしい。食材の搬入が多いため近くには食材を扱う店や食事処、宿などの傾向にあるという。


 東側には住宅街があり、すると必然西側に残りの店が集まるという理屈らしい。言われてしまえばもっともらしい話だ。


「なんで正門の方は食材が多いの?」


「ああ、そうか。ツカサは正門から出た事が無かったね。正門から出ると前には湖が広がっているんだ。漁業も行われてるし、その水で作物も育てられている。王都の貴重な水源さ」


「へぇー! それは今度ぜひに遊びに行かないと!」


(海老はおるのか? 海老ふりゃーは食えるのか!?) 


 ジグが頑張って上に飛び、湖を見ようとするが離れられるのは俺から3メートル。町の真ん中から見えるはずも無かった。


 プリンを食べた事で食欲に火が付いたのだろうか。でも海老フライ。いや、揚げ物いいなぁ。もう響きだけでお腹が鳴る。中濃ソースを作るのは大変そうだが、タルタルソースならばマヨネーズを作れば俺でも簡単に作れそうだ。心のメモに書いておこう。


「イグニス。あそこは何してるの?」


「うん? あれは自由市だね」


 なんと王都には町を挙げてのフリーマーケットである旗の日が無いらしい。前回参加出来なかったので地味に凹む話だ。代わりに場所代と税金を払えば自由に売り買い出来るスペースがあるようだった。


「考えてもごらん。それでなくとも裏町なんてものがあるんだ。王都に旗の日なんてあったら町が大変な事になるよ」


「なるほどねぇ」


 そんなこんなでシュフェレアンの町を案内してもらいながら辿り着いた西街。

 迷いなく進むイグニスについて来たはいいが、同じ町だと言うのに他の区域とはまた違った雰囲気のある場所だった。


 景観はさして変わらないのに何故?と思ったがその要因の一つは客層だろう。

 人気はあるが混み合うという程ではなく、床にしゃがみ込む人や大声で騒ぐ者も居ない。ほとんどの通行人が馬車を足にする様な身なりの良い人物なのだ。


「え、俺こんな所に来ていいの? 指差して笑われたりしない?」


「大丈夫だよ。この付近なら少し高いくらいだ。普通に市民も使ってるよ」


 じゃあまずは服だね。そう言って高級店の並ぶ通りをガンガン進むイグニスに育ちの差という物を感じるのだった。お願い待って。一人にしないでー!


 イグニスが足を止めたのは一件の紳士服店の前だった。フランさんも使っている店らしい。女の子が男物の服屋に用事などないだろうから妥当な選択ではあるのか。でもそれは貴族ご用達という事だ。


 案内はしてくれたが扉は開けてくれない。彼女はそういう甘やかしをしない。

 ガラス張りの如何にも高そうなお店なのでええい、ままよと扉を開いた。


 迎えてくれたのは一人の老紳士で他に従業員は見当たらなかった。

 店内は割と個人まりとした空間だが、木の床はピカピカに磨きあげられ、お香だろうかほんのりと良い香りが漂っている。


「いらっしゃいませ。本日はどの様な品をお探しでしょうか」


 ど、どの様な品でしょうねぇ?良い服をくれと言いたいが、文字の読めない俺は値札が読めない。あんまり良い服すぎるのも困るのだ。


「礼服を一揃え欲しいんだ。彼に似合うのを何着か見繕ってはくれないか」


 イグニース!しゅきー!


「ええ、かしこまりました。予算はいかほどでございますか?」


 呆けていると、ドンと脇腹にイグニスの肘が刺さる。お前の買い物だろと言う事らしい。

 恐る恐る金貨2枚くらいでと伝えると、お爺さんは笑う事無く服を探してくれる。

 どうやら少しばかり緊張のし過ぎだっただろうか。思った以上に親身である。


 品が良いと言うのはこう言う人の事を指すのだろう。

 売り物である礼服をそつなく着こなし、小さな動作が実に精練されている。なのにこちらが恐縮してしまう程に低姿勢で柔らかいのだ。


「ふむ。墨のような深い黒の髪。黒曜石の様に輝く瞳。私としましては貴方が纏う色は黒が相応しいかと」


 そうして用意してくれたのは一着の礼服。形的には背広と乗馬服の中間くらいだろうか。

 スラックスはブーツを想定した細身で、上着は折り襟で少し着丈が長いが、屈んでも突っ張らないよう背中に切れ目が入っている。


 スーツと言えば黒というイメージだが、こちらでは多様な色があるようだ。

 髪色に個性があるためだろう。一般的な物は薄いグレーのズボンで髪色に合う上着を着るらしい。


「いいじゃないか。着てごらんよ」


「……うん」


 更衣室に案内され、老紳士に着方を教わった。シャツを着てからズボンを履き、ピカピカの黒いブーツに足を通す。上は首元にスカーフを巻いて、ベスト、そして上着へと袖を通し。


(似合っとるぞお前さん。男前だ)


 うんありがとう。お爺さんの前なので心の中でそう告げた。

 馬子にも衣裳というが、全身鏡に映る姿はまぁそれなりだ。やはり服が良いだろう。何だか姿勢まで良くなった気がするほどである。


「親に見せたかったなぁ」


 ふと過ぎったのはそんな事だった。恰好から制服を連想してしまったのだ。

 本来ならば俺は来年の春には高校の制服を来ていただろう。中学の制服は結局30回も袖を通す事はなかったか。


 いや、こちらの世界に来なければきっと俺はまだ引き篭もっていて高校も通信制のものだっただろうか。どちらにせよ、今は何もかもが遠い話だ。


「ほら見なさい。やはり君には黒が似合う」


「うん。ありがとうイグニス」


 だからそう言って貰えるのが余計に嬉しかった。


「じゃあこれは私からのプレゼントだ。ブローチのお返しさ」


 スッと首元からスカーフを引き抜くと、代わりに真っ赤なスカーフを首に巻いてくれた。

 人の首に巻くのは難しいのか、どこかたどたどしい手つきだった。


「ああ、良いですね。首元を埋めるのにピッタリな色だ」


 こちらではスカーフは女性の贈り物として割と一般的らしい。戦場での血止めや骨折の添え木に役立つ事から生きて帰ってこいという意味だそうだ。嬉しいやら嬉しくないやら。

 祈るならせめて安全祈願にして欲しいところだ。


「えー高そうじゃんこれ。要らないってのも失礼だしな。じゃああれだ、また何か買って返すよ」


「お返しだって言っているだろ。キリがないから要らないよ!」


 結局礼服はコレを買うことにした。丈などを詰めて後日配達してくれるらしい。

 お値段はスリーピースで金貨2枚だそうな。ピッタリという事は無いだろうから多分安くしてくれたのだろう。お礼にブーツとシャツを買って、予算より多少足は出たが良い買い物が出来たと思う。


 と思ったが、これは本当に良い買い物だろうか。城に行く時以外でいつ着るのだろう?

 それこそ貴族ならば普段使いも出来るだろうが、冒険者ギルドの肉体労働ではとても着れる服ではないではないか。


「イグニスごめん。俺普通の服も見たいや」


「せっかく町に出たんだ構わないさ。正直私も行きたい店はあるし」


 荷物持ちくらいはしてくれるんだろ男の子と、赤い瞳をふにゃりと歪ませたので男の子は黙って頷いた。バイトで鍛えた筋肉を披露する時が来たようだ。


「でもイグニスって家出中なのにそんなにお金に余裕あるの?」


「よもや君に財布の心配をされるとはね」


 どうやらイグニスは領主の娘としてのおこづかい以外にも魔法や錬金術で荒稼ぎしていたようで私財は豊富らしい。

 持ち運びの簡単な貨幣や宝石だけでも十分食べて行けるし、何よりこの女、【深淵】などのここまで来る時に得た情報をアトミスさんに売りつけて一儲けしていたようだ。


「おい! なんだよそれ、ズルいだろ!」


「ふふふ晩御飯くらいはご馳走してあげようじゃないか」


「よし言ったな。高いの食べよう。ステーキだステーキ。ドラゴンの肉食べたい」


 お互いの距離感を認識したあの日からだろうか。ただの連れから友達に成れた事で随分彼女に近づけた様に思う。


 もはやジグルベインと同じで、側に居て当たり前になりつつある少女。買い物にはしゃぐ赤い魔女はもう当然の様に俺の手を取り催促をし。俺もまた引かれるその手に心地よさを感じてしまうのだった。


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